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2014年9月

2014年9月30日 (火)

2014年 9月の人気エントリー

あっというまに なんだか秋めいてきましたね。

 
 
明日からは 衣替えだけど 沖縄は 来月です。
 
 
でも 11月でもぜんぜん半袖の人とかもいるし そもそも10月はまで泳げますからね。
 
 
 
 
Specialclimate1
 
 
 
 
 
さて では 今月の人気エントリーです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東大野球部コーチの元巨人桑田氏の記事が、新聞にでていたので そこからちょっとおもうところをいろいろ。
 
 
僕の結論としては 記事にでている情報だけから類推すると たぶん「東大は勝てない」っておもうんだけどどうかな?
 
 
僕の研修でよく 「名選手は名コーチになるか?」っていうディスカッションをするんだけど もちろん 名選手であっても名コーチに必ずなれるわけではない。
 
 
ただ 僕は 「名選手が名コーチになると無敵である」というかんがえの人なんだよね。
 
 
錦織圭選手の偉業と「コーチング」はあまり関係ないと思う 」ってエントリーでも話したけど マイケルチャンコーチがやった「コーチング手法」っていうのは いわゆる世間でいうところの「コーチング手法」ではなくて トレーニングだったりレクチャーだったりだとおもう。
 
 
 
おそらく それが功を奏したんだとおもうな。
 
 
基本 僕も「いわゆるコーチング」よりも ふだんは トレーニングやレクチャーあるいはインストラクションみたいな どちらかというと 
 
「僕が伝えたいことを理解してもらう」
 
ってプロセスがおおい。
 
もちろん そのプロセスの中で「いわゆるコーチング」的な手法をつかうことがほとんどだけどね。
 
 
 
うん。
 
 
 
 
ただ 桑田氏にはぜひ頑張ってもらいたいね。 オファーがあるなら協力したいぐらいだな(笑)
 
 
どうでもいけど 高校時代のもうひとりの注目選手は なんだか最近、、、 まぁ 関係ないからいいか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「リーダー対個人」と「リーダー対集団」では やり方かえないといけないんだけど 同じやり方でやる人がおおいよねって話し。
 
 
 
このエントリーでは 具体的に どれくらいの人数でやり方をかえていけないのか? ってことも 話しているね。サービスいいな、僕は(笑)
 
 
 
 
 
従業員がふえたり 会社の規模が大きくなったら やり方をかえないといけないんだけど かえない経営者とかリーダーとか とても多いんだよね。
 
 
それは たぶん 「変えないそのやり方がうまくいってきたのでここまで大きくなった」っていう成功体験があるんだよね。 これを変えるのはとても難しいよ。
 
 
実は こういうケースって 僕のとくいなコーチング分野なので 事例もいっぱいあるから そのうち少しずつ エントリーしていきますよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今月は、これが1位でしたよ!
 
 
 
 
 
Photo
 
 

データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

 
 
 
 
 
このエントリーは 過去エントリーの 「読まなくても良書だとわかってた 「データの見えざる手 矢野和男」 」を もうちょっと詳しく話した 続編のその1。
 
もちろん 続編はまだまだ続くんだけど、こういう「証拠」があるビジネス書って 僕は好き。
 
 
たぶん このお陰で 精神論的なタイムマネジメント論 みたいなビジネス書は 恐らく数百冊単位で「間違い」が証明されたとおもう。
 
 
 
 
 
 
もちろん この本より新しいデータとか、測定基準で 否定されることはこれからもあるとおもう。
 
 
 
ただ 現時点であきらかに間違っているものを、根拠なく信じるのは なんだか人生の無駄遣いのような気がするので 僕は好きじゃない。
 
 
他にもやらないといけないことは 人生には山ほどあるからね。
 
 
あれ? なんで人生論になった?
 
 
 
 
 
 
 
この本の 「我々の活動限界は熱力学の公式によって表せる」 という第1章の話しは 知っている人と知らない人とでは 雲泥の差がでるとおもうな。
 
 
 
とにかく この本は絶対に読むべきだとおもうよ。
 
 
ブログで引き続き解説していくので 読むの苦手な人は 読みながらブログを参考にしてもらうといいとおもう。
 
 

データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて 8月も 意味なく ももクロ写真貼ったので 今月も貼ってみよう(まったく関係ない)
 
 
Orig
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 

2014年9月29日 (月)

ポジティブ思考の「ここ」に気をつけるべし

今日は ちょっと短めに話しますね。

 
 
すこしまえにも話したんだけど 「ポジティブ思考で気をつけないといけないこと 」っていうエントリーで
 
 
「前向きにかんがえることではなくて、今の状態でしかできないことを最大限に活かす」
 
 
という思考にかえる必要がある。 さらに、
 
 
「だからといって、今の状態が変化するわけではない」
 
ってことを話したんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
詳しくは エントリーみて欲しいんだけど 僕は 基本的に
 
 
「自分たちにできることをやっていこう」
 
 
って いうかんがえがあまり好きではないんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
表現だから いろんな意味にもとれるけど たとえば 「ふたりで1万円の予算で夕食を最大限楽しむにはどうしたらいいのか?」ってとき。
 
 
これだと 高級レストランにはいけないよね。
 
 
じゃ、食材なら なんとかなるから 自分たちでつくって ディナーを楽しもう、、、っていうのも わるくないんだけど これは僕はあんまり好きな思考ではないんだよね。
 
 
 
 
ふたりで 1万円なら たとえば 屋台で食べたいものを好きなだけたべる みたいにすると 屋台でふたりで すきなだけつかっても1万円以上になるのは なかなか難しいよね。
 
 
 
つまり 予算1万円のなかで 「高級レストランの食事を楽しむには?」 という問いかけが 「レストランは無理だけど 食材かってきて自分でつくる」 に変化しているんだよね。
 
 
一方で 屋台なら 1万円が上限で 10万円持っている人も 1万円持っている人も 同じように 「最高レベルの食事」ができる。
 
 
 
 
 
 
 
僕が言ってる ポジティブ思考っていうのは 「1万円あったら それが上限の食事処へいこう」っていう意味で 「1万円のなかで できるだけ 高級レストランの雰囲気を味わおう」 ということではないんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
だから 何か制約条件があったときに
 
 
「それが 最高になるものは何か?」 
 
 
「それだけで 完全に成立することは何か?」
 
 
みたいな 問いかけをすると 「1万円で屋台」みたいな 思考がでてくるとおもう。
 
 
 
 
 
 
 
 
これは どちらが良いというわけではないんだけど なんとなく ポジティブ思考とは 「高級レストランは無理でも 自分たちでつくれるならそうしよう」 というもの「だけ」 しかあがってこないので ときどき窮屈なおもいになることがある。
 
 
 
「自分たちでできることは何か?」 という思考には ちょっとだけ 落とし穴があって 「自分たちでできること ”だけ” しか思いつかない」ってケースがあるので ちょっと 注意が必要だね。
 
 
と、いうことで また次回!
   

2014年9月28日 (日)

少し先の未来

世の中があっというまに「人手不足」になって しばらくたちますね。

 
 
しかし 一方で 「就活」とかで 大変な人もいるし どうなんでしょうかね?
 
 
 
 
 
 
 

:政府が成長産業を見つけられないのと同じで、個人が将来必要とされる技術や知識を見極めるのは非常に難しいんです。そんなことができる人は、自分で起業してどんどんお金を稼いでいるはずなので、そもそも「失業」なんて問題にしていません。

では、「将来必要とされる技術や知識を見極められない」という人はどうすればいいのか。私が何より重要だと思っているのは、何が起きても対応できるような「土壌」を作ることなんです。もう少し踏み込んで言えば、「自分で課題を見つけて、それを解決していく習慣」を身につけるということです。当たり前のようでいて、サラリーマン生活にどっぷり浸かっていると、これができなくなるんです。日々のルーチンワークと「上司から降ってきた仕事」をこなすばかりで、「自分で仕事を見つける」ことができなくなる。この「サラリーマン根性」を捨てることが、もっとも有効な失業対策だと私は考えていますね。

西田:それは就職活動の頃から誰しも肝に銘じておかなければいけないことですよね。キャリアセンターには、毎日のように「自分に合う会社ってどこかありますか?」「自分に合う仕事って何なんですかね?」と相談にくる学生がいるわけですが、そんなものは「無い」に決まっています。そもそも、問題意識もなく、「自分に合う仕事」をくれる会社を目指している時点で、会社に入る前から「サラリーマン根性」に染まっている。そこが出発点だと、横並びのエントリーシートになってしまうのも当然です。そうではなくて、自分で、あるいは、その会社の中で「自分のやりたい仕事を作っていく」と。

       
 
(※ 引用終わり プレタポルテBY夜間飛行 より)
 
 
 
 
 
この問題 たしかに 個人で「将来必要とされる技術や知識は何か?」なんてよくわからないよね。
 
 
 
だから 有名大学とか英語とか資格とか そういうものに学生とか集中するんだろうね。とりあえず 間違いなさそうにおもえるからね。
 
 
 
「自分で課題を見つけて、それを解決していく習慣を身につけること」
 
 
っていうのは たしかにそうなんだけど それはなかなか難しいよね。
 
 
ただ ちょっと かんたんな コツみたいなものってあるんだよね。
 
 
 
 
それは 
 
 
「少し先の未来とか 1つ2つ上のポジションを見据えて過ごすこと」
 
 
なんだよね。
 
 
 
 
 
 
かんたんにいうと、今自分が大学生だとしたら 身分は学生でも実際に会社で働いてみる、会社員だったら 「もし自分が部長になったら」とか「自分が役員になったら」とか「新規事業の社長になったら」とか 意識して シュミレーションしておく。
 
 
どういう仕事をするのか? うまくいってるお手本は誰か? 
 
 
とか そういうのを見据えて 仕事をすると 「自分にとって何が必要なのか?」がちょっと見えてくるんだよね。
 
 
ただ 学生が「インターン」みたいな 学生として働く みたいなことやっても あんまり身にならないかもしれないね。
 
 
むしろ アルバイトとかちゃんと報酬をもらったほうがいいよね。
 
 
歩合給とかなら もっといいけど ヘタすると法律違反とかになるから まぁ交渉だね。
 
 
 
 
僕が 採用担当の人とかと話ししてみて よくわかったのが 要するに 採用者に対して 物語をもとめているんだね。
 
 
「学生時代に、こういう経験がきっかけで これを体験するようになったので この仕事をしたいとおもった」
 
みたいな綺麗なストーリーがあって それに合致する資格やら経験が多少あって みたいな人はきわめて 採用されやすいね。
 
 
でも そもそもその会社で働いている人たちでさえ、そんな綺麗な動機で入社したわけじゃなかったりしているしね。
 
 
 
 
 
 
 
このストーリーって 本当に自分で つくったほうがいいとおもうよ。
 
 
で、さっき話ししたように このストーリーの現在のすこし先も、ちゃんと自分でつくっておく。
 
 
それが けっきょく 「自分で課題をみつけて それを解決していく」ってことになるんじゃないかな?
 
 
 
 
ところで 「政府が成長戦略をみつけきれない」ってのも 要するに 政府も少し先の未来をちゃんと描けていないってことなのかもしれないね。
 
 
 
ということで また次回!
 
 

 
 

2014年9月27日 (土)

学習と教育についてのメモ

今日はメモ的に 師匠の玉城政光先生の 「教育・発想の転換」より 学習と教育についてから抜き書き。

 

 

「生涯学習と生涯教育」

(中略) 

 成人教育(西洋)から発展してきた社会教育は生涯教育(西洋)に重点が変わり、さらに今日わが国では、学習に重点をおく「生涯学習」に改められたのである。なお、生涯学習はいつでも、どこでも、だれでもが生涯を通じて学習することである定義され、従来の学習者や場所による分類も包含した総括的な概念になっている。それは、学習が「行動の変容」であり、年齢や場所を超えて行われるものであるとする新しい学習理論に起因しているものと思われる。

一方、生涯教育は生涯学習が容易に行われるように援助することである。つまり学習が効率的に行われるように環境条件を最適に整えることである。環境条件は一般にハード面とソフト面に分けて考えられている。前者は学習のための施設や設備(教育機器)をいい、後者は学習のための内容(知識、技能、価値)を提供する図書または人(教材または人材)をいうのである。

 ちなみに、家庭で子供が容易に学習(行動の変容)ができるように親が諸条件をととのえてやるのが家庭教育である。子供がその下で効率的に学習するのであれば、それは家庭学習であるこれからも分かるように子供が学習してはじめて教育は意味をもつのである。つまり、教育は手段であり、学習が目的である。重点を手段である教育におくよりも、目的である学習においた方が適切であると思われる。

(引用終わり 下線太文字は僕です)

 

 

「学習」と「教育」についての考察なんだけどね。

 

誰かに 「教えること」が 主 じゃなくて 学ぶ人 「学習すること」が 主になるって話しだね。

 

だから 諸条件をととのえてあげることが 「教育」になるってことだから だから「教える」っていうのは やり方や方法を伝えればいいってわけじゃないってのはあきらかだよね。

 

 

よく 耳にするのが 「彼にはちゃんと教えたんですけど」 「部下には伝えているんですが」みたいな言葉だけど それは 

 

「教育」はしているんだけど 不十分なために 相手が「学習」できていない

 

ってことなんだろうね。

 

教育が相手が学習することを手助けする環境をつくることとはいえ、学習者そのものが 「なぜ 学習をする必要があるのか?」という目的をよくみつめないと 学習そのものに対する意欲がわいてこないよね。

 

以前にも 話したけど 「勉強をする」 「学習をする」 理由は それそのものが そのまま世の中で役に立つことだし それによってより社会貢献ができるようになる。

 

※ 関連リンク 

子供に「何で勉強するの?」って聞かれたら、こう答えろ! 

お金以外の働く意味

 

だから 学生の勉強にせよ 社会人の働く意義にせよ 

 

「今やっていること やらないといけないことが どのように世の中の役に立っているのか?」

 

という質問にこたえていかないと 結局のところ やらされていておもしろくないものになったり たんなるモチベーションプログラムを走らせるだけのものになってしまう。

 

結局のところ 重要なのは 「学ぶ意義を知る」ってことになるんだろうね。

 

 

と、いうことで また次回!

2014年9月26日 (金)

「クイックサービス」の重要性

BtoCの会社のサービスレベルの向上のためのコーチング、、、みたいな仕事って よくあるよ。

 
 
ようするに 「お店やサービス業のサービスレベルをあげるためには?」というコーチングだね。
 
 
 
そこで サービスっていうと 「丁寧なおもてなし」とか「心のこもったサービス」とか そういう話ばっかりになってしまうんだけど 僕は基本的に そういうのはやらないんだよね。
 
 
 
 
 
ちょっと こちらの記事を参考にしてみて。
 
 
 
 
 
 
 
(中略)
 

だから日本の百貨店の濃い「おもてなし」が喜ばれると?

斉藤:と、思いますよね? でも日本に旅行したことがある中国人に実際に話を聞いたところ、日本式の丁寧な接客に大喜びしているかというと、必ずしもそうではない。逆に「オーバースペックな対応で緊張してしまう」「買いづらい」と嫌がる人も少なくないんです。

 まず、レジ横でカップラーメンを食べているような中国の店員と比べると、相当かしこまってますよね。客の方も百貨店に足を踏み入れた途端に、身構えたり緊張して固まったりしてしまう。彼らの話を聞いて思い出したのですが、日本でも若い人の百貨店離れが言われています。百貨店から足が遠のく理由は、中国人観光客と同じじゃないですかね。

そうだったんですか。「おもてなし」もダメとなると、彼らは日本の接客に、いったい何を求めているんでしょう。

斉藤:何といってもスピードですね。素早いサービスです。バスの団体旅行などでは、銀座、新宿、浅草など、バスを降りてからお店に入って、バスに戻るまでの時間が1~2時間しかないのが普通です。その間に、時にはA4の紙数枚にびっしり書かれた「買い物リスト」を消化しないといけません。

 もちろん、買い物のチャンスは何度もありますが、僕の見るところ、中国人ほど買い物に執着する国民も珍しいです。買い物が旅行の第一目的となっている観光客も多い。だからリスト上の「購入済み」の商品を一つでも増やしたいんですよ。丁寧な接客も、時にはインバウンドビジネスの武器になりますけど、中国人観光客にはわずらわしく感じられてしまうこともあるんです。

 日本の「おもてなし」が喜ばれる場面も多いですが、相手の状況にもよるということです。それを忘れると、それこそ「売りこぼし」が発生してしまいます。

(※ 引用終わり 日経ビジネスオンラインより)

     
 
 
 
 
「中国人向け サービスは丁寧なおもてなしをすればよいというものでもない」 という話しなんだけど 別に中国人観光客にかぎらず サービスとは丁寧な応対をすればよいというものではないよ。
 
 
 
 
 
一般的に サービスというのは 2種類にわけることができて 「ホスピタリティサービス」と「クイックサービス」の2つがある。
 
 
「ホスピタリティサービス」というのは いわゆる丁寧なおもてなし とかそういうの。
 
 
「クイックサービス」というのは これは「クイック」なので 速く、、、っておもわれるけど イメージとしては 「適性時間」みたいなものだとおもっていい。
 
 
 
 
実は 業種や業態によって 
 
 
どの程度の「ホスピタリティサービス」が お客さんにとってもとめられているのか?
 
商品やサービスの提供時間が どの程度だったらお客さんが満足するのか?
 
 
というのがわかっている。
 
 
 
 
 
そして 実は年々 お客さんの要求水準があがっているのは 提供時間、、、すなわち 「クイックサービス」のレベルなんだよね。
 
 
 
 
 
もちろん 「ホスピタリティサービス」の要求水準もあがっているんだけど 「クイックサービス」の要求の激的なあがりぐあいと 比較すると くらべものにならないくらい お客さんは 提供時間に敏感になっているんだよね。
 
 
 
 
たとえば コンビニなんかでも レジ待ち時間って 何年か前にくらべると もの凄く短くなってるよね?
 
高速道路なんかも ETCのおかげで 現金で払ったりするときってとても遅く感じる。
 
 
Amazonなんかの配送とか 信じられないくらい速くなってるよね。
 
 
 
どんどん 日常のクイックサービスレベルって 速くなっているので 以前と同じスピードで お店やサービスを提供していても 相対的に 遅くかんじるようになってきてるんだよね。
 
 
 
 
 
 
「ホスピタリティサービス」は、どうしたらいいのか? ということは 書籍やセミナーもいっぱいあるし 先生もたくさんいるんだけど 「クイックサービス」についての情報はなかなかないんだよね。
 
 
 
実際 提供時間を適性時間に短縮すると それだけで、( そう! それだけで ! ) 大きく 売上や利益があがるんだよね。
 
 
 
もう これは間違いないんだよ。
 
 
 
 
 
だから 「より丁寧な応対をするには?」 というサービス向上の問いかけよりも 「理想のスピードで 毎回安定して サービス提供するにはどうしたらよいか?」 という問いかけに変えるべきだとおもうよ。
 
 
 
 
すくなくとも そちらのほうが 効果が高いからね。
 
 
 
ただ 速くすれば いいってわけでもないんだけど 「相場」みたいなものもあるので 実際に 自分たちが提供している時間を 測定するところからはじめるといいとおもうな。
 
 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
 

2014年9月25日 (木)

部長ならできるとおもいます

すこしまえの研修で ちょっと気づいたことがあったよ。

 
 
研修のディスカッションのなかで 
 
 
「自分たちの仕事ってなんだろうね?」
 
 
って話しがでてたんだよね。
 
 
仕事について ディスカッションしていたら けっこうぶちあたる問題だけど あんまり難しくかんがえる必要はないんじゃないかな? とかおもう。
 
 
「我々の仕事は お客様に感動をあたえることです」
 
 
みたいなこといわれても 気持ち悪いし そもそも感動与える必要ないし 与えられんし とかおもうけど でも 言葉でわかりやすく説明するって大事かもね。
 
 
 
 
よくある笑い話で リストラされた中高年が 転職エージェントに登録するときに
 
 
「何の仕事ができるのか 教えてもらえませんか? 登録するので」
 
 
と聞かれて しばらくかんがえたあと
 
 
 
「何の仕事ができるのか よくわかりませんけど 部長ならできるとおもいます」
 
 
って答えたって話し。
 
 
 
 
 
つまり その人って 「仕事」をしてなかったんだろうね。
 
 
 
 
 
これはけっこうあることで たとえば 社長職や管理職なんかは 仕事をしているようで ただ単にやくわりをこなしているだけってことはよくある。
 
 
 
 
 
それは たぶん 「自分の仕事は何か?」と聞かれて 「社長です」「部長です」ってことじゃなくて
 
 
「会社の業績をあげるプロジェクトをすすめる人」
 
 
とか
 
 
「部門の売上を昨年よりあげられるような体制をつくる人」 
 
 
とかに 規定しなおす必要があるんだとおもう。
 
 
 
 
そうすると 具体的に自分は何を最優先にしないといけないのか? とかがわかるので 実際に 成果をあげられる可能性も高まるよね。
 
 
 
さっきの リストラ部長の話しも わりとひとごとではなくて 実際 僕が話しをきいた例でも
 
 
「店長やってました」
 
 
「部門を管理する仕事でした」
 
 
「支店長やってました」
 
 
なんて 答えるケースはとてもおおくて 自己紹介はそれでもいいんだろうけど  
 
 
「で、そこでどんな仕事をやってたんですか?」 
 
 
ってところで ちゃんと答えられるように 今の仕事について 認識をもつ必要があるよね。
 
 
 
 
 
と、いう 雑談でした。
 
 
では、また次回!
   

2014年9月24日 (水)

「立て直してくる人」の共通点を発見した

最近 ちょっと気づいたことをメモ的に話してみるね。

 
 
 
 
「タイムマネジメント」的なことって いろいろあるけど よく「スキマ時間をうまくつかおう」みたいなことっていわれるじゃないですか?
 
 
あれはあれで 雑誌にでてくる「デキるビジネスマン」みたいな人ってそんな感じなんだけど でも ちょっとした時間をつかってなんかやるとか なんだかとてもできないなぁっておもってたんだよね。
 
 
いや いまでもそうおもってるよ。
 
 
でも 「1日の時間の予算が決められている 」ってことになると いわゆるクリエイティブな時間につかえる時間って決まっているので スキマ時間でもうまくマネジメントしないと なんだかもったいない気がするよね。
 
 
 
 
 
 
ところで 9月から新しく転勤なんかになった人とかもいるんだろうけど まえの職場はわりとうまくいってたんだけど 今回の職場は いろんなところに問題があって ちょっとイロイロ立て直さないといけないなぁ なんて人もいるとおもう。
 
 
他にも いろんな理由から ちょっと窮地に至ったんだけど しばらくしてお会いすると 「今はずいぶん落ち着きましたよ」 なんて わりと涼しいかおでいう人とかもいる。
 
 
 
もちろん いつまでたっても 約束の時間が守れない人とか なんだかさして仕事もうまくいってない感じなのにやたらバタバタしている人もいるし。
 
 
 
 
この違いはなんなんだろう?
 
 
で、何か大変な状況であっても 最終的にうまくいかせる人の共通点って このあいだ発見したんだよね。
 
 
 
 
うん。
 
 
それは 
 
 
「何かやるときに 1時間単位で仕事をするんじゃなくて 分単位で仕事をしている」
 
 
ってことだったんだよね。
 
 
 
分単位っていっても 1分ごとに違うことやる とか そういうことではなくて 「これやるのに 1時間かかるなぁ」ってかんがえるんじゃなくて
 
 
「これは 毎日20分やろう」
 
 
とか
 
 
「15分だけは これにいまのうちに取り組んでおこう」
 
 
とか
 
 
「残りの 40分くらいを 資料読みにつかおう」
 
 
とか そういう使い方をするんだよね。
 
 
 
 
 
 
逆に いつまでも うまくいかない人は
 
 
「とても やる時間はない」
 
 
「毎日やるとか そんなことは無理」
 
 
「まったくそんな時間はない」
 
 
みたいな 恐らく なにかに手をつけて「1時間」の時間を確保することはできないっていってるんだと おもう。
 
 
 
 
それで 時間は無い無いっていってて だからいつまでたっても 同じ問題が解決されないんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
立てなおしてくる人も 同じように時間がないんだけど 「15分」とか「20分」とかの時間をつかって 少しずつ 長いスパンの仕事に手をつけてくるから いつのまにか 本質的な解決に近づくってことになるんだろうね。
 
 
 
 
 
 
 
これは 僕的には 大発見で 「なんで この人たちは いつもいつも時間がなくて しかも問題解決できないのか?」 っていう疑問の答えが
 
 
「仕事は1時間単位でやらないといけないとおもっている。15分とか10分とかで続けるメソッドをもっていない」
 
ってことなんだなっていうのが よくわかったよ。
 
 
 
 
もちろん それをやらない理由はさまざまなので この指摘をしたからといって すぐに15分単位で仕事をやりはじめるのか? っていうと そんなことはぜんぜんないけどね。
 
 
 
 
そうかんがえると 「スキマ時間」の有効活用とか、ビジネス雑誌にのっている人たちって 本当は 「この時間こそが本当の仕事の時間」っておもってるのかもね。
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 

2014年9月23日 (火)

働かないおじさん問題、、、と関係ある話

僕は こうみえても(?)実は、「成果」で働いているのではなく 「時間」で働いている人なのだ。

 
 
これは 昔からそうで 会社員時代から 基本的に「8時間+α」時間っていうのを設定して その時間は働くようにしていた。
 
 
「+α」は 最初は4時間で ようするに12時間働いていた。
 
 
これは 当時の上司から「今の時期(若い時)はこれくらい働かないと成果はでないぞ」と、いわれた、、、いや 「教えてもらった」(笑)ので あまりかんがえずに そうしていた。
 
 
そしたら たしかに仕事はすすむようになったので(当たり前である) わりとよかった。 だいたい 独身だったし さしてやることもなかったし。
 
 
 
 
 
 
で、独身でなくなったり 年齢があがれば 「+α」は だんだんと減っていき いまや 「+α」は0時間である。
 
 
そう。 基本的に僕は8時間しか働かない「働かないおじさん」なのだ。
 
 
 
会社のなかの「働かないおじさん」は仕事があっても(?)なくても 働かないんだけど 僕の場合は ちょっとちがってて 
 
「とくに緊急の仕事がなくても 一応8時間は仕事らしき仕事をする時間にしよう」
 
 
と いうもので たとえば 丸一日アポがない日でも 一応8時間は仕事すると決めている ということなんだよね。 まぁ そういうしばりをしておかないと 基本1人なので どこまでも落ちていってしまうからね。そういう人 いっぱい見たから。
 
 
さて そういうことで こっちの記事。
 
 
 
 
 
 
 

「知的労働」は8時間の中で生産性をあげること

もし、ホンキで「脱工業化社会のホワイトカラーの成果は、時給で測定できない」と主張するのであれば、労働時間の規制を取り払うのではなく、労働時間の上限を8時間に設定し、これを何とかして守る方法をとるべきではないでしょうか。

1日8時間しか働けないのであれば、ダラダラ残業で高給を得る生産性の低い「働くふりをするオジサン」を排除することもできます。また、「裁量」の名の下に若者に際限のない長時間労働を強いる企業は、明確な違法企業として取り締まることができます。

中小零細でも、労基法をきちんと守っている会社はあります。守れない会社は往々にして儲からない仕事でも引き受け、社員に丸投げしてサービス残業で処理することに罪悪感を抱いていません。まずはトップが最初から「法律なんか守れるはずがない」と信じ込んでいるところから、変えるべきです。

そもそも人間の集中力には限界があります。規制の枠組みを厳守し、その範囲の中でできる仕事しかできないようにすることで、新たな知恵を生み出し、戦略や戦術を練ることで生産性をあげる――。それがホワイトカラーに限らず、新しい時代の労働のあり方かと思います。

(※ BLOGOS より 引用終わり)

     
 
 
僕はクライアント企業さんの中で けっこうこの「残業問題」にとりくんでいるんだけど やっぱり 残業時間と成果との間に、組織としての因果関係は無いようにおもう。
 
 
僕の例とかでも わかるかもしれないけど たとえば 若い人の個人としての因果関係ってあるかもしれないよね。 
 
つまり 仕事できない若い人が 残って仕事することで仕事をおぼえる ってことはあるのかもね。
 
 
でも それが 組織全体の業績や成果へのインパクトってどれだけあるの? っていえば 1年ぐらいのスパンで 比較したら たぶん ほとんど無視できるレベルだとおもう。
 
 
 
 
つまり 若い仕事ができない人が残業しようがしまいが 組織全体ではたいして影響はない ってことだね。
 
 
 
 
「いや ウチの会社は それでは立ち行かない」
 
 
みたいな たかの友梨的発言は 自らの経営者としての無能ぶりをさらしているだけなので 経営者辞めるか、そんな業界からは手をひいたらいいとおもう。
 
 
 
 
いや、たしかに そういうステージがあることは理解するよ。
 
 
でも そういう会社としてのステージを超えてきてるのであれば ちゃんとやらないと経営者として失格だよね。
 
 
 
同様に 「俺達の若いときはなぁ、、、」的 おっさんも無意味だよね。 
 
つまり 若い人が残業したところで 組織の業績にたいした影響はない ような組織をつくるのが おっさんの仕事で 若い人の残業頼みの組織なら これまた 自らのアホぶりをさらしているだけだよね。
 
 
 
いかん。 言葉づかいが下品になってきている。
 
 
 
 
 
昨日も 1日の時間について  話をしたけど そんなに1人の人が 生産性たかく働けるわけではない。
 
 
 
 
だから ちゃんと8時間の中で成果がでるしくみをかんがえていく必要があって 残業が多いというのは それができていないって考える というふうにシンプルにかんがえたほうがいいとおもうな。
 
 
 
だいたい 重要なアイディアとか 仕事のヒントは ふとしたところから生まれるので そういう時間がなければ よい考えも生まれないよね。
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 
 

2014年9月22日 (月)

1日に何をすべきか、誰でも完璧にわかる!「データの見えざる手」続編その1

もう少し この本 の話しをしてみたい。

 
 
と、いうのも 実際クライアントさんとのコーチングなんかでも話題になってきたので、自分の再理解もふくめて ていねいに話をしてみるね。
 
 
 
 
 
参考だけど 以下のサイトも わかりやすくて 本の著者がインタビューに答えている。
 
 
 
 
ただし! 無料で読めるのは期間限定みたい! 
 
後編は 9/26に更新されるようだね。
 
↓ ↓
 
 
 
 
 
 
 
Photo
 
 

データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

 
 
 
 
まず 最初に「人間活動は自由ではなく、”活動予算”が決まっている」 ってところについて。
 
 
 
 
これは 本当に驚くべき発見だとおもうんだけど これで完全に「精神論」は否定されたよね。 
 
 
 
 
「人は1日で平均7万回の腕の動きがあって 1分間に何回動いたか? という運動量で「活動」を配分されている」 というデータがある。
 
 
 
 
たとえば
 
 
原稿書き → 腕の動きは60回くらい
 
メール作成 → 腕の動きは 約100回くらい
 
 
ミーティング → 腕の動きは100回くらい
 
プレゼンテーション → 腕の動きは 150回くらい
 
歩く → 腕の動きは240回くらい
 
 
 
 
と いうふうに「1分間の腕の動きに対応した活動」というのがわかっている。
 
 
 
 
なんだけど 実は1日のうちに どれだけ活動できるか決まっている!
 
 
 
 ”より具体的にいえば、1分間に60回以下の動きをともなう活動には、活動時間全体の半分程度の時間を使わないといけないことが実験からわかっている。1分間に60~120回の活動は、さらに半分で1日の活動時間の1/4程度の時間、1分間に120~180回の活動は、さらにその半分の1/8程度の時間、180~240回程度の活動は、そのさらに半分の1/16程度の時間を割り当てなければならない。”
 
(本文より 抜粋)
 
 
 
 
 
これはどういうことか?
 
 
 
 
だいたい 1日の活動時間を15時間程度とするよね。
 
 
 
そうすると 活動予算は
 
 
 
原稿書きやら 軽いデスクワーク ルーティンワークなど  → 8時間程度
 
ミーティングやメール作成 営業など 少し動きがでるもの → 4時間程度
 
プレゼンテーションや身体をわりと動かくもの → 2時間程度
 
歩いたり あきらかに身体を動かすもの → 1時間程度
 
 
 
と 割り当てられていて それ以上の活動はできない、ということが わかっている!!
 
 
 
 
え!?
 
 
 
 
 
「でも プレゼンテーションを3時間やった場合は?」
 
 
 
 
それは ふつうのプレゼンテーションの割り当ては2時間なので、エネルギッシュなプレゼンテーション(歩く の時間をつかう)を1時間するか あまり身体を動かさないプレゼンテーション(ミーティングなどの時間をつかう)を1時間つかうってことだね。
 
 
 
 
 
これは凄いよ。
 
 
 
 
 
つまり われわれの 1日の時間は、運動量(熱量)に支配されているってことだね。
 
 
 
これは なんとなく体感でわかっていたことではあるよね。
 
 
 
つまり 「集中できる時間は 1日じゅうとかは無理」 「重要な商談は1日に何回もできない」とか なんらかの エネルギーに支配されているっていうのは 感覚的にわかってたよね。
 
 
 
 
 
でも これで 「ビッグデータ」から 配分までほぼ完璧にでてしまったわけだよ!
 
 
 
 
 
後々 修正はされるかもしれないけど 僕はこのガイドラインにそって1日の過ごし方を変更しようとしているよ。
 
 
 
 
 
 
これでいうと 「頭をつかう仕事」や「身体のトレーニングの時間」 「クルマの運転の時間」 「ミーティングの時間」などを それぞれ 制限して より 効果が高い時間に振りかえていかないといけないってことだね。
 
 
 
 
だから やみくもに 運動したり  やたらと営業したり 1日で難しい仕事をやってしまう とか考えるのは あきらかに 効率がわるく そもそも手抜きになってしまう可能性があるってことだね。
 
 
 
 
 
 
だから 当たり前なんだけど 1日の過ごし方の大半を「ルーティンワーク」にしていかないと いちいち頭でかんがえていたら 貴重な資源をムダにしてしまうってことだね。
 
 
 
 
だから 「やる気がおきない」というのは そもそも頭をつかうことを何時間かつかったあとなので それで頭をつかうことができない状態なのかもね。
 
 
 
 
 
これは モチベーション理論だったり 「気合」とか「根性」とかでは まったくうまくいかないってことだね。
 
 
 
 
まだまだ この本の紹介をしていきたいんだけど 今日はこの辺にしておきますよ。
 
 
 
で、ないと 僕の仕事のエネルギーがなくなってしまう!
 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
   

2014年9月21日 (日)

「成果」がでないのは「貢献」に焦点があたってないから

こうみえても 実はちゃんと「ドラッカー」とかを ときどきは読むのである。

 
 
だいたい15年くらいまえから、格闘しながら読んでいたんだけど 今でもなんども読み返しているよ。
 
 
読み返している理由は 「実用書として1番役に立つから」 で、なんでこんなに役に立つのかわからないけど 1冊がふつうの本の10冊分くらい役に立つ。
 
 
まぁ だから 10回以上読むわけだけど。
 
 
それで 今日読んでいたのはこれ。
 
 
 
 
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プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編))

 

うーむ。

なんだか ドラッガー氏も ドヤ顔で時代を感じさせる表紙だね。

 

 

で、そのなかから抜粋。

 

 ”成果をあげるためには、貢献に焦点を合わせなければならない。手元の仕事から顔をあげ、目標に目を向けなければならない。「組織の成果に与える貢献は何か」を自らに問わなければならない。すなわち、自らの責任を中心に据えなければならない。”

 

ちょっとした1文なんだけど とてもいろんな意味が含まれているとおもうよ。

 

ドラッガーの話しのアプローチは 

 

1 現代社会では、生産性をたかめる必要があり それは皆が「知識労働者」にならなければ 生産性はあがらない。

 

2 生産性は「成果」によってはかることができる。ほとんどの人が組織で働くため「組織の成果」を規定し最大化する必要がある。

 

3 成果をあげるためには、貢献に焦点を合わせければならない。

 

 

と、いう話しの流れなんだよね。

 

 

これとても重要だとおもうんだけど 個人であれ組織であれ 「貢献とはなにか?」というと とりもなおさず 「社会への貢献」だとおもうんだよね。

 

つまり 利益をあげることや会社が存続すること、よりも「社会に貢献すること」というのが 個人でも組織でも上位にくる必要があるとおもう。

 

 

そうでないと 「貢献」→「成果に対する貢献」→「生産性の向上によって成果をあげ貢献する」 という 最後の「貢献」が

 

「経営者に対する貢献」なら、たんなる使用人だし

 

「株主に対する貢献」なら、これも使用人だし

 

「自分の対する貢献」なら、こんな人間ばっかりだったら組織がもたんし

 

「組織に対する貢献」なら、存在することそのものが目的の幽霊みたいな会社になってしまうし

 

、、、 とか 結局なにをあてはめても、どこかいびつになってしまう。

 

 

だから 「何によって組織が社会に貢献しているのか?あるいはしていくのか?」であったり 「自分が何をすることで社会に貢献していくのか?」という視点が必要だよね。

 

 

それによって 「成果」がでるわけだからね。

 

 

うん。

 

成果がでないのは 実は「貢献」に焦点をあてていないから ともいえるのかもしれないね。

 

と、いうことで また次回!

 

2014年9月20日 (土)

誕生日にライフログを見直す

今日は 僕の誕生日なんですよ。

 
 
まぁ だからといって とくに何かあるわけではないんだけど、、、まぁ なんとなく 過去何年間かの ライフログをみてましたよ。
 
 
ライフログ、、、まぁ 日記ですね。
 
 
日記というよりも 個人的な記録ですね。
 
 
 
ライフログって、、、?  まぁ こっちとか あるいは こういうのとか いろいろあるので 見ていただくとわかるんだけど、とにかくなんか記録しているってやつですね。
 
 
僕は仕事の日誌?のようなものは 17年ぶんくらいは保存していて だいたい誕生日に そのうちのいくつかを見返すようにしている。
 
 
なんで、誕生日に見返すようにしているのかというと、以前つかっていた ライフログ、というか手帳が 「7つの習慣」のシステム手帳で そこに
 
 
「誕生日に見返すと 自分あての素晴らしい誕生日プレゼントになります」 
 
 
みたいなことが書いてあったので それで そうすることにしたのだ。
 
 
 
で、素晴らしいのか? というと さして素晴らしくはない(笑)
 
 
 
ただ 去年とかおととしとかの分は とても参考になる。 
 
 
重要なのは おととしや去年の「迷い」や「逡巡」なんかを また繰り返さないってことだとおもっているんだよね。
 
 
 
同じ間違いをくりかさないっていってもいいけど 
 
「同じ間違いを繰り返すのはなぜか?」
 
 
ってかんがえたときに 僕は同じ「迷い」を繰り返しているってことに ライフログをみて気づいたんだよね。
 
 
 
同じ行動パターンを繰りかえせば 同じような結果になる。
 
 
あたりまえで 違う結果がほしければ 違う行動パターンをとらないといけない。
 
 
つまり ごく自然に自分の意志や決断にしたがうと、結局自分自身の成長はないのではないか? と僕は考えているんだよね。
 
 
 
すくなくとも あんまりうまくいっていないことは 具体的に改善しないといけないわけで それは 行動パターンを変えないと 結果はかわらない。
 
 
だから それを見直すきっかけは 「ライフログ」からみえる自分の行動パターンなんだよね。
 
 
朝何時に起きているのか? 食事は何をとっているのか? どれくらいの時間仕事をしているのか?誰とあっているのか? どんな本を読んでいるのか?
 
 
そういうのを見返す日になってるんだよね。
 
 
 
さて 今年の見直してみましたよ。
 
 
そこで ちょっと変化させることも見つけました。
 
 
まぁ そんな1日でした。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 

2014年9月19日 (金)

やろうとしていることは正しいのか?

コミュニケーションについて 雑談してみますね。 

 
 
「なかなかコミュニケーションがとれない」
 
「自分の意志がなかなか伝わらない」 
 
のような ビジネスの場でのコミュニケーションの問題ってあるよね。
 
 
 
でもね それは コミュニケーションの問題なんだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 「当社は人を大事にする会社だ」。この言葉をフィンランド語に直訳したところで説得力はない。むしろかえって警戒されるだけだろう。

 海外企業との交渉となれば日本の常識は通じない、特に会社の買収となれば、クールかつ論理的に交渉を行うのが定石だ。日本企業も、そのときばかりは「欧米流」プロトコルで、隙を見せないドライなハードネゴシエータになろうとしがちだ。

 しかし、村田製作所はあえて日本企業の「らしさ」、つまりは誠意や仲間意識といったものを武器とした。いや、あえて武器としようとしたわけでもなく、いつものムラタ流、すなわち自然体で交渉に臨んだ。

 「MEMS分野では、先方(VTI)が先生。クロージング後、即座に、4名のエンジニアを先方のCTO傘下に送り込んだ。『勉強させてほしい』という姿勢により、先方に村田製作所を受け入れる感情が生まれたのかもしれない」と薗田氏は語る。

 VTI側から見れば「世界のムラタ」のビジネスモデルに取り込まれることのメリットは大きい。しかし、あえて「MURATAになりたい」とわざわざ社名変更までリクエストするという気持ちにまでVTIがなったことの決定打は、一連の交渉作業における村田製作所側のフェアで謙虚な姿勢、つまりは「人を大事にする社風」が、直接的な説明からでなく、社員の行動様式から自然に伝わったことだ。

(中略)
 
 

やろうとしていることが正しければ相互理解は必ず進む

今年4月、村田製作所は企業理念を表すVisual Identity、すなわちロゴをリニューアルした(関連記事)。この仕事にカティさんは貢献した。

 「コミュニケーションについて手法やモデルというものはありますが、施策のすべては何気ないときに、こうしたらどうかな、と思いついたものばかりです。相手は人間です。やろうとしていることが正しければ、相互理解は必ず進みます。私の仕事はこうした場を楽しく作り上げることです」

 (※ 日経ビジネスオンラインより 引用抜粋)

       
 
 
上の引用のところの見出しにあるんだけど 「やろうとしていることが正しければ相互理解は必ず進む」ということが ポイントだとおもう。 
 
 
互いの意見が食い違っている場合に 自分が主張していることが自分の利益になる、、、ということで 互いにぶつかっているのであれば それは互いに歩み寄るのはむつかしいとおもう。 
 
 
でも たとえば 「組織として最善の方法はどんな方法なのか?」 ということは 誰がかんがえても 大きくかわらなくばるはずだとおもう
 
 
 
うん
 
 
だとすると もしなかなか 「組織に自分の意志が伝わらない」 とすると その意見や指示の正しさが理解されていないか もしくは 正しくないとスタッフがおもっているのかもしれない。
 
 
 
そう。 
 
 
 
 
 
あなたの意見が正しくないと周りの人がおもっているんだね。
 
 
 
だから みんないうことを聞かないのかもしれないね。
 
 
「いや 自分は正しいことをいってるんだけど、、、」 
 
 
でも 相手に伝わるかたちで伝えられていないのかもしれないよね。 それは 結局自分に問題あるのかもしれないね。 
 
 
 
 
 
 
 
つまり つたえるメッセージが
 
 
「そもそも チーム(組織)にとって正しいメッセージを発信しているのか?」 
 
 
ということが 組織のコミュニケーションの大前提ってことかもね。 
 
 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
   

2014年9月18日 (木)

別に800円くらいなら、安いとおもう 「人生確率論のススメ 勝間和代」

実は、昨日の話は この本読んでインスパイアうけたかも?

 

 
 

 
 
 
 
カツマー本ですね。
 
なんだかんだと 実は勝間本は何冊か買って読んでるよ。
 
 
別に、強烈に勝間和代を支持しているわけではないんだけど なんで結構何冊も買ってるのか ちょっと考えてみた。
 
 
 
たぶん、、、
 
 
 
1 深く考えこんだりするような内容は全然ないけど ちょっとした言い回しや 何気ない情報やサイトの紹介 商品やサービスの紹介なんかが 意外と役に立つ
 
 
 さらさら読めるので 雑誌感覚で飛行機とかで読むのが楽ちん
 
 
 わりと専門外の浅い知識でも どうどうと本に書いたりするので ツッコミどころが多いので 逆に 「どこを どう間違っているのか?」とかかんがえるのに とても役に立つ。実際彼女のような とらえかたをして間違える人が多いので そういう世間で多い人の説明の練習になる
 
 
 
うーーん なんだか だんだん悪口になってきたぞ!
 
 
いや 悪口いうつもり全然ないんだけど まぁ 雑誌っぽい本ではあるね。
 
 
 
 
僕は 彼女を見ていると 一時期大流行した 「中谷彰宏」氏をおもいだすんだよね。
 
 
 
 
 
そういえば 彼の本もよく買ってよんでたけど 今は手元に1冊もないね。
 
 
 
もちろん メンタツこと 「面接の達人」は 今でも名著だとおもうし 実際に役に立つとおもうよ。(いろんなこという人いますけど)
 
 
 
 
 
 
さて この本なんだけど 要するに 
 
 
「運がいいのではなくて うまくいく確率が高い行動を継続しているので 運がよく見える」
 
 
「運が悪いのではなくて 低い確率の行動をとるから 失敗が続いている」 
 
 
と、いうことを 説明した本です。
 
 
 
 
こんなの当たり前じゃん! とかおもうかもしれないけど でも昨日話したように できている人はほとんどいないので バカにしないで 勝間氏がいってることを 実際に実践したらいいとおもう。
 
 
もちろん 「ここにかかれているようなことって 別に誰でも、、、とまではいかないけど わりとやっている人いるっしょ?なに偉そうに本とかかいてんのプゲラ」  と、いうのは 正しい。
 
 
でも 実際 「わりと」やれてる、、、なんてことはなくて あんまりやられてないんだよね。
 
 
 
 
 
 
とくに 最後のほうに 「確率」について話があるけど 実際 宝くじとか買う人なんか、ものすごく多いじゃないですか?
 
 
 
これは 勝間氏の本の内容を実践できていない人が 山のようにいる証拠ですよ!
 
 
だから 勝間氏の内容を批判するより 勝間氏ぼ主張を 現実にできていないことをできるようする方法を提示すべきではないのか?
 
 
 
 
 
 
内容は、有料メルマガ(?)の内容を 編集して一冊にしたものらしい。  
だから 読みやすいし 逆に 深い洞察もあんまりないんだけどね。 
 
 
でも 800円くらいだから 全然いいけど。
 
 
と、いうことで また次回!
 

2014年9月17日 (水)

うまくいく人の条件

うまくいく人とうまくいかない人の差って なんなんだろう?


僕は以前から 「うまくいく経営者とうまくいかない経営者の違い」って見てきたんだけど それはものすごくシンプルにいうことができる。


それは、


「うまくいく人はうまくいくことをやっているので うまくいくし うまくいかない人は うまくいかないことをやっているので うまくいかない」


っていうものなんだよね。


個人的成功みたいなものは、ちょっと僕からは見えにくい。


なぜなら その人が学生時代どうしていたか?とか 親との本質的な関係はどうか? みたいな ものがよくわからないので 豊かに暮らしているようであっても 何かの問題を抱えているってケースもあるからだとおもう。

でも 経営者として、、、に限定すると わりとシンプルに見えるんだよね。



そして おそらく これは 「仕事がうまくいく人かいかない人か」でも 置き換えられるんじゃないかな。





この、「うまくいく人はうまくいくことをやる」っていうのは やることはとても簡単なんだよね。




経営者として うまくいくことってどういうことか? というと



自社のことを知るために定期的に現場にでたり 商品知識を強化したりして 自社の勉強をしている

財務について 必要な知識をもち 優秀なブレーンがいる

経営計画を自分や役員などと立てて それを日々スタッフに伝えている

法令を守るだけでなく 倫理的な正しさを求め スタッフにも要求している

人材育成に積極的である

世の中の情勢や情報などをあつめる手段をもっている


何か問題があるような人間関係をつくらないような規範を自分なりにもっている

、、、などなど なんだけどね。


こんなの 特にむつかしいことではないよね。


ただ すべてっていうと ちょっと大変だよね。


だからこそ これらができてくると大きなアドバンテージになるんだとおもう。



全部は無理だけど どれから手をつけるのか?


そう、そうなると 優先順位だよね。


僕の知っている うまくいく経営者の人は こういうのが抜群にうまい。


いつもそういうのに びっくりするんだけど それは 特別なことではなくて 「うまくいくことをやること」が 習慣になっているんだろうね。


もし 今 自分の仕事をうまくいかせたい とおもっているなら 「こういう人がうまくいくんじゃないかな?」って人の仮説の行動と 自分の実際の行動とを比較すればいいかもしれないね。


まぁ 仮説が間違っていることもあるけど 仕事をうまくいかせる方法的なものは 世の中にたくさんあるので 適当に参考書を見つけて仮説をつくれば それほど間違いにはならないんじゃないかな。



と、いうことで また次回!

2014年9月16日 (火)

働かないおじさん問題、、、とは関係ない話

うーん 働かないおじさん問題っていうのは 実は今でも問題としてあるんだよね。

 
 
 
 
多くの若手会社員が一度は不条理に思う事態。だが、これは長期雇用を前提にした新卒一括採用制度を取る以上、必然的に出てくる問題だという。「新卒者は能力や技能よりも、まず会社のメンバーとして一緒に気持ちよく仕事ができるかを基準に採用される」。白紙状態で入った後は社内で教育され、同期入社組と横並びの年功昇給を重ねながら全員が管理職ポストを目指して進んでいくモデルだが、「問題は管理職登用という選抜によるピラミッド構造が始まる40歳前後。ポストを得られなかった人が意欲を失ってしまうために“働かないオジサン”が発生してしまう」。
 
(中略)

濱口氏は、維持困難になっている日本型雇用の改善案として職務や勤務地、労働時間などを限定した無期雇用契約である「ジョブ型正社員」の推進を提唱する。一方、楠木氏は文化的な面からもジョブ型への転換には懐疑的だ。「やはり、日本人は自分が組織の中に位置づけられることで安心する。そうした人と人との結びつき方を、簡単に経営という視点で変えられるとは思わない。意欲を失った中高年の問題など改善点はあるが、日本型雇用システムは今後も主流として存続していくだろう」

(※ Yahoo! ニュースより)
 

 
 
たしかに これは今でもわりと小さい規模の会社でも、ふつうにおこるんだよね。
 
管理職が、仕事を成果で見える化していないので 「なにやってるのかよくわからない人」とか「なんかやってるけど それほど重要な仕事とはおもえない」ってことがいわれたりするんだよね。
 
 
 
ぜんぜんさしたる根拠はないけど いわゆる日本型雇用ってすくなくとも あと20年位はふつうにつづくとおもう。
 
 
と、いうか そもそも現状でも、地方の企業ではまったく「欧米型雇用」とかないし とてもそんなものが すぐに導入されるとはおもわない。
 
 
 
 
 
 
 
ただ 現象としてあるのは 地域によって 「収入にかなり格差がある」 ということで これは うまく働き方として利用する必要があるとおもう。
 
 
 
たとえば 本社が東京にある会社で、地方採用だけど会社が同じなので 給与が東京と同じ、、、ってなると 地方で働いたほうが 物価が安いので実質給与がおおいことになる。
 
 
 
また 地方にすんでいても ネットや出張中心の いわゆる「出稼ぎ」であれば 交通費や通信費の問題をさしひいても 儲かるのであれば これも逆に物価が高い都心よりもいいかもしれない。
 
 
だから 日本的雇用っていうのが たぶん その土地やふるさとに根付いたものだから なかなか難しいのかもしれないね。
 
 
つまり 世界のどこでも働ける という状態があって 実際どこで働いたら 収入と住みたいところ(地元や自分の好きなところ)とのバランスがもてるか? というのをかんがえると いいのかもね。
 
 
 
 
 
 
 
「こことここ」で働くとか 「ここで働いてるけど 家はここにある」とか 「地元に住んでるけど ネットでお客さんは全部海外の人」とか そういうのが むしろ現実的かもね。
 
 
 
 
 
 
 
だから ずっとここで生きていかないといけないっておもうんじゃなくて
 
「ここから、また移動」
 
 
っておもうといいんじゃないかな?
 
 
あれ??
 
 
まぁ 雑談でした。
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 
 
 

2014年9月15日 (月)

読まなくても良書だとわかってた 「データの見えざる手 矢野和男」

もう、この本は読む前から、良書だということはわかっていた。
 
 
なぜなら その結論は 何十年もまえから 正しいと主張してきた人はいて 僕もそれを直感的に  そして強烈に支持していたから。
 
 
そもそも 僕の仕事や おおげさにいえば人生観みたいなものの根本的な部分にかかわることなんだけどね。
 
 
これは その結論が 「ウェアラブルセンサ」と「ビッグデータ」で、証明できたという内容の本なわけで そんなもん良書にきまっているではないか!
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
この本の主張、、、というか 実験からかんがえられることは いくつかのシンプルな主張にまとめることができる。
 
 
 
それは
 
 
 
 
 
 人間の活動というのは 熱力学の公式によって制約される。それは 一見 誰もが自由に行動できるようにおもえるが 「自由」に行動しているがゆえに環境(自然)に制約される。
 
 
 幸せとは、「その人が動くことによって熱くなること」でわかる。なので 活気ある職場によって集団の生産性があがる
 
 
 人が集中する状態「フロー」の状態に入るには 身体を継続的にややはやく(歩く程度)動かすことで 集中が高まる
 
 
 組織の「運」を高めるにはメンバーのつながりに方則がある。知りあいの知りあいの人脈が 組織やリーダー、メンバーの「運」を左右する
 
 
 仮説をデータをもちいて検証するのではなく、ビッグデータから新たな仮説が生まれるが それは人間にはなぜ、その仮説が成り立つのか理解できない。なので 人間が立てられない仮説をつくることがビッグデータ(人工知能)には可能
 
 
 社会の重要問題(終身雇用など)に大量データを活用する技術が大きく寄与する (直島宣言)
 
 
 
 
 
 
6つの主張なんだけど これをさらに 僕流にさらに 大胆にシンプルにすると
 
 
 
1 人間活動はどこまでも自由ではなく制約条件がある
 
 
2 幸せは具体的に「このようにすればよい」という方法でつくりだすことができる
 
 
3 集中する方法は 身体をすこしはやく動かす方法で集中する
 
 
4 「運」は予想できるし、運をよくすることができる
 
 
5 誰にも予想できない 問題改善ポイントが必ずある
 
 
6 今後、データマイニングは大きな力をもつ
 
 
 
になる。
 
 
 
正直 この6つについて 「でも、、、」とかいう人とは 僕は話しをしたくないレベルなんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
こんなことは わかりきっていたことで 証明する手段がなかったんだけど 今回この本のなかで 相当なものが証明されたってことなんだよね。
 
 
 
 
Photo
 
 
 
 
 
 
 
ウェアラブルセンサをつかえるのは 今のところ高価、、、というか 出回っていなので つかえる人はとても限られるけど たぶん すぐにでも 安価に出回ってくるとおもう。
 
 
ってか ふつうに今でも限定的ではあるけど iPhoneでもそういうアプリはあるし 今回のアップルウオッチなんかでも すぐにその手のアプリがでてくるとおもうよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とは いうもののの この本はなかなか読みにくいとおもうし 場合によっては誤解されることもあるとおもう。
 
 
それは たぶん今まで当然のように信じてきた 
 
 
「人間というのは ひとりひとりちがった心をもつ特別な存在である」
 
 
ということが ビッグデータによって 否定されつつあるからだとおもう。
 
 
 
 
 
僕個人としては それを信じるとか信じないとかいうことは あまり関心がない。
 
 
 
どっちでもいい。
 
 
 
それよりも 僕が関心があるのは 
 
 
「それは 役に立つのか? 有効なのか? 何かを改善できるのか?」
 
ということで どうやら 本当に役に立つことは間違いないみたい。
 
 
 
 
こうやって 常識がくつがえされていく瞬間にたちあえるのは なかなかない体験かもしれないね。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年9月14日 (日)

今月ヤバイ! 今日も更新遅れそうです。また明日までお待ちください!

2014年9月13日 (土)

ビジョンとミッションの違い(決定版、、、か?)

今日も雑談でいきますね。

 
 
雑談だけど 少しまえの、このエントリーの補足なんだけど  そこで 話したのは 
 
「 集団や組織の規模や人数がちがうのに 同じやり方でマネージメントしようとしている 」 
 
 
ということがよくおこるって話をしたんだけどね。
 
 
 
たとえば コーチングの手法っていうのは 基本的には 「1対1」の関係でなりたつんだけど 別に 「1対1」の関係は どれだけ大きな組織になっても おこる関係だから それはそれで有用だよ。 
 
 
ただ 「1対1」をいくら集めても、それは集団や組織をマネージメントする手法にはとどかないんだよね。
 
 
 
 
 
まぁ まず 物理的にムリがあるよね。
 
 
じゃ 階層つくって 上の人が真ん中の人に真ん中の人が下の人に、、、って これ別にコミュニケーションのコストはおなじだけかかっているよね?
いや たぶん 階層のどこかで まちがった形でつたわれば そこからまちがった「伝言ゲーム」になるよね。
 
 
 
じゃ どうしたらいいか?
 
 
 
これは 組織や集団の「ビジョン」をつたえていく必要がある。
 
 
 
これは ちゃんと ビジョンそのものが 大きな目標になっていて それそのものから行動指針がうまれてくるようなものでないといけない。
 
 
ビジョンににたようなものに 「ミッション」というものがあるよね。
 
 
僕は面倒なので (え?) 「期限がないものはミッション、期限があるものがビジョン」って定義している。 実に乱暴だけど 意外と好評な定義なんだけどね
 
 
僕がよく引き合いにだす会社があるんだけど ひとつは もう今は違うんだろうけど、創業者の中内さんがいたころのダイエーのビジョン。
 
 
「日本の物価を半分にする」
 
 
有名な ディズニーランドは
 
「すべてのお客様にハピネスを提供する」
 
これは 両方とも ビジョンというより ミッションっぽい。
 
 
 
たとえば 「3年以内に 今の売り場の商品の価格を平均で半分以下にする」 とかにすると ビジョンっぽいね。 こうすると 目標と似てくるね。
 
 
おなじように ディズニーランドで
 
 
「3年以内に 顧客満足度調査で 95%以上をとる」
 
 
とかにすると ビジョンみたいになる。 でも これだと 定量的な目標にはなったけど なんだか 味気なくて ワクワクしないよね。
 
 
 
なので ちょっと情熱的にしてみる。
 
 
「3年以内に 商品の価格を半分にすることで お客様から地域で1番のお店と認知されるお店を日本全県につくる」
 
 
 
「顧客満足度世界NO1の施設に3年以内になる」
 
 
こうすると ずいぶん ビジョンっぽいし しかも期限もあるので 何をやっていくのか すこしイメージがでてくる。
 
 
 
たぶん これでいけば ダイエーは 商品価格をひとつひとつしらべる必要があるし 日本全県に出店する準備や 「地域1番店とは?」とかを現場のスタッフと話さないといけないとおもう。
 
 
ディズニーランドでは たぶん 世界NO1の顧客満足度の会社とか施設ってどこだ? とか 顧客満足度調査でいったいなにがわかるのか?などを調べないといけない。 何から手をつけて 誰がやっていくのか決めていかないといけないよね。
 
 
 
こうすると ビジョンによって 仕事がうまれ スタッフの行動指針が明確になる。
 
 
しかし これで ミッションが達成したわけじゃないよね。
 
 
ダイエーは「日本の物価を半分にする」とぶちあげたわけで ダイエーがあつかっていない商品は山ほどあって それは まだ達成していない。
 
 
ディズニーランドは 顧客満足度調査で世界NO1かもしれないけど 調査でNO1だからといって 「すべてのお客様にハピネス」がとどいたわけでもない。
 
 
 
そうすると 次の「ビジョン」が必要になる。
 
 
 
これが 基本的なやり方だよね。
 
 
 
もちろん ごく稀に 「その人そのものを体現しているような会社」とかあるけど それは その人がいなくなると よりどころがなくなるよ。
 
 
ビジョンやミッションっていうのは 創業者や社長、リーダーが基本的にはかんがえるものだけど それには 今度は自分自身もしたがわないといけなくなる。
 
 
逆にいえば そうでないと ビジネスのダイナミズムがうまれてこないんだよね。
 
 
 
なんだか 雑談にしては ずいぶん固い話しになったけど 最近はよくこういう仕事をしています。
 
 
これは わかるとおもうけど とても大変なんだけど とてもワクワクする面白い仕事ですよ。
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 

2014年9月12日 (金)

ヤバイ 今日も更新が明日になります。最近多い? スミマセン!

2014年9月11日 (木)

人手不足かぁ。

世間では 人手不足だそうだね。

 
 
「だそうだ」とか まるでひとごとみたいな言い方しているけど 僕のクライアントさんも 募集をしているところはけっこうあるよ。
 
 
 
 
僕の知りあいで、就職がなかなか決まらなくて 親御さんの知人の知人の知人ぐらいのつてで 面接にこぎつけた女性の人がいたんだよね。 
 
 
募集は 事務職だったので そのつもりで面接にいったら 面接した人が
 
 
「あなた 事務職じゃなくて 営業やらない? 営業なら採用しますよ」
 
 
ってことになって その人は事務職でも営業でも採用されるなら なんでもよかったので その場で採用になったって話がある。
 
 
別に 変な会社でなくて 面接した人がその場で 適性を考えたので その人は今でも ちゃんと働いているのでわりとうまくいったケースなんだろうね。
 
 
 
 
 
 
スペシャリスト型的に 「事務職で希望だから 自分は事務職でしか働きません」というのも 働き方ではあるとおもうけど 「いや、そりゃそうだけど なにより職をみつけることが大事」っていうのも真実だよね。
 
 
「欧米では、、、」みたいな話ってあるけど 逆に アメリカでは もともと証券マンだったのが 仕事がなくて いまは警備員の仕事をやっているとか ざらにあるので (んで その警備員が 1年後に またバリバリの証券マンにもどったりするしね) 
 
 
「この仕事じゃないとダメだ」 
 
 
 
ってのは 結局のところ 需要と供給によるもので 仕事に需要がなければ いくら優秀でも仕事はないし 逆に 需要があれば 能力なくても仕事はある。
 
 
 
 
で、今の人材不足っていうのは 需要はあるけど供給はない。
 
 
しかし 職をさがしている人はいっぱいいる、、、っていう状態なんだけど いつかどこかでみた景色だな。
 
 
なぜ? こんなことがおこるのかな?
 
 
 
 
 
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総合ディスカウントストア大手のドン・キホーテグループは7月に人材派遣業のストアークルーズ(東京)を設立、グループ内で人材確保に取り組んでいる。9月から県内3店舗でレジスタッフ160人を募集しており、業績が好調な沖縄で先行して実施、全国に拡大したい考えだ。

 同グループは全国274店舗のレジスタッフ3千人のうち、約1割を外部企業に委託して運用している。自社で人材を確保することで経費の削減効果を期待するほか、グループ内での人材育成を通してサービス向上を目指す。

(※ 沖縄タイムス プラス より 引用)

 

 

   
 
 
ドン・キホーテって 沖縄県内では 好調なのね。 知らんかったわ。
 
 
で、この人材会社って 「レジ打ち」しかしないらしいんだけどね。
 
 
 
ちょっと詳しいことは ドンキグループのHPみたりとか いろいろみたけど わからなくて 要するに これは 「レジ打ち」だけしかしないってことなのかな?
 
 
実際 この「ストアークルーズ」  という会社の 募集に
 
 
 
<レジ業務アルバイトスタッフ>
 
<ドン・キホーテのレジ業務 ※品出しや商品補充の力作業は一切ありません>
 
 
って書いてあるんだよね。
 
 
レジ要員 160名は 延々とレジを打つってことかな?
 
 
レジ業務っていうのが どの程度まで仕事をカバーするのかわからないけど これは逆効果ではないのだろうか?
 
 
 
つまり あまりにも単純作業なので やりたいって人がいないということではなかろうか?
 
 
あるいは あまりにも単純作業のようにみえて 面白くない仕事のようにみえる、、、のような。
 
 
 
 
 
たぶん 「力仕事しなくていいですよー!」って意味で レジ業務だけってことにしているけど 果たして どうなんだろうね。
 
 
 
いや ドン・キホーテに文句つけているのではなくて もうちょっと このあたり考えれば 人材不足、、、というか アンマッチも解消できる道筋もあるのではないかな? とおもったりする。
 
 
 
 
たとえ 少ないケースでも 正社員登用の道があったりとか 他の仕事への道があったりとか そういう 「複雑なキャリア」があったほうが いいような気がするんだけどね。
 
 
 
まぁ そうすると ほとんど可能性はないのに 「正社員にもなれます」とかいって 安い条件で働かせようとしたりする会社とかもでてくるから その辺はまた別の問題になるのかな。
 
 
 
 
さて ドン・キホーテで 沖縄県内で 160名 レジ業務の人募集していますよ。
 
 
 
人手不足解消するのか?
 
 
どうなんでしょうね。
 
 
と、いうことで また次回!
 

2014年9月10日 (水)

錦織圭選手の偉業と「コーチング」はあまり関係ないと思う

今日も雑談でいきますね。

内容がちょっとひどいので 引用元と引用はしないけど


「錦織で注目浴びるコーチング 「スター育成」に必要な条件は


という記事が あって 錦織が躍進した原因は、チャンコーチのメンタルの強化にある、、、なので 「コーチング」は効果がるのでは?的などうでもいい記事なんだけどね。


よく誤解されんだけど コーチングはメンタルを強化するものではないよ。


「ダメだな」「なんとかしなくちゃな」


というものを 前向きにできるようにするものではないよ。



結果的に そうなるケースもあるってことで メンタルにアプローチするものではないよ。


よく誤解されているんだけど 「落ち込んだ気分」や「悲しい気持ち」のせいで 仕事ができないのではない。


そういう場合もあるかもしれないけど それはまさに「気分」の問題で 気分転換なりうっぷんばらしをするといいと思う。


別の言い方をすると たとえば 気分が落ちこんでいたり あまり乗り気がないときでも 高いパフォーマンスを上げていくにはどんな方法があるのか?を考えるのが コーチングっていってもいい。


だから 対話することで 1人で考えつかないような 思考や方法を生みだすことなので メンタルにアプローチすることとは ほとんど関係がない。



ただし 思考をするときに あまりにも感情に支配されすぎるというのであれば 感情改善の手法をとることはあるけど それは あくまで補助的なやくわりだよ。



よく考える必要がある。


たとえば とても不愉快なことがあった場合は 不愉快になったことそのものがなくならないと 永遠に不愉快だよ。


だから それをなんとかしようとするより 、



ときどき不愉快なことはあるので そんなときがあってもトータルで高いパフォーマンスをだす方法は何か?


できるだけ 予防的に そもそも不愉快なことが起こりにくいように 変なところに近寄らない、変な人と接しないようにする。


とかいう方法考えていくほうが 生産的だよね。



錦織選手の偉業は素晴らしいし マイケル チャン氏の指導も 功を奏したんだろうね。


それは「コーチング」の成果だというのは 無理あるんじゃないですかね。



と、いうことで また次回!


2014年9月 9日 (火)

やり方がかわるのは、あたりまえなんだけどね。

今日も雑談みたいな話でいきますね。

 
 
僕は、いわゆる中小企業のコーチングのクライアントさんが多いんだけど その中でよくあるケースが最近目につくんだよね。
 
 
それは、
 
「従業員の数が増えているのもかかわらず、以前とおなじ方法でマネジメントしようとしている」
 
 
ってことなんだよね。
 
 
 
 
これは 小さな会社からはじめて大きくなってきたおかげで、組織全体にきしみがでているってこともあるし ある人が小さな組織のリーダーだったのに 大きな組織のリーダーになって うまくいかなくて困っているってケースもある。
 
 
 
こういうのって 指摘されないとまったくわからないケースがあって 100名くらいスタッフがいるにもかかわらず マネジメントのやり方が 10名位のままのやり方で強引にやっている、、、なんてケースはざらにある。
 
 
 
学生時代なんかで 「たくさんの部員やメンバーをまとめてきました」なんていうケースなんて すくなくとも僕が知る限り まったくあてにならない。それは 「少ない人数と多い人数とをまとめるのに どんな違いがありますか?」って質問すれば たいていは 精神論とか苦労話程度しかでてこないので スキルとして身につけていないのがよくわかる。
 
 
 
 
 
そうすると ほとんどの人は社会人になってからしか 大きな組織のマネジメントを修得するチャンスはないといってもいい。
 
 
逆にいえば もし「小さな集団と大きな組織をまとめるのに 具体的にどのようなことを変えればよいのか?」という質問に答えられる人は、あまりにも少ないんだよね。
 
 
 
 
だいたい 感覚的にいうと 10名程度までは ほとんどの人の感覚でマネージすることができるとおもう。
 
 
もちろん 人によってやりやすい人数が 5人~20名くらいまでの幅であるとおもうけど だいたいこのあたりまでは 「個人対個人の集まり」としてみることがギリギリできるとおもう。
 
 
でも 20名位を超えてくると これは 「個人対個人」ではほとんどマネージできなくなる。
 
 
制度や取り決め 組織論が必要になってくる。
 
 
 
で 今度は これも個人差があるけど 間違いないのは50名~80名くらい 100名くらいまでになると 社長であっても「組織を納得させていくというのは ちょっと骨がおれるな」とか「社内に浸透するのには時間がかかる」という感覚になる。
 
 
だから 同じ中小企業であっても
 
 
5人~20名くらいまでの 小さな会社
 
 
30名~50名くらいまでの 小さな組織の会社
 
 
60名~100名くらいまでの 中規模の会社
 
 
と それぞれ 違ったマネジメントが必要だとおもうよ。
 
 
 
 
これは 結構重要で だから 大企業で働いていてた人が、中小企業ではうまくいかなかったり 小さな組織で昇進した人が大きな組織では ぱっとしなかったりとかがおこるんだよね。
 
 
 
これは トランジション(キャリアの踊り場)とも関連性があるんだけど このことを理解してもらうと とてもコーチングがしやすい。
 
 
 
でも これに抵抗する人もいるんだよね。
 
口では「そうなんですよ。もう やりかたを変えないといけない」 とかいうんだけど 以前と同じことをやってたりするんだよね。
 
 
 
 
具体的なことは また別の機会に話すけど ただ集団の人数がかわれば、やり方はかわるという、あたりまえのことに なかなか気づきにくいって話でした。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 

2014年9月 8日 (月)

東大野球部コーチの桑田真澄

もと 巨人、、、というべきか? 桑田真澄氏のコラムがなかなか興味深いんで ちょっと紹介。

 
 
 
 
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弱小チームが個性的な名指導者により活気を取り戻し、勝利に向け一丸となる――。ドラマではよくある筋書きだが、現実に起こりうるのか。桑田真澄さんが東京大野球部の特別コーチとなって1年半余。東京六大学野球で連敗記録更新中の東大を泥沼からどう引き上げるのか。秋季リーグ戦開幕を前に桑田さんに聞いた。 

「現状把握のために投手たちにブルペンで投げさせたら、アウトローを狙っても、10球のうち2球決まればいい方でした。実戦で決まるのはその半分でしょう。試合ではとても通用しません」

(中略)

 ――選手としての元々の力量が高くない以上、コントロールがよくないのも仕方がないのでは?

 「それは違う。練習量が不足していたからです」

 ――さっき「練習量を増やすのは逆効果」と言われたばかりですが。

 「大事なのは無駄な練習を省く一方で、必要な練習に体力と気力を集中させることです。実際にブルペンで何球投げているか、投手たちに記録させたら、月に300球前後でした。1日あたりわずか10球で、上達するわけがありません」

(※ 朝日新聞 DIGITAL より 引用)

 

 

   
 
背景として 東大野球部のコーチになった桑田氏なんだけど 1年半たって 依然として連敗がとめられず、76連敗になっているってのがある。
 
 
つまり 東大野球部は いまのところ桑田氏がコーチになっても勝てていないってことだね。
 
 
東京6大学の中で、野球の名門校はあるけど 東大はもちろん試験を合格しないと入れないから 野球エリートがいないので かなりハンデがあるよね。
 
 
そこで 巨人やメジャー経験もあり、東大、早稲田の大学院でスポーツ、野球について勉強した桑田氏が 弱小東大野球部に勝利をもたらすか? ということなんだけど いまのところ そういうシナリオにはなってない。
 
 
 
 
 
 
 
 
記事だけしか 情報がないので わからないんだけど 桑田氏の意見のフォーカスは2つに集約されているとおもう。
 
 
 
 
1 「選択と集中」で、あいてに勝てる分野を特定して そこを集中的に練習する
 
 
2 古い軍隊式のまちがった常識「気合と根性」をすてて合理的な練習をする
 
 
 
この2つだと おもえる(すくなくとも記事だけでは)
 
 
 
 
で、結論からいうと たぶんこれでは 能力はのびても 爆発的に伸びることはないし もしかしたら勝てないかもしれない、、、とおもう(スミマセン 勝手な意見です)
 
 
 
これは 指導者としてとても合理的、理想的だし いかにも勉強した指導者らしい視点だとおもう。
 
 
 
 
でも 重要なのは 普段から高いレベルの人たちと練習をすることが 一番の強くする要因になるんだよね。
 
 
 
 
 
こんなことができるのかどうかわからないけど、、、
 
 
 
東大野球部より かなり力量が高い選手を 2~3名おなじようにチームメイトとして練習をする。
 
 
しかし そのチームメイトは練習はするが 試合にはでれない(なぜなら 練習助っ人みたいなものだし 東大野球部でないから)
 
 
 
 
 
と、いうことが 理想的なチーム力を高める力になるんだよね。
 
 
 
 
 
 
これは 能力が高まるのは、仲間やライバルから刺激や情報をえることで 一番磨かれるんだよね。
 
 
 
だから 同じ程度の力量の人と どれだけ効率的に練習していても とくにスポーツのような 体を動かすものは 
 
 
 
ちょっとした体のうごきとか 状況判断
 
 
ことばに表せないようなコツや細かい情報
 
 
などを習得することが とても重要なんだよね。
 
 
 
 
 
まぁ ようするに うまい人から教えてもらう OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)みたいなものだね。
 
 
 
 
 
 
これが 一番飛躍的に能力をのばすんだよね。
 
 
 
 
 
 
だから 東大野球部だけで、練習していても なかなか強くなれないのは、細かいところが学習されないからなんだよね。
 
 
 
 
あと、学習っていうのは 練習時間のなかだけでおこなわれるんじゃないんだよね。
 
 
たとえば ロッカーで着替えている時なんかのちょっとした会話だったり、休憩中のうまい人のふるまいなんかが 「あぁ なるほど! そういうことか!」ってひらめきがおこったりするんだよね。
 
 
 
 
だから コーチは そういうこと起こりやすいような環境を整備していく必要があるよ。
 
 
 
じつは それが一番重要で コーチング理論は その土台あっての話しだよね。
 
 
 
 
だから まぁこの記事だけからみると まだまだ桑田氏の苦戦はつづく感じがするね。
 
 
 
 
ただ 記事にでてないだけで そんなこと 優秀な桑田氏のことだから とっくに気づいてて すでになんらかの方法をとっている可能性が高いけどね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とか なんかシロウトが偉そうにいってるけど でも僕は桑田氏を応援しているんだよね。
 
 
 
 
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それは やっぱり 未だに企業内でもそうだけど いわゆる「軍隊式」に対して明確に「反対」をのべている桑田氏にがんばって結果をだしてほしいからなんだよね。
 
 
同時に桑田氏は「体罰」に関しても完全に反対の立場をとっているし そこが僕は完全に共感するところでもあるんだよね。
 
 
 
 
 
 
プロ野球でも結果を残して しかも指導者として結果をだしてくれれば とても説得力があるとおもう。
 
 
 
今後とも 応援したいよね。
 
 
と、いうことで また 次回!
   

2014年9月 7日 (日)

スミマセン!例によって 本日更新が遅れます。また 明日!

2014年9月 6日 (土)

「個人美術館の愉しみ」 赤瀬川原平

福岡県久留米市って いささか古いけどチェッカーズや松田聖子の出身地として 知られた時期がある。

 
 
僕は 母が久留米近辺の出身なので 昔からなじみがあるんだよね。
 
 
 
筑後地方の中核都市で、古くは化学関連の会社、、、ブリジストン 月星化成、アサヒコーポレーションといった 全国区の会社があった地域なんだけど 最近は、チェッカーズ 松田聖子以来 これといったトピックもない 地方都市なんだけどね(久留米のかた スミマセン!)
 
 
 
 
 
そこで このニュース。
 
 
 
 
 
 
 
福岡県久留米市の石橋美術館を運営する石橋財団は、市の要請で続けてきた美術館の運営から撤退することを発表した。これに伴い、収蔵している財団の美術品960点は、2016年秋までに東京のブリヂストン美術館に移管される方針が示された。久留米出身の洋画家、青木繁、坂本繁二郎、古賀春江の作品については随一のコレクションを誇っているだけに、地元へ与える影響は大きい。
 
(中略)
 
動きが明るみに出たのは今年5月20日だった。財団は美術館所有者の市に対し、運営受託契約の解消を通知。財団が公益財団法人に移行したことによる事業内容の見直しを理由に挙げた。西嶋大二館長は後の会見で「(財団)丸抱えの運営だったが、市が主体的に運営するのが本来あるべき市の美術館」と説明した。
 
(中略)
 

 一方で反省の声もある。「市や市民が石橋美術館を大切にしてこなかったからではないか」と。所蔵品を一点でも多く久留米に残してもらおうと、署名活動が始まった。

 世界的メーカーに成長したブリヂストン。創業家は美術館以外にも久留米に数え切れないほど貢献してきた。筑後川に寄生虫がいるため遊泳が禁止されていた頃、正二郎氏は市内の小中学校にプールを建設して寄贈。九州医学専門学校(現久留米大医学部)にも土地、建物を寄付した。

(※ 西日本新聞  8月8日 【見解】 より引用)

 

 

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福岡県久留米市は ブリジストン発祥の地で その創業者オーナーがつくった財団が 石橋美術館を運営していたらしい。
 
 
けっきょく この「騒動」は 美術館は久留米市が運営することになったんだけど 所蔵されていた作品は ブリジストン美術館にうつることになった。
 
 
署名運動とか、いろいろあったみたいなんだけど 財団側は なんらかの理由で運営からは手をひくらしい。もっとも 財団側は今後も協力はするって話だから やっぱり この記事のトーンと同じように 市民や市が あまりにもおんぶにだっこって側面があったのかもしれないね。
 
 
まぁ 実際 こういう美術館みたいなものって 大きなものでも 「小学校のころ なんとか学習でいったことがある」とか「むかーし なんとか展でいった記憶がある」とかで 実際 存在しているときは あんまり活用しない
んだけど いざなくなるってときは なんだか、ものすごくもったいない気持ちになる、、、ってことはよくあるよね。
 
 
 
 
 
 
大きな美術館でも そうであるなら 小さな個人美術館なんて そもそもたずねるきっかけさえないし いったところで 何をみていいのか ぜんぜん わからないよね。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
この本は 本当にすばらしい。
 
 
 
 
 
 
 
パラパラと拾い読みしているだけで 今すぐにでも 新幹線にのって、美術館巡りの旅にでかけたくなるよ。
 
 
 
 
 
筆者は、赤瀬川原平、、、僕はいまだに 「超芸術トマソン」の人だけど、、、芥川賞作家だよね。
 
 
 
 
 
 
 
なので 赤瀬川氏の力にもよるところはおおきいとおもうんだけど この文章はすべて 1つの美術館についての記述が6ページってきまってて どれもとても読みやすい。
 
 
 
なぜなら この文章は そもそも 東海道新幹線のグリーン車で配布される「ひととき」という雑誌に連載されていたものを 一冊の本にまとめたものなんだよね。
 
 
 
だから すべての美術館が 関東以西の東海道新幹線をつかっていけるところにある美術館の紹介になってるよ。
 
 
 
 
 
 
この本には 45か所の美術館が、載っているんだけど 僕がいったことがある美術館は 足立美術館(島根県) 河村美術館(佐賀県) 大原美術館(岡山県) の3つだけなんだけど その3つとも 今この本を読んだらぜひとも再訪したくなった。
 
 
 
この美術館がどういう経緯で、設立され そのため どんな作品が所蔵されていて その作品の見どころが とてもわかりやすくかいてあるんだよね。
 
 
 
 
 
これを読んでいると 美術館っていうのは 作品をみにいくだけのところじゃなくて その美術館がある土地や、歴史、設立した人や運営している人のおもい なんかもすべて味わうことが 愉しみなんだってよくわかる。
 
 
だから 美術館にいって そのあと併設のカフェでコーヒーを飲んだり その街で食事をしたりっていう体験ぜんぶが 「美術館の愉しみ」ってことになるんだろうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
実際 さきの例にあげた 福岡県久留米市の石橋美術館も 「ブリジストン創業者の石橋正二郎氏ゆかりの地」として できたわけで その石橋氏やブリジストンの歴史や 久留米市の変遷なんかも 作品と同時にあじわうことができる。
 
 
 
この本の45か所の個人美術館にも 企業の冠がついてる美術館は いっぱいあって おもだった企業をあげても 出光興産、メナード化粧品、大日本インキ、日動画廊、アサヒビール、ウッドワン、ポーラ化粧品、、、など 有名企業がとてもおおい。
 
 
 
そういう企業の創業者やゆかりの人物が、なぜこの地に美術館を開き どんな作家のどんな作品を集めているのかっていうのは とても興味深い。 なぜ、この会社の創業者はこの作家のこの作品を所蔵しているのか? ってことだね。
 
 
 
 
 
 
 
そんなことに おもいをめぐらしながら 新幹線にのってこの本片手に 美術館巡りをしてみたい。
 
 
 
 
 
 
 
たぶん 美術なんかに ほとんど縁がない 僕でも楽しく美術館巡りができるんじゃないかな? っておもわせてくれる素敵な本だよ。
 
 
 
 
 
新書版だけど 紙質もよくてカラー写真がたくさん。 おかげで 価格も 1300円(+税)って ちょっと高いけど 十分な内容の楽しい本だよ。
 
 
 
ぜひ おすすめしたい1冊ですよ。
 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!

2014年9月 5日 (金)

何度も話さないと伝わらない

よく 個人と集団に対するアプローチのやりかたって違うっていうんだけど 具体的に どういうふうに違うんだろうか?


なんとなく 「違う」っていうのはわかるとおもうんだけど じゃ何が違うのか?っていうのを キッチリ言える人って少ないかもしれない。


コーチングについて話すと 個人の場合はどちらかというと「人」そのものにフォーカスすることが多い。

例えば、

「あなたは どうしたいのか?」

「それによってあなたが得ようとしているものは何か?』

「あなたが 恐れているものは何か?」


など 本人がどう考えているのか? ということについて 掘り下げていくことで その人自身を動機付けていくことができたりするんだよね。




では 集団や組織はどうしたらいいんだろう?







リーダーの 「どうしたいのか?」「何を目指しているのか?」はもちろん 重要なんだけど それを 1人で考えたり 思ったりするんじゃなくて メンバーにそれを 何度も繰り返し話す必要があるんだよね。


まぁ ビジョンっていってもいいけど 目標とか想いとか なんでもいい。



いろんな形で 何度も 話す必要があるんだよね。



この「いろんな形で」と「何度も」というのが ポイントで 単純に一方的に話たり 1回や2回話せば いいってものではないんだよね。



よく 「いや 話していますよ」「この間 話をしたばっかりです」とか 聞くんだけど これは 何度も話さないといけない。



何度も話す場合でも まったく同じ話ををするんじゃなくて 違うエピソードなんだけど 結論は同じとか 他の人の話しなんだけど 自分と同じことをいっていること とか いろんなバリエーションで何度も話さないと 集団は理解してくれない。


個人の場合、、、1対1でコーチングする場合 たとえば 1回長い時間 深く
話をすることで スッキリするケースはある。


でも 集団の場合は たとえ1回長い時間 深く話をしても それだけではダメなんだよね。


人数がおおいから 時間がかかる、、、ってイメージじゃなくて

「集団っていうのは 人に率いられものではなくて その人が発する メッセージやビジョンや言葉に 人がついてくる」

ってことなんだよね。


だから メッセージやビジョンなんかが大事で コーチングのポイントはそこにあったりするよ。


だから 個人と集団と何が違うのか?っていうと 個人は「その人そのものの
考えや想い」がポイントで 集団は「その人が発するメッセージやビジョン」が重要ってことだね。


と、いうことで また次回!





2014年9月 4日 (木)

目標とかはあったほうがいいよね

今日も、雑談モードで 結論のない話をしてみます。

 
 
「目的」とか「目標」とかって ぼーっとしてたら 生まれないじゃないですか?
 
 
たとえば 「今年の目標は何ですか?」っていわれて 「いや、まぁあるといえばあるし ないといえばないし」みたいな答えになるケースっておおいよね。
 
僕の研修なんかでも よく聞いたりするよ。 研修の材料でつかうので 無理やりでもなにか目標みたいなものを 聞き出すんだけど だいたい仕事の目標になるよね。
 
 
仕事の目標って 「俺は自分でこれをやると決めたのだ!」というのは あんまりなくて ノルマだったり 会社や上司から決められたやくわりを果たすための目標だったりしているんだよね。
 
 
 
ただ そういうのが悪いというわけではないんだよね。
 
 
たとえば 今年から部長になった とかいうケースだと 今年の目標は部長として部の目標をなんとしても達成することが目標だ っていう場合。
 
 
 
その誰かからあたえられたような目標でも それをクリアしていくプロセスで きたえられることってあるんだよね。
 
 
そのおかげで 新任の部長が 部長としてのスキルをみにつけていく、、、ってことになるケースはよくある。
 
 
つまり 目標っていうのは あたえられたものであれ 自分で決めたものであれ それなりにメリットはあるってことなんだよね。
 
 
そして これが重要なんだけど ぼーっとしていると いつのまにか目標なんてないままなんとなく月日がたってしまうんだよね。
 
 
うん。
 
 
だから 決めたほうがメリットいっぱいあるんだけど 意識的に目標つくらないと 自然にほおっておくと 目標とかなにもなく流れていってしまう。
 
 
日常的に 目標を自分で確認したり 定期的にみなおしたりする習慣をつけると それだけで とてもメリットがあるってことだね。 
 
 
逆に そういうものって なければないで なんとかなるもんだから 「いや とくにいままで 目標とか決めずにここまでやってきましたので これからもそうします」的なケースって ものすごい 機会損失なのかもしれない。
 
 
いや まぁ 僕は機会損失だと思っているんだけどね。
 
つまり 自分がソンしているって気づいていない、、、ってことだね。
 
だから なんでもいいので 目標たてるといいですよ。
 
 
なんでもいいのでね。本当に。
 
 
と いうことで 例によって結論はないけど、、、また次回!
 
 

 
 
 

2014年9月 3日 (水)

言葉の本当の意味

最近は雑談がおおいけど まぁ 今日も雑談で、、、

 
 
 
 
また 師匠からのうけうりの話なんだけど
 
「辞書にのっている言葉は 正しくは行動したあとの行動の結果を記述したものである」
 
ってこと。
 
 
これは 僕的には衝撃的な話だったんだよね。
 
 
 
たとえば 最近僕が辞書をひいた言葉に 「傲慢」 という言葉がある。(ってか、なんでそんな語句を調べたのかって、、、)
 
 
「傲慢:思い上がって横柄なこと。人を見下して礼を欠くこと(以下略)」
 
 
 
つまり 傲慢とは
 
 
思い上がって横柄にする、または、人を見下して礼を欠く (行動)
 
 
傲慢 (行動の結果)
 
 
ということになるってこと。
 
 
わかるだろうか?
 
 
つまり 何か行動することで 現象や状態が発生する。
 
 
それはいったい何なのか? に名前をつけると それが言葉になるってことだね。
 
 
 
 
このどこが衝撃なのか? というと、、、 
 
 
 
「傲慢」という言葉は 「思い上がって横柄に」されたことや 「人を見下して礼を欠く」人をみたり などをしていないと 傲慢という言葉そのものが いったいなんのことをいっているのかわからない。
 
 
 
つまり 言葉の意味がわかるというのは その言葉がさす 行動を知っている みたことがある 聞いたことがある ってことだね。
 
 
そう。
 
 
 
つまり 言葉をたくさん知っているってことは 行動と行動の結果をたくさん知っていることであり それが知識そのものであるってことだよね。
 
 
 
逆に すくない言葉しか知らない人は 「行動の種類(レパートリー)」がとてもすくないことになり それはすなわち 有能でないってことになる。
 
 
つまり その世界で有能な人は言葉をたくさん知っている人 であり 有能になるには すくなくとも 言葉をたくさん知っていないと、そもそも専門的な細かいニュアンスがわからないってことだね。
 
 
 
有能になるには まず言葉の勉強をするために 辞書を引け!ってことになる。
 
 
 
 
 
ちょっとそれを踏まえて こちらの引用。
 
 
 
 
(以下 引用)
 
 
一面の真理ではあるが、中等教育から英語習得だけのために海外留学させるのは長期的に見れば得るものより失うものの方が多いと私は思う。

(中略) 
 
何よりあらゆるイノベーションは母語の領域で行われるということが決定的である。私たち誰でも母語においては新しい言い回し、ネオロジスム、それまでにない音韻、文法的破格を行う自由を有する。それによって母語は不断に富裕化している。ある語をその辞書的意味とは違う文脈で用いることが「できる」という権能は母語話者だけに許されている。
今の日本の若者たちは「やばい」という形容詞を「すばらしく快適である」という意味で用いるが、それを誤用だから止めろということは私たちにはできない。けれども、例えば私が「与えた」というのをgaveではなくgivedと言いたい、その方がなんか「かっこいい」からと主張しても、それは永遠に誤用のままであり、それが英語の語彙に登録されることは絶対にない。

(中略)
 
知的イノベーションは母語によってしか担われない。成長したのちに学んだ英語によっては「すでに英語話者が知っている概念」を表現することはできるが、「まだ英語話者が知らない概念」を語ることはできない。語ってもいいが、誰も理解してくれない。母語ならそれができる。母語話者の誰もがそれまで知らなかった概念や思念や感覚であっても、母語なら口にした瞬間に「それ、わかる」と目を輝かせる人が出てくる。
 
 
 
(引用終わり)
 
 
なかなか難しい表現なんだけど 要するに「母国語」による 言葉のニュアンスでしか イノベーションはおこらない。つまり 母国語の言葉でしか 行動の微妙な変化をつたえることができないってことだよね。
 
 
 
たぶん このぶぶんは よくわからない人は 「???」っておもうはず。
 
 
だいいち 最初に僕も師匠に 言葉の意味とは、、、 みたいなこといわれて 頭が「???」ってなったからね。
 
 
 
ただ はっきりしているのは 外国語による思考によって得られるものと 母国語によって得られる思考だと よりイノベーティブなのは 母国語だということだね。
 
 
 
つまりだ。
 
 
 
ちゃんと 日本語を勉強することが重要。そして それは大人でもちゃんと辞書をひかないといけないってことだね。
 
 
 
なかなかこの価値が理解されないんだけど また 別の機会にも話したいとおもうよ。
 
 
と、いうことで ではまた次回!
 
 

2014年9月 2日 (火)

「ひじで軽くつく」だけで劇的に変わる

今年の9月から電子機器が、飛行機の離着陸時にもつかえるようになって とても便利になったよ。


で、この文章は今 まさに離陸しようとしている 機内で書いていますよ。


もちろん アップロードは飛行機をおりてからすることになるんだけどね。



不思議なもので、別に以前から 離着陸時以外は ふつうに電子機器も使えたので ブログでもなんでも 書くなり入力するなり すればいいんだろうけど 「ほんのちょっとした きっかけ」みたいなもので 行動って 驚くほど変わるよね。






僕はずっと 行動科学、、、というか その応用で 行動工学って 言ってるんだけど それを専門にやってきたんだけど すこしまえに 大流行した 「行動経済学」って分野があるよね。


この 行動経済学のキーワードになっていたのが 「Nudge ナッジ」っていう言葉で 「ひじで軽くつく」って意味らしい。


つまり なにか大げさに 「こちらへ行こうぜ!」って先導したりするんじゃなくて ほんのちょっとした きっかけとかで おおくの人が行動をとるってキーワードだね。







例えば なにか注意をうながす表示は赤文字で書き、やってよいことは青文字で表示するとか。


もし これが やっていいことが赤でかかれていて やってはいけないことが青で書かれていると 混乱しやすいよね。


これは 我々は 通常 信号の色と同じように ごくあたりまえの慣習として 赤色はエマージェンシー 青はフリーの色として 認識しているからだよね。







信号の色の件は あきらかでわかりやすいけど よく考えると 顧客に対してとか 部下に対してとか わかりにくいメッセージをおくってないだろうか?




青文字でエマージェンシーのメッセージを書いてはいけないという法はないよね。


だから 間違いではない。


でも とてもわかりにくいし 間違える人がいてももっともだなって同情するよね。








同じように 顧客が自社の商品をおもったように買わないのは 単純に買いにくくわかりにくいだけかもしれない。


会社や部下がおもったようにうごかないのは わかりにくいメッセージで 伝えたいことが間違って伝わっているのかもしれない。


そして これらの行動は 「肩をちょっと押すだけ」で 劇的に変化するかもしれないよね。





いや、実際に そういうことは凄くおおいんだよ。





だから ちょっとしたことで劇的に変化するってことを 目ざとくみつける視点って大事で それが日常的に 検証できるようなしくみが必要だよ。


まぁ このへんは 僕のコーチングの得意分野なんだけどね。





なので ちょっとだけ ヒントを話すと「どうしたら ナッジをみつけることができるだろうか?」 という問いかけではダメなんだよね。






投げかけるべき問いかけは

「これを 半分の時間でできないだろうか?」

「どうしたら 劇的に短い時間でできるだろうか?」

のような 時間をいかに短くするか?という問いかけが有効なんだよね。





なぜ?有効なのかは ぜひ 自分自身や仲間と話しあってみてください。





おぉ なんとなく機上で書けてしまったよ。


ただ 離着陸時につかえるようになったっていうだけの、ほんのちょっとしたことなんだけどね。


と、いうことで また次回!









2014年9月 1日 (月)

エビデンスベースアプローチ

今日も 雑談でいきますね。

 
 
もともと医療の分野なんかでも広くつかわれだしていた 「エビデンスベースアプローチ」ってやりかたが コーチングとか社員研修なんかでもつかわれだしていて 今は大流行中だよね。
 
 
これは 要するに 「こういうことをやると これに効果がある」 という因果関係をもとにアプローチしていくやりかただよ。
 
 
コーチングや研修では さきに解決したい課題だったり、おこっている現象だったりから 何をするかを決めて そののちに実際に課題がクリアできたかを検証するというやりかた。
 
 
 
 
 
人材育成っていっても 僕がやっているのは 「必要なことを身につけていく」というプロセスに関与するので なんでもかんでもコーチングしているわけではないよ。
 
 
 
たとえば 売上予測をたてたとき、今の売上の10%アップをかんがえるのか 倍増をかんがえるのか で やることやアプローチ、必要なものがちがう。
 
 
 
当然 10%アップの人に 倍増できるだけの力量を身につけさせるプログラムを実施するわけではなくて 今の段階では 10%アップにみあったプログラムになるよ。
 
 
 
 
 
 
こういうのは とても重要で 「因果関係」っていうのをしっかり見極めて だまされないようにしないと 余計な時間がかかったり 優先順位を見誤ったりする。
 
 
 
 
だまされるのは 「相関関係」なんだよね。
 
 
 
 
たとえば 「机の上がかたづいている人は仕事ができる」という事実があったとするよね。
 
 
 
そうすると 仕事できない人が 机をかたづければ仕事ができるようになるかというと、、、そんなことはない(はず)
 
 
仕事ができる人は 仕事ができるがゆえに 机がかたづいてしまうわけで 仕事が出来る結果として机がかたづいているんだよね。
 
 
 
だから 机さえかたづけば仕事ができるようになる、、、とかいうのはないよね。
 
 
 
 
昔からいわれていることって けっこう精神論的な相関関係がおおいので 僕はあんまり好きじゃないので 「因果関係」が重要だとおもうよ。
 
 
 
 
 
 
 
ところが、、、最近 やっかいな?ものが でてきたんだよね。
 
 
 
そう。 
 
 
 
 
 
ビッグデータ なんだよね。
 
 
 
 
実際に たとえば僕がビッグデータをあつかって、データマイニングして、、、とか そんなことはもちろんない。
 
 
 
そうじゃなくて いわゆる 「ビッグデータパラダイム」というヤツで いままでは データがすくなかったので  仮説を検証するためのデータ という位置づけだったよね。
 
 
 
でも ビッグデータなら なぜか理由はわからないけど 強い相関関係があって 高い確率でそうなる、、、みたいな話し。
 
 
 
たとえば ショッピングモールでは 4人家族だと 姉妹よりも兄弟の子供のほうが 客単価が30%以上高い とか(※実際にこういうデータはありません。たとえばの話しね)
 
 
 
これは なんとなく姉妹の女の子が多いほうが、買い物とかおおくおもえるけど 実際は兄弟が高いんだけど 買うものがバラバラなので 「なぜ高いのか?」がわからない とか。
 
 
 
こうなると 因果関係より相関関係のほうが重要になるよね。
 
 
 
 
だから なぜ?そうなのかわからないけど、相関関係があるのであれば 一応仮説として ためしてみてもいい みたいな考えも強くなってきたんだよね。
 
 
 
 
 
まぁ 雑談なので 結論はないけど 「エビデンススベース・アプローチ」には なんにせよ 検証が必要なんだけど いろいろ大変だってことです。
 
 
なんか ひどいまとめだな。
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 
 
 

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