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2014年6月

2014年6月30日 (月)

2014年 6月の人気エントリー

6月も今日でおしまいでございますよ~

 
 
今月もかなり怪しい 「毎日更新」 だったけど とにかく半年やりましたね。 
 
5月の人気エントリー でも 話したけど コーチング関連のエントリーは あんまり人気がありません!(笑)
 
 
たしかに コーチング関連の、、、なんというか、、、知識? みたいな話のブログとか 僕も読まないしね。
 
 
なので ちょっと 意識的に減らしたんだけど そうすると かなり評判よくなりましたよ。
 
5月までとくらべて すこしだけ方向性が見えはじめてるので、まだまだ 「毎日更新」 は続けていきますね。
 
 
では 6月の人気エントリーです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちょっと話題になってた 子供に「何で勉強するの?」と聞かれたら、どう答えますか? っていうサイトがあったので それについての「反論」
 
 
「学校の勉強が、世の中にでて さほど役に立たない」という 昔からいわれている ある種の都市伝説的なかんがえは そろそろ捨てたほうがいい。
 
 
僕のエントリーでも話したけど 
 
 
1 「今 勉強していること そのものが 直接 世の中で役に立つ」
 
 
2 「勉強する理由は、自分のためでなく 世の中に貢献するためである」
 
 
の2点は 絶対に理解しておきたいポイントだとおもう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もちろん 2位もコーチング関連のエントリーではありません!(笑)
 
 
 
 
田辺監督代行になって さっそく西武ライオンズの勢いが 盛り返してきましたね。
 
 
たぶん 伊原元監督はとても理想をもってるいい人なんだとおもうよ。
 
 
だから 「オレの言ってることが理解できれば オマエは必ず凄くうまくいくぞ!」ってことを 伝えたかったんだとおもう。
 
 
そして それは恐らく正しいことなんだろうね。
 
 
でも そういうマネージメントはもはや通用しないですよ。
 
 
このことも また別の機会に詳しくはなしたいんだけど 世の中で何かで困っている人は 「有効なアドバイス」を求めているのではなくて 「納得する方法」を求めているんだよね。
 
だから そこで 「有効な方法はこれだ! やれ!」とか いっても聞くわけないよ。
 
 
 
 
 
 
野村監督なんかでも 「こうしろ!」みたいなスタイルではなくて 「こういうことが わかってくれんかねぇ」という あくまで選手主体のコーチングスタイルだよね。
 
 
プロ野球では やはり 落合元監督(現 中日GM)が抜群で こっちのエントリーも読んでみて → 最強のコーチング本はこれだ!「采配」落合博満
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なに? ついに トチ狂って 「インドでキャバクラはじめたのか?」とおもった人がいた、、、わけはないけど 一瞬思った人もいたのかしらん。
 
 
 
単なる WEBマンガの紹介なんだけど なんとアクセスNO1でございました。
いまも どんどん更新されているので ぜひみてください。 面白いですよ~
 
 
 
個人的には 僕はあんまりキャバクラとかいきませんけど(ということは 少しはいく?) 最近なんとなく スナックとかキャバクラとかにいく オッサンたちの気持ちがわかってきたよ。
 
 
 
と、いうか そういう「ビジネス」って その成り立ちとか今注目されつつあるよね。
 
 
要するに 「多くのお客さんが わんさかくるわけではないけど ぼちぼちの常連さんにとって 居心地よければ なんとかお店が回っていく」 っていうのは まっとうなビジネスだよね。
 
 
、、、とか 小難しいはなしは どうでもよくて どうぞWEBマンガ楽しんでみてください。
 
 
 
 
 
 
 
さてさて という6月でしたが 7月も毎日更新するので ぜひ立ち寄ってくださいね。
では また次回!
 

 

2014年6月29日 (日)

ピザが野菜とかひどい

ここんとこ 土曜日曜に やすんだ記憶がありません。 しかしながら 平日とちがって すこし時間は自由になるので お昼ごはんでも食べにいこう、、、なんておもったら 土砂降りの雨にあって えらい目にあいましたよ。

 
 
 
ちなみに 本当はべつのところに いくつもりだったんだけど 閉まってたので やんばるにはない 「やんばる食堂」で こんなものたべていました。 
 
 
1 2
 
 
 
 
まぁ 沖縄定番の24時間やっている「ランチ」ですね。
 
 
大人のお子様ランチみたいなもんですね。
 
 
ちなみに これは Bランチで 夜のいまでも もたれるくらいのボリュームでございます。
 
 
食べて、、、ちょっと後悔、、、あ 味が悪いとかじゃなくて もうちょっと別のもの食べればよかったってこと。
 
 
 
 
今日は ネタ系の話題で。
 
 
 
 
 
 
 
 
だが学校給食は利権化していたために、ジャンクフード会社をバックにつけた議員たちから猛烈な反対を受けたのだ。そんな反対勢力が逆転の発想で反撃、「よく考えたらピザってヘルシーなんじゃね? だって大さじ2杯分もトマトソースがかかってるんだぜ」と。

そして、見事にこれが通ってしまったのだ。そのためオバマ夫人の進めた改革も骨抜きになり、2011年1月に改正歳出予算案の中で給食において「ピザは野菜」とカウントされるようになってしまったのだ。
       
 
A41
 
 
 
 
 
これは ひどいね。
 
 
 
学校給食が ジャンクフード会社の利権化していたため ピザを「野菜」とムリヤリ認定して 子どもたちにたべさせている、、、ってことだね。
 
 
実際 生鮮品が手に入らなくて 加工食品ばかり食べている子どもたちは アメリカには多いって話はきいたことがあって 「 肥満であるけど 栄養失調 」っていう 悲劇的な状況らしい。
 
 
 
 
 
 
 
僕は まぁ 体に良いもの食べる、、、なんてところから とても遠いところの食べ物をいつもたべているように おもわれているけど 実はそうでもない。
 
 
 
それは わりと自分で料理をつくることが多くて 生鮮品だったり 調味料だったりを 自分で買うことが よくあるので どういう食べ物がよいのか わりと関心はあるんだよね。
 
 
まぁ あんまり狂信的にやるつもりはないので ほどほどにしているんだけどね。
 
 
 
 
 
 
 
 
こういう アメリカなんかのひどい状況きくと 「家庭科」なんかで 料理とか本当にもっとちゃんとやったほうがいいのかもしれないね。
 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回! 
 
 
 

2014年6月28日 (土)

これから面白くなるブラジルW杯と「暗黙知」について

さて 本当のワールドカップは ここからだよね。 ベスト16ぐらいから 面白くなるんだけど、、、沖縄では なかなか中継はありません。

 
 
まぁ 日本が敗退して もう終わった感あるけど ここでW杯を話題にするのか しないのか が 本当のサッカーファンの踏み絵な気がするね。
 
 
ワールドカップについての NEWSWEEK の、このコラムがおもしろい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この試合をめぐる一連のやりとりで最も興味深かったのは、酒を回してくれたコロンビア人男性が試合終了後に僕に言った言葉だ。

 "I wish we have your discipline."

「コロンビアにも日本のような規律が欲しい」といった意味だろう。4-1で勝った相手のファンに言うことではないように思えるが、彼がまじめに言っていたことは明らかだった。

 この試合を見て、日本代表の「規律」が優れていたと今さら感じた日本人ファンはほとんどいなかったに違いない。なにしろ大差で負けているのだ。けれども外国人の目から見れば、僕らには見えないことが浮き彫りになることもあるのだろう。

 
 
   
 
 
「 discipline 」って 統制とか規律とか そういう意味だね。
 
 
 
やっぱり 外国人からみる日本人っていうのは サッカーにも国民性があらわれているんだろうね。
 
 
規律的っていうのは 恐らく 個人レベルのタレント性では、身体能力も技術もかなわないって前提があるんだろうね。 
 
 
だから そこを突破して 勝っていくには 組織的に勝負しないといけない → だから 規律とか統制力を重視するってことだろうね。
 
 
 
これは 日本の組織論として まずテッパンのかんがえだろうね。
 
 
 
だから 自由に個人がやるにしても 「どの程度 組織の規律をゆるめるのか?」という 問題設定になりがちだよね。
 
 
 
 
 
 
僕はこれは ちょっと違うって立場なんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
マイケル・ポランニー っていう人がいるんだけど 一般的には この人が 「暗黙知」っていうのをいいだした人だっていわれてるんだよね。
 
 
「暗黙知」というのは「形式知」といっしょによくいわれるんだけど よくいわれている意味は
 
 
「暗黙知」 →経験やカンとかコツみたいな、言葉にするのが難しい知識
 
 
「形式知」 →言葉にしやすい知識 言葉にしにくいものは図や表にしてあらわす
 
 
というかんじだよね。
 
 
 
 
 
 
実はこれは、もともとマイケル・ポランニーがいっていた「暗黙知」とはちょっと違うらしい。
 
 
本来は 言葉にするのが難しいもの ってことではなくて 大胆に意訳すると
 
「どれだけ 表面化しようとしても 表面化されない 身体的な動作」
 
とも いうような意味あいなんだよね。
 
 
 
 
 
つまり どれだけプロセスを分解しても どうしても あいまいなあやふやな 身体的としかいいようがない部分が残るっていうことだよね。
 
 
 
 
で、重要なのは アプローチとして まず最初に「プロセスを限界まで突き詰める」って作業が必要だとおもうんだよね。
 
 
 
 
 
 
サッカーにもどすと 
 
 
「もっと統制的、規律的なルールが 完璧にできるように極めていく」 
 
 
というプロセスを経て そのあと 
 
 
「それでも どうしても残ってしまう 身体性を鍛えていく」
 
 
という順番になるとおもう。
 
 
 
 
 
 
これは ビジネスのチームでも 基本的に同じことで 「なんか 好きにやって」という投げ方ではなくて まず最初に徹底的にマニュアルやルールどおりできるように やっていく必要があるとおもう。
 
 
 
そして それができた人でないと 「それでも残ってしまう何か」が わからないよね。
 
 
だから ガチガチの規律やルールがよいのか? それとも 自由放任がいいのか? という問いかけはナンセンスだよ。
 
 
 
 
 
 
 
当たり前の結論になってしまうけど ガチガチの規律やルールを完璧にこなした人こそ その上の「何か」がわかるってことだね。
 
 
 
 
 
 
まぁ コロンビアみたいに そんなものふっ飛ばしてしまうほど タレントが強ければ 問題ないんだろうけど ただ タレントは上には上がいるからね。
 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 

2014年6月27日 (金)

意外と知られていない「当たりまえすぎる質問」の効用

ふつうのお客さん相手にしているお店、、、いわゆる 代表的な BtoC の会社が 僕のクライアントさんには とてもおおいんだよね。

 
( まぁ BtoC の業種そのものが多いので それで多くなるって話もあるけど )
 
 
さまざまな業種があるんだけど コーチングしていて 同じテーマがよくでてくる。
 
 
代表的なテーマというか、問いかけというのは 「売上をあげるにはどうすればいいのか?」ってことなんだけど まぁ これはテーマがあたりまえすぎるよね。
 
 
 
 
そこで 問いかけをかえるんだけど それは
 
 
 
「なぜ 売上が おもったように 上がらないのか?」 
 
 
という問いかけは 意外とおもしろい話になる。
 
 
 
 
 
 
仮に スタッフはそれなりに頑張っている。競合とくらべても、力量としては悪くない。
 
 
マーケティングや広告もやっている。
 
 
でも なかなかおもったように お客さんが増えてこない。
 
 
つまり スタッフのせいでもなく マーケティングのせいでもなく、、、、
 
 
 
 
 
なぜ売上があがらないのか?
 
 
 
 
 
そういう話をしていくと 結論としては
 
 
「商品やサービスのクオリティが低いのではないか?」
 
 
という話になってくる。
 
 
 
 
 
 
つまり みんながんばって売ろうとしているんだけど そもそも「商品そのもの」が あんまりお客さんにとって 魅力的なものじゃないのでは? という ごくあたりまえの結論なんかになるんだよね。
 
 
 
 
この結論がでてくるのは 実はとても面白いんだよね。
 
 
 
 
 
 
たとえば 小売の場合だと 「売っている商品は そもそも自分たちも買う気がしない」とか ぶっちゃけトークがでてくる。
 
 
 
じゃ 自分たちも買いたい商品ってどんなの? ってかんがえると 
 
 
「そこそこの値段で 高い品質 新しい商品。 仕入れが高くなるのであれば アフターサービスは自分たちでできるように メーカーと交渉すればなんとかなるのではないか?」
 
 
 
 
 
 
 
とか サービスとかだと 「そもそも このサービスそのものが 高いレベルで行えているのか? どのスタッフでも 高い品質のサービスを提供できているのか?」などの ぶっちゃけトークで、
 
 
 
「本当に いままでのサービスの基準でいいのか? 競合の2ランクぐらい上のレベルのサービスを提供して 価格はあげるけど、それほど高価格にしないってのは 実は可能じゃないのか?」
 
 
とか とても前向きな話がでてくるんだよね。
 
 
 
 
そして そこで でてきた「商品やサービスの品質をひきあげる」というプロジェクトをやっていくと いまのところ ほぼ間違いなく 売上や利益は大幅にあがる。
 
 
 
かんがえたら あたりまえの話で 商品やらサービスやらの品質を変えずして マーケティングやら広告やらで ある意味「小手先」で お客さんにむきあうより より本質的なことにとりくんだほうが いいに決まっている。
 
 
 
だから まず 「本当に 高い品質の商品やサービスを提供できているのか?」という 問いかけは ミーティングや会議で議論するチャンスをつくる必要があるね。
 
 
 
 
最近は とくに 面白いように結果がでるので このアプローチでコーチングしていますよ。
 
 
 
では、また 次回!
 
 

 
 
 
 

2014年6月26日 (木)

「エアコン無しで耐える力鍛えろ」、、、川藤幸三か!

梅雨があけました、沖縄です。 またしばらく沖縄の夏がつづきますね。

 
 
沖縄での必需品の1つは なんといっても エアコンですね。
 
 
これがないと エラいことになります。
 
最近は 本土でも 最高気温が36度~!とか あんまり珍しくなくなりましたよね。
 
 
 
でも 本土と沖縄のちがいは 朝夕でも沖縄は気温がさがらないところですね。 
 
だから 本当にエアコンは必需品なんだけど いまや 本土でも日中はエアコンないと すごせないでしょう。
 
 
 
 
 
 
 千葉市教委の試算では、対象となる計175校の教室に必要なクーラーは2800台分で約76億円。本会議に先立って請願を審査した12日の教育未来委員会では、自民党議員が「環境への適応能力をつけるにはある程度、耐える能力を鍛えることも必要だ」と発言。共産党を除く全会派が「老朽化したトイレの改修を優先すべきだ」などを理由に反対に回っていた。
     
 
 
 
ヤジよりも こっちの人を特定してほしいね。 正気の沙汰じゃないよ。 
 
 
報道されているだけでは よくわからない部分もあるよね。 だから あんまりいろいろいえない。 
 
 
 
でも 「優先順位はいろいろあるので もう少しまって欲しい」っていうのは わかるけど 環境への適応能力をつけるには、、、」とか そういう わかりやすい地雷をふんでどうするんだ? っておもうよね。
 
 
 
絶対 「なら まずおまえからね」 って すぐいわれるじゃん。
 
 
耐える力は 別に暑さじゃなくていいじゃないの? ものすごく連続でゲームができないとか 連続何時間 勉強しつづける とかで 耐える力つければいいよね。 もちろん エアコン効いた部屋でね。
 
 
 
 
 
僕は こういう「精神論」が大嫌いで こんなレベルの話が 議会で話されていることに震撼するよ。
 
 
 
 
精神論すきな人は 精神も きたえたらいいとおもうよ。
 
 
でも 精神を鍛えること「だけ」で なにかを成し遂げようっていうのは オカルトではないかな?
 
 
何かをやろうとするなら そこには やっぱり方法論が必要で それは難しいことであっても なんとか「できるレベル」にまで 分解する必要があるとおもう。
 
 
そういう 作業って 面倒臭かったりするので 「エイヤー」ってなってしまって けっきょく 根性とか精神って話で片付けられてしまう。 
 
 
と、いうことは 面倒くさいか、ちゃんとした方法が おもいつかないか どちらかなわけで どっちにせよ 精神論だけってのは 言ってる人に問題があることになるよね。
 
 
 
 
 
昔 阪神タイガースの選手で 引退後に解説者となった 「川藤幸三」という人がいます( もはや 若い人はしるまい )
 
 
 
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都市伝説といわれてるんだけど 川藤さんの解説は いつもこうだったそうだ。
 
 
 
 
アナ 「ピッチャー 満塁のピンチですね。相手は4番。どう抑えればいいでしょうか?」
 
 
川藤 「ここは 気合しかないでしょう!」
 
 
 
 
 
別の場面 
 
 
 
アナ 「満塁ですけど バッター2ストライクノーボールですね。川藤さん バッターは何を打てばいいでしょうかね?」
 
 
川藤 「ランナーが全部かえれば 3点入りますからね! ここは気合しかないでしょう!」
 
 
 
 
上の2例のように 「打てば逆転やから」とか、「抑えれば勝ちやから」とか あたりまえの枕ことばをつけて 
 
 
 
「ここは 気合しかないでしょう!」
 
 
 
と 詳細に解説するコメントが評価されて のちに 阪神の打撃コーチにまで登りつめた伝説の人物なんだよね。 
 
 
 
 
エアコンいらないとかいう 議員さんは ぜひ 川藤氏の講演会でもひらいて より精神論を極めてもらいたいね。 
 
 
 
 
 
 
 
あと ぜんぜん関係ないですけど 沖縄では 老若男女問わず エアコンを 「クーラー」っていいます。
 
 
なんとなく 本土では 年配の人が「クーラー、クーラー」っていってるイメージがありますけど 沖縄では若い子もいいますね。
 
 
 
まぁ 沖縄 年中暑いので エアコンであっても クーラーの機能しかつかわない場合もあるので クーラーでいいんですけどね。
 
 
 
では、また次回!
 
 
 

 
 

2014年6月25日 (水)

「歩行者にやさしい都市」の特徴とは?

クルマ社会の沖縄で 僕は本当にクルマに乗らなくなったね。

 
 
それは たとえば今日のような 雨がつよくふる日なんか、自転車で20分くらいで 着く距離が 1時間くらいかかることがあったりするからだ。
 
 
まぁ 雨の日はしかたない。
 
 
でも 晴れた日はできるだけ クルマで移動したくない。もう渋滞がひどすぎるから。
 
 
沖縄は暑いけど 自転車か徒歩で移動したいんだよね。
 
 
 
 
 
アメリカの都市の調査らしいんだけど こんな記事があったよ。
 
 
 
 
 
 
 
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歩行者に優しい都市ほど、市民の一人当たりGDPが高いという調査結果が米国で報告された。学歴水準との関連が指摘されている。
(中略)
なぜそうなのか理由は不明だが、研究者らは、「歩行者に優しい都市計画は、地域経済の発展
を促す戦略となり得ることが示唆されている」と述べている。
(中略)

ただ、この調査では、「高学歴の住民のおかげで歩行者に優しい都市になっているのか」、あるいは、「歩行者に優しい都市が高学歴の人々を惹きつけているのか」、あるいはその両方の要素が働いているのかは示されていない、と報告書の主執筆者である、不動産・都市分析センター所長のクリス・ラインベルガーは語る。

つまり、「かなり強い相関」の背景にある因果関係は明らかではない。しかし、だからといって、歩行者の都市生活を向上させることに躊躇すべきではない、とラインベルガー氏は指摘する。

そうした方法としては、例えば、交通の流れをゆるやかにしたり、横断歩道や自転車専用車線を新設したり、公共交通機関を改善したりなどがあるだろう

     
 
 
 
 
 
 
歩行者にやさしい都市 → GDP高く 高所得 高学歴
 
 
歩行者にやさしくない都市 → GDP低く 低所得 低学歴
 
 
だそうだよ。
 
 
 
まぁ 一般的に 高学歴=高所得 の人がおおい地域は → GDP 高いってなるから あたりまえっちゃーあたりまえだよね。 
 
 
 
歩行者へのやさしさは 徒歩でのくらしやすさ(小売店やオフィスなどが集中している)ってことを数値化しているらしい。
 
 
 
 
だとすると コンパクトシティは 高所得者をひきつけるんだろうかね?
 
 
 
 
たしかに 通勤時間とか 買い物、病院なんかへ行く時間なんて 短ければ短いほどいい。
 
 
 
 
 
僕は 自宅と事務所はとても近くにあるんだけど 大きな公園もちかいし モノレールの駅も歩いていくし スーパーは徒歩3分くらいのところにある。
 
 
国際通りまでも 歩いていけるので 事務所で煮詰まったら 公園近くのカフェや国際通りの喫茶店なんかで 気分転換しているよ。
 
 
 
唯一 残念なのは 沖縄に住んでいるのに 海、、、砂浜までは 歩いては行けない距離だってことかな。 でも自転車でいくけどね。
 
 
 
実は僕がこのあたりに住むきっかけは 「これでクルマにあんまり乗らなくてすむ」っていうことが大きいんだよね。 
 
 
それほど 僕はクルマを自分で運転して移動する時間って 価値がないとおもう。
 
 
疾走するほど 道が空いているのであれば まだいいけど ほとんど渋滞だからね。
 
 
まぁ 最近はハンズフリーの電話で クルマで電話していることがおおいけどね。
 
 
 
 
 
日本で徒歩でのくらしやすさって やっぱり都内のまんなかあたりかな?
 
 
だとすると 高所得者は多い気がするね。
 
 
 
地方はGDP低くて クルマ社会だよね。
 
 
 
じゃ 日本でもあてはまるのかな。
 
 
 
都市をつくるときには コンパクトシティにすると 高所得者を呼びこむことができるってことかな?
 
 
 
まぁ よくわからないけど 僕はリタイアしても 田舎暮らしとかイヤで 便利なところに住みたいけどね。(いや、地方に住んでるだろうって ツッコミはおいといて、、、)
 
 
 
では、また次回!
 
 
 
 
 
 

2014年6月24日 (火)

セクハラ発言やら下品なオッサンやら

セクハラ発言都議の話が、まだまだおさまりそうにないね。 

 
 
安倍内閣が 成長戦略のなかで 「女性の就労支援」とか「子育て支援」とか うちだしているけど そんななか なんてタイムリーなオウンゴール、、、ってかんじですね。
 
 
(※ おっと、ワールドカップのGL最終戦をまえに 不吉な発言、、、スミマセン!)
 
 
 
だいたい 「女性の就労支援」とか「子育て支援」とかって 今の人手不足解消とか 将来の働き手の確保とからしいんだけど 女性にむかって
 
 
 
「人手が足りないので働いてね。あと 子供も産んでね」
 
 
って なんやねん。僕はフェミニストではないけど こういう発想ってムチャクチャ 「オッサンの考え」ぽいね。
 
 
 
 
 
 
 

以前も話したけど、僕はこのセクハラ発言の問題は セクハラというより、「オッサンの次元の低さ」 に注目しているんだよね。

 
 
 
昨今の 女性の社会進出のなかで 「われさきに!」というかんじで でてきた いわゆる女性の「先駆者」みたいな人っているよね。 
 
 
もちろん いろいろ苦労したんだろうけど 実は 僕はこの女性達のなかでも あまり好きじゃない系の人がいる。 
 
 
 
これは 勝手な解釈だけど 女性の社会進出は、働く環境が整備されたのではなくて 女性側が 「オッサン化」することで 世の中にフィットしてきたんじゃないかな? とおもうんだよね。
 
 
 
牛丼屋やラーメン屋に1人でいても不思議じゃなくなったし、居酒屋でクダをまいたり、生態が 「オッサン化」することで 世の中にうけいれられてきているんだとおもう。
 
 
 
つまり 依然として 世の中は 「オッサン」に都合がよくできあがっているんだとおもう。
 
 
 
その中で 下品なオッサンみたいな女性 のような人っていうのが苦手なんだよね。
 
 
 
 
それは つまらないゴシップ的な話し と 下ネタ みたいなことを 男性のまえで 平気で話すようなたぐいの人。
 
 
 
そういう 下品なオッサン化した人は 女性であっても(もちろん)僕は 大嫌いなんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今回のセクハラ発言につっこみどころは 山ほどある。
 
 
 
 
 
 
 
 
だけど たとえば 「お前の母ちゃん出ベソ~」とかいってて 「ひどい!バカヤロー」っていうのは 小学生ならわかるけど 大人になって 「出ベソ~」とかいってたら 
 
 
「こいつ 本当に程度の低い人間だな」 
 
 
って おもうでしょう?
 
 
 
僕は 同じように 「出べそ」とかいうのは ひどい! という論調ではなくて
 
 
「この程度の ヤジ が ヤジとして成立するとかおもってるの?」
 
 
「まわりで笑った人って 「出べそ~」レベルで笑った人って自覚ある?」
 
 
というふうに おもうんだよね。
 
 
 
 
 
だから セクハラ発言の内容への糾弾ではなく ヤジレベルの低さについて 話す必要があるとおもう。
 
(だから 僕はおなじように ダジャレと下ネタ がレベルひくくて嫌い)
 
 
 
恐らく この程度の話が ヤジとして成立する という低レベルなことが 本質的な問題だとおもうな。 
 
 
 
つまり セクハラ発言が まだ中傷として成立するのであれば まだまだ そのことがわりとシリアスな話題で 解決できていない課題だということが うきぼりになっているんだとおもう。
 
 
 
問題は そこで 「まだ、中傷として成立する シリアスな話題になるような 未解決な問題」だということが  1番問題だよね。
 
 
 
 
 
 
だから この程度のヤジで 笑ったオッサンは、自分の小学生並のレベルの低さを自覚してほしいね。
 
 
 
あと、都議が辞職しろ とか たまごぶつけられたりとか あるらしいけど 犯罪とかじゃなくて ただ単純に 能力、実力不足なだけなので このようなことを要求する必要はないとおもうな。 
 
 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回!
 
 
 
 
 
 
 

2014年6月23日 (月)

即答できる1つの質問

最近は あんまりいわれないけど コーチングとかやってると 

 
 
「よい質問のつくりかたはどうするんですか?」 
 
 
とか 聞かれたりしますよ。
 
 
 
よい質問って それ単独であるものではなくて 流れのなかで でてくるもんで しかも 「何をもって良い質問なのか?」というのも ケースバイケースだよね。
 
 
 
ただ 「××をしようとおもっています」 → 「ではどうやったら 1番うまくできますか?」みたいな質問は あんまり意味がないよね。
 
 
こういう質問はよくないですよ的な話しをすると だいたいこのあたりで コーチングあきらめる人がおおいので(笑) 意外と難しいものなのかもしれないね。 
 
 
 
 
で、この質問
 
(以下引用)
 
 
アイゼンバーグさんは、デザイナーから始まり、クリエイティブ・アントレプレナーへと転身した旅路について語りました。その話の中で、彼女が前に進むのをいつも助けてくれた、「ある質問」が紹介されました。とてもシンプルな質問ですが、自分が何に集中すべきかをいつも思い出させてくれたと言います。
 
その質問とは:

もしあなたがスーパーヒーローだとしたら、どんなスーパーパワーを持っている?

成功した人なら即答できる1つの質問

   
(引用終わり)
 
 
 
 
「この質問に即答できることが、自分の資質に徹底的に考えたことの証となります」 だそうです。
 
 
 
なんか いかにもアメリカっぽい質問だよね。 
 
 
キン肉マンじゃないので そもそも自分がスーパーヒーローって設定がしっくりこないな。
 
 
 
 
ちょっと 日本風にアレンジしてみる。 
 
 
「もし あなたが正義の味方なら どんな必殺技で みんなを幸せにしますか?」
 
 
どうですか? 「幸せにしますか?」あたりが 嫌だなぁ。
 
 
 
 
 
 
スポーツ風で やってみる。
 
 
「もし あなたがスポーツチームのキャプテンなら どんな力でチームをチャンピオンにしますか?」
 
 
キャプテンでも監督でもいいかもね。
 
 
でも 「プレイヤーとしての力」をもとめられているのか 「チームを率いる力」をもとめられているのか わりと 曖昧な質問だね。
 
 
どっちの答えをだすかは 人それぞれ。
 
 
 
 
 
 
もともとの質問は 「どんな力があるの?」って質問なので 「その力をつかってどうするの?」までは あえて曖昧にしているのかな。
 
 
 
その辺を考慮すると
 
 
「実はあなたに凄い能力がすでに備わってるとしたら それはどんな能力だとおもいますか?」
 
 
こんなかんじですか? しかしそれでも僕は答えにくいし 答えたところで 「だからなんやねん」的気持ちはぬぐえんなぁ。
 
 
 
 
自分の強みって何か? をかんがえる質問なんだろうけど なんというか 答えることでクリアになる部分もあれば 答えることで重要な部分がぬけおちていく感覚もあるよね。
 
 
 
 
 
 
「成功した人なら即答できる1つの質問」 だそうなので がんばって即答してみてはどうでしょうか。
 
 
 
ちなみに 僕は成功にも即答にも 関心がありません。 ひどい。
 
 
では また次回!
 
 
 

2014年6月22日 (日)

スタートアップ(起業)について、ちょっと。

今日は すごく良い天気だったけど 1日事務所で仕事。

 
 
頭が煮詰まっている。 
 
 
なので、雑感。
 
 
 
 
僕の知りあいで、いわゆる脱サラして、飲食店をはじめた人は何人かいる。 
 
 
その中で 続いている人って ほんとうに少しなんだよね。 
 
 
飲食店とか 誰でも利用したことがあるから 「こうしたほうがいい ああしたほうがいい」とか 好き勝手いうんだけど それで たまたま 僕が アドバイス、、、的なことをもとめられたときに お話しすることって決まってるんだよね。
 
 
 
 
それは 「最初に お金かけないで やってください」 ってことなんだよね。
 
 
 
これは いつも 僕がアドバイスして しかも後ほど かなり「ありがとうございます!」っていわれることなんだよね(珍しく(笑))
 
 
 
 
 
ひとそれぞれ 「お金をかけない」の解釈というか 金額がちがうので いちがいにはいえないけど だいたい 「めちゃくちゃ お金ケチった」ってぐらいで ちょうどいい。
 
 
 
理由はかんたんで 別に儲かってから お金かけたければかければいいからなんだけどね。
 
 
 
飲食店のような 昔からある業態っていうのは キャッシュポイントにあんまり工夫ができない。
 
つまり 「お客さんがきて 食べて飲んで 代金を払う」 というものすごく原始的な キャッシュポイントしかないといってもいい。 ( 一部の店は 通販とかフランチャイズとかあるけど ごく一部)
 
 
 
と、いうことは ものすごく単純で できるだけ 低コストにして はやくキャッシュが残るようにするのが 常套手段だよね。 
 
 
 
 
 
そうすると 僕みたいな 「仕入れ0 原価0 なので 粗利益100%?」みたいな 仕事って1番いいのか? というと そういうわけでもない。
 
 
 
 
 
 
「相談」とか「紹介」とか そういうのっていうのは 基本的に無料でおこなわれてるよね。
 
 
 
誰か、知りあいに 相談するときに メシぐらいはおごるかもしれないけど 相談料を払う人はいないよね。
 
 
 
「相談」業の わかりやすい例でいうと 弁護士さんとか 税理士さんとか いわゆる士業っていわれる人たちは 有料だよね。
 
 
 
 
これは なぜ シロウトの相談と違って有料なのか? というと 「相談の有用性」にお金を払っているのではなくて 「相談したことの責任」にお金を払っているんだよね。
 
 
 
 
 
つまり 相談したことが うまくいかなければ 責任をとります ということにお金を払っている。
 
 
 
 
ここが誤解されるんだけど 「有用性」にお金を払っていると勘違いしているので 「よりよき相談の解答」をすることが いいとおもわれるんだけど そうじゃないんだよね。
 
 
 
 
 
 
だから たとえば 僕にコーチングを依頼するケースは 「うまくいかなかったときには 僕が責任をとれます」ということを 信じている人しか 依頼しないよ。
 
 
 
 
「こいつに責任がとれるのか?」 と疑念をもっているばあいは依頼がないね。
 
 
 
こういう ちょっとした違いっていうのが スタートアップって重要で それは小さな違いだから なかなかわかりにくいよね。
 
 
 
 
まぁ 今日はそんなことを かんがえていましたよ。 
 
 
では、また!
 
 
 
 

2014年6月21日 (土)

「インドでキャバクラ始めました(笑)」

みなさま 土曜日いかが お過ごしですか?

 
 
梅雨があけたような 今日の天気ですが またしばらく曇りみたいだけどね。
 
 
 
 
 
 
さて はまりましたよ。 ぞっぷりと。
 
 
「インドでキャバクラ」にはまりしたよ。 
 
 
 
 
 
 
 
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WEBコミックで すべて無料で読めますよ。 
 
 
もともと 東京で キャバ嬢をやってた 「沼津マリー」さんが なぜかインドでキャバクラをやることになって 単身インドでの奮闘記? みたいなものですかね。 
 
 
 
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インドで キャバクラ(的な店)を 日本人向けにやろうとしているんだけど 国の法律やら 人間関係やら なんやらで いろいろな苦労があるみたいね。
 
 
逆に お客さんはわりときてくれたりしてるみたいだけど ある事情で「22:30」までしか 営業できなかったり 上のコマみたいに 人集めなんかに苦労してるみたい。 
 
 
 
ただし! これは 実際は グレーゾーン、、、というか 違法行為らしいので あくまでコッソリ漫画でみるくらいの作品なんでしょうね。 
 
 
 
 
ちなみに これは 過去の話らしくて 現在はもちろん「漫画家」だそうです。
 
 
 
すごくおもしろいんだけど なんといっても 戒律のきびしいインドでの かなり黒に近いグレー行為なので 映画化とかは 無理かもしれないので WEB漫画で楽しくみるぐらいしか できなさそうですね。 
 
 
 
まぁ 漫画ですから、、、
 
 
 
今日は 単に紹介だけでスミマセン! ではまた次回! 
 
 
 
 

2014年6月20日 (金)

セブン-イレブン「鉄の支配力」、、、題名が怖い

沖縄でも 「セブン-イレブン」の上陸が 秒読み段階だよね。
 
 
たぶん コンビニ業界だけじゃなくて 小売やスーパー 飲食店なんかに ものすごいインパクトがあるとおもうよ。
 
 
ただ 僕がちょっと面白いなっておもったのは 抜粋の記事のなかで 赤太字ぶぶんなんだけどね。 
 
 
 
 
 
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それぞれの業態の特性を無視するような取り組みなので、関係者が反発するのは当然だったのかもしれません。

鈴木:業態に関係なく、同じ価格で全部売れといっても無理だと、三社三様に、反対していました。そこで私は、一喝して、どこでも売れる商品を作れと言いました。それは、質の高いPBを作るということです。それで各社が渋々取り組んだところ、結果、どの業態でも、同じ価格で販売し、非常に売れている。モノによっては、値下げしたNB商品よりも売れているのが実態です。「金の食パン」は、通常の商品の倍近く高いものでも、ヒット商品として売れている。

 これまでの自分たちがもっている業態の壁というものを破れば、できないことはないんだという感覚を、みんなが何となく持つことができました。グループで何かをやろうといった時に、かつてのように、業態別の自分を守るための反抗というのはなくなってきた。業態の枠を超えたシナジーは実現できないわけじゃないんだという意識が、論理的ではないが、感覚的に広がってきました。

(中略)

会長の中ではオムニチャネル戦略は何年ぐらいで形にできると考えているのですか。

鈴木:案外早く進むと思っています。2~3年くらいかな。要するに人間というのはどこでどういうものが成功したという実体験をしていくと、納得性が高まり、行動に移せるものです。ですから、頭で考えさせているうちはダメでしょう。

(引用終わり)

     
 
 
鈴木会長は 強力なリーダーシップだったり、先見性だったりが有名な経営者だけど グループも大きくなってきていて どんな伝え方しているのかな? というのが垣間見えるコメントだよね。
 
 
 
まぁ セブン-イレブンの「隔週 全社員ミーティング」っていうのは有名だけどね。
(昔は 毎週だったらしいけど 今は隔週になったらしい)
 
 
 
コーチングのなかで 「どういう言い方をすれば 上司(あるいは部下)を説得できますかね?」という話なんか よくでるんだけど 言い方の問題じゃないよね。 
 
 
 
相手が 納得できないのであれば 納得できるような材料を提供するのが 1番だけど その中で 強力なのが 「成功体験」だとおもう。
 
 
 
だから リーダーなんかが リーダーシップを発揮するためには 「言い方」とか「プレゼン」とかも 気にするにこしたことはないけど 1番は 「成功する体験をしてもらう」ってことだろうね。 
 
 
 
これは それこそ リーダーが頭でわかっていても 実際にはなかなか 「成功体験をつませるための仕事」みたいなものを 意識てきにつくっているケースってすくない。 
 
 
 
だから 成功体験をうまくつませる手法 みたいなものがあるので それを身につけたほうがいいのかもしれないね。
 
 
 
まぁ そういうものが 鈴木会長には すごく備わってるのかもしれなくて それが「鉄の支配力」につながってるのかな。
 
 
 
「鉄の支配力」って なんか怖いけど。
 
 
 
成功体験をうまくつませる手法、、、については また別の機会に話します。
 
 
 
 
では!また次回!
 
 

2014年6月19日 (木)

オッサンのセクハラ発言の不快感

僕は 誰がどう見ても 「オッサン」であるけど わりと 「オッサン的」なるものは 嫌いなんだよね。

 
 
オッサンであることは しかたないが できるだけ 「好感のもてる品のよいオッサン」を目指していることはまちがいない。
 
 
 
そんな 「好感のもてる品のよいオッサン」がやってはいけないことには どんなことがあるのか?
 
 
まぁ 僕自身もオッサンなので たとえば 「さわやかな香りを漂わせていて欲しい」とかいわれると 不可能なんだけど ひとまえで話す話題くらいは 選ぶことができる。
 
 
「好感がもてる品のよいオッサン」を目指す 僕が話さない話題が
 
 
「ダジャレと下ネタ」
 
 
なんだよね。
 
 
 
 
なぜかというと 僕は「ダジャレと下ネタは 誰でもはなすことができるので 最下層の話術しかもちあわせていない人が話す話題」 とおもっているからなんだよね。
 
 
 
ダジャレは、そもそもつまらないし しかも オッサンは偉かったりするので 笑いを強要されたりする(僕は笑わない)
 
 
 
当て字とかダジャレとかって 言葉だったり文脈だったりでの表現をカンタンに放棄するようなもので 「当て字やダジャレをつかわず 面白い話しができる」というのが 本当に興味のある話しだとおもうな。 
 
 
 
あと もう一つが 「下ネタ」
 
 
これも そうだけど 小学生なんか くだらない下ネタで ギャーギャー喜ぶよね。
 
 
 
これも 話のレベルが低いので 嫌いなんだよね。
 
 
そんなつまんない話を ましてやオッサンなんかとしたくない。
 
 
 
下ネタなんかを 平気で話したりしているから こんなセクハラ発言が 平気でできるんだとおもう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
たぶん セクハラ発言した人は 「しまったな。最近は おちおち本音でヤジれなくなった」ぐらいにおもってる気がする。
 
 
 
発言そのものの「酷さ」にも ちょっと話にならないぐらいのレベルだとおもう。
 
 
 
ただ 僕は 個人的に こういう発言を平気でできる「センス」が嫌いなんだよね。 
 
 
 
嫌いなオッサンなんだよ。
 
 
 
発言した内容は 酷い内容だから 糾弾されてもしかたがないとおもう。
 
 
 
でも そもそも セクハラ的発言そのものが 「ウケる」とおもって オッサンは野次ったんだとおもうんだけど (実際 議場のオッサンにはウケて笑いがあった) ウケるような なんらかの ひねりやウイットが含まれていたのか? というと そんなものは全然ない。
 
 
 
ブラックユーモアとかは ひどい話であっても 話そのものがよくできている話だったりする。
 
 
 
でも オッサンの話は ひどい話であり しかも なんにもよくできていないつまらない野次 なんだよね。
 
 
 
ぜひ 「発言のひどさ」 だけでなく 「レベルの低さ」も 糾弾するべきだね。 
 
 
両方に 不快感がひどい。
 
 
 
と、いうことで また次回
 
 

2014年6月18日 (水)

沖縄の企業がカンタンに「海外進出」する方法

すこしまえに 「海外進出するためのセミナー」のようなセミナーに参加したんだよね。 

 
 
いや、僕のコーチングの仕事を海外進出しようと くわだてている、、、わけではなくて まぁ偶然というか たまたま参加することになったんだけどね。 
 
 
それが めっぽうおもしろかった。 参加してよかった。
 
 
けっきょく それが縁で 僕、、、ではなくて 僕のクライアントさんが 話しに興味をもって 海外進出について ちょっと模索することになった。 
 
 
なにが 役にたつのかわからないね。 
 
 
僕自身は 海外で仕事をすることは想定していないんだけど そのセミナーで 「インバウンド事業も立派な海外進出ですよ」といわれて なるほど それならアリかも? とかおもったよ。
 
 
 
日本人が海外へでていくものが アウトバウンドなら 海外の人が日本にくる というのがインバウンド みたいななんとなく観光業界の用語みたいなのがあるね。
 
 
 
ちなみに沖縄では いわゆる「来沖」がインバウンドで 「出沖」がアウトバウンドとかいわれます。修学旅行で沖縄にくるのは インバウンドで 沖縄の会社視察で東京にいくのは アウトバウンド ですね。
 
 
 
 
 
で、この 日経BPの記事が おもしろいんだよね。 
 
 
ちょっと長いけど 引用してみる。
 
 
 
 
 
 
 

 

英文サイトとクチコミで広まったサイクリングツアー

村山:今でこそ大人気のサイクリングツアーですが、当時はどうだったんですか。

山田:最初はガイドツアーではなかった。自転車をレンタルさえすれば、ガイドは必要ないと思っていたんです。ただ、京都だったら自転車レンタルでやっていけますが、飛騨のマーケットボリュームを見ていくと、レンタルでは成り立たないことがわかり、じゃあ、付加価値を上げないとねと。その方がお客様の満足度も上がるということで方針を変えました。それから準備に入り、ガイド付きのサイクリングツアーを開始したのは、2010年7月からです。

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村山:最初はどういう形でツアーを告知していったのですか。

山田:基本的にインターネットで地道に始めました。まずは、英語版サイトを立ち上げたのですがコンテンツは自分たちで作成し、ウェブ開発部分は外部委託しました。世界一周で訪問したアフリカや南米で、「地域らしさ」を堪能している旅人の姿を見ていたので、グローバルマーケットにおいてはこういうサービスは喜ばれるだろうという仮説は持っていました。

 ですので、グローバル対応することに躊躇はなく、むしろ強化すべきだと当初から考えていました。あとは、喜んでくれたゲストがクチコミを書いてくれて、クチコミが新たなゲストを呼ぶという流れが少しずつできてきました。

村山:新事業立ち上げは認知させるまでが大変だと思いますが、スタート当初からうまく集客できましたか。

山田:1年目の集客は年間で百数十人レベルでした。当然そんなにいきなりは来ないですよね。ただ、お客様からの満足度はガイドの頑張りもあって、それなりにありました。ただし、マーケットの収益を確保するのに時間はかかると予想しました。2011年以降は毎年倍以上伸びています。最近は特に増えてきたなと実感しています。

 国別ではオーストラリア、米国、シンガポールの順です。欧米で大半を占めていますが、最近の傾向としてASEANからのゲストが大きく伸びつつあります。これまで40数カ国から来ているのですが、韓国と中国からのゲストは過去4年間実績ゼロ。両国から日本への旅行客は多いのでちょっと意外です。個人客中心なので団体ツアーが多い中国などは参加しづらいのかもしれません。

村山:大半が欧米からの観光客ということですね。SATOYAMA EXPERIENCEへの参加者が毎年増えているということですが、それはどうやって呼び込んでいったのですか。

山田:自社サイト経由での予約がメインですが、そんなにプロモーションコストをかけていません。それでもじわじわと伸び、対前年度比で3倍とか5倍にはならないですが、着実にクチコミが増えてきて申込数も増えていると思っています。

(引用終わり)

 

 

実際 あとで 話しがでてくるんだけど 世界最大の口コミサイト 「トリップアドバイザー」でとても高い評価を獲得しているらしい。

 
 
これは 飛騨高山をサイクリングしながら 自然や地域の人とふれあったりすごしたりするツアーなんだよね。 
 
サイクリングはスポーツじゃなくて 「自転車」というのりものをつかうという意味だよ。 
 
 
 
 
僕が興味をもったのは このツアーというかビジネスというのが まったくお金がかかっていなくて  しかも 地方が徹底的に「インバウンド」に特化したってとこだよ。
 
 
 
ほとんどが 欧米からの個人客で 外国人の旅行者が7割くらい。
 
 
 
そのためには 「英文のサイト」をつくって  外国語がわかり 海外の人を「もてなす」ことができるスタッフを準備し 外国人からみた興味のあるコンテンツを解説する。
 
 
まぁ これは ある意味 観光地の「再編集」だよね。
 
 
 
再編集しただけだから とうぜんコストはかかっていないんだけど 「欧米の個人ツーリスト」にしぼって 呼びこむ方法をかんがえたというのは おもしろいね。
 
 
 
たしかに 「観光向け業種」とかいっても 外国語表記のホームページもないのであれば 行きにくいよね。 
 
 
逆にいうと 外国語表記のホームページをつくり 受け入れ体制をととのえれば これは ビジネスの盲点かもしれないね。
 
 
なるほど。
 
 
 
これでも セミナーでならったように 「海外進出」ということになるのなら 沖縄の企業でも カンタンに海外進出できるよね。
 
 
 
ちょっと クライアントさんとかに提案してみて かんがえてみます。
 
 
 
この話しきいて 「おーその手があったか!」とおもった人は どうぞガンガンやってください。
 
 
「そんなこと とっくにやってるよ!」という人は おしえてくださいね。
 
 
「やりたいけど 面倒くさそう」とかおもう人は 連絡ください。 僕がコーディネイトしますね。
 
 
 
 
 
では また次回! 
 

2014年6月17日 (火)

「嫌われる勇気」とか アドラー心理学についてのNOTE

いわゆる 「アドラー心理学」がすこし、ブームになりつつあるね。 

 
 
むかしから あったヤツなんだけど ブームになったのは この本の影響が大きいとおもう。
 
 
 
 

 
 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 
 
 
 
 
僕自身は この「アドラー心理学」を あまり支持していない、、、いや逆だな わりと支持しているっていったほうがいいかもしれない。 
 
 
 
 
いわゆる フロイト系の心理学の100倍くらいはいいとおもう。
 
 
 
 
何がいいのか? というと フロイト系心理学というのは 何かの原因を その人そのものに求める。あるいは その人の「内面」にもとめる というスタンスだよね。 
 
 
でも アドラー心理学は 「その人をとりまく関係性にもとめる」という点が 100倍くらいよい理由の1つだよ。 
 
 
 
 
 
 
で あんまり支持しない理由は たぶん この本を読んだ人に
 
 
「で、アドラー心理学って 要するにどういうことなの?」 
 
 
って聞かれたときに ほとんど答えられないところだよ。
 
 
 
 
 
 
たぶん この本に納得したり、よい本だなっておもった人は 書かれている言葉だったり フレーズだったり ある主張だったりに 強く共感したんだとおもう。 
 
 
 
その共感ってのは よくわかるし 僕も共感するところは いっぱいある。 
 
 
 
 
でも そのアドラー心理学を貫いている思想とは何か? というのは 理解するのはとても難しいんだよね。 
 
 
 
 
 
ひとつひとつのフレーズはとても共感できるし これから先どうやっていったらいいのか? ということには わりと具体的に主張されてる。
 
 
 
 
 
だけど 全体の主張は なぜ?そうなるのか? ということは 主張はされていても 事実で証明がされていない、、、つまり ほとんどの人は自分の経験上で 
 
 
「おおこれは 自分の経験からいうと 正しいことをいっているようにおもう」 
 
 
 
というところからでてないんだよ。
 
 
 
 
 
 
これは オピニオンではあるけど 「学問」ではないよね。
 
 
 
 
 
 
「正しいこと」を世間の常識的知識に あてはめているので なんだかわかりにくくなっているんだけど 正しいことを別の客観的事実で体系化すると これは 別の学問になるね(それは 今日は話さないけど)
 
 
 
 
とはいえ だいたい「正しい」ことを主張しているので 実用的だとおもうよ。 
 
 
 
 
こういう表現だったり、語り口っていうのが 世の中の共感を生むんだなって わかるね。
 
 
 
 
 
 
と、いうことで ではまた 次回!
 
 

 
 
 

2014年6月16日 (月)

ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」に見る、完璧なチームとは?

へんな言い方だけど 伸びてたり 業績いい会社が よい会社じゃなくて よい会社がよい会社だよね。

 
 
 
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今 話題のドラマ ルーズヴェルト・ゲーム  なんかでも これ見よがしに
 
 
「会社は 株主のものでしょう? なのにあんたは勝手に、、、」
 
 
みたいなセリフがあるけど 株主のものでもあり、経営者のものでもあり、従業員のものでもあり、社会のものでもあり そして 顧客のものでもあるんだろうね。
 
 
(ドラマだから かなりあざといセリフ回しだけど)
 
 
 
株主からみて いい会社だけど 従業員からみるといい会社ではない とかはよくあるけど  
 
「どのステークホルダー(利害関係者)からみても いい会社」
 
 
っていうのは ちゃんとあって それは 
 
 
「顧客から支持されていることで 業績が好調な会社」
 
 
っていうのが いい会社の定義のひとつだとおもう。
 
 
 
 
 
顧客は 世間の評判とかもきにするので ブラック企業みたいに従業員をあつかう会社に 支持はあつまらない。利用はするかもしれないけど 支持はしないよね。
 
 
 
つまり
 
 
 
「商品やサービスが すぐれていて」
 
 
「そのおかげで 顧客が買ってくれて」
 
 
「それで 売上があがっており」 
 
「まっとうな経営をしているために 業績(利益)があがっており」
 
「待遇や職場環境も悪くないので 従業員が働きがいをかんじている」 
 
 
という 会社が いい会社であることは 異論のないところでしょう。 
 
 
完璧な会社、、、なんでしょうね。
 
 
 
 
 
 
で、ですよ。
 
 
 
 
だったら なんで 世の中の会社はすべてこうでないのか? というと
 
 
「目指してるけど、まだできていない」「目指していないので、できない」 
 
 
の2択でしょう。 
 
 
 
最初のヤツはわかるけど でも 「目指してない」とかあるのかね、、、
 
 
 
 
 
 
今日、ある会社の話しを聞いたんだけど そこは業績はまぁまぁなのだが とても働きたくないような 理不尽なことを要求される職場環境らしい。(詳しくはいえませんけど)
 
 
 
ただ それなりに 経営陣は お金や時間をつかっており 外部のコンサルタントや業者をいれて いろいろしくみやらルールやら制度やらを整備しているそうだ。
 
 
 
 
だけど 従業員はそこで働きたいとはおもってないし おかげで地域からは さほど支持されているわけでもないらしい。
 
 
 
 
 
僕は 話しをきいて なんでそうなっちゃったんだろう? っておもったんだよね。
 
 
 
 
 
ね なんでだとおもう?
 
 
 
 
まぁ 理由はいろいろあるんだけど 僕がおもいたったのは 
 
 
「経営者が そもそも 自分がよい会社がつくるれる と信じていない」
 
 
っていうのが 大きいとおもったよ。
 
 
 
 
これは 実はよくあるケースで まぁ経営者自身が 「自分にそんなことはできない」とか「うちの会社はそんなことはムリだ」とかおもっているので どっかに歪みがでても しかたないってあきらめているんだろうね。 
 
 
 
 
まさか 自分の会社が 「顧客に支持されて業績が好調、従業員も満足」とかそんな会社になれっこないっておもってるんだよ。
 
 
 
 
でも これは そういった会社や組織を経験したことがある人ならわかるけど それは大変ではあるけど可能だし 目指すにふさわしい価値が たしかにある。
 
 
 
ただ これは その経験がない場合 いくら話したり コーチングしたりして ビジョンとか理念とかつくっても ぜんぜんできない。
 
 
 
 
目指していないんだよね。
 
 
 
 
これは けっこう経営者としての資質だとおもう。
 
 
 
ドラマの「ルーズヴェルト・ゲーム」でも 青島製作所の会長も社長も専務も、みんな「よい会社」をめざしていて それは本人たちのなかに 「こういう状態にするんだ」というイメージや経験があるんだろうね。 
 
 
 
一方で ライバルのイツワ電器の社長は たぶん「よい会社」の経験がないんだろう。 
 
 
だから なんとなく卑怯な手をつかわないと うまくいかないっておもってるんだね。
 
 
 
 
 
 
経営者っていうより リーダーだったり 組織のトップだったりは 
 
 
「完璧(であろうとしている)なチーム」
 
 
を経験するのと しないのとでは 雲泥の差がでるよ。
 
 
 
それは 経験した人は「自分が経験している」ということがわかるけど 経験してない人は自分が知らないことがわかってない。
 
 
 
これは 別にビジネスでなくてもよくて サークルとか部活動とかでも全然もんだいないので そういう経験はリーダーだったりトップだったりは必須の経験だとおもうよ。 
 
 
 
 
目指していないからできるわけないよね。 
 
 
そこに、場当たり的に いろんなことやっても ややこしくなるだけで いろんなことがムダになるよ。
 
 
 
まず 「完璧なチームを目指す」というところから、はじめる必要があるかもね。
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 
 
 
 
 

2014年6月15日 (日)

なぜ?日本はコートジボワールに負けてしまったのか

残念ながら 今日は負けてしまったけど なぜ?負けたのか 以下の記事がとてもおもしろい

 

ワールドカップ日本代表の敗因は何か? データで浮かび上がる「コートジボワールの秘策」

 

以下 抜粋

 

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試合開始直後、日本は山口、長谷部の位置が低く、まず守りから、慎重に入る。消極的、とも言えるが、一方で、大きな大会の初戦としては定石とも言える入り方だ。お互い様子を見あう重苦しい流れの中、スローインから得点したのは、日本にとって非常に良い流れだった。得点の起点となったのは森重の大きなサイドチェンジだった。

 

(中略) 

 

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遠藤投入を見るや、コートジボワールはすぐに戦い方を変える。ジェルビーニョを再び右サイド、日本の左サイド側に戻し、徹底的に裏を狙わせている。先程は守備の負担を減らすために日本の右サイド側にいた俊足の選手が狙い所をいよいよ定めたのだ。 一方で、遠藤を中心とした左サイドよりのパス攻撃を封じるため、中央左にカルー、ヤヤ・トゥレ、ボニと選手を集めている。 この勝負どころ、コートジボワールは右サイド、日本の左サイドに7人をかけ、結果的にここから点が生まれる。

 

(引用 以上 The Huffington Post より)

 

この記事からみると コートジボアールが 遠藤選手投入後に 徹底的に 日本の左サイドねらいに戦術をかえて それが 2本のほぼ同じような攻撃からの得点につながってるっていうのが試合のながれになっている。 

 
 
日本は 遠藤選手投入は、守備的に強い長谷部選手にかえて より攻撃に強い遠藤選手をいれて 得点をねらうという戦術にでてる。 
 
 
それをうけて コートジボアールが今までと戦術をかえて 左サイド狙いにすることで 得点をあげている。
 
 
と、いうことは 日本の敗因は 狙った戦術が裏目にでた、、、つまり ベンチワークで負けた可能性がとても高いということだね。
これは 本当は別の意図があったり あるいは なんらかのフィジカルな問題があったのかもしれないけど データという事実からみれば そういうつもりではなかったのだが 結果的にベンチワークに問題があるといわざるをえない、、、 ということなんだろうね。
 
 
 
 
 
 
このアプローチはなかなか興味深くて なぜ?そうなったのか?というのはわからないけど 結論として 〇〇であれば××である って話しだよね。 
 
 
なぜ? ザッケローニが有利な展開で戦術を誤ったのかわからないけど 結果的にベンチワークを今後修正する必要があるということだろうね。
 
 
 
 
 
 
これは 
 
「AだからBである、そしてB=Cが成り立つ なのでA=Cといえる」 
 
という ちゃんと論理構成がしっかりしている 因果関係からいわれていることではなくて
 
 
「AだからBである このときなぜかわからないが ほとんどのケースはA=Dになる」
 
という相関関係のほうが 信ぴょう性が高いってことになるね。 
 
 
 
 
 
こういうのを エビデンスド・ベースド・アプローチ といって 昨今は ビッグデータなんかの利用で わりとホットだよね。
 
 
基本的に 僕のコーチングアプローチは、これで
 
 
「常識ではなくて 正しいかどうかは 実際にやってみたり 計測したりしてかんがえましょう」
 
 
というものだよ。
 
 
 
 
 
 
詳しく話すとながくなるので また別の機会に話すけど 全部が全部データしか信じませんということではなくて データがあるものに関しては そのデータの反論はもちましょうよってことだよ。
 
 
 
 
たとえば 「成績がよいかどうかは 本人のやる気よりも まわりの環境に影響される」というデータがあったとする。 
 
それで 「いや でも 本人のやる気が重要でしょう?」 って反論するなら 「なぜ?そうなのか?」を 完璧でなくても だいたいでいいから 納得できる理由をもちましょうよってことだよ。 
 
 
 
そうじゃないと 単なる思い込みってことになるよね。 
 
 
 
思い込みだったり 単純な経験則だったりで 重要な決断をするんじゃなくて こういう視点からもかんがえる必要があるよね。
 
 
 
ワールドカップ、、、正直かなり タフな状況になっちゃったけど 感情的な話しとか精神論とかじゃなくて(ただし 松木安太郎さんを除く) ぜひ しっかり分析して次を戦ってほしいね。 
 
 
 
では また次回!
 
 
 
 
 

2014年6月14日 (土)

好きな仕事を、儲かっている会社でやる

僕は もともと会社員で11年以上やっていたんだけど そろそろいまの仕事も今年の10月で10年になるよ。 

 
 
前のキャリア日数を抜くのは確実なんだけど なんだか実感があまりないね。 
 
 
まぁ 10年位いまの仕事もやったので そろそろ別の仕事を中心にしていこうか? とか わりと本気でおもっていたりするんだけどね。
 
 
 
そんなふうに あんまりたいした「仕事観」をもってない僕なんだけど、このあいだ いわゆる「就活生」予備軍? みたいな人たちと話す機会があって ちょっと話ししたよ。 
 
 
 
 
 
 
 
就職が大変なのは 今の学生に責任なくて むしろ採用側がアンポンタンでテメェは楽して会社に入ったクセに 業績伸ばせずに 人がとれないので おかげで採用人数がすくなくなった。
 
 
だから 本当は採用する側が 「どうも 自分たちがアホで無能でハゲで、すみません」といわないといけないのに エラそーーーにしていて まったく 学生のみなさんには重ね重ね申し訳ない、、、みたいな話しからはいったけど 全くうけなかった。 
 
 
 
まぁ そういう事情はなんとなくわかるんだけど そういう話しをされても実際なんの役にもたたないので、、、みたいな顔していて そりゃそうだろうな。 
 
 
 
 
 
で、みんなが 食いついたのが 僕が
 
 
「前の会社は 入社するときから辞めるつもりで入社した」 
 
 
っていったときだよ。 
 
 
 
僕は 前の会社は最初っから10年位でやめるつもりだった。 
 
 
と、いうか 10年間働ける会社をさがして 10年目にもういっかい就職活動しようとかんがえて そのとき有利な会社を選ぼうとかおもったよ。
 
 
 
ちなみに 僕が以前いた会社は 誰でも知っている会社で社員数もおおく、なにより社員教育が充実してた。待遇も悪くなかった。
 
 
だから 働きながら 勉強もさせてもらえて しかも待遇も悪くない。
 
 
そこで扱っている商品やサービスは さして好きでもなかった。
 
 
 
だけど 10年目にまた転職活動するには悪くない選択だとおもえた。 
 
 
10年位やれば なんかいろいろ身につくだろう その時1番高いギャラだすところにいこう、、、とか 単純にかんがえた。
 
 
実際 とてもとても役に立ったし(というか 未だにそこで勉強した内容そのもので ギャラがもらえているから とてもありがたかった)その選択は間違ってなかったなっておもう。
 
 
 
 
 
 
 
 
で、その話しをしたら 1人の学生さんが 
 
 
「そういう企業はどうやってみつけたのか?」
 
 
みたいな話しをしたんだけど その質問は ちょっと違うなっておもって こんな話しをしたんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
僕と同じ理由でやめた人もいたんだけど あんまりうまくいってない人も多いんだよね。 
 
 
つまり 僕が以前いた会社っていうのは リクルートとかマッキンゼーとかそういう「人材輩出企業」ではないんだよね。 
 
 
つまり 企業として 転職や起業や独立を奨励しているわけじゃないんだよね。 
 
 
 
 
 
ただ 僕がうまくいったとすると うまくいかなかった人たちと 何が違うのか? というと 僕はある意味 入社したとき、10年以上まえから 「転職活動」をはじめていたけど うまくいかなかった人は いざ転職のニーズができてそこから考えたってことだおもう。 
 
 
 
つまり 時間かけて準備したので うまくいったのではないか? とおもってるんだよね。
 
 
 
たぶん 違いはそこなんだけど どんな準備をしていたんだろうか? 
 
 
 
僕がかんがえたのは 「何をやればいいのか?」だけではないんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
基本的に ビジネスっていうのは 栄枯衰勢で そのときどきの状況で何がホットな業界なのかは、かわるよね。
 
 
 
 
だから 僕は「好きな仕事か、儲かる仕事か」というのは わりとナンセンスで
 
 
「好きな仕事を 儲かっている業界(会社)でやる」 
 
というのが ベストだとおもうんだよね。 
 
 
 
 
 
だから 仕事っていうのを 「特定の何か」、、、たとえば 「コピー機の営業マン」と規程するのではなくて 「営業職」とか「サービス業」とか「技術職+営業職のハイブリッド人材」とかに カテゴリーしておけば 「好きな営業職で 別の儲かる業界」へ転職できる可能性がひろがる。 
 
 
 
 
そうすると 関連する知識だったり勉強だったりってのが 見えてくるので仕事自体がとても意義のあるものになる。
 
 
 
なにで 転職するのか? というと 大きなくくりで「サービス業的な仕事」だとすると こんどは それが活かせるこれから伸びる業界はどこか? っていう 世の中のことをしらべる視点ができるとおもう。 
 
 
だから 自分のこと考えるだけじゃなくて 世の中のことをみていく視点って重要だとおもうな。 
 
 
 
 
 
恐らく 「好きな仕事は何か? = 自己分析」 「儲かる会社(業界)は何か? = 世の中分析」も両方大事で そこかんがえて 会社かんがえるといいのではないか?、、、、、、、、、 
 
 
 
 
というような話しをしたよ。
 
 
 
 
なるほど~みたいな顔されて 「そういう話しははじめて聞きました」とかいわれたので ドヤ顔してたら 
 
 
 
「じゃぁ 凄く儲かってるんですね」
 
 
 
っていわれて 困りました。
 
 
 
 
 
 
まぁ そういわれれば 儲かってはないね。
 
 
 
説得力ない話しやな。
 
 
 
 
 
次こそは 儲かる業界にいきたいです。
 
 
 
 
ではまた次回!
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年6月13日 (金)

6/13「期待報酬」についてのノート

先日も また 「給与体系」についての話しがでてきたので ちょっとはなしてみるね。 

 
 
そういえば 以前 「実は「期待報酬」が正しい」 というエントリーがあったんだけど オッサンのエピソードでおわってしまったので その補足というか 続き的なはなし。
 
 
 
「期待報酬」というのは、「成果報酬」の反対みたいな意味で そんな言葉があるかどうかわからないけど 「成果がでたので その報酬」ってもので 給与がきまってるわけではないってはなし。 
 
 
これは そのエントリーでも話したけど 経営者でもよくわかっていないんだけど 「成果報酬」っていうのは 現状あんまりなくて しかも 経営者にとっても 従業員にとっても 両方にとって あまりメリットがないかもしれないね。 
 
 
 
 
そもそも 給与というのは ものすごくカンタンにいうと
 
 
「これからも あなたの働きを期待しているので この金額で生活していってくださいね」
 
という 「期待を満たす金額」に設定されている。 
 
 
 
 
 
たとえば 東京と沖縄では やってる仕事は同じような仕事でも 給与が東京が高くて 沖縄が低い。
 
 
 
これは 沖縄のほうが物価がやすかったりするので 給与の水準がおおむね低くなっている。
 
 
 
同じ仕事、、、つまり 同じ成果をだしているのに 給与がちがうのは 東京の物価では沖縄の給料で 生活していけないからだ。
 
 
 
つまり おおむね 「この金額だったら この仕事を働き続けてくれるだろう」という期待が報酬になっているってことだよ。 
 
 
 
だから 成果がいくらでても 劇的に給料があがるってことはないし 下がることもないよ。 
 
 
多少は 違ってきたりするけど それは あくまで 配分の問題で 儲かっている会社は 配分が増えるケースがある。 
 
 
 
、、、 ??? 儲かっている会社は 配分が増えることがあるのか? 
 
 
 
ある。 
 
 
 
というか 要するに 給料が高くなる原因の1番は 「その会社(あるいは業界)が儲かっているかどうか?」 なんだよね。 
 
 
 
あー身も蓋もない話しだ(笑)
 
 
 
要するに 「相場」みたいなもので 決まっているので その人の「成果」や「能力」と一致してないんだよね。 
 
 
 
だから 給料をあげようとするなら 儲かっていない会社(業界)から儲かっている会社(業界)へいくのが おおむね正しいアクションになる。 
 
 
あとは 会社そのものを 儲かる会社にするというのも いいよね。 
 
 
ただ これは ある程度の規模の会社になると 役員とか経営陣のポジションにならないと難しいよね。 
 
 
ここまで 昇進するのが難しいのであれば そういう規模の会社に転職するか 自分で事業をおこすか なんかが 選択肢になるとおもう。 
 
 
 
そう、ここにきて そういう人たちが「成果報酬」になるんだよね。
 
 
だから ある意味「成果報酬」っていうのは 「会社として あんまり従業員をまもりませんよ」ということかもしれないね。 
 
 
と、いうことで あとはまた次回。 
 
 
では! 
 
 
 

2014年6月12日 (木)

「反転授業」はなかなか面白そう

「学力アップ 大学の新授業」っていう NHKのニュースがおもしろい

 

以下 転載

 
 

一般的に大学では従来、学生が大学で講義を聞いて知識を習得。 家でレポートに書いたり、演習問題を解いたりして、理解を深めていました。

 
 
20140611_07
 
 
 
 
それに対し、あらかじめ家で講義を受けて臨む、この授業。 大学と家の位置づけを反対にするため、「反転授業」と呼ばれています。
 
20140611_08
 
 
 
 
 
大学の教室では、議論や発表に特化します。 この日は、コンピュータープログラムの専門的な内容でしたが、あらかじめ頭に入れてきた知識を元に、学生同士が議論をしながら答えを探ります。
 
 
 
 
 
 
試験の結果が、はじめる前の年度の学生が50点台だったのが、「反転授業」で80点とかになっているそうだよ。 
 
 
まぁ 予習をしっかりやってるから よくなるのは当たり前な気もするけど そういうしくみにしているのが素晴らしいね。 
 
 
あと学生が講義が楽しくなったり 議論だったりコミュニケーションスキルの向上の自信がついたりしているらしい。 
 
 
これは とてもいいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大学の講義の「改革」というのは、すすんでいるところはけっこういろいろ取り組みやっていて 恐らく 一般の人の認識よりもとりくみはすすんでいるんじゃないかとおもうな。 
 
 
もちろん 温度差はいろいろで 学校レベルでまったくすすんでいない旧態然というところももちろんある。 
 
 
 
 
 
 
大学側が改革することによって そこで学んだ学生が、たとえば僕の研修なんかうけたりすると あんまり違和感ないとおもう。 僕の研修は いわゆる「ワークショップスタイル」だから 最近よくある形式だよね。 
 
 
 
でも せっかく「議論や勉強などがおもしろい」ときづいた学生が 昔ながらの座学で「~であるからして~」の精神論的研修なんかだと 相当キツイとおもうな。 
 
 
そのギャップは 逆にはかりしれないとおもうよ。
 
 
 
 
 
まぁ だから 企業向けの研修なんかも 影響うけてくるだろうね。 
 
 
たんなる 手抜き「ワークショップもどき」とかが 通用しなくなるかもね。 
 
 
 
 
 
 
 
ある会社が主催したセミナーの講師をやらせていただいたことがあるんだけど なんというかとても「イライラ」した記憶がある。 
 
 
なんで 「イライラ」したかというと 僕は講師をやってたんだけど そのあとに「このセミナーについて話しあいましょう」みたいな時間がとられていたんだよね。 
 
 
僕がなぜ?ワークショップ形式でやっているのかというと そうすることで セミナーでの振り返りだったり 職場で実際にどうやって活かすのか?ということを セミナーのなかに織り込むことができるからなんだよね。  
 
 
 
で、せっかく 織り込んだのに またそのあと話しあう必要なんかないわけで 逆に話しあったおかげで(講師が関与できなかったので) 結論がぶれて、、、というか 間違った結論とかになって 憮然としたことがある。
 
 
 
 
 
 
 
なにがいいたいか? というと こういう「設定」というのは 一見カンタンにみえても それぞれにちゃんと「意図」があって 「要するに 話し合いさせればいいんでしょ」的な 乱暴なものではないってことだよ。 
 
 
 
たとえば 話し合いにしても いきなり
 
 
「ルールを守ることの意義について意見をのべよ」
 
 
 
みたいな 議題で話しあいはできない。 
 
 
 
 
最終的に そういう話題にしたければ まず最初に 
 
 
「自分だけルール守ってよかった経験、悪かった経験ってどんなこと?」
 
 
「それは どうしてよかったのかわるかったのか?」 
 
 
「どうすれば 1番よかったのだろうか?」 
 
 
とかいうような 順番で すこしずつ議論を深めていく必要があって  そういうものをふまえたステップをふむことで 深い議論ができる。 
 
 
 
 
 
 
そういう 準備というか 手間をはぶいて 短絡的に見ためのやり方にとびつくのは どうかとおもうな。
 
 
 
 
 
 
 
ともあれ なにより 大学の講義が「学生が興味をもっておもしろい」といえるようになってくるのは 本当にいいことだとおもうよね。 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回! 
 
 

 
 

2014年6月11日 (水)

ストレスについての雑談

ここんとこ 「ストレスコントロール」について話しをする機会がおおかったので それについて話しをしてみたい。

 
 
「ストレスコントロールについて話しをした」というのは 講演したとかセミナーしたとかじゃなくて クライアントさんとコーチングのなかで話題にしたという意味ですよ。 
 
 
 
 
僕がストレスコントロールの知識が必要な理由は コーチングのクライアントさんと話しをしたり お会いしているなかで
 
 
 
「過剰なストレス環境におかれていないか?」 
 
「ストレスによる弊害がこれからおこるような サインやイベントが連続していないか?」 
 
 
 
などの本人が気づかないサインを外の人間である僕がつたえることができるというメリットがある。 
 
 
 
 
 
要するに 「なんかおかしいな」とか「これは本人が気づいていないけど、一般的に負荷がかかりすぎているケースだな」と警告するためというのが 大きな理由だよ。 
 
 
 
 
 
そして もちろん これは社内の人がそういうサインに気づくことにこしたことはない。 
 
 
 
そこで ちょっと気づいたんだけど ある離職率が高い会社があって そこは当然ながらストレスレベルも高い。 
 
 
それで 逆に ストレスレベルを下げると 離職率が改善するのか? という話しになったんだよね。
 
 
 
 
 
まぁ 離職率なんて 複雑な理由があるだろうから ストレスレベルをさげると改善する、、、みたいな単純なものではないんだろうね みたいな単なる雑談になったんだけど。
 
 
 
 
 
 
ただ ストレスレベルがあがるといわれるライフイベントには
 
 
異なった仕事への配置換え
 
 
経済状況の変化(良くなる場合も悪くなるばあいも)
 
 
住居が変わる
 
 
、、、のような 必ずしもそれじたいで、相手を傷つけるようなものじゃないものもあったりする。 昇進によるポストの変化なんか 嬉しい事なんだろうけど それもやっぱりストレスだったりするよね。
 
 
 
だから そういうことがおこるときには 「何ヶ月間とかは、月一で定期的に 報告会をする」とか あらかじめケアをくみこんでおくっていうのはとても大事だよね。
 
 
 
同時に そもそも低ストレスの職場をつくるというのも 効果があるだろうね。 
 
 
 
 
だから 転勤とかはできるだけすくないほうがいいのかもしれないし (本人が望んだとしても) 昇進もドラスティックなものは できるだけ避けたほうがいいのかもしれないね。 
 
 
 
けっきょく そうすることが トータルで離職率なんかをさげていく取り組みとかになるんだろうけど 職場環境の低ストレス化をはかることで 仕事そのものが高いレベルへのとりくみを促進させるのなら こんなにいいことはないね。 
 
 
 
意外とカンタンに低コストでできることもあるから 職場のストレスレベルを調査してみるのもいいかもしれないね。 
 
 
 
 
 
 
 
厚労省のこれなんか とてもいいね。 
 
 
 
 
 
実際にとりくんでいくのはいいんじゃないかとおもうな。 
 
 
と、いうことで 単なる話しでしたけど、、、、 
 
 
では、また次回!
 

2014年6月10日 (火)

6/10 コミュニケーションのコストを負担するのは?

※これは 6/11に上書きしています

 
 
コミュニケーションのコストについて ちょっと話してみる。 
 
 
AさんとBさんがいるとする。 
 
 
Aさんは Bさんに気をつかって コミュニケーションをとっていたとする。 
 
そこで Bさんはとくに気をつかわず ふつうに話したいことを話していたとする。 
 
 
そうすると Aさんは 「気をつかったぶん」よけいに コミュニケーションのコストがかかっている とかんがえてみる。 仮に 100のコストとしてみる。
 
 
 
Bさんは 気をつかっていないので コスト0だとする。
 
 
 
そうすると Aさん+100 > Bさん となり 当然これは Bさんのほうが コミュニケーションが楽チンになる。
 
 
Aさんが部下で Bさんが上司とかだとわかりやすい。 
 
Aさん(部下)+100(おべんちゃら?もちあげたりとか、そういう気遣い) > Bさん(上司) (何も気をつかっていないので コスト0 楽ちん)
 
 
 
たとえば 両方が 気遣い0 つまり コスト0の関係だと 公平な関係か? というと、、、こういうばあいは 公平ではあるかもしれないけど うまくいく関係っていうのはなかなかむつかしいんじゃなかろうか? 
 
 
Aさん コスト0(気遣いなし) = Bさん コスト0(気遣いなし)
 
 
 
では 公平で両方が コスト50ずつ負担しているばあいはどうか?
 
 
 
Aさん +50(かなりの気遣い) = Bさん +50(かなりの気遣い)
 
 
両方が気遣いをしているとすれば 公平ではあるけど よそよそしい関係なのかもしれないね。 
 
 
たぶん 理想的な関係っていうのは コミュニケーションのコスト(気遣い)が 0~50 のあいだのどこかにあるんだろうね。 たとえば 20とか。 
 
 
Aさん +20(気遣いはあまりしていない) = Bさん +20(気遣いはあまりしていない)
 
 
 
 
 
 
 
なんで こういう仮説モデルをはなしているか? というと たとえば 上司、部下の関係でコーチングとかするばあい よくいわれるのが
 
 
「部下に気を使ってコミュニケーションするのは、抵抗がある」 
 
「部下にたいして そこまで気遣いしなくてはいけないのか?」 
 
とかよくいわれるんだよね。 
 
 
 
 
 
まぁ あんまり研修とかではいいませんけど 「部下相手だったら 何いってもいいのか? 気遣いなしでいいのか?」とか おもいますけどね。
 
 
 
ただ 同じように 部下側も コーチング、、、って場面じゃなくても おしえてもらったり 手助けしてもらったりするとき コミュニケーションのコストを負担するって モデルをおもいうかべると いいかもしれない。 
 
 
 
僕はコーチングだけじゃなくて レクチャーすることもあるんだけど 「教えられる側」が まりっきり 先生まかせ、、、っていうのは やっぱり活性化しないね。 
 
 
僕は講師だから そこをなんとかしてくるスキルや経験は多少あるけど そうでなければ 教えられる側も なんらかのコミュニケーションのコスト、、、すなわち 気遣いをすることが よいコミュニケーションにつながるとおもうな。 
 
 
 
 
 
「ちゃんと 伝えてるから あとは理解するかしないかは 自己責任」
 
とか いうかんがえは コミュニケーションのコスト(気遣い)を一方的に相手側にゆだねる ずいぶんぞんざいな(あるいは偉そうな)態度なんだろうね。 
 
と、いうことで また次回!

2014年6月 9日 (月)

「かんたんなことを難しくする」かんたんなお仕事です

僕は基本的に、マニュアル化をすすめること賛成の人で、そうすることがとてもいいケースが多いとおもっているんだけど なんでもかんでも 規格化することがよいとおもっているわけでもない。

 
 
いわゆる「人が判断したほうがいいこと」というぶぶんのものは いつの日か制度化、規格化されて 高度なスキルを必要とせず 誰にでもできる手順に細分化されるべきだとおもっている。
 
 
 
むしろ 「マニュアル化」することによる、非効率は ごくごくあたりまえのことまで「制度化」することによる弊害のほうだとおもっている。
 
 
 
つまり 難しいことをマニュアル化 することを反対しているのではなくて カンタンすぎることまでマニュアル化することで 逆に効率わるくなっているケースがあったりする。
 
 
 
 
目指すは 「熟練した人でないとできないむつかいしいことを誰でもできるようにマニュアル化」することであり 「誰でもできるかんたんなことをルールをもちいて統一すること」ではない。
 
 
 
 
この誤解っていうのが わりとあって 「ルール化しましょう」とか「マニュアル化しましょう」とか そういう掛け声で やりやすいところから 制度化されたりするので 窮屈になるだけだったりする。 
 
 
これって 笑いばなしみたいだけど けっこうあるんだよね。 
 
 
 
 
 
 
「かんたんなことをマニュアル化する」ばあいのデメリットというのは 
 
 
 
裁量が減るために きゅうくつな雰囲気になる
 
 
マニュアルの制作時間や マニュアルが守られているか?などの「管理」のための時間がとられる
 
 
イノベーティブな雰囲気がつくられない
 
 
かんたんなことが人によっては難しくなる
 
 
、、、、、、などがあるんだけど いちばんのデメリットは こんなものを制度化したり マニュアルつくったりすることが 仕事だとおもったりする人がでてきたりすることだね。 
 
 
 
 
 
イノベーティブというのは 「難しいことを誰にでもできるようにすること」であって 「かんたなことを難しくする」ことではない。
 
 
 
ほおっておくと なんだか どうでもいいことをルール化したり パソコンでチェックリストとかつくって 仕事した気になっている人とかいたりするよね。 
 
 
そういう人 職場にいません?
 
 
 
 
そういう人には 
 
 
 
「かんたんなことを面倒にするな。難しいことが 誰にでもできるようにせよ」
 
 
と、いってあげよう。 
 
 
 
 
 
かんたんなことを面倒にするなんて だれでもできることですよ。 
 
「かんたんなことを面倒にする」かんたんなお仕事です、、、なんて求人はありませんから!
 
 
 
 
 
と、いうことで。また次回!
 
 

2014年6月 8日 (日)

明石家さんま、「努力は必ず報われる」と思う人に「見返りを求めるとロクなことがない」は正しい

僕は、「努力」教が大嫌いなのだ。 

 
 
なぜなら できていないのは 「努力が足りないからだ」のように 原因が努力に還元されてしまうから。 
 
 
「苦労すること」「嫌なことをすること」「同じことし続けること」「人の言うことをききつづけること」「大変なおもいをすること」、、、、、、なんかが 努力だとおもっている人がいるけど 大間違いだ。
 
 
 
 
 
 
 
以下 引用
 
 
さんまは、この言葉に対して「報われると思ってやっちゃ、ダメ」「努力を、努力であると思ってる人は大体間違っている」と真っ向から否定を行っていた。その理由としては、「努力をして何かを得られる、と考えることは見返りを求めることであるから」であるという。
 
 
引用終わり
 
 
「努力」教の人の、根っこには「それによって、何かが打開されたり 見返りがある」ということが信じられているというのがあるとおもう。 
 
 
でも 「努力によって何かを変えよう」というのは 悪しき戦時中の「竹ヤリ、特攻」をおもわせるよね。
 
 
極端な例だけど 「竹ヤリ」でいくら努力しても 絶対に飛行機はおとせない。 
 
 
 
 
じゃ、努力しなくていいのか?
 
 
 
 
そのまえに そもそも「努力」とはなにか? ということをかんがえたいんだよね。
 
 
 
「苦労」することが努力ではないよね。それは みんな同意するとおもうよ。
 
 
でも「努力」する過程では「苦労」することもあるのではないか? とおもうよね。
 
 
 
 
 
で、その結果 うまくいかなかったとする。 
 
 
努力したけど うまくいかなかった、、、 それは努力以外の何かが足りなかったってことだよね。
 
 
つまり 努力してうまくいかなかったのは 努力不足じゃないね。 
 
 
 
しかし 「努力」教の人は 「努力が足りない!」っていうかもしれないね。
 
 
 
 
 
 
 
さて 努力(苦労)して うまくいった場合。 
 
 
努力が報われた! やり方はもっと良い方法があったかもしれないけど とにもかくにもうまくいった。 苦労が報われた! 努力してよかった!
 
 
 
「努力」教の人は 努力が実ったっていうだろうね。 
 
 
 
 
?????
 
 
 
 
 
うまくいかなかったら 「努力が足りない」 といわれ
 
うまくいったら 「努力が実った」 といわれる
 
 
 
 
と、いうことは うまくいった場合のプロセスを「努力」とよび うまくいかなかった場合のプロセスを「努力中」あるいは「努力してなかった」とよぶのであろうか?
 
 
 
 
 
僕は だいたい これが「努力」の正体だとおもう。
 
 
 
身も蓋もないけど うまくいった場合の過去を「努力」とよび うまくいかなかった場合の過去は「努力不足」とよばれる。
 
 
 
 
 
本当のところはよくわからないけど 正直 この程度にかんがえておいたほうがいいとおもう。
 
 
 
 
 
でないと 本当に苦しいおもいをしている人が救えない。 
 
 
 
だから さんま師匠みたいに 努力なんか大したことない、見返りとかどうでもいい、第一「好きだからやってるだけやから」ぐらいにおもったほうが、救われる。
 
 
 
僕はコーチングのクライアントさんとかには
 
 
「好きだからやってるって理由を見つけたほうがいいですよ」 
 
って伝えてる。
 
 
 
 
だから とにもかくにも うまくいかせることですね。
 
 
 
どうにもならないこともあるので それに抗うとき「努力」という言葉はつかわないようにしましょうね。 
 
 
 
では、また次回! 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

2014年6月 7日 (土)

AKB総選挙のメンバーのスピーチ

選挙見てましたよ、AKBの。

 
 
僕は、SKEの、、、というかもう全国区になっちゃってるけど 松井珠理奈ちゃんと 今回「事件」でケガをした 入山杏奈ちゃん 推しで ぐぐたす(Google+)も、それぞれちゃんとフローしている 美少女好きオッサンですよ。
まぁ 僕の好みって カワイイ系じゃなくて キレイ系が好みみたいね。 
 
 
自分でもよくわかんなかったけど。
 
 
 
僕の好みうんぬんとかどうでもいいけど それにして10代とか20代の若い女の子たちの スピーチが あまりにもしっかりしているので 驚くなぁ。 
 
 
 
こんなスピーチ30ぐらいの男性でもできない人いくらでもいるよね。 
 
 
 
もちろん 準備しているんだろうし しかるべき人がかかわっているんだろうけど(そうでもない?) それにしても 素晴らしい。 上手だね。
 
 
 
なんかのお手本とかになりそうだな。 
 
 
 
 
 
よく 「男性は同年代の女性とくらべて幼い」っていわれるけど これって 何歳くらいでおいつくのかな? 
 
 
 
ちょっと気になったので 調べてみた。 
 
 
 
で、なんかいろいろでてきたよ。
 
 
おかしい。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まぁ 「トンデモ」話もおおいので 結論としては よくわからないけど 同年代とかくらべると 一般的に 女性のほうが しっかりしているっていうのが定説みたいね。 
 
 
 
 
僕は 前職でたくさんのアルバイトを採用していたんだけど たしかに 同じ年代だったら 女の子を採用していたなぁ。
 
 
若い男の子は ものすごくつまらない理由で さぼったり仕事やらなかったりするから (プライドが許さないとか、納得出来ないとかどうでもいいような理由) めちゃくちゃ贔屓して 女の子を採用してたし 社員採用もそうしていた。
 
 
 
 
なんか 安倍内閣で 今月に「成長戦略」で女性活用、、、みたいな話がでてくるようだけど たぶん 労働力不足っておおきな問題だから 女性活用ってすごくフォーカスされるんじゃないかな。 
 
 
 
 
強制的に 女性管理職20%以上、、、とかでてくるかもしれないので 逆に「男女逆差別」とかあるかもしれないけど 別に僕はおおいに結構っておもってる人です。
 
 
 
 
ちなみに 僕は男性であるにもかかわらず なぜか 最近 「女性管理職セミナー」とか「職場の女性活用セミナー」とかの講師に ひんぱんによばれる不思議な講師なんですよ。 
 
 
 
男性がどういう立場でいるべきか? みたいなことを理解するためには たしかに 女性講師でないといけないということはないよね。 
 
 
先日も 女性管理職の方々ばかりで  
 
 
「こういう場合、男性はどうおもうのか?」 
 
 
「これは 男性としてうけいれられうのか?」 
 
みたいな話になったけど こんどは 僕が男性代表っていうのも変だなとかおもいながら 話をいろいろディスカッションしてましたよ。
 
 
 
というわりと どうでもいい話で今日はおしまい。 
 
 
では、また 次回! 
 
 
 
 
 

2014年6月 6日 (金)

能力不足だと認めたくない

コーチングのクライアントさんと話しをしていて 

 
 
「どうして 自分の部下は こんなこともできないんだろう。どうしてなんですかね?」 
 
 
って話しはよくでてくる。
 
 
以前にも、そういうケースは これが原因の可能性がある って話ししたんだけど ただ「上司側」の認識もなかなかむつかしい。
 
 
 
「こんなこと」の基準が ひとそれぞれマチマチなので 上司側からみると 常識のようにおもえるけど 部下側からみると 「どうしてもできないなかなか難しいハードル」だったりする。
 
 
 
部下が 「人からみると 簡単におもえるけど 自分にとってはとても難しい」 と認識しているとき。
 
 
 
 
 
いや、そういうケースなら、まだいいんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
やっかいなのは 上司側が「この程度」とおもい 部下も「この程度」とおもっていて できないのは(あるいは やらないのは) いったいなぜなのか? 両方でわからない、、、なんてケースなんだよね。
 
 
 
部下が 「自分でも 簡単なことだとおもえるのに なぜ自分はこれができないのかな?」 って認識しているとき。
 
 
 
 
これは 上司も部下もの認識がまちがっていて 現実におこなえていないのであれば それは 「実行するだけの能力が欠けている」と判断する必要がある。
 
 
 
たとえば 書類の提出期限を守ったり、守らなかったりするばあい これは 「守るだけの能力がない」と判断すべきで 上司側も部下側も その認識が必要だよ。
 
 
 
 
 
だから 解決策としては 「能力不足をカバーする方法」という一般的な方法がとられるべきでたとえば
 
 
 
 
能力がないので チエックに時間をかける
 
 
しかるべき監督者や指導者をつける
 
 
できるようになるためのメソッドについて 人に話しをきく
 
 
、、、、、、 などごく一般的な方法だよ。
 
 
 
 
 
 
 
書類だすとか ださないとか そんなのは 「だす気持ちがないのでは?」 「だせばいいだけだから やり方もクソもないんじゃね?」 とかおもうよね?
 
 
でも できない人間は 実はやりかたに問題があるケースが大半なんだよね。
 
 
 
 
そして なにより 本人自身が「やり方に問題がある」とまったく認めようとしない。
 
 
 
 
 
 
 
実際 僕はなんどもコーチングの現場で 不信な顔をした上司側にこのようにお話をして そして 実際部下が やり方を強制的に変化させることで 劇的に改善したことが 何回も、、、、、、本当に 何回もある。 
 
 
その経験をした方は 「なるほど 本当にやり方に問題があったのか!」と腑に落ちるんだけど それでも 部下側は 「能力不足だった」ということはなかなか認めない。
 
 
 
 
 
 
 
 
逆にいえば 部下側の「能力不足としられたくない」あるいは「認めたくない」という プライドだったり はじらい だったりが 足かせになっているんだろうね。 
 
 
 
 
だから 部下側は「なぜできないのかわかりません」というし 上司は「やる気がないんだよ」というんだろうね。 
 
 
 
 
部下が巧妙に「能力不足としられたくない」(あるいは 自分自身で目をむけたくない)とおもう 気持ちが障害になっているケースがとてもおおい。
 
 
 
 
だから 「能力不足ということを認めることは恥ずかしいことではなく、賢明なことなのだ」というメッセージを丁寧につたえていく必要があるね。 
 
 
 
 
 
このプロセスは、わりと大変で骨がおれる。
 
 
 
なかなかふつうにできることではないので 正直僕なんかに頼んだほうがはやいとおもう。
 
 
 
 
直接の上司に「能力不足だ」といわれることは いう方もいわれる方もなかなか難しいけど 僕なんかのアウトサイドの人間からいわれると わりとすっと「そうかもしれません」って言えるばあいはあるね。
 
 
 
 
 
 
 
 
まぁ 「勉強しなさい!」って 親からいわれるとムカツクけど なんとなく部活の先輩から 「今 勉強やってたほうがいいよ」とかいわれたら そうだよなぁ って素直にきけるようなものなのかもね。
 
 
 
 
 
 
 
まとめると
 
 
 
「こんなこともできない」のは実は能力不足でやり方に問題があったりする
 
 
しかし それは故意か故意でないかわからないけど 部下側の「認めたくない」という気持ちで わかりにくくなっていて 上司側が「気持ちの問題」とおもってしまうことがおおい。 
 
 
能力不足を指摘するのは、直接の上司→部下関係でない人が話したほうがスムーズに部下が認めることができる
 
 
 
ってことですね。 
 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回!
 
 
 

 
 
 

2014年6月 5日 (木)

西武ライオンズ伊原監督の「辞任」について一言

昨日 西武ライオンズの伊原監督が、「辞任」したけど 決定打になったのは 練習について選手と意見がわかれたからだといわれている。 

 
 
 
不成績は表向きの理由で、実は選手との関係に真相がある、という声が多く、メディアもその点をはっきりと報じているから、間違いなく溝があったのだろう。開幕2か月ちょっとでの出来事なのだから、よほどおかしくなっていたと思われる。
 

 伊原は指導者になったときから「鬼」と呼ばれていた。選手のしつけは厳しいことで知られた。「選手に好かれようと思ったら、指導者も選手も成長しない」と公言してはばかることはなかった。

 11年ぶりに西武監督に復帰したとき「鬼が帰ってきた」と選手たちは恐れた。最初の西武監督時代には優勝させている。その実績が口を開いた。長髪、ヒゲは御法度、ユニホームの着方に注文、と伊原方式を突きつけた。遠征中の5月16日、札幌から秋田に移動すると、暴風雨にもかかわらず屋外でランニングをさせた。

  「これで負のオーラを流すことができる」

伊原は練習強行の狙いをそう説明したが、選手たちは、理に合わない練習、と受け止めたようで、終了後にかなりの不満が漏れた。関係者によると、これで監督と選手の間が決定的になった、という。

 

部下が上司の能力を判定する時代に入った現代を象徴

 この伊原休養のポイントは、選手に背を向けられた監督がグラウンドから出て行った、ということである。これまで多くの監督が選手に信頼を失って辞任しているが、こんな短期間で追い出されるのは珍しい。

 サラリーマンの世界でいえば、中間管理職の課長、部長が部下をコントロールできずに異動されるようなものだ。上司が部下を査定する時代から、部下が上司の能力を判定する時代に入った現代を象徴しているような、西武監督の突然の失脚といっていい。

 
(J-CASTニュース より) ※太字は僕です
 
 
 
 
 
 
 
 
正直 プロの世界の「監督(マネージャー)」が 暴雨風での練習の意義が 「負のオーラを流すこと」というのは かなり問題があるよね。 
 
 
こういう 「精神主義」が、いまだにプロのトップリーグでおこなわれているというのが 驚愕だし 「辞任」もやもなしだよね。
 
 
 
 
 
 
僕はけっこうこれは、興味深いとおもっていて 伊原監督は65歳なんだよね。
 
 
そして 優勝経験もある実績ある指導者だよ。
 
 
 
つまり 65歳という さほど古い人間でもなく、実績もある指導者であっても もはやその指導方法が 「精神論」に立脚しているのなら 通用しない ってことだよ。
 
 
 
 
こういう 「精神論」ですすめていけば うまくいってるときはいいけど 実際に成果があがらなければ すぐに組織は崩壊するよ。
 
 
 
 
監督=マネージャーにもとめられるのは 「勝つための戦略」であって 「勝つための心構え」をおしえてもらうんじゃないよね。
 
 
 
 
 
 
もういっかい いいますね。 
 
 
 
 
 
 
 
監督=マネージャーにもとめられるのは 「勝つための戦略」であって 「勝つための心構え」をおしえてもらうんじゃない。
 
 
これは もちろん プロ野球に限ったことではなくて ビジネスの現場でもそうで 「勝つための心構え」ばかり説いて かんじんの 「勝つための戦略」が まったくないマネージャーはとてもおおい。
 
 
 
もはや そんなマネージャーは、たとえ過去の実績があろうが、年齢がわかくとも 「辞任」がつきつけられるよね。
 
 
 
「具体的に こうすれば うまくいくのだ」 という説得力ある話しができることが よきマネージャーのいちばんの条件なんだよね。
 
 

 
 
 
 
まぁ 伊原監督(元?)も もういちど違ったアプローチで、コーチングスキルを活かして 復活してほしいですね。
 
 
 
 
 
では、また!

2014年6月 4日 (水)

底辺から這い上がる方法

今日は、ちょっと短めにいきますね。 

 
 
 
 
少しまえの togetterからなんだけど、ここに
 
 
「 カップラーメンを高いといえるような自炊能力は、既に文化資本なのですよ(´・ω・`) 自炊能力を身につけるためにお金や時間などを投資していますから。そういう投資をする機会がなくて、割高なカップラーメンと食べているというのが貧困ということなのですよ(´・ω・`) 」
(以上 引用)
 
 
カップラーメンは割高で、自炊したほうが安いのに なんで貧乏な人はそうしないの? っていうようなものに 答えたはなし。 
 
 
 
 
 
自炊をしたほうが安いって分かってても そもそも料理道具とか調味料とかある程度そろえないといけないし ある程度計画も必要だよね。
 
 
そういうのを身につけるコストっていうのが、ちゃんとかかってるんだよってことだね。 
 
 
あと あんまりかんがえないで 安易に「けっきょく、自炊は面倒だし 1人ぶんだったら割高じゃないか」とかおもってる場合もあるよね
 
 
カップラーメンのほうが すぐにカンタンに食べられて 欲求をすぐにみたすことができるっていうのもあるとおもうけどね。
 
 
 
 
 
こういうのは 僕なんかわりとよく直面する問題で、コーチングのクライアントさんから
 
 
 
「どうして 私の部下は、こんなことがわからないのか?」 
 
 
 
とか いわれるんだけど むしろ 「わかる」という時点で すでに勝ち組なわけで 
 
 
「よくわかっていないから うまくいっていない ということが 指摘されても 理解できない」 
 
 
というケースはよくあるね。 
 
 
 
そういう人に 休日の過ごし方とか、学生時代どう過ごしてきたか、とか話をきいてみると やはり 文化資本が貧困ではないか? とおもわれるケースがとてもおおい。
 
 
これは どっかで 「自炊するより カップラーメンのほうがカンタンでいいじゃないか」的考えに至っているケースがあって その理由は「自炊ができるようになるための能力や準備」が不足している、、、っていうのと おなじような状態にいたっている。
 
 
 
そういうケースを「底辺」としたら 底辺から這い上がる(這い上がらせる?)方法はないのか? 
 
(※ちなみに そういう人がダメな人というわけではなくて あくまで伸び悩んでいる人です)
 
 
 
 
 
 
これはよくあるんだけど 会社や職場に少し余裕があれば 体系的な勉強をすることで 社会人になってのびるケースがときどきある 
 
 
 
体系的な勉強というのは、民間資格でもいいから、仕事に関連する資格の勉強とか 辞書的マニュアルの徹底理解や 料理や楽器の習得とか。
 
 
これは そういうことを通じて 「知らないことを知ることの意義」とか「くふうのやりかた」とかもろもろのことが 直接リアルの世界にやくにたつっていう体験をすることで 大きく仕事の能力をのばすきっかけになることがあるね。 
 
 
 
民間資格もいろいろあって その分野に特化したものは、一応体系化されていて 周辺知識の補強にとてもやくにたつケースがあるよ。
 
 
商工会なんかがやっている 「販売士」の検定なんか わりとよくて こういうのは資格もってるから就職に有利とかたぶんないけど 職場でのびなやんでいる人や 管理職候補の人とかには すごく良い教材になるケースがあったりする。
 
 
 
 
 
、、、まぁ しかし これは 「おい、これやって検定受かれ」とか丸投げしてもダメで、ちゃんとそれなりに 面倒みないといけないので 文字通り 面倒ではある。それも 大いに面倒である。 
 
 
 
そこまでやるのか? あるいは そこまでやらなければいけないのか?
 
 
 
 
それは その会社や職場によるけど こういう方法はあるってことだよ。 
 
 
 
それを どうするかは まぁ ケースバイケースでしょうね。 
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年6月 3日 (火)

子供に「何で勉強するの?」って聞かれたら、こう答えろ!

ちょっと話題になっていたので、

 
 
 
【小学校低学年の子供たちに向けた伝え方】

夢を叶えるためには勉強することがとても大切
それに「わかる」ってすごく楽しいんだよ!

  • 夢を叶えるためにはがんばって勉強する必要があること
  • 今まで知らなかった事や分からなかった事が分かるようになると、すごく面白いよと伝えること
  • 勉強に対してワクワクするようなポジティブなイメージを持たせる事
     
 
 
 
このライターさんは 小学生には このように伝えたほうがいいのでは? とおもったみたいだね。 
 
 
それで 中学生に関しては このように結論をだす。 
 
 
 
     
 
【中学生に向けた伝え方】

人生を自分で切り開いていくための力を身に付けるため

  • 人生の大事な場面で自分で判断し、ベストな「選択」ができる人間になるための訓練
  • 勉強を通じて「集中力」「考える力」「情報を正しく読み取る力」を身につけている
 
それで最終的に ご自身のお子さんに対して
 
 
 
     

【小学4年生の息子に向けて】

「努力する力」「あきらめない力」を身につけるために勉強してるんだよ

     
 
 
 
と、いう結論になっているみたい、、、、、、、、、
 
 
 
 
 
 
ダメじゃないか!!!!  間違っとるやん!!!!
 
 
 
 
このライターさんの文章からみえる考えのなかに 根本的に間違っていることが 2点ある。
 
 
 
ちょっと 未だにこういう認識が一般的なんだろうか? ヤバくね?
 
正しいことをはなしてみるね。 
 
 
 
 
1 「今 勉強していること そのものが 直接 世の中で役に立つ」
 
 
このライターさんは 基本的に学校で習った数学とか物理とかが、あんまり世の中にでて役に立たないって前提でかいているよね。 
 
 
引用されているどっかの文章もおなじニュアンスだよ。 
 
 
そもそも それが大きな間違いで 小中学校、あるいは高校で習う、ほぼすべてのものは 世の中にでて 直接やくにたつ。
 
 
 
と、いうか 実際 仕事で行き詰っていたり なかなかうまくいかない大きな原因のひとつに 「小中高校の教科の学力不足」 というのが とてもおおいんだよね。
 
 
 
「数学や物理がなんの役に立つんだ!」とかいってた 不良が 工業高校や専門学校にいって 自動車の整備工になろうとたら 資格試験で関数電卓たたきながら ひーひー いってたよ。
 
 
だって クルマの修理するのに 物理や数学の基本的知識なければ 優秀な整備工になれないからね。
 
 
 
美容師になるなら、国家試験とおらないとなれないけど 化学や数学の基本的な知識がないと なんでこうなるのか理解できないよ。
 
 
 
 
 
 
その昔 終身雇用制が まだ生きていたころ 
 
「勉強だけできてもダメだ。コミュ力がないと」
 
 
みたいな話しってあったけど これは どんな会社でもほおぅっておいても伸びていた時代は 本当の実力をみにつけるよりも 上司に奉公したり 取引先に好かれたほうがいいって時代のはなしだよ。
 
 
 
 
 
実際 ユニバーサル大学っていわれる 学力低い大学とかは 高校や中学(ばあいによっては 小学校も?)の勉強をやって 文科省から「いや、マズいでしょ」っていわれたりしてるよね。 
 
 
これは 企業側がちゃんと それだけの学力レベルの人でないと つかえないからだとおもわれる。
 
 
 
 
 
 
たぶん ライターさん自身が あまりにも当たり前に知識をもっているので 学校で習った知識が 役に立っているっていうのを自覚できていないんだとおもう。
 
 
 
 
 
 
 
2 「勉強する理由は、自分のためでなく 世の中に貢献するためである」
 
 
 
そもそも 教育は自分のためでなくて 集団だったり共同体を維持していくためのものだよ。
 
 
つまり 勉強して偉くなるということは その仕事や貢献をつうじて世の中をよりよくするため。
 
 
 
だから 「何のために勉強するの?」という質問にたいする シンプルな答えは
 
「世の中で役に立つ人間になるためだよ」 
 
 
というのが いちばん簡単なこたえだよ。 
 
 
 
モンスターピアレントなんかが 間違えているのは ここなんだよね。
 
だから 個人的利益を追求するためにやるものではなくて (もちろん追求もしないといけないけど) 第1義的に 世の中の人を幸せにするために勉強している。
 
 
 
これは そうすることが いちばん共同体に利益が大きいからっていわれている。
 
 
つまり 子どもたちが しっかり勉強して優秀になってくれることは われわれも幸せになるいちばん近い方法なんだよね。 
 
 
だから 税金もつかうし 学割なんかもある。
 
 
自分の子供だけが 得をすることがいいって人が増えると 共同体全体の利益がさがって けっきょく ソンになってしまう。
 
 
 
 
 
 
 
このライターさんは たぶん この2点がわかっていない。 
 
 
だから 「何で勉強するの?」っていうのに答えられない。
 
 
 
 
 
「何で勉強するの?」 
 
 
ってきかれたら
 
 
「勉強してることは すぐに世の中で役に立つことばかりなんだよ」
 
「みんなが勉強して みんなが世の中で役に立つ人間になるためだよ」
 
 
 
と おしえてあげよう。
 
 
 
 
 
ちなみに 勉強が面白くないのは わからないからです。 
 
わかるようになると だんだんおもしろくなります。 
 
 
 
では また次回!
 
 
 
 

2014年6月 2日 (月)

「LINEでコーチング」はうまくいくのか?

ホリエモンチャンネルのこの「LINEでコーチング」っていうのがちょっと興味深い。
 
 
 
 
 
僕がやっているような 「コーチング」のことなのかな? と聞いてて そうみたいだね。
 
 
ホリエモンの答えもなかなかおもしろいんだけど、僕もちょっと答えたくなったよ。
 
 
 
 
 
 
なんだかんだで 僕は今年の10月で この仕事はじめて10年になりますよ。
 
 
うひゃー、そんなにやってるのね。
 
 
10年もやれば、かなり凄いコーチングのつかい手になっているか?といえば そんなことはあんまりありません。慣れたっていうのはあるけどね。
 
 
 
 
 
僕が、「コーチング」という仕事をはじめたときは 意外と最初はうまくいった。
 
 
 
けど、ある一定以上になるには なかなか大変で試行錯誤してたね。
 
 
 
 
原因の大きなもののひとつに 僕自身が、「コーチング」っていうビジネスをあんまりよくわかってなかったことがあるとおもうな。
 
 
これ結構、重要だったとおもうよ。
 
 
 
 
 
僕は、もともと前職の仕事をうまくいかせようとおもって、ネットを徘徊していたときに 「コーチング」っていうのがあるのを知ったんだよね。 
 
 
それで、まぁ自分自身でもコーチングをうけて そしてその成果とかをみて 「なるほど」と納得して トレーニングをうけるためにトレーニング機関にお金をはらって、スキルを身につけた。
 
 
 
それで、すこし仕事が入りはじめたので 会社をやめて専業でやることにした。 
 
 
 
 
 
ここまでは わかりやすいんだけど こっからが試行錯誤だったんだよね。
 
 
 
 
なぜ? 試行錯誤だったのか?
 
 
 
 
それは 僕自身が、「コーチング」という商品を売ろうとしていたから なかなかうまくいかなかったんだとおもう。
 
 
たとえば 「僕のコーチングを有料でうけませんか?」ということで 有料の人が10人いれば 1人3万円で 30万円の売上になるな とかおもってたんだよね。 
 
 
 
これでは うまくいかないのは当たり前だったんだけどね。
 
 
 
 
 
これはあとで気づいたんだけど、僕がお金を払ったのは
 
 
 
「自分がコーチングをうけるための料金」
 
「自分がトレーニングをうけるために料金」
 
 
 
の2つなんだけど これは 僕自身が「コーチングを専業にしよう」とおもってつかったお金であって 「コーチングをうけて成果をだしたい」って人がだしたお金じゃない。
 
 
 
 
僕は最初はコーチングで成果をだそうとおもって料金を払ったんだけど、それは最初のうちだけで あとは自分のトレーニングの先生として コーチングをうけていた。
 
 
 
つまり 自分が払ったから 他の人も同じ理由で払うだろう というのは全然まちがいなんだな、、、ってのがわかった。( あたりまえだけど 、それがわからなかったんだよね )
 
 
コーチングを専業にやっていこうって人がコーチングにお金を払うんだよね。 
 
 
 
そういう人を相手にビジネスすればいいんだけど それは僕のお客さんではなかったんだよね。
 
 
 
 
もちろん まったく0人じゃなかったけど 伸び悩んでいたのはこれなんだって気づいて、それから マネタイズのやりかたを少しかえてみたら、わりとすっと目標をこえていくようになった。
 
 
 
 
 
 
これ 結構重要なポイントで マネタイズっていうのは それはそれで別にあるんだな お金の流れに気をつけないといけないんだなってのがわかって結果がかわってきたよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
、、、、、、と、いうことをふまえて  この「LINEでコーチング?」ってやつだけどね。
 
 
 
 
勝手に 聞かれてもないけど答えると もし「コーチングをうけることによる有料課金」というモデルであれば うまくいきません。
 

 
 
コーチングをうけることにお金を払うケースはあんまりありません。
 
 
もちろん0人ではないんだけど、ビジネスになるほど大きくはなりません。
 
 
 
 
なので なんとか「コーチングをうける無料(に近い)ユーザー」を増やして そのユーザー数をつかったマネタイズをやっていくといいとおもいますね。
 
 
 
だから 課題は2つで
 
 
「ユーザーを集めること」
 
 
「集めたユーザーのスケールをどうやってマネタイズするのか?」
 
 
という2点でしょうね。 
 
 
 
 
たぶん 「ユーザーを集める」っていうけど そんなに集まらないとおもうので できるだけ集まったユーザーに対するサービスっていうのを自動化とか、効率化しておかないと 労力とかお金ばっかりかかるとおもいますね。
 
 
 
うまくいかないってわけではないとおもうよ。 
 
 
 
 
 
ただ あんまりビジネスとしては割のいいものではないとおもうので、直接「コーチングを売る」っていうのは 限界があるとおもうな。
 
 
 
 
、、、、、、というのが 僕の勝手な答えです。
 
 
 
 
 
 
 
 
なので もし僕にできるだけのお金と時間があったとしてもやりません。 
 
 
やるなら 別のことしますね。 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年6月 1日 (日)

北大路魯山人も全然おぼえていない

6月に入って たぶん 激忙しくなるにちがいない、、、ちょっと しんどい気もするけど コントロールしながら やっていくしかないな。

 
 
今日も 雨もふってたし わりと仕事してたかなぁ。
 
 
 
仕事っていっても インプットの部分も大きいので どこからどこまでが仕事がわからないけどね。 
 
 
 
何やってたかというと、、、
 
 
僕は 基本的には沖縄県の企業中心にコーチングの仕事をしているので 沖縄県の「景況」についてのデータは、やっぱり気になってよくみている。
 
 
以前 観光地「沖縄」に必要なものって?  ってエントリーあげたけど 実はこれは 観光関連のクライアントさんとディスカッションしていてでてきた話しをアレンジしてものだよ。
 
 
 
かんがえてみれば 「観光」ってひとくちにいうけど 「観光ってなんですか?」って聞かれるとちょっと困るよね。 
 
 
 
 
辞書でしらべると
 
「他国、他郷を訪れ、景色・風物・史跡などを見て歩くこと」(大辞林より)
 
 
とか 書いてある。 
 
 
 
 
ふーむ。
 
 
テーマパークとか、温泉地とかって ぱっと快楽が手にはいるよね。
 
 
遊園地だったら そのものが楽しいし 温泉だったら景色がきれいで お風呂が気持ちいい。
 
 
ただ 史跡とか風物とかだったら 知らない人にとっては何もおもしろいものではないけど ある程度知識や興味がある人にとっては とてもおもしろいものになるよね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ずいぶんむかし 僕は鳥取県にいくことになって、そこでちょっと時間ができるので どうしようかな?とかおもっていたんだよね。 
 
 
 
そこで 父親から 「足立美術館っていう広大な美術館があって、そこには 北大路魯山人の陶器とかがあるらしいぞ」 って聞いたんだよ。
 
 
 
いままた マンガ「美味しんぼ」が別の意味で注目されているけど いまから20年以上まえだから まだまだ 「美味しんぼ」もいまほど有名じゃないころだね。
 
 
 
どこからか 父親が話しをききつけて 「美味しんぼ」のマンガを買ってきたので 僕も読んでたんだけど だからこそ その伝説の人物 「北大路魯山人」の作品をみたいなっておもったんだよね。
 
 
 
 
 
 
で、僕は 足立美術館 にいった。
 
 
 
 
 
そして 北大路魯山人の陶器をみた、、、が、、、実はあんまり印象にのこってなくて 「こんなんだったっけ?」っておもったよ。 
 
 
Img_work_rosanjin_1
 
 
 
いま見ても あんまり覚えていない。
 
 
 
ただ なんか見たことは覚えていて そのあと作品展とかみて 記憶がごっちゃになってるのかもしれないね。
 
 
 
この横山大観の作品とかも 印象にないな。
 
 
 
 
Img_work_taikan_2_right  
Img_work_taikan_2_left
 
 
 
何見てきたんだろう。
 
 
 
僕がもうすこし魯山人とか、横山大観とかに詳しい人間だったら もっと楽しめたんじゃないかな?っておもう。
 
 
ちょっと興味あって ドアをあけたんだけど なんだか上級者ばっかりみたいで 気後れしてしまったような気分になった。
 
 
初心者むけ みたいなものはないですかね?
 
 
わかりやくて 楽しい物は?
 
 
 
 
 
 
 
観光もビジネスなわけだから、最初に「マネタイズ=何を売って、どう儲けるか?」ってとこから発想するんじゃなくて 「コンテンツ=そこにあるさまざまな独自の資源」をどのように 楽しませるか? ということができる必要があるよね。
 
 
 
コンテンツを、どうわかりやすく伝えていくのか、、、みたいなことが なかなか難しいんだろうってことは クライアントさんと話していてよくわかる。 
 
 
 
 
 
だから 恐らくコーチングしていくなかでも 
 
 
「何が 重要なコンテンツになっていって、それをどう伝えていくのか?」 
 
 
っていうことが メインのテーマになっていくはずなんだなっておもう。
 
 
 
人材育成そのものに直接アプローチするんじゃなくて コンテンツに磨きをかけていくプロセスのなかで 人材も磨かれていくんじゃないかなとおもう。
 
 
 
 
、、、、、、っとか そういうことを今日はかんがえていました。
 
 
 
ということで また次回!
 
 
 
 

 

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