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コーチング チームビルディング

2014年10月21日 (火)

それは「アイディアを殺すしくみ」ではないのか?

「創造的になれ!」みたいな話はあるけど、実際のところ 僕なんか 「創造ってなによ?」とか ひねくれてかんがえてしまう。

 
 
たぶん ビジネスで「創造」とかいうのは なんか新しいアイディアをだして 既存とはちがった方法をかんがえよう みたいなことだとおもうんだよね。
 
 
1
 
 
ちょっと こっちを引用してみる。
 
 
 
 
 
ペンシルバニア大学ウォートン・スクールのジェニファー・ミューラー率いる研究チームが2012年に発表した研究結果は、このことを明らかにしている。実験では被験者たちを2つのグループに分け、一方のグループには軽度の不確実性を植え付けるためにこう伝えた。「参加者の中から無作為に選ばれた人が、報酬を余分にもらえます」。しかしその詳しい方法は、実験が終わるまで知らせない。被験者を驚愕させるほどの提案ではないが、ある程度の不安感を植え付けるには十分だった。
 
(中略)
 

その結果、「余分な報酬」というささやかな不確実性を植え付けられたグループは、口頭では創造性のほうを重んじると言いながらも、実際には実用性を示す言葉を好んでいることが示されたのだ(IATテストでは、表示された言葉に対する反応の速さで認識の強さを測定する)。そして後日行われた追加実験では、不確実な条件を与えられた被験者たちは、画期的な新型ランニングシューズの試作品を見せられた。すると、その実現可能性について対照群よりも著しく低い評価を下した。

 不確実という条件の下では、創造性に対してこれほどネガティブな偏見が生じるのだ。多くの優れたイノベーションが初期段階で拒絶される理由は、ここにあるのかもしれない。この傾向は今日では特に顕著だ。自社の属する業界は安定している、と言う経営幹部はほとんどいないだろう。企業は不確実性に対処するためにイノベーションを迫られる。しかし同時に、幹部が競争優位につながる発見を拒絶してしまう理由もまた、不確実性なのだ。企業を生きながらえさせるはずのアイデアが、あまりにもすぐに潰されてしまう。 

(※ ダイヤモンド ハーバード・ビジネス・レビュー より)

 

 
 
 
翻訳なので なかなかよみにくいんだけど 要するに 
 
 
「創造性は、不確実な状況では かなり偏見をもたれる。そして 企業はそもそも不確実な状況にあるので 企業のなかでは 創造性はそもそも拒絶される環境にある」
 
 
ってことだね。
 
 
だから 「アイディアは そもそも殺される環境にあるわけだから しくみとして 積極的にアイディアをすくいあげるものが必要になる」 ってことだね。
 
 
 
 
 
これ わりと重要なんだよね。
 
 
 
 
 
「アイディアを活かすしくみはありますか?」
 
ときかれて 「ありますよ」って答えられる会社も 「アイディアをだす」ということは かんたんでも それを 「すばやく実行にうつせるしくみ」っていうのは なかなかないんだよね。
 
 
 
 
 
アイディアをだすしくみがあっても 結局 3人ぐらいの上司を通過しないと 意見としても会議にのぼらないようなしくみっていうのは もはや 
 
「アイディアを殺すしくみ」
 
って いったほうがいい。
 
 
 
 
 
 
結局 最後にぜんぶ 社長やマネージャーなんかがつぶしてしまうっていうのはよくあるんだよね。
 
 
 
2638
 
 
 
 
どうやったらいいのか? っていうのは リンクをみてもいいんだけど そんなに難しくない。
 
 
 
 
 
一定の賛同者の人数を集めたばあいに 
 
「できるのであれば とりあえず 期間限定でやってみる」
 
というものにすれば いいんだよね。
 
 
 
あとは うまくいったアイディアが多ければおおいほど、なにかの報償があるといい。
 
 
 
 
 
 
なんでも かんでも 社長やマネージャーが関与すること そのものが 組織の活性化をうばっている環境になっているんだよ。
 
とくに 組織内部のことっていうのは できるだけまかせられるようにすることだね。
 
 
と、いうことで 短めに また次回!
   

2014年9月19日 (金)

やろうとしていることは正しいのか?

コミュニケーションについて 雑談してみますね。 

 
 
「なかなかコミュニケーションがとれない」
 
「自分の意志がなかなか伝わらない」 
 
のような ビジネスの場でのコミュニケーションの問題ってあるよね。
 
 
 
でもね それは コミュニケーションの問題なんだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 「当社は人を大事にする会社だ」。この言葉をフィンランド語に直訳したところで説得力はない。むしろかえって警戒されるだけだろう。

 海外企業との交渉となれば日本の常識は通じない、特に会社の買収となれば、クールかつ論理的に交渉を行うのが定石だ。日本企業も、そのときばかりは「欧米流」プロトコルで、隙を見せないドライなハードネゴシエータになろうとしがちだ。

 しかし、村田製作所はあえて日本企業の「らしさ」、つまりは誠意や仲間意識といったものを武器とした。いや、あえて武器としようとしたわけでもなく、いつものムラタ流、すなわち自然体で交渉に臨んだ。

 「MEMS分野では、先方(VTI)が先生。クロージング後、即座に、4名のエンジニアを先方のCTO傘下に送り込んだ。『勉強させてほしい』という姿勢により、先方に村田製作所を受け入れる感情が生まれたのかもしれない」と薗田氏は語る。

 VTI側から見れば「世界のムラタ」のビジネスモデルに取り込まれることのメリットは大きい。しかし、あえて「MURATAになりたい」とわざわざ社名変更までリクエストするという気持ちにまでVTIがなったことの決定打は、一連の交渉作業における村田製作所側のフェアで謙虚な姿勢、つまりは「人を大事にする社風」が、直接的な説明からでなく、社員の行動様式から自然に伝わったことだ。

(中略)
 
 

やろうとしていることが正しければ相互理解は必ず進む

今年4月、村田製作所は企業理念を表すVisual Identity、すなわちロゴをリニューアルした(関連記事)。この仕事にカティさんは貢献した。

 「コミュニケーションについて手法やモデルというものはありますが、施策のすべては何気ないときに、こうしたらどうかな、と思いついたものばかりです。相手は人間です。やろうとしていることが正しければ、相互理解は必ず進みます。私の仕事はこうした場を楽しく作り上げることです」

 (※ 日経ビジネスオンラインより 引用抜粋)

       
 
 
上の引用のところの見出しにあるんだけど 「やろうとしていることが正しければ相互理解は必ず進む」ということが ポイントだとおもう。 
 
 
互いの意見が食い違っている場合に 自分が主張していることが自分の利益になる、、、ということで 互いにぶつかっているのであれば それは互いに歩み寄るのはむつかしいとおもう。 
 
 
でも たとえば 「組織として最善の方法はどんな方法なのか?」 ということは 誰がかんがえても 大きくかわらなくばるはずだとおもう
 
 
 
うん
 
 
だとすると もしなかなか 「組織に自分の意志が伝わらない」 とすると その意見や指示の正しさが理解されていないか もしくは 正しくないとスタッフがおもっているのかもしれない。
 
 
 
そう。 
 
 
 
 
 
あなたの意見が正しくないと周りの人がおもっているんだね。
 
 
 
だから みんないうことを聞かないのかもしれないね。
 
 
「いや 自分は正しいことをいってるんだけど、、、」 
 
 
でも 相手に伝わるかたちで伝えられていないのかもしれないよね。 それは 結局自分に問題あるのかもしれないね。 
 
 
 
 
 
 
 
つまり つたえるメッセージが
 
 
「そもそも チーム(組織)にとって正しいメッセージを発信しているのか?」 
 
 
ということが 組織のコミュニケーションの大前提ってことかもね。 
 
 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
   

2014年9月 9日 (火)

やり方がかわるのは、あたりまえなんだけどね。

今日も雑談みたいな話でいきますね。

 
 
僕は、いわゆる中小企業のコーチングのクライアントさんが多いんだけど その中でよくあるケースが最近目につくんだよね。
 
 
それは、
 
「従業員の数が増えているのもかかわらず、以前とおなじ方法でマネジメントしようとしている」
 
 
ってことなんだよね。
 
 
 
 
これは 小さな会社からはじめて大きくなってきたおかげで、組織全体にきしみがでているってこともあるし ある人が小さな組織のリーダーだったのに 大きな組織のリーダーになって うまくいかなくて困っているってケースもある。
 
 
 
こういうのって 指摘されないとまったくわからないケースがあって 100名くらいスタッフがいるにもかかわらず マネジメントのやり方が 10名位のままのやり方で強引にやっている、、、なんてケースはざらにある。
 
 
 
学生時代なんかで 「たくさんの部員やメンバーをまとめてきました」なんていうケースなんて すくなくとも僕が知る限り まったくあてにならない。それは 「少ない人数と多い人数とをまとめるのに どんな違いがありますか?」って質問すれば たいていは 精神論とか苦労話程度しかでてこないので スキルとして身につけていないのがよくわかる。
 
 
 
 
 
そうすると ほとんどの人は社会人になってからしか 大きな組織のマネジメントを修得するチャンスはないといってもいい。
 
 
逆にいえば もし「小さな集団と大きな組織をまとめるのに 具体的にどのようなことを変えればよいのか?」という質問に答えられる人は、あまりにも少ないんだよね。
 
 
 
 
だいたい 感覚的にいうと 10名程度までは ほとんどの人の感覚でマネージすることができるとおもう。
 
 
もちろん 人によってやりやすい人数が 5人~20名くらいまでの幅であるとおもうけど だいたいこのあたりまでは 「個人対個人の集まり」としてみることがギリギリできるとおもう。
 
 
でも 20名位を超えてくると これは 「個人対個人」ではほとんどマネージできなくなる。
 
 
制度や取り決め 組織論が必要になってくる。
 
 
 
で 今度は これも個人差があるけど 間違いないのは50名~80名くらい 100名くらいまでになると 社長であっても「組織を納得させていくというのは ちょっと骨がおれるな」とか「社内に浸透するのには時間がかかる」という感覚になる。
 
 
だから 同じ中小企業であっても
 
 
5人~20名くらいまでの 小さな会社
 
 
30名~50名くらいまでの 小さな組織の会社
 
 
60名~100名くらいまでの 中規模の会社
 
 
と それぞれ 違ったマネジメントが必要だとおもうよ。
 
 
 
 
これは 結構重要で だから 大企業で働いていてた人が、中小企業ではうまくいかなかったり 小さな組織で昇進した人が大きな組織では ぱっとしなかったりとかがおこるんだよね。
 
 
 
これは トランジション(キャリアの踊り場)とも関連性があるんだけど このことを理解してもらうと とてもコーチングがしやすい。
 
 
 
でも これに抵抗する人もいるんだよね。
 
口では「そうなんですよ。もう やりかたを変えないといけない」 とかいうんだけど 以前と同じことをやってたりするんだよね。
 
 
 
 
具体的なことは また別の機会に話すけど ただ集団の人数がかわれば、やり方はかわるという、あたりまえのことに なかなか気づきにくいって話でした。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 

2014年9月 5日 (金)

何度も話さないと伝わらない

よく 個人と集団に対するアプローチのやりかたって違うっていうんだけど 具体的に どういうふうに違うんだろうか?


なんとなく 「違う」っていうのはわかるとおもうんだけど じゃ何が違うのか?っていうのを キッチリ言える人って少ないかもしれない。


コーチングについて話すと 個人の場合はどちらかというと「人」そのものにフォーカスすることが多い。

例えば、

「あなたは どうしたいのか?」

「それによってあなたが得ようとしているものは何か?』

「あなたが 恐れているものは何か?」


など 本人がどう考えているのか? ということについて 掘り下げていくことで その人自身を動機付けていくことができたりするんだよね。




では 集団や組織はどうしたらいいんだろう?







リーダーの 「どうしたいのか?」「何を目指しているのか?」はもちろん 重要なんだけど それを 1人で考えたり 思ったりするんじゃなくて メンバーにそれを 何度も繰り返し話す必要があるんだよね。


まぁ ビジョンっていってもいいけど 目標とか想いとか なんでもいい。



いろんな形で 何度も 話す必要があるんだよね。



この「いろんな形で」と「何度も」というのが ポイントで 単純に一方的に話たり 1回や2回話せば いいってものではないんだよね。



よく 「いや 話していますよ」「この間 話をしたばっかりです」とか 聞くんだけど これは 何度も話さないといけない。



何度も話す場合でも まったく同じ話ををするんじゃなくて 違うエピソードなんだけど 結論は同じとか 他の人の話しなんだけど 自分と同じことをいっていること とか いろんなバリエーションで何度も話さないと 集団は理解してくれない。


個人の場合、、、1対1でコーチングする場合 たとえば 1回長い時間 深く
話をすることで スッキリするケースはある。


でも 集団の場合は たとえ1回長い時間 深く話をしても それだけではダメなんだよね。


人数がおおいから 時間がかかる、、、ってイメージじゃなくて

「集団っていうのは 人に率いられものではなくて その人が発する メッセージやビジョンや言葉に 人がついてくる」

ってことなんだよね。


だから メッセージやビジョンなんかが大事で コーチングのポイントはそこにあったりするよ。


だから 個人と集団と何が違うのか?っていうと 個人は「その人そのものの
考えや想い」がポイントで 集団は「その人が発するメッセージやビジョン」が重要ってことだね。


と、いうことで また次回!





2014年8月29日 (金)

話し合いの効用

昨日のエントリーで  「生産性アップは成果ありき」って話ししたよね。

 
 
そうしないと 社員やスタッフの創意工夫ややる気をひきだせないって話をした。
 
 
じゃ 具体的にどうしたらいいのか?って、ことを今日は短めに話してみる。
 
 
 
 
結論からいうと、
 
 
「どうしたら いいか みんなで話し合いをもつ」
 
 
っていうのが答えなんだけどね。
 
 
 
 
 
 
どうしたら 成果をだして 生産性を向上することができるのか? という話をいろいろと話あうことで おもわぬ現場の意見がでてきたりすることもあるよ。
 
 
 
でも それより重要なのは ちゃんと「課題を共有する」って感覚なんだよね。
 
 
話し合いのなかで 現場は経営陣のかんがえていることや、リーダーの悩んでいることを理解できるんだよね。
 
 
 
 
そして 実はよくあるケースなんだけど 現場の 
 
 
 
「これに困っているのでなんとかしてほしい。もし それがクリアになれば もっとうまくいかせれるのに」
 
 
みたいな話がでてきたりするんだけど それが
 
 
 
「なーーんだ、そんなことなの?それならすぐできるよ」
 
 
なんてことがあるよ。
 
 
 
 
 
 
そういうことがあると 経営陣は 「あー もうちょっとコミュニケーションとっておくべきだったな」なんて話になったりする。
 
 
 
 
話し合いが 経営陣やリーダーのいいたいことを、ただ伝えるだけのものになったりすると逆効果だよ。
 
 
あくまで 「話し合い」。 だから 話し合わないといけないよ。
 
 
みんなをあつめて集団で説教したりする人とかいるけど まぁ そういう人は そういうレベルのものしか引き出せませんね。
 
 
 
いいたいことを伝えるってことが重要じゃなくて、「課題を共有する」っていうのが大切なんだよね。
 
 
 
 
結局 誰かの主張やかんがえを通すことが こういう場合の話し合いの目的じゃなくて 課題の共有が いちばんの効用なんだって 理解しておくことが重要なんだとおもうな。 
 
 
 
と、いうことで 今日は短めで、、、また次回!
 
 

 

2014年8月 3日 (日)

相手を倒すのではなく 仲間をふやす

今日は 日曜で いろんなイベントなんかあったんだろうけど 僕は1日じゅう仕事やってたんだけど ちょっと疲れましたよ。

 
 
先日 友人たちだとはなししていたんだけど そのなかで 
 
「沖縄だから、、、っていう人って嫌い」
って話になったんだよね。
 
 
本当は別の原因で そうなってるんだけど 「沖縄だから」っていって 思考停止するのが嫌いって話しだよ。
 
 
 
僕も それに賛成。
 
 
とは、いうものの やはり「地方」とか「田舎」独特の 
 
 
「新しいことへの抵抗感から もっともらしい反対をいう人びと」
 
を 説得していくのはとても面倒だしたいへん。
 
 
 
じゃ どうしていくのか? って話しだけど 1つの回答が以下の引用だとおもうな。
 
 
 
 
 
(以下 引用)
 
 
 
 
 
 

むしろ賛成する仲間を増やす

――しかし、田舎の自治体で、新しいことをやる時というと、都会以上に障害も大きいのではないですか。まず市役所の職員をどういう風に引っ張っていくか、さらに市の外に出ると、田舎ってそれぞれの支持者に非常に強いつながりがあるので、反対派の壁を突破していくのは、とても大変なのではありませんか。

 佐賀県の古川(康)知事がよく僕を引き合いに出すんですが、「突き進む前にチームでやっているから」と。それでどんどん広がっていくんですよ。

 だから反対派を説得するっていうよりは、むしろ賛成してくれる仲間を増やしていく。あんまり反対派を説得するということはないですね。それよりも賛成の人が来たら、1を100に、反対する人が来たら100を1くらいに無力化する。

 反対派を無力化するっていうことが大事なんです。

 説得するとかではなくて、「あの人も、この人も賛成しているのか」ってなったら、人間はコロっと変わるんですよ、比較の動物だから。だって僕から説得されたら、余計反対になっちゃいますよ(笑)。

――少しおかしな言い方ですが、どちらかというと悪い奴は悪い事していると分かっているので、論理的な説得が効くんですが、私はこれがこの自治体にとって正しいことだと信じ切っている人って、逆になかなか説得するのは難しいですよね。

 大変ですよ。今まで行政ってそういう人にアプローチしてきたんです。そういう人ってまた声がでかいんですよね。だから、僕のような政治家とその人が、直接やり取りするよりは仲間を増やしていく。そうすると、結構、仲間と仲間の付き合いがあるんで、そこで無力化させる方がよっぽど合理的でかつ速い。

 だから僕らはいつもチームでやっているという認識があって、チームで行動するっていうのは楽しくやれるということと、もう一つ敵対勢力を無力化できるっていうことがある。こういう田舎だと、どっかでつながっていますもん。「あいつがあのチームかよ」ってなると、「ちょっと反対できないね」とか、「オレがちょっと間違っていたかも」という風になっていくんです。だから僕は上からドーン突破するんじゃなくて、フラットに仲間を増やしていく。

ダイヤモンド・オンライン より

     
 
 
 
説得するには大変なので そもそも説得はしないっていうのが 重要なんだろうね。
 
 
 
説得されるのは みんな嫌いだよね。
 
 
 
だから 「いかに説得すべきか?」 とうことではなくて 「賛同してくれる人を増やしていく」ってやりかた。
 
 
 
これは 以前  1対1の場面でつかうものとそうじゃないもの    とか   納得はできないけど 同意はするっていう合意はする  のエントリーで 話した 
 
 
「チームのコミュニケーションをとっていく」
 
 
ってことの重要なポイントなんだよね。
 
 
 
1対1の場面だと 「どうやって納得してもらうか?」ってことは 重要なんだけど 相手が「チームや組織」なら 納得してもらうより 同意してもらうことのほうが重要なんだよね。
 
 
そうじゃないと前にすすまない。
 
 
上の引用では 「仲間をふやす」ってあったけど 具体的に「仲間」をふやしていくほうほうは いっぱいあるんだよね。
 
 
ただ これは いわゆる カッコつき「仲間」であって プロジェクトごとに離合集散することになるよ。
 
 
、、、と このことについて話すとながくなるので 詳しくはまた別の機会に話すよ。
 
 
 
 
ただ 「チームや組織」でものごとにあたる場合 「チーム一丸となって 相手にむかう」とか「組織で協力して 相手に勝つ」とうのではなくて
 
 
「チームや組織の仲間を増やしていく」
 
 
っていうのがセオリーだって話だよ。
 
 
と、いうことで あとはまた次回!
 
 

2014年7月30日 (水)

納得はできないけど 同意はするっていう合意はする

先日 ある企業のミーティングにでていたんだけど なかなか話がすすまないんだよね。

 
 
わりとすぐに意見の対立がわかったんだけど、、、というか 意見の対立というよりも 個人と個人との対立におもえた。
 
 
 
話のなりゆきを聞いていて よくわかったのが
 
 
「あぁ この2人は 話をすすめる気がまったくないな」
 
 
って感じたんだよね。
 
 
2人とも 自分の意見で相手を納得させようとしているんだよね。 
 
 
これは 「どっちかが折れる必要がある」とか「両方まんぞくさせる意見をつくる」とかそういうことじゃないよ。
 
 
僕が 2人をみてて感じたのは
 
 
「あー コミュニケーションに期待しすぎだよな」
 
 
ってことだよ。
 
 
 
 
2人がおもっている 「理想」ってたぶんこんなものだとおもう。
 
 
「ちゃんと理解すれば 相手は自分の意見に納得できるはず」
 
 
「どちらかが 折れるか 妥協するかで 決着がつくはず」
 
 
「正しさや まわりの人の賛成度で 自分の意見が納得してもらえるはず」
 
 
「相手の話に納得ができないので 賛成できない」
 
、、、、、、とか こんなかんじだとおもう。
 
 
 
これは コミュニケーションが 「異質な意見を同質にすることができる」という 魔法のものだってかんちがいしているんだろうね。
 
 
 
 
実際 こういう勘違いケースって 社会人でもかなりおおい。
 
 
 
話し合うことでわかりあう→理解しあう→同じ意見になる (まるでドラマみたいな理想)
 
 
意見が対立する → 理解できない → どっちかが折れる (典型的な間違い例)
 
 
けっきょく この2つの選択しかなかったりするので いつまでたっても前向きにならないよね。
 
 
 
コミュニケーションのポイントって 大胆にいうと
 
 
「お互いのわかりあえなさを 理解するためのもの」
 
っていってもいいとおもう。
 
 
 
つまり わかりあえないことや 大きくちがっているので納得できない ってことを確認しあうってことが 目的のひとつなんだよね。
 
 
 
だから 理解しあうというのは 同じ意見になるということではなくて 違う意見なんだと互いにわかりあうってことだよね。
 
 
 
 
重要なのは そこから出発する必要があるってことだよ。
 
 
 
 
だからこそ うまく意見がはまると 互いにエキサイティングな体験ができるし 違う意見になったとしても そのうえでどうやっていくか? ということが話せる。
 
 
 
 
すくなくとも両方が 「違う意見で 納得もできない場合でも 2人がそのあと行動できる意見をつくりだす ということを必ずやる」 っておもっていないと この関係性はなりたたないよね。
 
 
 
 
 
そのときは 意見の対立というより ねじ伏せ合いみたいな感じだったよ。
 
 
 
「納得はできないけど 同意はするっていう合意はする」
 
 
っていうのは チームの最低条件だとおもうけど それが理解されていないケースっていうのはよくあるね。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 
 

2014年7月28日 (月)

お金以外の働く意味

うーーーん あいかわらず どうもトンチンカンな答えが多い気がするなぁ。

 
 
 
 
 
 
質問している子は 中学生なので 質問者が 「お金以外に働く意味ってあるのかな?」っていう ストレートな疑問をもつのはいいとおもうよ。
 
 
 
でも 回答者の回答が、ちょっと問題あるよね。
(全部じゃないけど)
 
 
 
 
 
 
 
昨日 「1対1の場面でつかうものとそうじゃないもの」 っていうエントリーで 「1対1と集団とでは つかうスキルが違う」という話をしたんだけど それと関連するのかもしれない。
 
 
 
はっきりしているのは 組織全員が 自己利益の追求、、、むつかしい表現だな、、、自分のことを最優先にしてしまえば 組織全体がたいして利益をあげることができない。
 
 
おかげで 組織から分配される個別の利益も減ってしまう、、、つまり みんなが自分のことを最優先にすると 結果的にまわりまわって 自分が1番ソンをするってことだよ。
 
 
 
 
今度は 逆に 全員が組織の利益をかんがえて行動すると 組織の利益が最大になる(と、いわれている)
 
 
 
ただ これは行き過ぎると 「組織を守るために 何人かが犠牲になる」みたいな 戦時中的なじょうたいになったりするので あるていど行き過ぎないようにしないといけないけどね。
 
 
 
 
 
 
 
 
だから そのままナチュラルにほおぅっておくと みんな自己利益の追求にはしるので 「教育」することで 「組織の利益を追求」できるようにする必要がある。
 
 
だから 学校で「教育」することで 「組織=集団=世の中に貢献することが 働く意義だ」と教えていかないといけない。
 
 
 
回答をみるかぎり 学校教育はそれにあんまり成功してないようだね。
 
 
 
 
 
 
何やってんだ!
 
 
 
 

 
 
だから 会社や組織のリーダーや管理職は 「集団の利益と個人の利益のバランスをどうとるか?」というかじ取りと、「組織の持続可能性」のバランスをたもたないといけないよね。
 
 
 
つまり 「会社のためだから これぐらいムリをしろ!」というのは その程度がわかっていていうのであれば いいけど ただ単に 「社員は会社のために働かないといけない。なぜなら 給料をもらっているからだ」という理屈は たんなる無知、無能だよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
学校で 「個人の利益を最大化することが重要」とおしえられているので 社会にでて 真反対な 「組織の利益のために 犠牲になりなさい」というはなしに ムリヤリ整合性をもたせようとするので 
 
 
「お金以外に働く意味ってあるのかな?」
 
 
っていう質問にまともに答えることができない。
 
 
 
 
 
 
 
働く意味は世の中をよくするためです。
 
 
 
それによって 個人も幸せって感じるようにおしえて 理解させて 納得させていくのが 「教育」です。
 
 
 
でも 犠牲者をださないようにしながら なおかつ 組織そのものが成長していけるようにするのが マネジメントや政治だったり、リーダーの役割です。
 
 
お金はそれらを円滑にすすめるための便利な「潤滑油」みたいなものです。
 
 
 
 
あーーーー超エラそうだ、、、ちょっと恥ずかしいけど 回答が不甲斐ないので エラそうで許してください。
 
 
学校でおしえないから 企業研修とかでおしえないといけないよね。
 
 
で、企業とかが 都合よく「教育」したりするから たちがわるい。
 
 
そういうのから 身をまもるためにも 理解は必要だよね。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 

2014年7月27日 (日)

1対1の場面でつかうものとそうじゃないもの

別になんでもいいのだが たとえば コーチングなんかでつかっている 「コミュニケーションの4つのタイプ分け」っていうのがあるんだよね。

 
 
 
これは カンタンに説明すると コミュニケーションのとりかたは4つのタイプにわけることができて それによってコミュニケーションのとり方をかえると うまくいくことがありますよ、、、ってやつですね。
 
 
 
僕も、研修でよくつかうし というか 僕はこの研修の認定トレーナーなので(まだ有効なんだろうか?)かなり詳しく説明することができる。
 
(※ ところで これ沖縄の某研修会社が まったく無断で使用してて しかも間違った解説してますね。この研修会社はかなり怪しいのですが、とても人気があります。僕は無関係です。)
 
 
 
まぁ 他にも世の中には 血液型をはじめ いろいろな「タイプ分け」の方法はあって それらは ずいぶん怪しいものから 分けかたが30だか40だかにわけるために わけても覚えきれないので けっきょく意味ないとか いろいろあるわけだよ。
 
 
 
こういうのって それ以上でもないし それ以下でもないので それによって相手をある種の理解はできるとおもうけど 「だから彼はこのような行動をとるのだ」とか「彼女はこのような発言をするのだ」というのは ずいぶん乱暴な話だとおもうな。
 
 
 
 
それはいいんだけど(よくないけどね) でもこれはあくまで 1対1の場面でひきあいにだされるもので たとえば3人以上になったりすると あっというまに使い勝手がおちる。
 
 
 
僕はわりと 「4つのタイプ分け」ってつかうけど これは1対1、、、というか コーチングにフイットするからで 逆にいうと 1対1以外の場面では あまり引き合いにださない。
 
 
 
 
 
これは結構、重要なポイントで いわゆる「心理学」やらコーチングやらっていうのは おおむね 1対1の場面で「しか」役に立たないケースがおおい。
 
なぜなら そもそも 1対1の場面で研究されてきたからだとおもう。
 
 
 
 
だとすると 「チーム」だったり「組織」だったりを コーチングしたり 導いたりするのは まったく違う方法が必要なんだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
答えるとすれば 「かなり違う方法がある」ってことになるとおもう。
 
 
 
 
 
 
 
 
僕がいろんな先生とか、講座とかでしらべてみても 「チーム」とか「組織」とかについて コレだ! というものは どうもないみたいだね。
 
 
 
ただ はっきりしているのは 1対1のやり方と 集団へのアプローチのやり方は かなり違う方法をとる必要があるってことだよ。
 
 
 
 
いまのところ 僕がよくやっているやり方は 組織やチームの「 ビジョンを共有する 」ってことだね。
 
 
 
これは 定性的なものも 定量的なものも 両方いれるし どちらかというと 半年~1年くらいの 中短期のものがおおい。
 
 
だから ビジョンといってもいいし プランといってもいいし 目標といってもいいし 実際は それらが まぜこぜになってるものだよ。
 
 
 
 
人が集まるとき 誰かを中心に集まればいいんだけど そうできない場合は ビジョンの共有って重要だよ。
 
 
 
「誰かに集まる」状態っていうのは なかなか大変で その人がかなり強力じゃないと難しいよ。
 
 
 
 
 
 
 
うん。
 
 
 
 
 
 
まぁ やり方はいろいろあるんだけど 今日話したかったのは 「1対1の場面でつかわれるものが そのまま集団で良いツールとして つかわれるものではないよ」ってことだね。
 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回!
 
 
 

2014年6月16日 (月)

ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」に見る、完璧なチームとは?

へんな言い方だけど 伸びてたり 業績いい会社が よい会社じゃなくて よい会社がよい会社だよね。

 
 
 
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今 話題のドラマ ルーズヴェルト・ゲーム  なんかでも これ見よがしに
 
 
「会社は 株主のものでしょう? なのにあんたは勝手に、、、」
 
 
みたいなセリフがあるけど 株主のものでもあり、経営者のものでもあり、従業員のものでもあり、社会のものでもあり そして 顧客のものでもあるんだろうね。
 
 
(ドラマだから かなりあざといセリフ回しだけど)
 
 
 
株主からみて いい会社だけど 従業員からみるといい会社ではない とかはよくあるけど  
 
「どのステークホルダー(利害関係者)からみても いい会社」
 
 
っていうのは ちゃんとあって それは 
 
 
「顧客から支持されていることで 業績が好調な会社」
 
 
っていうのが いい会社の定義のひとつだとおもう。
 
 
 
 
 
顧客は 世間の評判とかもきにするので ブラック企業みたいに従業員をあつかう会社に 支持はあつまらない。利用はするかもしれないけど 支持はしないよね。
 
 
 
つまり
 
 
 
「商品やサービスが すぐれていて」
 
 
「そのおかげで 顧客が買ってくれて」
 
 
「それで 売上があがっており」 
 
「まっとうな経営をしているために 業績(利益)があがっており」
 
「待遇や職場環境も悪くないので 従業員が働きがいをかんじている」 
 
 
という 会社が いい会社であることは 異論のないところでしょう。 
 
 
完璧な会社、、、なんでしょうね。
 
 
 
 
 
 
で、ですよ。
 
 
 
 
だったら なんで 世の中の会社はすべてこうでないのか? というと
 
 
「目指してるけど、まだできていない」「目指していないので、できない」 
 
 
の2択でしょう。 
 
 
 
最初のヤツはわかるけど でも 「目指してない」とかあるのかね、、、
 
 
 
 
 
 
今日、ある会社の話しを聞いたんだけど そこは業績はまぁまぁなのだが とても働きたくないような 理不尽なことを要求される職場環境らしい。(詳しくはいえませんけど)
 
 
 
ただ それなりに 経営陣は お金や時間をつかっており 外部のコンサルタントや業者をいれて いろいろしくみやらルールやら制度やらを整備しているそうだ。
 
 
 
 
だけど 従業員はそこで働きたいとはおもってないし おかげで地域からは さほど支持されているわけでもないらしい。
 
 
 
 
 
僕は 話しをきいて なんでそうなっちゃったんだろう? っておもったんだよね。
 
 
 
 
 
ね なんでだとおもう?
 
 
 
 
まぁ 理由はいろいろあるんだけど 僕がおもいたったのは 
 
 
「経営者が そもそも 自分がよい会社がつくるれる と信じていない」
 
 
っていうのが 大きいとおもったよ。
 
 
 
 
これは 実はよくあるケースで まぁ経営者自身が 「自分にそんなことはできない」とか「うちの会社はそんなことはムリだ」とかおもっているので どっかに歪みがでても しかたないってあきらめているんだろうね。 
 
 
 
 
まさか 自分の会社が 「顧客に支持されて業績が好調、従業員も満足」とかそんな会社になれっこないっておもってるんだよ。
 
 
 
 
でも これは そういった会社や組織を経験したことがある人ならわかるけど それは大変ではあるけど可能だし 目指すにふさわしい価値が たしかにある。
 
 
 
ただ これは その経験がない場合 いくら話したり コーチングしたりして ビジョンとか理念とかつくっても ぜんぜんできない。
 
 
 
 
目指していないんだよね。
 
 
 
 
これは けっこう経営者としての資質だとおもう。
 
 
 
ドラマの「ルーズヴェルト・ゲーム」でも 青島製作所の会長も社長も専務も、みんな「よい会社」をめざしていて それは本人たちのなかに 「こういう状態にするんだ」というイメージや経験があるんだろうね。 
 
 
 
一方で ライバルのイツワ電器の社長は たぶん「よい会社」の経験がないんだろう。 
 
 
だから なんとなく卑怯な手をつかわないと うまくいかないっておもってるんだね。
 
 
 
 
 
 
経営者っていうより リーダーだったり 組織のトップだったりは 
 
 
「完璧(であろうとしている)なチーム」
 
 
を経験するのと しないのとでは 雲泥の差がでるよ。
 
 
 
それは 経験した人は「自分が経験している」ということがわかるけど 経験してない人は自分が知らないことがわかってない。
 
 
 
これは 別にビジネスでなくてもよくて サークルとか部活動とかでも全然もんだいないので そういう経験はリーダーだったりトップだったりは必須の経験だとおもうよ。 
 
 
 
 
目指していないからできるわけないよね。 
 
 
そこに、場当たり的に いろんなことやっても ややこしくなるだけで いろんなことがムダになるよ。
 
 
 
まず 「完璧なチームを目指す」というところから、はじめる必要があるかもね。
 
 
 
と、いうことで また次回!