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2014年7月26日 (土)

質問の価値と質問する人の価値

少しまえだけど あるところで 「コーチングの勉強をしています」という人にあって コーチングスキルをチェツクして欲しいっていう依頼? お願い? があったんだよね。

 
 
 
正直 僕は適任とはおもえないけど まぁそれで どんなふうなのか見ることになったんだよ。
 
 
 
で、実際に見てみたんだよ。
 
 
 
うーーーーん。 
 
 
 
たぶん 間違っている、、、とはおもわないけど 誰かにコーチングをおこなって効果があがるレベルには達していないとおもうって伝えたよ。
 
 
要するに 「プロコーチとしてどうですか?」と聞かれたので 「今の段階ではプロコーチレベルには達していないと僕はおもう」って答えた。
 
 
 
あんまり そういうこといわれ慣れてなかったかんじで ちょっと落ち込んでいる雰囲気だったんだけど 「じゃ どうしたらいいとおもいますか?」みたいな 難しいことを聞いてくるんだよね。
 
 
 
 
 
僕が話したのは 
 
「コーチングというフレームの中で コーチング以外の方法でその人のサポートができないか かんがえたらいいとおもう」
 
って話したんだよね。
 
 
 
なんだか禅問答みたいだけど ちょっとその意味を解説してみるね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日 NPO法人エンカレッジ という団体の「成果発表会」にお招きいただいて そのプレゼンテーションを見させてもらってたんだよね。
 
 
 
 
 
Photo
 
 
どういう趣旨の団体かというと 生活保護をうけている家庭の児童や、生活保護一歩手前の家庭の子どもたちの学力を伸ばすために 学校とは別に 「塾」として支援をしようって団体だよ。
 
 
塾と言っても 生活保護世帯っていうのは親が生活していくのに大変で 子供の教育がいきとどいていないために ただ単純に勉強をおしえても 効果がないんだよね。
 
 
 
そもそも 勉強をするまえの段階で コミュニケーションがとれていなかったりするので どちらかというと 勉強をおしえるというよりも 生活態度だったりコミュニケーションだったりを改善することが先にくるそうだよ。
 
 
 
それで 今日たくさんプレゼンテーションあったんだけど ある先生のプレゼンテーションがとても印象的だった。
 
 
先生、、、っていっても とても若い先生で 教室の生徒さんからみれば 「お兄さん」みたいな存在なんだろうね。
 
 
 
 
 
そのプレゼンテーションで ある子が工業高校目指して勉強していたんだけど あるときもう なげやりな態度で 「別に高校なんてどこでもいい。なんなら行かなくてもいい」みたいなことをいってきたらしい。
 
 
 
 
そこで その先生はかんがえて
 
 
「どうして 高校へ行くのだろう?」
 
 
って 質問したらしい。
 
 
 
結論としては その子はその質問には答えられなかったらしい。
 
 
 
その様子をみて若い先生は、じゃ卒業生の高校生をよんで たこやきパーティーを開いて 高校生とその子と交流することで その子が
 
 
「どうして 高校へ行くのだろう?」
 
 
という問いの答えをみつけられるようにした というプレゼンテーションだったんだよね。
 
 
 
 
 
 
僕はこれはとても正しい、、、というか 良い「コーチング」の例におもえたんだよね。
 
 
 
正直 「どうして 高校へいくのだろう?」という質問そのものは、聞きたいことはわかるんだけど あんまりクオリティの高い質問とはおもえない。
 
 
 
もうちょっと 質問のやりかたによっては クリティカルな質問ができたかもしれない。
 
 
 
でも その質問の答えを聞いて 若い先生が「この子に必要なものは何だろうか?」とまた かんがえて そしてそれを提供した というのがとても素晴らしいとおもったよ。
 
 
つまり 質問そのもののクオリティではなくて その質問を投げかけることによる変化がおこったのは その若い先生だったから ということなんだよね。
 
 
 
これは 質問そのもののクオリティよりも 相手との関係性が重要な場面がある ってことだよ。
 
 
 
 
これは 質問に価値があったんじゃなくて 若い先生が価値をもってたんだね。
 
 
それが 今日とても鮮やかにみえたよ。
 
 
 
 
Photo_2
 
 
 
 
 
 
 
 
最初の方にもどるけど
 
 
「コーチングというフレームの中で コーチング以外の方法でその人のサポートができないか かんがえたらいいとおもう」
 
 
 
というのは つまり 「コーチング」というフレームやしくみをつかってもいいんだけど 何より重要なのは 相手にとって誰が相談にのっているのか? ってことなんだよね。
 
 
 
 
 
その人との関係性によって会話がなりたつわけだから コーチングに価値があるんじゃなくて その人に価値があるんだとおもう。
 
 
だからこそ たしかに「コーチング」というフレームをつかうんだけど 「相手にとって自分がどんなサポートができるか?」ということが そもそも重要なわけで その方法をかんがることが重要だよって話。
 
 
サポートのしかたは 人それぞれだから コーチングが大事っていうよりも コーチングする人のほうが大事ってことだね。
 
 
 
 
あれ? なんか コーチング否定論みたいになった?
 
 
まぁ いいか(よくないけど、、、)
 
 
 
ということで また次回!
 
 
 

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