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コーチング 研修

2014年10月23日 (木)

「友達なら男も女もないと思う」ってどれだけの人が思ってるの?

ちょっと 情報提供。

 
博報堂の「生活定点」の最新データが公開されていますよ。
 
 
 
 
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博報堂生活総合研究所では、1992年から隔年で「生活定点」調査を行っています。
同じ条件で設定した調査地域で、同じ状況の調査対象者を毎回新たに抽出。
同じ質問を繰り返し投げ掛け、その回答の変化を定点観測している時系列調査です。
 
 
 
 
 
 
僕は 研修やコーチングなんかで エビデンスとしてデータをつかうことがおおいんだけど その中でも コレは抜群におもしろいよ!
 
 
 
 
 
ちょっと 一部を引用してみますね。
 
 
 

ここ2年で最も上昇

 前回と今回で5ポイント以上の上昇があり、今回が過去最高の変化量の項目。
 
「生活気流」   世の中でよろこばしいことが多いとも少ないともいえない
 
「社会意識」   国民利益を犠牲にしても個人利益を第一に考えるべきだと思う
 
「日本のゆくえ」 今の日本は良い方向に向かっていると思う
 
「地球環境」   地球環境保護について考えていない
 
「暮らし向き」  自分の暮らし向きはこれからも同じようなものだとおもう
 
 
 

ここ2年で最も下降

前回と今回で5ポイント以上の下降があり、今回値が過去最高の変化量の項目。
 
「生活気流」   世の中でよろこばしいことが少ない
 
「社会意識」   個人利益を犠牲にしても国民利益を第一に考えるべきだと思う
 
「国際化と日本」 日本と外国の交流が進むと日本の文化が失われると思う
 
「地球環境」   環境保護について考えているし、実行している
 
「暮らし向き」  ボランティア(社会奉仕)活動をしたい
 
 
 
 
ほかにも 山のようにデータがあるんだけど 2年間の変化について できるだけ対応するようなものをピックアップしてみたよ。
 
 
いろいろ調べると興味深いんだけど 「地球環境」とか「暮らし向き」なんかは 2年前からみると
 
 
「地球環境についてあまり考えなくなったし、ボランティアへの関心も下がっている。自分の暮らし向きも同じようなかんじが続くのでは?」
 
とおもってる人が増えてきた、、、ってことだね。
 
 
 
 
なぜかな? とかおもうと おもいあたるのは 東日本大震災が2011年だから そのあとの調査と最近の調査では やはり 「環境」とか「ボランティア」とかへの関心がうすれているのかな?、、、、、、っておもうけど 実はぜんっぜんっ違う!!
 
 
 
 
 
環境保護に関しては 2008年をピークに年々さがっていて 考えていない人の割合が 「過去最高」になってるんだよね。
 
 
同じように ボランティアへの関心も 2000年をピークに 2012年には一時的に少しあがったものの 今回が「もっとも低い」数字になっている。
 
 
 
 
こういうの、いかにも 「震災直後 ボランティアへの関心の高まりなどもあって、、、」とか 「近年の環境意識の向上などによる、、、」なんていうような お決まりに定形の話っていうのが まるっきりデタラメの話ってことにもなるよね。
 
 
 
 
だから 「実際 どうなのか?」っていうのを調べないと 講演でウソをいえば嘲笑されるし ビジネスだったら失敗の可能性がふえるよね。
 
 
 
 
もっとも、データは「読み方」なので それを「どうあつかうか?」というものは もちろん重要だよね。
 
 
 
 
 
 
 
最後に これも なかなか興味深いデータだね。
 
 
 

友達なら男も女もないと思う

45.8%

初回(1994年)より-13.9↓
  • 前回(2012年)より-10.4↓
  • ここ2年で最も下降

  • 「恋愛・結婚について、あなたにあてはまるものを教えてください。」という質問に「友達なら男も女もないと思う」と答えた人の割合は前回より10.4ポイント以上の大幅下降となり、2014年は45.8%となりました。

  • つまり これは よくいわれる「男女間で友情は成立するのか?」というのに 「成立する」と考える人が 過去最高に減ってるってことだね。
     
     
     
     
    この2年に男女間でいったいなにがあったんだ?
     
     
     
    ちなみに 落ち込み幅だけじゃなくて ポイントも1998年の62.3%をピークに、過去最低です。
     
     
     
    「最近は 世の中の意識も変わって 男女のかかわりも変わってきた」
     
    なんていうのもウソです。
     
     
     
     
     
    おおむね 男性が45%ぐらい 女性が50%ぐらい だね。
     
     
    あんまり大差ないね。
     
     
     
    と、いうことで また次回! 
     

    2014年6月12日 (木)

    「反転授業」はなかなか面白そう

    「学力アップ 大学の新授業」っていう NHKのニュースがおもしろい

     

    以下 転載

     
     

    一般的に大学では従来、学生が大学で講義を聞いて知識を習得。 家でレポートに書いたり、演習問題を解いたりして、理解を深めていました。

     
     
    20140611_07
     
     
     
     
    それに対し、あらかじめ家で講義を受けて臨む、この授業。 大学と家の位置づけを反対にするため、「反転授業」と呼ばれています。
     
    20140611_08
     
     
     
     
     
    大学の教室では、議論や発表に特化します。 この日は、コンピュータープログラムの専門的な内容でしたが、あらかじめ頭に入れてきた知識を元に、学生同士が議論をしながら答えを探ります。
     
     
     
     
     
     
    試験の結果が、はじめる前の年度の学生が50点台だったのが、「反転授業」で80点とかになっているそうだよ。 
     
     
    まぁ 予習をしっかりやってるから よくなるのは当たり前な気もするけど そういうしくみにしているのが素晴らしいね。 
     
     
    あと学生が講義が楽しくなったり 議論だったりコミュニケーションスキルの向上の自信がついたりしているらしい。 
     
     
    これは とてもいいね。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    大学の講義の「改革」というのは、すすんでいるところはけっこういろいろ取り組みやっていて 恐らく 一般の人の認識よりもとりくみはすすんでいるんじゃないかとおもうな。 
     
     
    もちろん 温度差はいろいろで 学校レベルでまったくすすんでいない旧態然というところももちろんある。 
     
     
     
     
     
     
    大学側が改革することによって そこで学んだ学生が、たとえば僕の研修なんかうけたりすると あんまり違和感ないとおもう。 僕の研修は いわゆる「ワークショップスタイル」だから 最近よくある形式だよね。 
     
     
     
    でも せっかく「議論や勉強などがおもしろい」ときづいた学生が 昔ながらの座学で「~であるからして~」の精神論的研修なんかだと 相当キツイとおもうな。 
     
     
    そのギャップは 逆にはかりしれないとおもうよ。
     
     
     
     
     
    まぁ だから 企業向けの研修なんかも 影響うけてくるだろうね。 
     
     
    たんなる 手抜き「ワークショップもどき」とかが 通用しなくなるかもね。 
     
     
     
     
     
     
     
    ある会社が主催したセミナーの講師をやらせていただいたことがあるんだけど なんというかとても「イライラ」した記憶がある。 
     
     
    なんで 「イライラ」したかというと 僕は講師をやってたんだけど そのあとに「このセミナーについて話しあいましょう」みたいな時間がとられていたんだよね。 
     
     
    僕がなぜ?ワークショップ形式でやっているのかというと そうすることで セミナーでの振り返りだったり 職場で実際にどうやって活かすのか?ということを セミナーのなかに織り込むことができるからなんだよね。  
     
     
     
    で、せっかく 織り込んだのに またそのあと話しあう必要なんかないわけで 逆に話しあったおかげで(講師が関与できなかったので) 結論がぶれて、、、というか 間違った結論とかになって 憮然としたことがある。
     
     
     
     
     
     
     
    なにがいいたいか? というと こういう「設定」というのは 一見カンタンにみえても それぞれにちゃんと「意図」があって 「要するに 話し合いさせればいいんでしょ」的な 乱暴なものではないってことだよ。 
     
     
     
    たとえば 話し合いにしても いきなり
     
     
    「ルールを守ることの意義について意見をのべよ」
     
     
     
    みたいな 議題で話しあいはできない。 
     
     
     
     
    最終的に そういう話題にしたければ まず最初に 
     
     
    「自分だけルール守ってよかった経験、悪かった経験ってどんなこと?」
     
     
    「それは どうしてよかったのかわるかったのか?」 
     
     
    「どうすれば 1番よかったのだろうか?」 
     
     
    とかいうような 順番で すこしずつ議論を深めていく必要があって  そういうものをふまえたステップをふむことで 深い議論ができる。 
     
     
     
     
     
     
    そういう 準備というか 手間をはぶいて 短絡的に見ためのやり方にとびつくのは どうかとおもうな。
     
     
     
     
     
     
     
    ともあれ なにより 大学の講義が「学生が興味をもっておもしろい」といえるようになってくるのは 本当にいいことだとおもうよね。 
     
     
     
    と、いうことで ではまた次回! 
     
     

     
     

    2014年4月 1日 (火)

    新しく何かをはじめる人に、役に立つ話

     4月に入って 新入社員とか 新入学とか 初々しい人たちが目につきますね。 

     
    まぁ 初々しくない人も せっかくの新年度だし 「新しいことをはじめよう!」とかおもう人もいるのではないですかね? 
     
     
    そんな あなたにちょっと かんがえてみてほしいことがありますよ。 
     
     
    それは 「新しいことを はじめて 最終的にどうしたいのか?」 ってことなんですけどね。 
     
     
     
    当然 新しいことをはじめて 「何かの役に立つように」 とか 「こうなりたいから」 とかあるよね。
     
     
     
     
     
    でもね。 
     
     
     
     
    いま、やろうとしてる 「それ」って ほんとうに「それ」やれば 「役に立つ」ように とかなるんですかね? 
     
     
     
    どうでしょうかね? 
     
     
     
     
     
    うん。 
     
     
     
    ちょっと こういう話しがあるんだけど、聞いてみて。
     
     
     
     
     
     
     
     すこしまえに 僕にコーチング研修を依頼したい というエージェントの人から話しがあったんだよね。 
     
     
    エージェントというのは 実際に依頼している「クライアント企業」と「僕」のあいだに はいって時間とか 予算とか そういう うちあわせを やってくれるんだよね。 
     
     
    そのエージェントの人が
     
     
    「いや、クライアント企業さんは 「実際に役に立つ研修をやって欲しい」という 強い要望でして …… なので ぜひ そのへんをよろしくおねがいします」 
     
     
    とか いわれたんだけどね、、、いや もちろん 「役に立たない研修」とか やるつもりないでございますよ。当たり前じゃん。
     
     
     
     
    うーん。
     
     
     
    でもね、「役に立つ研修」ってなによ? なにって考えてるのかな? 
     
     
     
     
     
     研修の評価のしかたは、いろいろあるんだけど 僕は一般的につかわれているモデルをつかっている。 
     
     
    ドナルド・カークパトリックという人の「4段階評価」ってものなんだけど もの凄く 僕流にわかりやすく説明するね(いつものように)  
     
     
     
    レベル1 研修をうけて 参加者がアンケートとか感想とかの評価が高いか?
     
     
    レベル2 参加者が、テストや演習なんかで できるようになったり覚えたか?
     
     
    レベル3 参加者が実際に現場でつかっているか?
     
     
    レベル4 参加した後に 業績があがっているか? 
     
     
     
     
     
    というものだよ。  
     
     
     
     
     
    これは レベルがあがるにつれて 当然難しくなるんだけど そのぶん 「それって研修の成果ですかね?」っていう部分がふえてくる。 
     
     
    たとえば レベル4とかになると 参加したあとに業績があがれば 「おぉ、研修の成果でてるじゃん」っておもうよね。  
     
     
     
     
    でも 業績あがったのは 別の原因かもしれないよ。 
     
     
     
     
     
    たまたま別の原因で みんなが頑張ったのと 研修の時期が一致しただけかもしれないよね。 
     
     
     
     
     
     
     つまり 最初に 「できるようになること」 っていう研修の目標をたてたなら 「できるようになったか?」は あとで 評価をすることができる。 
     
     
     
    でも 「できるようになること」が 本当に 「役に立っているか?」 「良いものだったのか?」 というのは 因果関係がはっきりとしないので わからないんだよね。 
     
     
     
     
    だから 「役に立つかどうか?」は 実はあいまいにしかわからないんだよ。 
     
     
     
    まぁ この場合の僕の答えは 「役だたせるようにする」というのなんだけど 研修とかの その辺の詳しいはなしは また別の機会にしますね。 
     
     
     
     
     
     
     
     この話しから かんがえると 何か新しい習い事とか、新しい趣味とか勉強とか はじめたとする。  
     
     
     
    でも それが 自分の仕事やプライベートに「役に立つか?」 というのは なかなかわからないってことだよね。  
     
     
     
    だから 習得したり できるようになることだけ じゃなくて 「役に立たせる」ということが とても大事で やりながら 「どう 役だたせるのか?」 という問いかけがとても大事だよ。 
     
    それ かんがえてないと 習得できても できるようになっても 「役に立ったか?」という 自分の疑問に答えることができないよね。 
     
     
     
     
     
     4月から 新しいことはじめた人は まず 習得、できるようになって それを やりながら 「役に立たせるには どうしたらいいか?」って 同時におもいながら やるといいとおもうよ。 
     
     
     
    それが けっきょく 1番役に立つ方法だとおもうよ。 
     
     
     
     
    さて~
     
     
    とか いう話しは はたして 「役に立った」でしょうかね? どうですかね? 
     
     
     
    ぜひ 「役に立たせて」くださいね。 はい! 
     
     
     
     
    では! 
     
     
     

     
     
     
     
     
     
     

    2014年3月23日 (日)

    「教育」と「学習」のちがい(成人学習の4原則)

     僕は 「ビジネスコーチ」っていうよくわからない(笑)肩書きをつけているんだけど それには明快な理由があるんだよね。 

     
     
    ときどき、「お仕事なにやってるんですか?」って聞かれたりするときに 僕は「コンサルタントです」とか「研修講師です」とか答えてる。 
     
     
     
    仕事は何ですか? ってきかれて 「コーチです」とは答えません。 
     
     
     
    なぜなら 世の中に「コーチ」という職業はないから、、、、、、とか話すると 長くなるので、、、  
     
     
     
     
     
    「ビジネスコーチ」っていってるのは 「子育てコーチング」とか「生き方コーチング」とか そういうのは やりませんって意味です。 
     
     
     
    僕は 「子育て」とか「生き方」とか コーチされるものではないとおもっているので、、、 
     
     
     
    とか いっても だいたい年に数回は、学校とか保育園とかの先生対象に、講演とかやるけどね ( でも たいていは 父兄とのコミュニケーションについてだけどね )  
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     「教育」と「コーチング」の明確な違いとして 「生徒」を対象にしているのか? あるいは 「社会人」を対象にしているのか?という違いがあるよね。 
     
     
     
    これは 対象が 若いかそうじゃないか ということにかかわらず 「生徒」なのか「成人(社会人)」なのかで 学習のやりかたが違うといわれている。 
     
     
     
     
    比較的 あたらしいんだけど ノールズと言う学者さんが 
     
     
     
    「子どもの「教育」と 成人の「学習」というものをわけるべきだ」  
     
     
     
    的な理論がでてきて 子どもの教育と 成人学習とは明確にわけるべきだってかんがえかたが でてきたんだよね。 
    (※ もう、めちゃくちゃ 「意訳」しています。研究者のかたスミマセン)  
     
     
     
     
    その4原則っていうのを 簡単に紹介すると、 
     
     
    1 自分たちが学ぶことについて、その計画と評価に直接かかわる必要がある
     
    2 いままでの経験が、学習の基盤を提供している
     
    3 自分の職業や生活に直接、重要とおもわれるテーマについて学ぶ
     
    4 学習する内容そのものよりも、問題解決が学習になる 
     
     
    っていうのが 「成人学習」の原則だよ。 
     
     
     
     
     
    ここから わかるのは 例えば 職場で部下や後輩に、何かを学んでほしいときに 学校で教えてもらった先生のやりかたでは 基本的にはダメだってことだよ。 
     
     
     
    つまり 「teaching 教えること」 から 「learning  学習すること」への違いをあらわしているよね。 
     
     
     
     
    これは 大きな違いで この違いを意識して 職場でもOJTなんか やっていかないと 効果が薄いよね。  
     
     
     
     
     実際 ときどき大きな問題になることがあって 教えるほうが 「先生ー生徒」のやくわりを要求しているのに 教えられるほうが「教えてくれる人ー学習者」の関係を 要求して なんか 人間関係的にマズイ状態とかになったりする。 
     
     
     
    だから これは 基本的に 職場なんかでは 「教えてくれる人(インストラクター、コーチ) - 学習者」 という関係性で 接しないと なかなかうまくいかない。 
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     けっこう 単純に この「教育」と「成人学習」の違いを意識していないだけっていう問題なんかがあって そういうのは すぐに解決したほうがいいよね。 
     
     
     
     
     
     まぁ そういうわけで 僕は「子育て」とか「生き方」とかそういうのはコーチングしませんので 依頼しないようにお願いします。  
     
     
     
    よろしくお願いします。 
     
     

     

    2014年3月21日 (金)

    「ふつうレベル」と「熟達レベル」について

     昨日からの続きを 今日は話してみるね。 

     
     
     
     
     
    昨日のエントリーのポイントというのは、  
     
     
     
     
    一般的に、社員研修というのは 「未熟なレベルから一人前のレベル」に達するためにおこなわれる
     
     
    しかし 一人前レベルから 次におこなわれるのは 「次の世代の育成手法を学ぶ」研修がほとんど 
     
     
    だけど 本来なら 「たんなる一人前レベルから、より熟達者になるのは?」という教育がおこなわれないといけないのでは? 
     
     
    実際 熟達者が増えることが チームの生産性やパフォーマンスを左右している
     
     
     
    では? どうしたらいいのか?  
     
     
     
     
    、、、、、、っていうのが 今日の話。  
     
     
     
     
     
    一人前レベル、、、、、、っていう言い方がずいぶんあいまいなんだけど まぁ これを 「ふつうレベル」ってよぶことにする。 
    ( まぁ これでもあいまいだけどね )  
     
     
     
     
     
    「ふつうレベル」と「熟達レベル」とのちがいとは何か?  
     
     
     
     
     
    実はこの「問い」こそが、熟達レベルをつくりだしていく質問なんだよね。  
     
     
     
    つまり この質問に答えられない組織が大半で それは とりもなおさず 「熟達レベル」の人をつくりだすことを 組織としておこなっていません と宣言しているようなものだよ。 
     
     
     
     
     
     
    うん。  
     
     
     
     
     
     
     
    これは とても大きなポイントなんだよね。  
     
     
     
     
     
    やり方としては、 
     
     
    「熟達レベルとはなにか?」ということを ディスカッションして それをそっれぞれの行動レベル、プロセスレベルにまで 分解する。 
     
     
    それを 実際にうまくおこなえるように なんども練習(ロールプレイ)し、評価をおこなう。 
     
     
    評価のなかで 修正をくわえていって 「熟達レベル」のパフォーマンスをきめる。 
     
     
    「熟達レベル」は、成果ではかられるから 評価基準も重要なんだよね。 
     
     
     
    、、、、、、なんて ことを話していくとキリがないから また別の機会に話すね。  
     
     
     
     
     
     
     とにかく 「熟達レベル」を規定していくプロセスというのは 僕自身のコーチングプログラムの中に完全にあって いろんなところで ちゃんと機能している。   
     
     
     
     
     
     
    ところが、、、、、、なんだよね。  
     
     
     
     
     
    実際は この「ふつうレベル」と「熟達レベル」というのを組織としてきめない という組織はとてもおおい。  
     
     
     
     
    なぜか?  
     
     
     
     
     
    大きな理由は 「熟達レベル」をきめて 皆がそこにむかう ということが (おもっているよりカンタンに) できるって信じていないってのが大きいとおもうな。  
     
     
     
     
    つまり 最初は うまくイメージできないんだろうね。  
     
     
     
    だから  けっこう長い間抵抗したり 話していくのに、たくさんの人と話をしたりしないといけなかったりするよ。 
     
     
     
     
    僕が苦労した組織のほとんどは、この組織として「熟達レベルとはなにか?」ということを 決めることに 抵抗したひとたち、、、、、、っていってもいい。   
     
     
     
     
     
     
    不思議なもので わざわざ僕に、コーチを依頼して しかも 僕のいうことに抵抗するっていうのは 最初のころは 意味がわからなくて 面食らったけど 最近は おどろくこともなくなった。 ( ありすぎて(笑) ) 
     
     
     
     
     
     
     
     
    最後に ちょっと、まとめると  
     
     
     
     
    「熟達レベルとはなにか?」ということを 組織としてかんがえる必要がある  
     
     
     
    熟達レベルを規定していくプロセスは、ほぼ規格化されていて さほどむつかしいものではない 
     
     
     
     
    そうすることで チームのパフォーマンスは向上する 
     
     
     
    しかし、そもそも「熟達レベル」をきめることに、抵抗する組織があって そこを納得させることに かなり苦労する 
     
     
     
     
    ってことだね。 
     
     
     
     
     
     

     
     
     
     
     

    2014年3月20日 (木)

    「能力」を伸ばすのは何が必要なんだろうね(必要な教育とは?)

     最近、研修とか それ系のこと話しているので 今日もそれネタで。  

     
     
     
     
    一般的に 「研修」とか「教育」っていうのは 
     
     
    「未熟なひとが 一定のレベルに達するまで」
     
     
    を サポートするものだと おもわれてるよね。  
     
     
     
     
     
    もちろん 大部分がそうなんだけど、、、、、、 
     
     
     
    じゃ、一定のレベルに達したあとは 「研修」や「教育」をつうじた 学習は必要ないのか?、、、、、、っていうと そんなことはないよね。 
     
     
     
     
    ただ そうなった場合 何が「研修」の目的になるか? というと ほとんどが
     
     
    管理者教育( この言い方大嫌いだが )= 次の世代を育てるためのスキル習得 
     
     
    ってことになるんだよね。 
     
     
     
     
     
     
    でもね。 
     
     
     
     
     
    毎年、毎年 たくさんの新人が入ってくる 大組織ならまだしも ときどき新人がはいってくるぐらいの 大部分の中小企業なら はたして そんなに 「次の世代を育てるスキル」が必要だろうか?  
     
     
     
     
     
     
    ほんとうは いちばんニーズが高いのは  
     
     
     
    「いまのチームの力をより向上させ、成果をあげる能力」  
     
     
    が もとめられているとおもうな。  
     
     
     
     
     
     
     
    つまり 企業ニーズが高い「研修」とは
    まず 第一に  
     
     
    「未熟な人が一定レベルに達するためのスキル研修」 
     
     
    その次は
     
     
    「リーダーや マネージャーが チームの力をよりひきだすためのスキル研修」
     
    と、なるよね。  
     
     
     
     
     
     
     
    でも、実際 リーダーとかマネージャーとかの「リーダーシップ研修」とか「チームビルディング研修」なんかをやるだけで チームの力はひきだせない。  
     
     
     
     
     
     
    チーム力をひきだすには 重要な要素がある。 
     
     
     
     
     
     
     
    それは あたりまえのようだけど
     
     
    「一人前になってる(と思われる)人を より熟達させるための研修(教育)」
     
     
    なんだよね。 
     
     
     
     
     
    これは なかなか おこなわれないんだけど ココが! いちばん チーム力や組織力が伸びる 大きなポイントなんだよ。  
     
     
     
     
     
     
    僕は マニュアルや仕事を定型化することとか  そういうことを強力に推しすすめるコーチングをする人なんだよ。 
     
     
     
     
    それは ヒューマンエラーを極限までなくしたいっていう思想でもあるけど なにより 極限まで マニュアル化をすすめても 最後の最後で、 
     
     
     
     
    「ここからは 個人の力量にたよらないといけない」  
     
     
     
    という部分が残る、、、、、、残すためでもある。  
     
     
     
     
     
     
     
    この 極限まですすめても 残る部分っていうのが 本当に「熟達」しないといけない部分なんだよ。 
     
     
     
     
     
    でも たいていの場合 そのはるか手前で  
     
     
     
     
     
    これ以上は、個人個人の判断で、、、
     
     
    だいたいわかっているから 個人にまかせている 
     
     
    ひとつひとつ規定していては ルールが複雑になる  
     
     
     
     
     
     
    、、、とかの「理由」で、あいまいな部分が残ってしまっている。 
     
     
     
     
    実は これが 個人の力量が伸びることを、さまたげている大きな理由なんだよ。  
     
     
     
     
     
    つまり 
     
     
     
     
    「もっとも効果的で効率のよい方法は何か?」  
     
     
     
     
    ということを 組織としてかんがえることを放棄しているんだよね。
     
     
     
     
    だから 個人がそこにむかわない。 
     
     
    悪くはないけど さしてよくもないやりかたを いつまでも続けてしまう。 
     
     
     
    そうすることを 助長してしまうんだよね。   
     
     
     
     
     
     
     
    さて ではマニュアル化とか定型化とかを すすめれば 個人の力量が伸びるのか? というとそういうわけではないよ。 
     
     
     
    具体的にどうするのか? 
     
     
     
     
     
    、、、 っていうのは 長くなったので また明日話すね。  
     
     
     
     
     
    では!
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

    2014年3月19日 (水)

    では、よい「研修」とはどんな研修なのか?

     このあいだ どんなコーチングをやっているのか? 秘密を公開します ってエントリーではなしたんだけど それに関連して 今日また、ちょっと話してみますね。  
     
     
     
     
     
     
     僕は研修なんかで いちばん気をつけていること なんだけど それは 
     
     
     
    「研修の最大のリソースは、他の参加者である」  
     
     
     
    っていう よくいわれる言葉なんだよね。  
     
     
     
     
    まぁ これは そのまま なんだけど 要するに 研修でいちばん役に立つのは 講師からの話だったり 講義の内容だったり じゃない。  
     
     
    他の参加者の意見や 参加者の、この講義のとらえ方 なんかがいちばん学びになるっていうことだよね。  
     
     
     
     
     
     
     
     
     あんまり慣れていない 講師の人や へたくそな先生なんかは 自分自身の話すことに気をとられすぎてしまうんだよね。  
     
     
     
     
    重要なのは、 
     
     
     
     
    この時間の中で 他の人は 何をうけとっているのか? 
     
     
    何を理解しているのか? 
     
     
    どんなことを考えているのか? 
     
     
    講師への評価をどうかんがえているのか? また 他の参加者の評価をどうとらえているのか? 
     
     
     
     
     
    などを 自分と比較してどうなのか? ということに 参加者は とても関心をもっている。 
     
     
     
    そして それを知ること、そのものがいちばんの学びになるんだよね。  
     
     
     
     
     
     
    だから 研修や講演、セミナーなんかは それが ごく自然におこなわれたり はなしあわれたり できるような デザインになっていないといけない。 
     
     
     
     
     
    たとえていうなら  進学校が 成績がよいのは 教えている先生やカリキュラムがいい というだけでなく その学校のクラスメート 友達どうしの 情報交換や刺激が 活性化につながっているってことと 似ているね。
    ( スポーツ名門校なんかもそうだよね )
    だから そこから逆算して 講師の話も 研修の内容も 「参加者どうしの学び」が最大化するように 設計されていると もっといいね。  
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     同様に 職場での学びも 「上司→部下」という 一方向の学びだけでは うけとるものがすくなすぎる。 
     
     
     
     
    やはり 「学び」は 職場のさまざまな方向から うけとっている。 
     
     
     
    だから 同僚や後輩、他部門の先輩や、2つ、3つとびこえた上司 なんかの とらえかた 考えかたを 知ることはとても学びがおおきくなる。 
     
     
     
     
    そういう 「上司→部下」の一方向だけでない 学びのデザインを職場でも つくっていくことが重要で それは とても効果も高いし 効率もいい。 
     
     
     
     
     
    単純に 「上司 → 部下」っていう 関係性 だけで学びのすべてを みたそうとするのではんくて いろんな関係性から 学びがおこなわれるように デザインする必要があるとおもう。 
     
     
     
     
     
     
     

    2014年3月18日 (火)

    どれくらい組織や企業は「教育」を負担したらいいのか?

     少しまえに 僕が研修をやっていたときに 参加者のひとりが
     
     
    「そんなことまで やらないといけないんですかね? 会社は教育機関じゃないんですよ?」 
     
     
    というような 発言をしたんだよね。 
     
     

     
     
     
    正直 「それを講師にいわれても困るなぁ。そこから話すると ずいぶん面倒だな」 とおもったよ。 
     
     

     
     

     
     
    そのときは ほかの参加者から 「それはいいんですが ちょっとべつの質問があるんですが、、、」 って話がでてきた。 
     
     
     
     
    どうも、参加者の大部分が 「そこまで やらないと~」って 発言したひとに 共感してなかったみたいだったので、それで 別の質問の話になった。 
     
     

     
     
     
     
     
    こういう 発言を 講師にされても 正直 困るなぁ。 
     
     
     

     
     
     
     
    会社に 離職率対策やら、育成手法やらが 不十分なので よろしく~ といわれたので 僕がでてきたまでで 文句あるなら 会社にいってほしい、、、まぁ 気持ちはわからんでもないけど (と、一応いっておく) 
     
     
     
     
     
     
     
     あと、「そこから話すと面倒だな」っていう話なんだけど、、、今日は その話。  
     
     
     
     

     
     
     
    研修やらコーチングやら 個人の成長につながるものを どの程度、企業負担でやる必要があるのか? という話なんだけどね。  
     
     

     
     
     
    これって あんまり意識されていないんだけど どこまで負担するのが妥当なんだろうか?  
     
     
     

     
     
     
     
    結論として いえば 「極力 組織や企業が そのコストを負担したほうが 結果的に効果が高い」 といえるとおもうな。  
     

     
     
      
     
     
     
    「会社は教育機関ではない」 …… っていうのは、まぁ そのとおりなんだけど 「教育的体制をとったほうが効率がよい」というのは 間違いないとおもう。  
     
     

     
     
     
    それなりのコストをかけて スタッフの教育をすれば もちろんパフォーマンスもあがるし 働く意欲もあがるだろうね。  
     
     

     
     
    問題はどの程度コストをかければよいのか? ってことなんだけど、、、 具体的には わからない。 
     
     
     
     
     
     
     
    誤解されやすいのは その教育によってメリットがあるのは 個人が最大だからだとおもう。  
     

     

     
     
    でも メリットをうけるのは 個人が最大の恩恵をうけるけど 組織はその次に大きな恩恵をうけるんだよね。  

     
     

     
      
     
    組織が 得るメリットっていうのが、とても大きい。  
     

     
     
     
    でも、ほおっておくと 個人が自分で、自発的に必要な能力アップをやっていくか? というと 積極的にやるケースって とても少ないんだよね。 
     
     
     
     

    つまり 本人は自分ではなかなかやらない。  
     

     
     
    組織や企業が 教育をすると 本人にいちばんメリットが大きいけど 2番目に大きいのが 組織や企業で それは かなりの部分で 対費用効果にみあうケースがおおいからなんだよね。   
     
     
     
     
     
     

     
     
     
     なんとなく 自分自身が最大のメリットをえるので 「それは 自分でやることじゃないのか?」っておもうんだけど そこを乗りこえる必要があるよね。  
     
     
     

     
     
     
     
    と、いうような話は 研修の本筋からはずれるので そのときは説明しなかったので、今日ここで 話してみました。 
     
     
     
     
     
     
    まぁ 僕の研修は本筋からはずれることは とてもおおいし しかも はずれたときのほうが 満足度が高いという どうしようもない結果だったり するんですけどね。