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2014年5月

2014年5月31日 (土)

2014年 5月の人気エントリー

さて 5月も 毎日更新やってきましたよ。 

 
 
5ヶ月連続、、、ですね。 150以上エントリーあげてきたわけだけど まだカンどころというか、自分のスタイルというか 「これだ!」ってかんじは つかめていないですね。
 
 
まだまだ 試行錯誤なんですけど 続けていきますね。
 
 
では、今月の人気エントリーです。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コーチングとは関係ない、ネタ系ですね。 
 
 
4月の速報値とか入ってきてるけど、観光関連は絶好調だし、今後も沖縄観光って好調だとおもわれてるよね。
 
 
実際、僕も 本土の人がきたときにつれていきたいところとか、お店もふえてるきがする。
 
 
だから ぜひ体力というか地力をつけてほしいですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
これも また コーチングと関係ない ネタ系ですね。 
 
 
本職のはなしは、あんまりウケない、、、悲しい、、、頑張ります。
 
 
 
「どうして投資をするんだろう?」は ほぼ日刊イトイ新聞のコラムですね
 
 
 
すごくおもしろい記事(ほぼ日のほうね)だったので、毎日楽しみに見てたんだけど とくに印象にのこったのが 日本人の学生の経済知識のまちがえかただね。
 
 
間違えるにしても 「それはないだろう」っていうのがなかなか印象的だった。 
 
 
投資論というよりも 仕事論みたいな話しがおもしろかったな。
 
 
 
 
 
 
 
 
なーーーーんと! またもや コーチングと関係ない ネタ系!
 
 
いや、コーチング系のエントリーは やっぱりあんまりおもしろくないのかな。 
 
 
たぶん なんらかのアレンジというか 切り口が必要なんだろうな。 はーー
 
 
 
 
 
気をとりなおして、このエントリーは マンガ「グラゼニ」の凡田夏之介が、メジャー挑戦しているストーリーのなかの話しだよ。
 
 
 
指導者というか、コーチというか、マネージャーや管理職の立場で、精神論で話しするのは 大きな問題があるとおもう。
 
 
いや プレイヤーとして キャプテンとしてなら 鼓舞するのもアリかもしれない。 
 
 
だけど そこに「逃げたら」致命的だとおもうよ。 
 
 
マネージャーや管理職は プレイヤーが困ったときにそれを解決することが仕事であって 「あなたは 今困った状態にいますね」とおしえることが、仕事ではない (BY 僕)
 
 
 
 
 
 
 
 
と、いう 5月でした。 
 
 
ちょっと いろいろかんがえないといけない5月ですが おもしろいものにしていきますね。 
 
 
 
では!
 
 

2014年5月30日 (金)

プレイングマネージャーに必要なもの(ラグビーの平尾氏とか)

中日ドラゴンズの谷繁選手権監督が、ちょっとケガしてるよね。

 
 
選手権監督、、、つまり プレイングマネージャーなんだけど チームの成績もいまひとつだし、選手としてもケガとかもあって、なかなか厳しい状況だよね。 
 
 
すこしまえのヤクルトスワローズの古田選手権監督も、監督としても、選手としても 「兼任時代」はぱっとしなかったなぁ。 
 
 
 
まぁ 選手として だいぶキツクなったので 選手権監督ってなったわけで すくなくとも選手として大活躍ってのはむつかしいかもしれないね。 
 
 
 
古田監督も 谷繁監督も どういう采配とか選手しながらの監督の仕事をするのかな とかおもうけど うまくプレイングマネージャーとしての仕事のしかたっていうのを確立できていないかんじがするよね。 
 
 
 
やっぱり 選手として実際にプレイしているからこその、リーダーシップとか 采配とか が具体的にでてくるとおもしろいんだろうね。
 
 
 
 
 
 
たとえば、、、 
 
 
 
 
練習で自分自身がバッティングやってて 「おい、おまえもこう打ってみろ」とか一緒に練習したりしながら コーチングするとか。 
 
 
 
 
ピンチで内野にあつまったときに 「このあとピッチャーの交代はこういうプランで考えている。だから 仮にここで打たれても こういうプランで点をとろうとおもっている」 とか。
 
 
 
 
そういう話をするのであれば 「監督が選手をしている」メリットがあるんだろうけど いまのところ 「選手が監督をしている」って雰囲気だね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そんななかで 元ラグビー日本監督の平尾誠二 氏は 僕は一番プレイングマネジャーとして 成功した人ってイメージがあるね。 
 
 
 
 
ラグビーは社会人が中心になっているので ラグビーのキャプテンが必然的に 監督っぽい役割をすることになるんだろうね。 
 
 
 
本もいっぱいだしているよ。 
 
 
 
 
 
僕もいくつか読んだけど 何冊か読んでると 平尾氏の言葉がすこしずつ変化しているぶぶんと 変わっていないぶぶんとあって なかなかに興味深い。 
 
最初のころは 当然プレイングマネジャーだったわけで そのころのリーダーシップスタイルのポイントは
 
「率先垂範」 と 「徹底的な技術コーチング」
 
だとおもう。 
 
 
率先垂範、、、つまり 自分が一番にやるってことと 技術的コーチング だから そこには 平尾氏がプレイヤーとしての 素晴らしさをバックにしたコーチングが機能していたんだとおもう。 
 
 
 
 
それから 指導者のみに仕事がうつってきたときに より主張がおおきくなったのは
 
 
「メンタルをサポートする」 「情熱をつたえていく」
 
 
といったことに移ってきている。
 
 
 
これは なかなか面白い。
 
 
おそらく メンタルだったり 情熱だったり ってとこが ビジネスマンにはわりとうけているんだろうけど これは 「平尾誠二」がそういっているので、価値があるんだよね。 
 
 
 
つまり 選手として 超一流の人(だった人)から サポートしてもらうことに 価値があるのであって たいしたことない人からのサポートは説得力がない。
 
 
 
 
 
これが重要なんだよね。
 
 
 
 
 
 
ほとんどのビジネスの世界では プレイングマネージャーがふつうなんだけど プレイングマネジャーが成功する要因は
 
 
「自分自身が、好業績をだしている」
 
 
「そのメソッドや方法論をきちんとつたえるコーチングができる」
 
 
というベースが必要なんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
だから 実は好業績をだしていないことや、そのメソッドを伝える手法がなくてただ「熱くやれー」とかいってるだけだったりしているのが チームの成績がかんばしくないケースがよくある。 
 
 
 
 
単純に リーダーとして キャプテンとして 必要なことってよくあるけど プレイングマネジャーとして必要なことって あんまり世の中にでてないので 平尾誠二氏の本はとても参考になるよ。 
 
 
 
では、また次回!
   

2014年5月29日 (木)

近いメンバーへのシグナル

誤解されているけど、「業績評価制度」っていうのは それだけでは モチベーションをあげるものではないよ。

 
 
 
以前も話ししたけど、  成果報酬みたいなもので モチベーションをあげようっていうのは ちょっと短絡的すぎるよね。
 
 
 
 
これまで はなしてきたのは
 
「評価制度をまわしていくなかで、評価者も部下も「よい仕事とはなにか?」をかんがえつづける組織になる」
 
 
ということが モチベーションをあげるポイントになる、、、ってはなしてきたとおもう。
 
 
 
あと、もうひとつポイントがある。
 
 
 
基本的に 働いている人は 同僚だったり 同期だったり ライバルだったり 近い存在のひとに認められたい っておもってるんだよね。
 
 
 
だから 職場そのものは 嫌な上司がいても 同僚や同期がそれなりにみとめてくれていると 仕事を続けていくことができたりする。
 
 
 
逆に 上司が褒める、、、というのは それは同僚や同期にたいして 自分のよいシグナルがおくられているものだから 効果があるんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
これけっこうポイントで、要するに 仕事の評価や、業績評価っていうのは 上司そのものから認められることがモチベーションになるんじゃなくて、 
 
 
「同僚や同期の人にむけてのよいシグナル」 
 
 
が  モチベーションをあげる原因になっているんだよね。 
 
 
 
これを 上司側は よく知っておく必要があるよね。 
 
 
 
 
職場の関係性っていうのが モチベーションにとても影響するんだけど 評価システムがうまくいくのは 職場の近いメンバーにたいして評価が どういう影響をおよぼしているのか? を知る必要があるね。 
 
 
 
と、今日はこんなところで、ではまた次回!
 
 
 
 
 
 

2014年5月28日 (水)

コミュニケーションのコスト

今日も雑談、、、というか 日記モードで話してみるね。 

 
コミュニケーションのコストっていうのをよくかんがえていて 「話す」ことは重要だとおもうんだけど 究極のコミュニケーションは テレパシーで瞬時に相手の理解をすることなんだろうね。 
 
 
現実には、会議やミーティング、雑談なんかは、必要なんだろうけど できるだけ効率よく短い時間ですませたい。
 
 
 
そのためにはどんなことをやっていったらいいだろうか?
 
 
 
 
 
まず 実はいちばん大事なのは 「コミュニケーションのコストがかかっている」って認識だとおもう。
 
 
僕は今 極論として 「話しはしないのが理想」って、いったけど なぜか逆に 「話せば話すほどよい」とかんがえている人がいる。 
 
 
これは ある意味 幻想みたいなもので 話すことそのものによって潜在的なリソースは増える。 チームメンバーの理解が深まっている状態だから 力を溜めているみたいなイメージみたいにおもうよね。 
 
 
でも 昨日たくさん話したので 今日ははなさなくても大丈夫 とかないよね。つまり コミュニケーションって足の早い「生もの」なわけで ある時期濃密なコミュニケーションがあっても 何ヶ月も話しをしなければ 意思疎通は急にはむつかしいよね。
 
 
 
だから 常に必要なものではあるけど ストックしておけないので 効率とかがある程度もとめられる。
 
 
 
そういう 認識がメンバーのあいだに必要だとおもうな。 
 
 
 
 
 
つまり 
 
「コミュニケーションのコストがかかっているので 効率はかんがえないといけない」 
 
「生ものなので ストックしておけない。タイミングやポイントが重要」
 
 
ということだね。 
 
 
 
 
だから こういったことがおこなわれるような 「しくみ」をつくっておく必要があるとおもうね。
 
 
 
しくみについては 今日は話さないけど 漫然と不定期に話しをしたり まとめて一気に議論したり 不都合がおこってからミーティングしたりするのは 効率がわるくて コストが高くなっているって話し。
 
 
と、いうことで 今日は失礼します。
 
 
また、次回!
 
 
 

 
 
 
 

2014年5月27日 (火)

「能力ある人」よりも「チームの成果があがる人」

今日も日記モードで話ししますね。
 
 
今日はクライアント企業さんで、「どんな人を採用したいのか?」という話をしていたんだよね。
 
 
まぁ いろいろ話はでたんだけど 
 
「その人が、いることによってチームが活性化するような人材」
 
がいちばん求められているって話になったんだよね。
 
 
 
 
学生や転職の就活でも、
 
「自分はこのようなことができます」
 
「このような実績があります」
 
という話はよくでてくるけど、
 
 
 
「部門全体に貢献します」
 
とか
 
「チーム全体によい影響をあたえるように仕事をしていきます」
 
 
 
というようなアピールってないよね。
 
 
 
なんだかんだいってもほとんどの日本の企業は「組織の力」「チームワーク」を重視する空気ってあるじゃない。
 
 
だから 採用する側、、、というよりも 実際に一緒に働く人にとって、いちばんありがたいのは
 
「その人がすごくできる人」 
 
よりも
 
「その人のおかげで、自分自身やチーム全体のパフォーマンスがあがる人」
 
だとおもうんだよね。 
 
 
 
 
じゃ、「できる人」と「できるチームをつくる人」っていうの違いは何か?というと 要するに「リーダーシップ」だとおもうな。
 
 
リーダーシップっていうのは、なかなか広い言葉なんだけどものここで求められているポイントは
 
 
 
1 チームや組織が何を成果や目標にしているのか話しあったり確認したりするプロセスがある
 
2 自分やメンバーの役割を理解して相乗効果があがるようなことができる
 
 
3 個人としての仕事そのものの力量が安定して発揮できる
 
 
というのが 大きな3つだとおもうな。 
 
 
って 実はこれ クライアントさんとかんがえたんだけどね。
 
 
 
 
で、もうひとつバラすと これは どうやって導きだしたのか? というと
 
 
「スポーツのチームで 理想的な補強選手ってどんな人か?」 
 
 
ってかんがえたんだよ。
 
 
 
でも わりと 良いかんじの結論になったとおもうよ。 
 
 
検証は、まぁぼちぼちやっていきますけど 直感的に正しいきがするなぁ。 
 
 
 
「個人の力量が高い人よりも その人が加わることで全体によい影響をおよぼす人のほうが 成果があがる」
 
 
ってことだね
 
 
 
では、また次回!
 
 

 
 

2014年5月26日 (月)

人が足りない原因

さて、なんとなく昨日のエントリーを修正してたら 今日のぶんも、更新した気分になってたけど そうじゃないね(笑)

 
 
と、いうことで 今日は日記モードで話しますね。 
 
 
 
 
 
あるクライアントさんと話をしていて 
 
「最近 ウチの社員から「人が足りません」って話がでなくなりましたね」 
 
って 聞いて あぁ そういえばそうだなっておもったんだよね。 
 
 
 
BtoCのいわゆる「お客さん商売」の店舗や営業所の場合、お客さんがおおいときに 聞かれる言葉が
 
 
「人が足りません」 
 
 
って言葉なんだよね。 
 
 
 
 
 
これは 業務がうまくスムーズに運営できていない = 人がいないから という単純な図式からきてるんだとおもう。
 
 
 
 
だから 問題設定としては 
 
 
「この人数で 業務がスムーズにおこなえていないので どうしたらいいのか?」 
 
 
ってことだよね(まだ人が足りないのかどうかはっきりしていないよね)
 
 
 
 
 
 
よくあるケースなんだけど 経営者としては 現場のことすべてがわかっているわけではないので 「人がいない」っていわれると びっくりしたりするんだけど その前にまず 「適性な人数」っていうのが 何人くらいなのか? ってのを設定する必要があるよね。 
 
 
 
たいていは 経理上から 適性人数を設定しているケースがおおい。 
 
 
 
とりあえず そうしておけば 利益は守られるから 経営者としては まぁいいかっておもうかもしれないけど でも 実際は人数が足りなかったり おおかったりしているかもしれないよね。
 
 
 
 
 
 
 
 僕が このコーチングのクライアント企業でやったのは 「適性人数の設定」と「ひとりあたりの仕事量の設定」なんだよね。 
 
 
 
「適性人数」っていうのを ひとまずだしてもらって 何人必要なのかかんがえてもらう。 
 
 
 
こんどは それが確保できたら 「ひとりあたりの仕事量」を設定してもらって だんだん 仕事量がふえることができるようにしていく。
 
 
 
 
 
ひとりあたりの仕事量をふやすっていうのは だんだん大変にして締め上げていくってことじゃなくて むしろ逆で 余計な仕事をやってないか 減らしていく作業だよ。 
 
 
パソコンとかタブレットの導入とか、外注とかをふやして ひとりあたりの売上や利益に直結する仕事量をふやしていく、、、ってことだね(まぁ オーソドックスだね)
 
 
 
 
こういう プロセスをふんでいけば 自然と「ひとが足りません」みたいなことっておこらなくなるよね。 
 
 
 
 
え? 
 
 
 
 
でも いくら仕事とかが、うまくいくような流れになっていても 人間関係とかで辞めたりしたら人が足りなくなりませんかねって? 
 
 
 
 
うん。
 
 
 
 
 
そういう場合もあるかもしれない、、、けど そういう場合はまた別の要因があったりするんだよね。 
 
 
 
 
ちゃんと 仕事のプロセスを日常的に見直すしくみがある会社って そんなに人がやめていったりしないよ。 
 
 
 
なぜなら ごく自然にあまり無理がないかたちで仕事がおこなわれるような職場になっているから 仕事そのもののストレスがすくないからだよ。(←これ重要!)
 
 
 
 
だから 実は「人が足りません」って話がでたときは ごく自然に成果がでるしくみになっていないってことがおおいんだよね。 
 
 
 
 
まぁ そんなことを 今日あらためておもいましたよ。
 
 
 
 
では、また!
 
 
 

 
 
 

2014年5月25日 (日)

「カリブレーション」で重要なこと

本日 更新する予定でしたが 体調不良のため 明日あらためて今日のエントリーアップします。すみません!

 === === ===

 

昨日は 失礼いたしました。

 

「カリブレーション」について、、、ですね。 

 

ちょっと振り返ると

コミュニケーションのカリブレーションとは 

 

「相手が伝えようとしていること、自分が伝えようとしていることが 互いにわかっていくプロセスをおこなうこと」

 

って話したよね。 

 

 

そこで その話の補足を話すね。

 

 

コミュニケーションのカリブレーションの重要性、、、というか有用性みたいなものってあんまり伝わってないんだけど その原因のひとつは 間違って伝わっているからだとおもうな。

 

 

カリブレーションのやりかたのひとつに 「相手の眼球の動きを見る」とか「相手の感情にはいっていく(?)」とか そういうことのように伝えられているんだけど、そうじゃないよ。 

(まぁ、間違い、、、ではないのかもしれないけど)

 

 

だけど もっと本質的に重要なのは

「相手と ニュートラルにむきあう」 

ってことなんだけどね。 

 

 

ニュートラルにむきあうっていうのは 要するに 

 

「思い込みとか、バイアスとか、評価とか、そういうのをいったん横において 事実をうけとる」 

 

みたいな ニュアンスなんだけどね。 

 

 

たとえば 年齢が上だから保守的だろう、とか女性だから感情的だろうとか、固い仕事だからマジメだろうとか そういう決め付けみたいなもの。 

 

 

とくに その人との関係性ってとても重要で たとえば相手と話をする前日にケンカしてたら 今日はたぶん相手は トゲトゲしいい態度でくるんだろうな っておもうよね。 

 

 

でも そういう状況とかを いったん置く必要がある。 

 

 

ケンカしたあとに その人に凄くいいことがあったかもしれないから 気分や感情が変化している可能性はあるよね。 

 

そこを「カリブレーション」するってことだよ。 

 

 

だから 根本的に 相手にあわせていく、、、っていうよりも 自分自身のコンディションをととのえていく、、、ってかんじだね。 

 

つまり 相手にあわせるカリブレーションってよりも 自分の気持ちや感情のカリブレーションっていうスタンスのほうが 効果があるよ。

 

 

 

ここがポイントだとおもうよ。 

 

 

うん。 

 

なんか 「禅」みたいだけど まぁ そういう感じっていってもいいかもね。 

 

 

では!

 

 

 

2014年5月24日 (土)

「カリブレーション」の間違った理解とは?

意外と、そんな人いるんだけど 

 
「別に相談したわけでもないのに アドバイスしてくる人」
 
 
っているよね?
 
 
 
 
 
僕としては ただ現状の説明をしただけなんだけど 
 
 
「それは こうしたほうがいいよ」 
 
 
みたいな話をしだすケース。 
 
 
 
 
 
こういう人と話をするのは 僕はとても苦手で 2分くらいしか話できない。
 
 
だけど それはそれで 親しく話をしている人もいるので そういう話し方が好きな人もいるんだろうね。 信じられないけど。 
 
 
 
 
 
 
たぶん 「こういうことを望んでいるんだろうな」っていう 好意みたいな気持ちで 話してくれてるんだろうけど そういうのはこまる。 
 
 
なぜなら ぼく自身が そもそもアドバイスをもとめていないからなんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
よく コーチング研修なんかで 
 
 
「アドバイスをしてはいけないんですか?」 
 
 
「答えをつたえてはいけないんですか?」 
 
 
とか聞かれるけど こういう質問をする気持ちは わからないでもないけど よくかんがえるとずいぶん変な質問なんだよね。 
 
 
 
 
アドバイスが効果的なのは 相手がアドバイスを求めているときだとおもう。
 
 
 
でも 相手がアドバイスを求めているって どうやってわかったんでしょう?
 
 
 
「アドバイスをおねがいします」 
 
 
 
って 言ったから?
 
 
 
口にしたことが、すべて本当の気持ちじゃないことぐらい いくらでもあるよね。 
 
 
そもそも 相手自身にも 本当にアドバイスが必要なのかどうか わかっているんだろうか?
 
 
 
 
 
何かを求めているのは 間違いないんだろうね。 
 
 
 
だから まず最初にそれが何かを 調べないと いきなり望んでもいない「アドバイス」をいわれても こまるよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
相手が 何をもとめているのかを 理解していくプロセスを 「コミュニケーションのカリブレーション(calibration)」とか 「キャリブレーションする」とか いいます
 
 
 
NLPなんかで 間違って伝えられているのは 
 
 
「相手の言ってることと、非言語的な内面との不一致に注目して 調整すること」
 
 
とか
 
 
「相手が今感じている感情と 同調するようにすること」 
 
 
とか
 
 
「相手の本当の感情をたしかめていくこと」
 
 
 
とか いろんなこと伝えられているけど ぶっちゃけ これ全部すこしずつ間違ってるよ。ってか、この3つって 全部違うことなんだけど このあとNLPで教えられる「カリブレーションのやりかた」って全部おなじという 摩訶不思議なものなんだけど。なんとかしてください。 
 
 
 
 
「コミュニケーションのカリブレーション」って 要するに 
 
 
「相手が伝えようとしていること、自分が伝えようとしていることが 互いにわかっていくプロセスをおこなうこと」
 
 
なんだよね。 
 
 
 
 
 
 
恋人どうしがいるとする
 
 
女性 「ねぇ なにか食べない?」 
 
 
男性 「いいけど、、、何食べる?」 
 
 
女性 「いや 別になんでもいいけど。美味しいものならなんでもいい」 
 
 
男性 「そりゃそうだろうけど、、、ちょっと歩き疲れた? そういえば言葉がすくないね」 
 
 
女性 「そうね。そうかもしれない。ちょっとドリンク飲めるところで どうするか決めたい」
 
 
男性 「じゃ、ゆっくり 座れる近いところにしよう」 
 
 
女性 「うん。そうしましょ」 
 
 
 
めでたしめでたし。 
 
 
 
 
この 「何食べる?」って聞いてみたりとか「なんでもいい」とか「言葉がすくない」とかに注意するプロセスを 「コミュニケーションのカリブレーション」っていうんだよね。
 
 
 
だから 相手の内面がうんたらかんたらとか 眼の動きがどうたら とか そういうのは必要ありません。
 
 
必要なのは 別のことです。
 
 
 
この カリブレーションっていうのはとても重要なんだけど 間違ってつたえられているので おかげで あんまり行われてなかったりするっていう 変な「スキル」なんだけどね。
 
 
 
 
うん。
 
 
さらっと はなすつもりだったけど 長くなったので 残りは次回にしますね。
 
 
「必要な別のこと」も話します。 
 
 
 
では、また次回!
 
 
 
 

 
 
 
 
 

2014年5月23日 (金)

「自責、他責」について(続)

ごくまれに 僕のエントリーが末永くよまれるものがあるんだけど その中に

 
 
 
ってのがあるんだよね。 
 
 
 
 僕としては このエントリーは ずいぶんわかりやすく話したつもりなんだけど リアルに読んだ人にあって話をきくと
 
 
「なかなか 難しくて よくわからない」 
 
 
っていわれることがときどきあるんだよね。 
 
 
 
 
 
 
読んでもらえば わかるとおもうんだけど あえてこのエントリーを要約してみると
 
 
 
「自責というのは 自分に責任がある というかんがえ。他責というのは 他人や他のことに責任があるという考え」 
 

 
 
「ほとんどの人が 間違っているのは 「本当に」自分に責任があるって おもえるようになろうってかんがえているってところ」 
 
 
 
 
「自分に責任があるかどうかは関係ない。何か困ったことや、解決が難しいことは、いったん自分が引き起している とか 自分の力不足でこうなっている と 仮定してみる」 
 
 
 
 
「そうすると 問題を解決するための キーになる行動は 自分が行動することになる」
 

 
 
「なので 他人や状況にたよらず 自分が行動できる選択肢がみつかるので 打開の糸口になる」 
 
 
 
 
と、いう次第ですよ。 (自分のエントリーを自分で解説するっていうのは いいのかわるいのかわからないけど)
 
 
 
 
 もし わかりにくいとところがあるとしたら 
 
 
「この問題や状況は 自分が引き起こしている」
 
 
と設定したにも かかわらず
 
 
「自分ができる範囲での可能な方法」
 
 
をとろうとしてしまうことだろうね。 
 
 
 
 
 
そうではなくて
 
「自分ができる範囲での最善の方法」 
 
 
を思考しないといけない。
 
 
 
 
 
 
 
 
「できる範囲の可能な方法」と「できる範囲の最善の方法」は 厳密にいえば同じことなんだろうけど つかわれているニュアンスが ちがうとおもう。
 
 
 
「できる範囲の可能な方法」 → とくに自分自身が負荷や努力が必要でなく あまり影響なくおこなえること、、、のようなニュアンス
 
 
「できる範囲の最善の方法」 → できるかできないかわからなかったり かなり難しい解決先かもしれないけど 自分自身によって問題解決がコントロールできる範囲にあること、、、のようなニュアンス
 
 
 
 
これは ちょっと慣れが必要かもしれないけど あくまで「思考実験」みたいなもので それによって 打開策のヒントをつくるためのものだよ。 
 
 
 
 
もう1回、確認しておくけど 「自責、他責」は 「じっさいに 自分に責任があるっておもえる人になろう」ってことじゃないよ。 
 
 
「自分が引き起こしている」と仮定することで 「最善の方法は何か?」をかんがえることができる 思考方法のテクニックってことだよ。 
 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回!
 
 

2014年5月22日 (木)

これからの働きかたについての雑談

今日は なんだか事務所のWi-Fiの調子がいまひとつです。 

 
ルータの問題かな? でもまだ新しいけど、、、
 
 
 
なので ただ 「つぶやき」のような「日記」のような話しでいきますね。
 
 
 
 
 
コーチングのクライアントさんと話ししていて 「働きかた」というか 
 
 
「これから どういうキャリア形成が望ましいのか?」 
 
 
って話しになったんだよね。
 
 
 
 
 
これは クライアントさん自身もそうなんだけど、後輩だったり部下だったり はたまたその子どもたちだったりとか いろいろ話をしていたよ。 
 
 
 
そのなかで でてきたことなんだけど はっきりしているのは 
 
 
「だれでも 何かのスペシャリストであること」 
 
 
これは マストだろうって話してたよ。 
 
 
 
だから その分野では会社とか、地域とか、業界とかの中で なにかの専門家でないとイ居場所がなくなるかもね。
 
 
 
だから 「スペシャリストになるための学習」っていうのが必要で そのノウハウとかメソッドって あんまり巷には ないなって おもったよ。
 
 
 
 
 
 
そういわれれば たしかに。 
 
 
 
 
 
なんとなく、「管理職研修」とか「新人研修」とか わりとジェネラルなお題目の研修とかはあるけど こういうのって 最低限おさえておくべきことなんだろうけど それだけでうまくいくわけではないよね。
 
 
 
 
 
じゃ、どうやって キャリア形成していくのか? というプログラムは あんまり世の中にはないね。
 
 
 
 

 
 
 
それで おもいだしたんだけど 以前も、ちょっと紹介した この ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉 って本に 参考になるキャリア形成のガイドがあったよ。
 
 
 
 
少しだけ ぬきだしてみるね。 
 
 
 
 
 
 まずある技能がほかの技能より高い価値をもつのはどういう場合なのかをよく考える。未来を予測するうえで、この点はきわめて重要なカギを握る。 
 
 
 次に、未来の世界で具体的にどういう技能が価値をもつかという予測を立てる。未来を正確に言い当てることは不可能だが、働き方の未来を形づくる五つの要因に関する知識をもとに、根拠のある推測はできるはずだ。 
 
 
 未来に価値をもちそうな技能を念頭に置きつつ、自分の好きなことを職業に選ぶ。
 
 
 その分野で専門技能に徹底的に磨きをかける。 
 
 
 ある分野に習熟した後も、移行と脱皮を繰り返してほかの分野に転進する覚悟をもち続ける。
 
 
 
(ワーク・シフト 連続スペシャリストへの道 より)
 
 
 
 
 
 
要するに まず 食えそうな、あるいは儲かりそうな、技能って何かかんがえて その中で 自分の好きな分野をかんがえて うまく合致させて 磨きをかける、、、ってことだね。
 
 
 
 
うーーーーん。 
 
 
 
 
まぁ ふつうの気がするけど(笑)
 
 
 
 
ただ、「好きなことやるのか? 儲かることやるのか?」って問いには はっきり答えられているよね。 
 
 
食えること、儲かること、その中で 自分の好きなことをみつけていくってプロセスだね。 
 
 
 
これには はっきり答えられているのがきもちいいね。いきなり「好きなこと」やっちゃダメってことだよ。まぁ あたりまえだけど。
 
 
 
 
んで  未来についての ある程度のデータとかから「予測」をたてていく必要もあるんだね。
 
 
 
今 人気の仕事とか いつまでもあるかどうかわからないし だいたい10年~15年くらいで 別の仕事に「シフト」していくような気持ちでいる必要があるんだろうね。
 
 
10年くらいすると その仕事そのものがなくなったり まったく儲からなかったりするんだろうね。
 
 
 
 
 
だから そんななかで 
 
 
「ずーーっと 役に立つ 基本的な知識」 語学とか歴史とか財務とかコミュニケーション・スキルとか
 
 
 
 
「今の時代にマッチした 役に立つスキル」 現在のIT技術や機械技術とかマーケティングスキルとか
 
 
両方をバランスよく身につけながら 生きる必要があるはずだね。
 
 
 
 
 
勉強したり、うまく学習したりってスキルは重要になるなぁ。
 
 
 
 
今日はそんな話をしてましたよ。 
 
 
 
オチも結論もないけど 今日はこれで また次回!
 
 
 
 

2014年5月21日 (水)

理想的なものを最初にする

 みんなが同じ時間で出勤してくる職場じゃなくて、シフト制の職場のところもあるよね。 

 
 
そこで 意外と おろそか?というか あんまり考慮されてつくられてないのが 「シフト表」あるいは「スケジュール表」ってやつ。 
 
 
この「シフト表」って、ちゃんと作成のためのノウハウってあって それによってずいぶん仕事のできが違う。
 
 
 
ちょっと そのことについてはなししてみるね。
 
 
 
 
 
 
 たいていの職場での「シフト表」は、なにを目的につくられているか?というと 「公平であること」がほとんどなんだよね。 
 
 
もちろん 不公平ではマズイけど 公平さがいちばんの優先順位にするのは もったいないんだよね。 
 
 
 
 
実際 「どうやってシフトつくるんですか?」って つくりかた聞いてると たいていは
 
 
「まず、全員の希望の休みをきいて それから出勤できる日を埋めて、、、、」 
 
 
ってやり方でやってるんだよね。 
 
 
 
そのあと 公平に休みをとれるかどうか? をある程度考慮して、、、でできあがり!ってなるみたい。 
 
 
 
 
 
これは もったいないよ。 
 
 
 
 
 
いちばん、優先しないといけないのは いちばん優先順位が高いことがおこなわれるようになっているか?なんだよね。 
 
 
 
たとえば 顧客や製造のピークの日程がわかっていたとする。
 
 
 
 
そうすると 以下のような手順でシフトをつくっていく。
 
 
 
 
 
 
その日程や前後に、理想的な人員(頭数だけじゃなくて、メンバーの人選も)を配置する。
 
 
そのあと 理想的な日程のミーティングなどを決めて配置する。 
 
 
理想的なシフト表ができてから、全員の希望にそっているか確認する。 そっていなければ、ここで調整する。 
 
 
 
公平であるか、調整する。 できるだけ公平にするけど できなければ その旨つたえておく。
 
 
 
 
 
 
 
 
つまり まず最初に理想的なシフトをくんで そのあとに実際をあてはめていく、、、っていうやりかただよ。 
 
 
 
これは 原則というか 基本みたいなもので このようにつくっていくってことを まずおさえておくと 効果的なシフトがつくりやすいよ。
 
 
 
 
 
 
 
 メリットはいろいろあるんだけど いちばん大きいのは 優先順位を意識したシフト表ができるので 自然とみんな優先順位の高いことがおこなわれやすくなるよ。 
 
 
 
逆に デメリットは 面倒くさいこと(笑)  調整がめんどうになったりするし、なにより 優先順位高いことかんがえること そのものが面倒くさい(笑)いやほんとに。 
 
 
 
だから ほっといたら やりやすいことやら、いつもどおりのことしか行われくなるんだろうね。 
 
いつまでたっても 同じ問題が解決しない、、、って状態の原因になる。
 
 
 
 
 
  まぁ 基本はこうするんだよ っていうのは知っておいて ときどきちゃんと 優先順位高いことがおろそかになってないか 確認するぐらいで いいとおもうよ。
 
 
僕もコーチングのクライアント企業さんと、いっしょにときどき確認したりするよ。 
 
 
 
 
 
 意外と 「シフト表」をみなおすだけで 業務がうまくいったりサービスレベルがあがったりすることはあるから 定期的にチェックするといいとおもうな。 
 
 
 
と、いうことで ではまた次回!
 
 
 

 

2014年5月20日 (火)

「どうして投資をするんだろう?」がおもしろい

Q1 次の中で生産資源とみなされるものは? 

 
 1 コンピューター会社の株式 
 
 2 石油会社の社債
 
 3 自動車会社の生産機械
 
 4 銀行に預けられているお金
 
 
Q2 経済における起業家(企業家)の役割は? 
 
 1 新製品の生産や販売の方法を政府に伝えること
 
 2 創業に伴うリスクを負うこと
 
 3 会社の株式を売買すること
 
 4 新しいビジネスにおける投資家の責任を限定すること
 
 
Q3 どのような経済システムでも人々が答えをださなければいけない問題は?
 
 1 株主に分配される利潤の分け前はどれだけか
 
 2 労働者の最低賃金の額はいくらか
 
 3 財、サービスをどのように生産しているか
 
 4 株式市場をどのように規制するか
 
 
(ほぼ日刊イトイ新聞 「どうして投資をするんだろう?」 第1回 ニッポン、遅れてる!? より)
 
 
 
 
ほぼ日のこの記事がおもしろい。
 
 
 
 
 
Q1~Q3までは 日本とアメリカの高校生と大学生を対象に行われた経済テストの一部なんだよね。
 
 
 
答えは リンクをみてください  →  答えはこっち
 
 
 
ちなみに 僕は Q2をまちがえました、、、ってか 今でも間違いになっとくしてないんだけど なんかを間違って理解しているのかな。 
 
 
 
 
 
 この記事の題名(ニッポン、遅れてる!?)って題名からも なんとなくわかるように 圧倒的に正解率は、アメリカの学生のほうがいいらしい。
 
 
 
なんとなく そんな気は最初からあるよね。 
 
 
 
でも 僕が興味深いとおもったのは 「これは まず絶対ちがうな」とおもう選択肢を選んでいる学生が、日本人にとてもおおいってことなんだよね。 
 
 
 
 
 
それで ちょっとおもいだしたことがあったんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 ある会社で比較的若い人たちと、新規のプロジェクトについてミーティングしていたんだよね。
 
 
僕はそこで ファシリテーター(議論がうまくすすむように進行する役目)をやってたんだよ。 
 
 
で、なぜか 議論の方向性がはっきりしないんだよね。 
 
 
それで そのメンバーの1人に質問してみた。 
 
 
「そもそも このプロジェクトって何ができたら、成功なんですか?」 
 
 
ってきいたら
 
 
「手間と時間がかからず できたら成功です」 
 
 
って わりと自信たっぷりにいわれたんだよね。
 
 
 
 
 
 
 この人がプロジェクトに反対してたわけじゃないよ。
 
 
ただ その人のいままでの発言だったり、雰囲気から つたわってきたのは
 
 
「仕事というのは、できるだけ少なく、手間をかけずに時間どおりに終わらせることが望ましい」 
 
 
ってことなんだよね。 
 
 
 
 
 
 これは 一見正しいようにおもえるんだけど このかんがえの根底にあるのは
 
 
「会社や顧客への労働の対価をいかに効率的に引き出すか」 
 
 
が 仕事の良し悪しだという発想だよね。
 
 
 
 
この 「会社とか顧客から引き出す」っていう発想ってのが、僕はびっくりして なるほど そうかんがえれば 「手間と時間がかからずできること」が仕事の成功っていうのは納得できるなぁ とか おもったよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 本質的に 仕事は「会社や顧客から対価を引き出す」ものではなくて 「価値をあたえる(提供する)」ものだよね。 
 
 
 
価値をあたえる(提供する)ことによって 対価をえるわけだけど 「対価をひきだす」って発想は 目的と結果が逆になっている。
 
 
 
 
もし ほとんどの人が 「価値をあたえる」ことが目的じゃなくて 「対価をひきだす」ことが目的だとおもってるとしたら たぶん人材育成とか ぜんぜん違うかんがえをほとんどの人がもっていることになるね。 
 
 
 
 
もしかしたら 昨今の「ブラック企業問題」っていうのも そのあたりが影響しているのかもしれないね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明日から 対談編がはじまるみたいなので 「どうして投資をするんだろう?」  楽しみです。 
 
 
では また次回!
 
 
 
 
、、、、、、 あと 蛇足だけど このエントリーは さきほど入力したのが 全部消えてしまったので 再度入力しなおしました。別にどうでもいいですけど 凄く手間がかかりました。ただ それをいいたかっただけだけど。とほほ。
 
 

 

2014年5月19日 (月)

おもしろいことを考えるのはおもしろい

 よくいわれることに 

 
 
「仕事は おもしろいものではないので おもしろくしないといけない」 
 
 
みたいなこといわれるよね。 
 
 
この話しは どこか誰かからおもしろい仕事をあたえてもらうんじゃなくて じぶんで面白くしていく必要があるんだよ、、、、、、的なことだとおもう。 
 
 
 
僕も そうおもってたんだけど 今日それに関してちょっとおもしろい話しをきいたので その話しをしますね。 
 
 
 
 
 
 
 
 コーチングのクライアントさんと話ししていたんだけど その方と話していたのは 比較的 部下育成がうまくいってて これからレベルアップしておくにはどうしたらいいか? って話ししてたんだよね。 
 
 
 
そこで、こんな話しがでてきたんだよね。 
 
 
 
 
 
クライアントさん 「レベルアップの方法、いろいろかんがえますね。厳しくはしたいとおもうんですけど おもしろい仕事にしたいとおもいますね」 
 
 
 
 
 「上司のあなたが おもしろい仕事にするように考えてあげるんですか?、、、、、、なんだか、、、、、、いたれりつくせり、、、すぎる気もしますけど、、、?」 
 
 
 
 
クライアントさん 「いわれている意味はよくわかります。そこまでやってあげる必要があるのか?ってことですよね。部下のためにいいのかどうかは自分ではよくわかりませんけど、でもたぶん やるとおもいます」 
 
 
 
 
 「え? いいか悪いか確信ないままやるんです? てっきり 「良いこと」って確信があるとおもいましたけど、、、、、、えーーーじゃ どうして そこまでやるつもりなんですか? なんか義務感みたいなものなんです?」 
 
 
 
 
クライアントさん 「義務とか、ぜんぜん思っていません。いや、ちょっと思ってるかもしれないかな(笑)でも、部下がおもしろい仕事ができるにはどうしたらいいか?ってかんがえて 実行するのは わたし自身がとてもおもしろいんですよ!」 
 
 
 
 
僕 「あーーなるほど。おもしろい仕事を設計することが、おもしろいってことですかね?」 
 
 
 
 
クライアントさん 「そうです! それがおもしろいんですよ!」
 
 
 
 
 
 
 んーーーなるほど。 
 
 
 
 
 
一般的には おもしろい仕事にする、、、ってのは 上司の役目ではなくて 自分自身でやっていくものなんだろうね。
 
 
 
ただ 
 
 
「おもしろい仕事を設計して おもしろがってもらうことが 実はいちばんおもしろい」
 
 
って かんがえもアリだよね。 
 
 
 
たしかに それで 部下にも喜ばれるし もちろん成果もあがるだろうし そもそも自分もおもしろいし、、、、、、って いいことづくめの気がするね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕が コミットしている学者の1人に リチャードハックマンって人がいるんだけど その人がいっている 「働く意義と喜びを感じる職場の条件」ってのがあるんだよね。 
 
 
 
 
 仕事が働くひとの能力を充分にひきだす必要があるものである (かんたんすぎず、難しすぎず) 
 
 
 仕事の最初から終わりまでを完成できる仕事である (部分を担当するのではなくて 部門を担当する。裁量をもつ)
 
 
 自分の仕事が他の人に影響がある仕事だとわかる (影響力や、やりがいが見える)
 
 
 
 
 
この条件にあてはまるように 部下の仕事を設計してあげるっていうガイドとして見ることもできるんだけど そもそも 「設計してあげる仕事そのもの」が、この条件にあてはまるよね。 
 
 
 
 
なるほど 「おもしろい仕事をかんがえることは おもしろい」っていうのは こういうところにもあるのかって おもったよ。 
 
 
 
 
と、いうことで また次回!
 
 
 

 
 

2014年5月18日 (日)

「視点」をかえて意見をいう

 今日も 最近のはやり?(流行ってないけど)の、「論理的でないけど なぜか続けていること」シリーズで いってみたいとおもいますよ。 

 

 

 
 コーチングじゃなくてもいいんだけど 誰かから、何かを相談されたとき 大抵は 
 
 
「今の自分の立場(ポジション)から」 
 
 
答えをはなすよね。 
 
 
 
 
 
 
 たとえば 「××ってクルマを今度買おうかな?っておもうんだけど どうですかね?」 
 
とか 聞かれると
 
 
 
「あぁ あれ 燃費いいからいいね」 
 
 
「えー 自分なら 同じ値段でこっちを買うなぁ」 
 
 
「ぜんぜんわからないので 好きなのを買えばいいんじゃない」 
 
 
「今は買わない方がいいらしいよ。 もう少ししたら 次のモデルがでるらしい」 
 
 
「あー俺も アレほしいんだよね。いいね、いつ買うの?」 
 
 
 
 
なんて 話になるよね。 
 
 
 
 
 
 
これは 全部 「そのクルマを自分が買うとしたら どうか?」って質問に答えているんだよね。 
 
 
 
 
 
もちろん 相手がその答えをもとめている場合には それでもいいんだけど ほとんどは 
 
 
「相手が買うとして その選択はどうなのか?」
 
 
ってことが知りたいんだとおもう。 
 
 
 
 
 
 
だから 本来だったら
 
 
「あなたの使い方だったら もう1周り小さいクルマでもいいかもしれないね」 
 
 
「あぁ あなたに似合うかも。いまのよりもっと似合うとおもうよ」 
 
 
みたいな 「相手の立場にたって」答えると ずいぶん答えがかわるよね。
 
 
 
 
 
 
 別に 常に相手の立場にたたないといけないって話じゃないけど この立場の「視点」を変えるっていうのは とても大事だとおもうよ。 
 
 
 
仕事なんかで どうしたらいいか?みたいな話が コーチングででたときに 僕がよく話するのは
 
 
「たぶんお客さんからみたら こう見えるとおもいますよね」 
 
 
「僕が上司だったら こうしてほしいとおもいます」 
 
 
「もし あなたの立場だったら 僕ならこうします」 
 
 
 
のような 自分の意見ではあるんだけど 「僕が それぞれの立場だったら こうする」みたいな話をよくするよ。
 
 
 
 
 
 
 
 これは なんとなくだけど 大抵は クライアントさんは わりと率直に意見をきいてくれる気がする。 
 
 
 
なぜか? はわからないんだけど 「僕はこう思う」とか「俺はこれがいいと思う」みたいな 自分の立場からの答えは 受け取りにくいけど 
 
 
「自分が同じ立場だったら、、、」 
 
 
って 話ながら話すると わりと共感してもらえる。 
 
 
 
 
 
 
 僕は 某自称カウンセラーと言う人の話を、聞いていたら 「僕はこうしたほうがいいとおもう」とか「僕はこれがいいとおもいます」みたいな 自分の意見をわりとストレートに伝えていて なんだこれは? っておもったことがあるよ。 
 
 
 
 
これは そういう手法なのかな? とおもって聞いていたんだけど 途中で ただ単純にこの人のスキルが低いんだなと気づいて、震撼したことがあるなぁ。
 
 
 
 
 
 自分の意見をつたえるときに 「こうだよ」「こうすればいい」って伝えるんじゃなくて 相手の状況や立場にたってみて 
 
 
「自分が同じ立場だったら たぶん、、、こうじゃないかな」
 
 
とか 
 
 
「もし 自分が上司だったら こういうのを期待するとおもうな」 
 
 
みたいな 話し方だと 受け取り方が違うのとおもう。 
 
 
 
 
 
 
 
 もちろん、なんの証明もないですけどね。
 
 
 
 
では、また次回! 
 
 
 
 

 
 

2014年5月17日 (土)

ライフログ、、、までいかなくても手帳とか

 昨日は、論理的には説明できないけど、なぜか続けていること について話したよ。 

 
 
その シリーズ第2回に今日はしてみる。 
 
 
 
 
 僕は 毎日日記をつけている、、、というか日誌を書いているんだよね。 
 
 
このブログも今年になって 毎日かいているけど これとは別に毎日かいているよ。 
 
 
 
 
 日誌は 書き始めて 18年くらいになる。 だから、学生のころからとか じゃなくて 社会人になってしばらくしてからだね。 
 
 
どんなふうにかいているか、写真とかあるといいけど それは一応非公開にしておく。
 
 
もちろん 誰にもみせてないんだけど 別にみられても 大して困らない。 
 
 
だって 何があったかを書いているだけなので、たとえば
 
 
「起床5:00 眠い 11:00 ××社で○○さんと打ち合わせ 昼 △亭で中華丼 」
 
とか そういう記録?みたいなもの。 
 
 
ちょこちょこっと 地域の出来事とか 身の回りのこととかも記録するよ。 
 
「こいのぼり祭り 人おおい クリーニングとってくるの忘れた」 とか
 
 
 
 
 これは もともとなんではじめたのか?というと まだ20代のときに 当時の上司が
 
 
「記録をとっておくと便利だよ。去年のことを、すぐに参照できるし 毎年おなじことをくりかえさなくてすむから」 
 
って 教えてもらって それもそうだなって はじめたのがきっかけだよ。 
 
 
 
 
 
 
 記録は その当時は 会社で配布されていた システム手帳のカレンダーに記入していた。 見開きでA4、、、、つまり B5サイズのバインダーに1ヶ月ぶんを記入する感じ。 
 
 
だから 1日 4~5行くらいだよ。 だからつづけられたのかもね。
 
 
 
そのあと 会社配布のバインダー → フランクリンプランナー → 陰山手帳 → ほぼ日手帳 、、、って変遷して 今は iPhoneで入力して EverNoteにかいているよ。 
 
 
 
 
 
 最近 「ライフログ」っていって 自分自身の1日の記録をとって それを見直すことで 仕事とか生活だったりのクオリティをあげるっていうのが よくやってるよね。 
 
 
それに近いかも?
 
 
違いといえば 僕はデータとして残すものは 自分の関心のあるものだけにして 適当に途中でやめたりしているよ。 
 
たとえば 食事制限をしているときは データを記録して しばらくつけておいて 制限しなくてもよくなったり 制限するのをやめたりすると つけるのもやめる。
 
 
わりと ゆるーく続けているね。 
 
 
 
 
 
 
 メリットは 正直はかりしれない。 とてつもないよ。
 
僕は 10年前の今日の日付の日に何をしていたのか、しらべたら直ぐわかるんだよね。 
 
 
そして それは自分をみなおすのにとても役に立つよ。 
 
 
つまり 何年間もおなじことで悩んでたり 失敗しているってことは それはもうあきらめたりやめたほうがいいってことを 過去の日誌がおしえてくれるんだよね。 
 
 
 
 
 
仕事でもプライベートでも クオリティをあげようとするなら 「何をやらないか決める」っていうのは 本質的に重要なことだとおもうよ。
 
 
 
なぜなら 僕がコーチングをやっているなかで クライアントさんの話のなかで 本当によくでてくるパターンが
 
 
「おなじことを繰り返しているのに 違う結果を望んでいる」
 
 
って状態で 悩んでいたりするんだよね。
 
 
 
こういう場合は 何か違うことやらないといけないんだけど 何か新しいことやるってことは 何かをやめるってことだよね。
 
 
 
で、実は 「何かをやること」で 変化がおこるんじゃなくて 「何かをやるために やむを得ずやめたこと」のほうが 変化にたいするインパクトがおおきかったりする
 
 
かんがえたら あたりまえで 変化をしようとしている障害をとりのぞいたわけだから そっちの方が インパクトが大きいに決まっている。
 
 
 
 
 
 ただ それを 誰かにいわれたら 腹立つかもしれないけど 他ならない 自分自身で 「おいおい これ 3年前からおんなじ間違いやってるよ」とか 目の当たりにすると やめようって決心がつきやすいよね。
 
 
 
 
 
 
 こういうのが 手帳1冊かってきて 1日5分くらいで できるなんて ほんとにやらなきゃ損だとおもうよ。
 
 
 
 あれ? わりとメリットって明確だな。
 
 
「なぜか 続けている」シリーズになってないね。 
 
 
 
まぁ いいか。
 
 
 
しばらくは ゆるーくやりましょう。 
 
 
 
では、また次回!
 
 
 

 

2014年5月16日 (金)

「アイ・ラブ・ユー」と言ってみる(マジですか?)

 できるだけ 僕は論理的でありたいとおもうし、合理的な自分が好きなんだよね。 

 
 
 
 
だから コーチングでもなんでも 「なんでそうなるのか?」ってことが わからないと すぐに 「じゃ こういう場合はダメなんじゃないのかな?」とか ふつうにかんがえますよ。ええ。 
 
 
それで それに答えられない人とかだったら その人が正しいことをいってても なんだか信用できないので わりと人生損していきてきたのかもしれないね。
 
 
 
 
 
 そういう 僕自身をふまえて  今日 コーチングやってて クライアントさんから
 
 
「合理的やら論理的やらでないんだけど やってることとか ありますか?」 
 
 
って 聞かれて そういえばあるなぁ とかおもったので それをまず1つ紹介してみるね。 
 
 
(でも 良い質問だなぁ、、、ってか どっちがコーチでクライアントかわからないね)
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕のことよくしっている人は 僕がマインド系やスピリチュアル系大嫌いっていうのを 知っているだろうけど その僕の中でも とびきり非合理的&非論理的なことをやってるのを紹介するね。 
 
 
それは 人の話しを聞きながら その人のことを 
 
 
「あぁ この人のこと好きだな」
 
 
って おもいながら 話しをきくってことだよ。 
 
 
 
これは もともと コーチングのトレーニングをうけていたときに 「相手の話を聴く」っていうトレーニングのなかで トレーナーの人が「コツがあるんですよ」って話ししたんだよね。 
 
 
で、それは 相手の話しを聞いてるときに
 
 
「アイ・ラブ・ユー」
 
 
って いいながら話しを聞くんですよ、って話したんだよね。 
 
 
「ちょっとはずかしいんですけど 本当に効果あるような気がするのでやってるです」 
 
ってことだった。 
 
 
 
 
 
 質問する時間はなかったので、「なぜ、効果があるのか?」とかは わかんなかったけど 話しのニュアンスが 
 
 
「あんまりやりたいわけではないんだけど 効果あるから はずかしながらやってます」 
 
 
的なニュアンスだったので まぁ 僕もはずかしいけど カンタンだしやってみるか、、、っていうきっかけではじめたんだよね。 
 
 
 
 
 
 が、しかし 「じつは 僕はあなたの話しを聞くときに アイ・ラブ・ユーとおもいながら聞いてます」とか 相手が男性であろうが女性であろうが やはり問題があるような気がする。 
 
 
 
なので ちょっと アレンジして 
 
 
「あぁ この人はとてもいい人なんだな。他にどういう良いところがあるかな」 
 
 
みたいにして 聞くようにしてみた。
 
 
 
 
 
 
 
結果どうなったか?
 
 
 
 
 
 
効果あるかどうかは さっぱりわかりません!
 
 
 
 
 
ただ、自分自身が 相手と意見があわないときや 何か否定的なことをいわれたときなんかは 効果あるように感じたなぁ。
 
 
 
 
 そもそも 準備段階で 相手の人を 「いい人認定」しているから いい人と意見あわなくても 感情的になりにくいし 否定的なことをいわれても 「たしかにそれも一理あるな」っておもえるようになる。 
 
 
もしかしたら そういう効果はあるかもしれないね。 
 
 
 
でも なにも確証がないので たんに僕のきのせいかもしれないけど でも 僕は基本的にそうしてます。 
 
 
 
 
 
 
 
 うーん。 
 
 
 
 
 
 
わりと 騙されそうなきもするけど まぁ 基本的にコーチングだったり 仕事だったりで つかうことがおおいので いまのところ騙されたってことは ない、、、とおもうけど。
 
 
 
 
 
どうかな? 
 
 
 
 
 
では、また次回!
 
 
 
 
 

2014年5月15日 (木)

「儲けたい」とか僕は信じていません

 今日は雨でもあるし、わりとどうでもいいことを話してみるね(いや、雨関係ないけど)

 
 
よく 会社の社長とか経営者とかが 「本当は会社の利益がいちばん大事だ」とかいうけど 僕はそんなものぜんぜん信じていない。 
 
 
そうじゃなくて 「自分自身が儲けたい」っておもっている、、、、、、わけでもないよ。 
 
 
 
そうなんだよね。 
 
 
 
 
何を目的にしているのか、わかりやすくいうと 要するに
 
 
「自分のやりたいようにやりたい」 
 
 
っていうのが本音だとおもうな。
 
 
 
会社の利益がいちばん大事であれば、たぶんもっとずる賢く儲けようとするだろうし 自分の利益がいちばん大事なら、 最大になるように あらゆる方法をとる、、、、、、けっきょく 会社が伸びるような施策をとるんじゃないかな。 
 
 
 
 
自分のやりたいようにやって それで会社も儲かって 自分も儲かって みんなが儲かって、、、、、、ってなるのが最高なんだろうけど もちろんそんなことにはならない。 
 
 
 
 
たいていは 「自分のやりたいようにやる」おかげで、判断が間違うし、会社も伸びないし、結果的に自分もあんまり儲からない。
 
 
 
そう。 
 
 
「自分のやりたいようにやる」っていうのが、元凶なんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 で これって 別に経営者だけの話しじゃなくて 僕がコーチングやってておもうのが ほとんどの人の話しって これに集約されるんだよね。 
 
 
「やりたいようにやりたいんだけど 人間関係がうまくいきません」 
 
「やりたいようにやりたいんだけど 儲かりません」 
 
「やりたいようにやりたいんだけど 部下がいうことききません」 
 
「やりたいようにやりたいんだけど 上司が聞いてくれません」 
 
、、、、、、、、、、、、、、などなど
 
 
 
 
だから なにか迷っているときとか 困っているときは
 
 
たとえば 「(やりたいようにやりたいんだけど) 人間関係がうまくいかない」とかの場合 「どうしたら 人間関係がうまくいくのか?」という 問題設定は意味がないよ。 
 
 
やりたいようにやりたい → けど 人間関係がうまくいかない
 
 
ということは 「やりたいようにやりたい」っておもっていることが そもそも人間関係がうまくいかないってことを引き起こしているわけだよね。
 
 
 
 
だから 「やりたいようにやりたい」ってことのまわりを、なんかいろいろ考えないといけないよね。
 
 
 
 
「やりたいようにやりたいことはなんですかって聞かれたらなんて答えるかな?」 
 
「そもそも なんで これをやりたいとかおもってるのか?」 
 
「いつからこんなこと思ってたのかな?」 
 
「やりたいようにやって うまくいった例って 世の中にあるのかな?」
 
 
 
などなど おもっていることの周辺を、いろいろかんがえる必要があるよね。 
 
 
 
 
 
 
 
経営者が「儲けたい」とかおもうのは、ごくごくあたりまえのようにおもえるんだけど そんな人はほとんどいません。 
 
 
おなじように 「金のために仕事をしている」とかいう人もほとんどいません。だったら もっと儲かる仕事するはずですよ。
 
 
 
「やりたいようにやりたい」ってことが いろいろひきおこしてるってことですね。
 
 
あと 最後に1つ。 
 
 
「やりたいようにやりたい」ことって 本当は何だろう? とか 絶対にかんがえたらダメですよ。
 
 
なぜか?
 
 
 
ふふふ、試しにかんがえてみて。 そうしたら なんで考えたらいけないのか わかるから。
 
 
 
 
 
では、また!
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

2014年5月14日 (水)

知らないことだらけ

 仕事を「うまくいかせる」ために必要なものの中でいちばん大事なものってなんだろうか?

 
 
 
僕は企業のなかに入ってコーチングをしていることが多いんだけど、
 
 
「なかなか仕事がうまくいかない人をうまくいかせるためのコーチング」 
 
と 
 
「新しい仕事や新しい部署での仕事をスムースにいかせるためのコーチング」 
 
 
っていうケースがよくある。 
 
 
 
 
 
 
 まぁ 要するに 困っている人を助ける的なコーチングがおおいってことだね。 
 
 
それで どういうプロセスで 「うまくいかせる」ようにしていくのか 戦略をたてるんだよね。
 
 
 
 
ここで 最初の問いにもどるんだけど 
 
 
仕事を「うまくいかせる」ために必要なものの中でいちばん大事なものってなんだろうか?
 
 
ってことなんだけど 「いちばん大事なもの」というより まず最初になにから手をつけたらいいのか? ってことをかんがえないといけないよね。 
 
 
 
 
 
 
最初に何から手をつけたらいいのか?
 
 
 
 
 
 
「いちばん大切なものはスキル」 って僕は話してるんだよね。 
 
 
 
で、そのスキルを向上させるには、、、土台となる「知識」なんだよね。 
 
 
 
だから 「何から手をつけるのか?」というと 「まず知識を身につけないといけない」ということになる。 
 
 
 
 仕事をうまくいかせるために まず最初に確認しないといけないのは
 
 
「その人に 充分な知識が備わっているのか?」 
 
 
というのを確認するのは 僕のコーチング戦略のなかで 必須のものだよ。
 
 
 
 
 
とにかく 仕事で苦労している人は その仕事そのものの「知識」が圧倒的に不足していることが 大半なんだよね。 
 
 
 
これは 本人やまわりの人も気づいていない。
 
 
 
だから トンチンカンな対応になったりするんだけど。 
 
 
 
 
 
 
 
なぜ? こういうことがおこるのかというと そのいちばんの原因は
 
 
「その仕事に必要な知識が何なのか? 特定できていない」 
 
 
ってことだよ。 
 
 
 
つまり 何を知る必要があるのか?わかってないし そもそも「知る必要がある」ということをわかっていない、、、、、、ってことになる。
 
 
 
 もう、これは 本当に感覚としたら 80%以上のケースがこれに当てはまってしまうので コーチングの戦略はいつもカンタンになってしまうんだけどね。 (戦略がカンタンだからといって、コーチングがカンタンなわけではない)
 
 
 
実際 ひとつのコーチングプロセスがおわって、クライアントさんに感想をきいてみると たいてい 「よくいままで 知らないでやってきたなっておもう」とか、「もう昔にはもどりたくない」とか 「知らないことだらけでした」ってはなしがきかれるよ。
 
 
 
 
 
この 「その仕事に必要な知識が何なのか?」という問いは とても良い質問だとおもうので 質問リストにいれておくことをおすすめするよ。 
 
 
 
と、いうことで 今日はこのへんで。 
 
 
 
では、また! 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年5月13日 (火)

「技術なき者は……去れ!」 がんばれ凡田夏之介!

 さて、今日も 雨で沖縄は梅雨まっただなかですね。 

 
 
6月には ワールドカップがはじまるので 注目はそっちにうつっていくんでしょうけど 僕はいつものように プロ野球をおっかけてますよ。 
 
 
メジャーリーグも マーくんの活躍 ダルビッシュの好投とか 注目選手がいますけど なんといっても 今年注目は 「凡田夏之介」 ですね!
 
 
 
 
 
あんまり 野球詳しくない人のために 凡田夏之介選手をかんたんに 紹介しますね。
 
 
 
 
 
 
日本では 神宮スパイダースに所属していた 左投げの中継ぎ投手。 27歳。 
 
今期から ポスティングで ボストンブルーソックスのマイナー契約で移籍。
 
メジャー入りを狙っている 注目選手、、、、、、だよ。
 
 
 
 
 
こんな人です
 
 
↓↓↓
 
 
 
 
Photo
 
 
 
 
 
 
そうーーーなんですよ。 
 
 
 
 
 
凡田夏之介は 「グラゼニ」っていう漫画の主人公なんだよね。 
 
 
 
 
僕はこのマンガ好きなんだけど それは 野球の勝負のマンガじゃなくて 野球「年俸(給料)」マンガなんだよね。 
 
 
 
 
プロ野球選手が、サバイバルしていく、、、、つまり 給料を稼いでいくには どうしたらいいのか? って視点でかかれていて 凡田夏之介も スーパースターじゃないんだよね。 
 
 
 
 
 物語は 紆余曲折をへて なぜか 夏之介が メジャー挑戦することになっていって いまは 春先の設定で はたして マイナーからメジャー昇格なるか? ってとこだよ。 
 
 
 
 
 
 
モーニングに掲載されているんだけど 僕は 以前 話したように ダウンロード書籍 「D-モーニング」 で読んでるよ。 
 
 
 
 
 
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で、 最新号の一場面にこういうのがあった。
 
 
 
 
 
 
 
Photo_2
 
 
 
 
 
この 「技術なき者は去れ!」って言葉はいいね。 僕は好きだな。 
 
 
 
仕事の世界で、何がいちばん大切なのか? っていうと 僕は 「技術(スキル)」だとおもうんだよね。 
 
 
いや たぶんいちばんは「運」かな? じゃ2番目かな? まぁ どっちでもいいか(笑) 
 
 
いちばん努力すべきは「技術(スキル)」ってことにしたほうが、ハッピーに仕事できるとおもうよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 つまり うまくいかなかったのは なんらかの「技術不足」が原因だ、、、ってすると 次にまた努力できるじゃないですか。 
 
 
 
仕事の問題は すべて「技術」の問題にしてしまったほうが 対策もとれるし 努力もできるし 自分も傷つかないよね。 
 
 
 
なんだか わけのわからない 「人間力」とか そういうのって、、、じゃ 人間としてダメだから仕事ができないの? それって 差別じゃないかな? 仕事できないことが 人として問題あるって、、、ひどくない?
 
 
 
 
違うよね。
 
 
 
 
 
 
コミュニケーションがうまくいかなければ コミュニケーション技術を磨く
 
 
人間関係がうまくいかなければ 人間関係のスキルを磨く
 
 
営業がうまくいかなければ 営業の技術を向上させる
 
 
 
資金がなければ 資金調達のスキルある人をさがしてくる
 
 
 
、、、、、、 全部 技術の問題にすることで 次の行動がでてくるよね。 
 
 
 
 
 
 
こういうのをうまくいかせるのが 僕は本当の意味での 「コーチング」だとおもってるんだけどね。 
 
 
 
 
うん。
 
 
 
 
 
 
今日は グラゼニを読んでて ちょっと おもったこと 話してみました。
 
 
 
 
がんばれ!凡打夏之介!
 
 
 
 
 
では、また次回! 
 

2014年5月12日 (月)

「ファン化」の別の視点

 今日も最近の例にもれずに、短めに話すね。 

 
 
 
今日のコーチングのクライアントさんとの話しで 
 
 
「お客さんにファンになってもらうにはどうしたらいいか?」
 
 
という 問題設定で 今後もミーテイングもちましょうって話しをしていたんだよね。
 
 
 
 
 
ごくありふれた会話にみえるよね? 
 
 
でも ちょっと新鮮だったのが これは
 
 
 
「会社や商品、サービスのファンをつくろう」 
 
 
 
 
っていう話しではなくて
 
 
「スタッフひとりひとりにファンをつくるのはどうしたらいいのか?」 
 
 
って話しなんだよね。 
 
 
 
 一般的に 「顧客のファン化」みたいなことってよくいわれるじゃない? 
 
 
でも これは 商品やサービス、会社のファンづくりって意味あいだよね。 
 
それを そうじゃなくて 
 
 
 
「社員の人 1人1人にお客さんのファンをつけよう」  
 
 
っていうことで わりとユニークな発想なんじゃないかな? っておもったんだよね。 
 
 
 
 
 
まぁ スナックとかキャバクラとかのイメージと似てる?
 
 
そういう系のお店って お酒やフードはどの店も同じものなので 女の子の人気が付加価値をつけているってことだよね。
 
 
 
 
 
ただ よくかんがえると これは 
 
 
「同じ商品に付加価値をつけて、粗利益を高くしている」 
 
 
ってものだから 理にかなってるよね。 
 
 
 
 商品説明やサービスの差とかを いかにアピールするか? って話しはわりとどんな会社も 力いれて話しするよね。 
 
 
でも 「個人個人の魅力を最大化するには?」っていう話しを組織としてチームとして 話しあって高めていくってこころみは なんかすごくいいんじゃないかな? おもしろいんじゃないかな? って思ってきたんだよね。
 
 
 
あんまり 力いれないよね?  
 
 
「個人個人の魅力を最大化するには?」
 
 
なんて話し。 
 
 
 
なんというか 身だしなみとか言葉遣いとか、そういうどっちかというと「最低限」についてだったり 全員で守るガイドライン とかには注意はむくけどね。 
 
 
 
 
 まぁ まだはじまったばっかりで 結果も何もでてないけど 切り口としてはおもしろいので ちょっと 注目してみたいね。 
 
 
 
では、また! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年5月11日 (日)

もっとも人間性から遠い「内面主義」

 さて、今日は短めにいきますね(たぶん) 

 
 
なんとなく 気持ちよくないってかんがえの ひとつに
 
「誰かに何かを強制されてやらされること」 
 
 
みたいなものってあるよね。 
 
 
 
「勉強しなさい」って いわれて勉強するようではダメだ、、、 
 
 
「他人からいわれて」気づくようではダメだ、、、 
 
 
みたいな かんがえってあって そういう誰かや何かに 背中をおされているようではダメだ、純粋に自分自身の内面から能動的におこることでないとダメだ、、、みたいなね。 
 
 
 
 
でもね。 
 
 
 
なんで? 人の力を借りて動機付けにしてはいけないのだろうか?
 
 
 
いや 僕自身 これについて 答えはないよ(一応)
 
 
 
だけどね。 
 
 
 
よーーーーーーーーーーーーーーーーく かんがえると 社会とか人間関係とか国家とかいろいろ、、、要するに 一見内面からでているようなものでも それはどこか 自分以外のソサエティからの 要求だったり期待だったりに答えようとしているのではないか?
 
 
 
つまり 自主的、内面的に、わきあがっているようにみえても それは 自分自身のプライドを守ろうとしたり その社会でよいとされるルールを守ろうとしていたりとかで 「純粋にそのものが動機づけられるものとか ないのではないか?」っておもうんだよね。 
 
 
 
実は 僕は そうおもっている。 
 
 
と、いうか そう思うようにしている。 なぜなら そっちのほうが いろいろとうまくいくからだよ。 
 
 
 
 
つまり 
 
 
「動機というのは なんらかの外部の要求や期待に沿おうとしてできるもの」 
 
 
と 決めたほうが いろいろ便利だってことだよ。 
 
 
 
 
と、いうのものね。 
 
 
 
ある本を読んでたんだけど、「他者から与えられる報酬に関係なく 力強く自分のかんがえるところを突き進む人材の育成」とか かかれてて、、、
 
 
 
そういうこというから 鬱なんかになる人がいるんだよなーーーーとか おもったんだけどね。
 
 
 
「力強く突き進む」ってなによ。 軍国主義が?独裁主義か?なんやねんこれ。 
 
 
 
「他者から与えられる報酬」ってなによ? だめなの? いいじゃん別に。
 
 
 
別に 金銭的なものじゃないのものだってあるよね。 
 
 
 
名誉だったり賞賛だったり尊敬だったり休暇だったり自由だったり平穏だったり無事だったり自己肯定だったり社会平和だったり、、、、、、、なんでもいいじゃない。 
 
 
なんかやるのに 目的ってようするに「何を得たいか?」ってことでしょう?
 
 
「世の中やら他者に何を貢献していきたいのか」なくして 行動おこす人が一番いい人なの?
 
 
 
大丈夫か? 
 
 
 
 
 
こういう 「内面至上主義」みたいなものが 実はもっともヒューマンなものから とおいものだっていうことは 僕はおもうな。 
 
 
 
 
うん。 
 
 
 
こういう話すると ちょっと熱くなってくるんだけど、、、
 
 
 
まぁ 今日はこのへんで。 
 
 
 
では、また!
 
 
 

2014年5月10日 (土)

面倒くさいことをやらない理由をかんがえてみた

 少しまえに 面倒くさいことをやる(やらなくてもいいけど) ってエントリーで話したんだけど ちょっとした 面倒なことをいとわなければ 大きく差がでる(かもしれない)、、、って話したんだけどね。 

 
 
今日は、じゃなんで 面倒なことやらないのか? ってことを ちょっとだけ話してみるね。
 
 
たぶん ちょっとした面倒なことやらないのは、
 
 
 
 
 
1 実はやりかたをしらない
 
2 やりかたは一応しってはいるけど できるレベルか自信ない、あるいはうまくできない
 
3 やりかたは知ってるし できるけど 効果がいままでなかったのでやってない
 
4 やりかたは知ってるし できるけど まったく他の理由で 今はできない状況にある
 
 
 
 
 
1は やりかたをおしえればいい。 
 
 
でも 実は 1番のケースって本当におおいんだよね。
 
「知識」とか「情報」とか そういうのって本当に重要なんだなっていつもおもうよ。 
 
 
ただ 知っているだけで ぜんぜん違うからね。 
 
 
 
 
あと 4 も ときどきある。 
 
 
ものすごくレアケースだけど 全く別の理由で できないケースってのも確かにある。 
 
 
 
そうすると 残りは 2と3のケースになるよね。 
 
 
2 → やりかた知ってるけど あんまり自信がない
 
 
3 → やってみたけど あんまり効果がない
 
 
これは 要するに 両方とも 「うまくできない」ってことだよね。 
 
 
 
つまり 面倒くさいことをやらない理由は 2つで
 
 
「やりかたを知らない」 
 
か 
 
「うまくできない」 
 
 
に集約される。 
 
 
 
 
 
たとえば 「なかなか いうこと聞かない部下」とか「ぜんぜん言っても、勉強しない子」とかは 要するに
 
 
「仕事や勉強のやり方をよくわかってない」 
 
か 
 
「仕事や勉強が 「へたくそ」な状態からぬけだせない」
 
 
という2つに集約されるってことだよね。 
 
 
 
 
だから やることというのは 結局 ひたすら
 
 
「できるようにする」 
 
ってことを くりかえすことになるよね。 
 
 
 
 
 
 
うん。 
 
 
 
 
 
んで、ここで 逆にかんがえてみる。 
 
 
 
なぜ? 僕らは 「できない部下」や「勉強しない子」を 仕事できるようにしたり 勉強したりするようにできないのだろうか?
 
 
 
そう。 
 
 
 
それは、「うまくやってもらう方法をしらない」のか、「うまくやらせることが「へたくそ」だ」ということだよね。 
 
 
 
つまり 「どうやったら やれるのか?」という方法を いろいろと試行錯誤しながらやっていく必要があるってことだよね。 
 
 
 
相手が、どうこう、、、っていうよりも 実は 教える側 コーチする側の方法論ってことになる。
 
 
 
 こういうのは 僕は あくまで 技術的な問題にすることが重要だとおもっている。 
 
 
そうすることで 
 
「どうにかしたら できるような方法があるはずだ」 
 
 
というかんがえになれるからなんだよね。 
 
 
 
これは 前向きだし なにより相手や自分の人格攻撃にならない。 
 
 
できないのは いい方法がみつかってないか まだ練習中ってことになるので 相手も自分も悪くないよ。
 
 
 
こういうのが 行動工学的なコーチングだとおもっているよ。 
 
 
 
 
 
 
うん、じゃ 今日はこのへんで!
 
 
 
では、また! 
 
 

2014年5月 9日 (金)

注目すべき 宇宙飛行士 若田さんのリーダーシップ

Photo

 
 
 木曜日の朝日新聞に、日本人初の国際宇宙ステーション船長の 若田さんの記事がのっていたよ。 
 
 
宇宙飛行士といえば 本人の専門分野はもとより フィジカルやコミュニケーション能力も高いものが 要求されるエリートだよね。 
 
 
その中で、とくに軍人でもない日本人が船長に選ばれるってのは かなり凄いことらしいね。 
 
 
 
 
 
 この新聞記事にもでてるけど 若田さんのリーダーシップスタイルっていうのは 極めて日本的というか「和」を重視するリーダーシップスタイルみたい。
 
 
 
まぁ 実はこの記事は よく読んでみると 若田さん本人の言葉とか行動にはあんまり触れてなくて、解説している人がいろいろ若田さんに対してコメントをしているんだけどね。
 
(※ ちなみに 若田さんの言葉は 記者会見で話した言葉で 「起床後と就寝前にISSを見回りしている」って言葉だけしか この記事にはのっていません!)
 
 
 
 
 
 
 
 ただ 若田さんは 実際「和」を重視するリーダーシップスタイルらしい。 
 
 
やっぱり 多国籍なメンバーを率いるには 「日本的」「和」のような スタイルがいいんだろうか?
 
 
 
 
 
 こちらにも 若田さんの人柄というか、リーダーシップスタイルが見えてくるけど 期せずしてこちらも 「和」という キーワードがかかれているよ。
 
 
 
 
 
 すこし うがった見方をすると そもそも宇宙飛行士っていうのは 軍人にしろ技術者にしろ エリートぞろいだから 「まとめる」とか「各人の能力を引き出す」というようなことに専念できるっていう環境だから 「和」のリーダーシップが有効なのかもしれないね。 
 
 
 
なかなか現実は 「和」だけで うまくいかないのは リーダーがメンバーの能力開発やら育成なんかについても 責任もたないといけないので いろんなリーダーシップスタイルをつかう必要があるってとこだとおもう。 
 
 
 
ビジネスやスポーツでも 「育てながら勝つ」っていうのが成り立つのは 若手なんかに 失敗するチャンスをあたえるけど トータルでOKにするってやり方が なんとか成立するからだよね。 
 
 
 
そうなると リーダーとしては ときに強いリーダーシップスタイルを発揮する必要もあるよね。 
 
 
 
 
 
 でも 若田さんのような「和」のリーダーシップスタイルも できないとだめだよ。 
 
 
まぁ これは 僕も研修なんかで話ししてるんだけど 「厳しい、強い」リーダーシップも必要だし 「温かい、和」のリーダーシップも両方できないとダメだよ。 
 
 
相手の仕事のレベルに応じてかえないといけないので、 
 
 
「どっちのリーダーシップスタイルがいいのか?」 
 
 
って話しはナンセンスだよ。 どっちもできないとダメ。断言する。
 
 
 
 
 
 
 ともあれ 若田さんは 14日に帰還予定なので 無事にかえってきて どうだったか コメントや話しを聞いてみたいね。 
 
 
 
では、また! 
 
 

 
 

2014年5月 8日 (木)

面倒くさいことをやる(やらなくてもいいけど)

 ゴールデンウイークが早くも幻のような気がしていくるほど 現実にまきこまれる毎日です。

 
 
 
 
みなさん いかがお過ごしですか? 
 
 
 
 さて 今日もとくに なんということもなく 他愛もない話にしますね。 
 
 
よくいわれる 「質問技法」みたいなものに 「なぜを5回くりかえすと本当の原因がわかるので そのように考える」みたいな 思考法ってまことしやかにいわれてるよね。 
 
 
 
 
 
こういうのって 本当にやってる会社あるんですかね? 
 
 
 
 
 
 
トヨタがやっているので、その関連会社とかも やらないといけないみたいなことで やっている、、、、、、って話だけど 僕はトヨタの社員も、その関連会社の人にも 直接きいたわけではないので 本当のところはわからないな。  
 
 
ただ 何か問題がおきたときに 単純に「なぜを5回くりかえせ」というのは 一生懸命思考せい! ということだとおもうけど かえって思考停止をまねいているとおもうよ。
 
 
 
 
 こういう まぁ どこぞの大企業やら、えらい先生やらが いっているやり方とか言葉とかを 単純に金科玉条のごとくあがめるのは どうなんだろうね。 
 
 
 
 
 
たぶん いろいろ面倒くさいんだとおもうな。
 
 
 
なんか いろいろ問題がおこって 「あーどうしたらいいですか?」ってきかれたら 上司やら先輩やら 経営者でも  
 
 
 
「うーん 正直 自分もわからんな」
 
 
 
みたいな状態になるので 自分でかんがえるのが面倒くさくなって
 
 
 
「お前 なぜを5回くりかえしたのか?」 
 
 
 
っていってれば とりあえず面目たつじゃないですか。 
 
 
 
 
 
だから こういうのが 「はびこって」いるんだとおもうな。 
 
 
僕は 実は「ロジカルシンキング」の講師なんかも よくやってるんだけど 実際にとりいれている人や職場って本当にすくないよ。 
 
 
 
ちょっとだけ 面倒くさくってやらないんだろうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ただ こういうちょっと面倒くさいことって やらない人がほとんどなので やれば すごくアドバンテージになるよ。 
 
 
 
 
この「ちょっと面倒くさいこと」って やれば圧倒的に優位になるし 逆に顧客目線でみれば これを解決すると たぶん凄い商品だったり、サービスだったりになるよね。 
 
 
 
 
だから もし ライバルとかより抜きんでたい!って野心ある人は、この
 
 
 
 
「ちょっと面倒くさくて ほとんどの人がやってないこと」
 
 
 
 
 
をやることがKEYになるとおもうな。 
 
 
 
 もちろん それだけで「抜きんでる」ことはないとおもうけど KEYにはなるとおもうので やってみる価値はあるとおもうな。 
 
 
「コーチング」とかも ちょっと面倒くさいので ぜひやってみてください。 
 
 
ま、やらなくてもいいですけど(笑) 
 
 
 
では、また! 
 
 
 
 
 
 

2014年5月 7日 (水)

観光地「沖縄」に必要なものって?

 さて 今日もコーチングとかとあんまり関係ないネタ系で。
 
 
 
 
 
昨年度、沖縄を訪れる外国人観光客数は大きく伸び、2013年4月~14年3月は62万7200人で前年度比64%増となった。国・地域別シェアでは台湾(40.5%)からの来客数がトップで、次いで韓国(15.7%)、香港(14.7%)、中国(11.0%)の順となった
 
 
(中略)
 
現在、沖縄を訪れる観光客全体でみれば、国内客と外国客の比率は9:1とまだ大きな開きがあるが、年々、外国客のシェアは上昇している。グローバル化がもたらすさまざまな難題を本土に先駆けて経験してきた、「インバウンド先進県」ならではの沖縄の観光戦略、外客誘致から他の都道府県が学べることは多い
 
 
 
 
 
 沖縄の観光が好調だね。 
 
 
この日経ビジネスの記事では データだったり現状だったりはよくわかったけど 「何をやったのか?」 「今後どうしたらいいのか?」って話は あんまりなかったなぁ。 
 
 
ただ はっきりしているのは 沖縄観光が伸びているのは 航空機や船の発着便をふやして (そのために 石垣空港とかを新しくした) ホテルをふやしたので 観光客が増えたっていう わりと わかりやすい理由なんだけどね。 
 
 
蛇口をひらいて そのパイプを太くしたので 水がたくさん流れるようになったっていうことだね。やっぱり そういう大規模な施策は効果あるなぁ。  
 
 
もちろん そういうインフラだけでなくて 観光地としての魅力も大事ですけどね。
 
 
 
 
 
 たぶんある程度どの観光地でもそうなんだろうけど 
 
 
「観光客が期待している観光地像」
 
 
ってのがあって それに どういうふうに答えていくのか?っていうのが 重要なんだろうね。
 
 
 
 
 
 沖縄には やっぱり南国リゾートってイメージもってる人がおおいんだろうけど ハイビスカスとか国道沿いのヤシの木とかは、もともと沖縄にはなかったもので 観光客のイメージに沖縄が「寄せて」きたものだよね。 
 
 
同じように 地元の素朴さとか、沖縄料理、とかそういうものも いわゆる「観光化」しているものだといってもいいかもしれない。 
 
 
 
 
 
 
 僕は 福岡出身だけど 「福岡といえばラーメン」みたいに思われるんだけど 僕が食べるラーメンっていうのは 昔からたべている店のもので メチャクチャうまいってものでもない(って いつも行っているお店の人スミマセン!) 
 
 
ってか 実はうどんを食べているほうがおおくて 最近は「やわい福岡のうどん」って感じで とりあげられるようになったけど 中高校生のころとか 部活試合あととかは だいたい安いうどん食べることが多かった。
 
 
だから 実態と観光客がおもうイメージとはちょっと離れてるんだけどね。  
 
 
 
 けっこう そのあたりの 「観光客が期待している観光地像」にどの程度「寄せて」いくのか?っていうのが ポイントなんだろうね。 
 
 
首里城なんて 地元の人はあんまりいかないし、いく人もあんまりいない(と、おもう) 
 
 
けど ちゅら海水族館は、地元の人にも大人気だよね。 
 
 
 
万座毛や辺戸岬なんかに、観光ででかける沖縄の人はあんまりいないけど 古宇利島は地元の人もよくでかけるスポットになっている。 
 
 
 
デューティーフリーは 地元の人はぜんぜんいかないけど 今度できる メチャクチャでかい北中城のイオンモールは地元の人であふれるだろうね。 
 
 
 
 
 
 そうかんがえると 「観光客しかいかないスポット、店」ってのは やっぱりこれからこころもとなくて 「地元の人にも大人気の店、スポット」っていうのを どれだけつくっていくことができるかなんだろうね。 
 
 
 
だとすると 「観光地として、どう体力をつけるか?」というのは 実は「地元の人をいかにひきつけられるか?」という問いにかわるのかもしれないね。 
 
 
 
うん。 
 
 
 
まぁ 勝手なこといってますけど たぶん今年も来年も間違いなく、沖縄の観光客は伸びるはずなので ぜひよい「おもてなし」をしたいですね。 
 
 
 
 
 
では、また!
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年5月 6日 (火)

JTB問題は、どこでもおこるのか?

 GWも終わりますね。 沖縄の一部の日をのぞいて だいたい好天だったので よかったんじゃないでしょうかね。 

 
 
さて 気になったニュースがあったので ちょっと話してみますね。 
 
 
 

高校にうその手紙 JTB中部の元社員逮捕

 

「JTB中部」の元社員が、岐阜県の高校から依頼を受けたバスを手配しなかったミスを隠すため、生徒を装って自殺をほのめかすうその手紙を届けて高校の業務を妨害したなどとして警察に逮捕されました。 
 
(NHKNEWSWEBより  http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140505/t10014234481000.html )  
 
 
 
例のニュースですね。  
 
 
 
 
逮捕されて 実名までさらされているのは ちょっと気の毒な気もするね。
 
 
 
要するに 「仕事で大きな失敗して、怖くなったのでばれないように嘘ついた」 ってことだよね。 
 
 
 
 
 
これって たとえば僕も経験あるよ。
 
 
 
どういうことかわすれたけど 「おまえそれ 嘘だろう」って聞かれて 「はい、実はそうです、すみません」っていったことは覚えてますよ。 そういう記憶がある。
 
 
 
同じように 僕も かつての自分の部下に 「おまえ嘘だろう」っていって 「、、、すみません」みたいなことってあったし。 
 
 
 
 
自分が 上司になってわかったんだけど 「部下が嘘をつくのは 上司である自分に問題がある」っていうのに気づくんだよね。 
 
 
これは 結構上司としては こたえる。 つらい。
 
 
 
 
つまり 部下は 「よい仕事をする」ことよりも「上司に怒られない」ことを優先してしまうほど 自分という存在を恐れている。 
 
だから 本当の自分の気持ちとか相談とかを 話せる相手として 自分を信用していないんだなって 思えるんだよね。 
 
 
もっとも なにもかも すべてさらけだして話せる相手なんて そんなにいるわけがないし ましてや 会社の上司にそういう人がいるなんていうのは すくないはずだよね。 
 
 
だけど 嘘つかれるのは、上司としては とても残念だよ。
 
 
 
 
 
 
 
 同じように この社員と上司との関係ってどうだったんだろう? っておもってしまうんだよね。 
 
 
 
なぜ? こんな絶体絶命のときに 相談できるような相手がいなかったのか?
 
 
 
組織として動いている日本の会社としては これが個人の問題とはとても思えないよね。
 
 
 
 過去のエントリーでも話したように 会社のなかで 上司→部下 の関係性だけで コミュニケーションを完結させるのは無理があるとおもう。
 
※ 参考エントリー 
 
 
 
 
だから いろんな相談できる相手が社内にいないとまずいよね。 
 
 
 
 
JTBって 今でも就職人気企業だし、優秀な社員とかもおおい会社だとおもうので ぜひ 組織として こういうことがおこらないような 体質をつくってほしいよね。 
 
 
 
悪いことを この社員だけに押し付けないようにしてほしいよね。 
 
 
では、また! 
 
 
 

 
 

2014年5月 5日 (月)

いい会社ってなんだろうね

 さて、さて、ここんとこずーぅっと「行動工学」について、話していますね。 

 
 
そろそろ 僕自身も飽きてきました(笑)
 
 
まぁ 行動工学についてとかは これからもいろいろ話していきますので 今日は久しぶりに別の話をしますね。 
 
 
 
 
 
 
と、いうことで 今日は たんなる雑談モードでいきますね。 
 
 
なんだか 最近むつかしい話が続いているので 今日は雑談モードで話ししてみます。 
 
 
 
 
 
 
 先日 ある方と つれづれいろんな話をしていたんだけど そのなかで
 
 
「いい会社、企業とは何か?」 
 
 
って話になったんだよね。 
 
 
 
 
で、そのときは まぁ 「いい会社って、こういう会社じゃないかな」って話をいろいろしたり 僕が知っているクソ企業の話(笑)とか いろいろ裏話をしてましたよ。   
 
 
 
 
で 話し終わって いい会社って何かなとか 1人でかんがえてて よくわからないので なんとなく 僕の知っている会社の人たちのことを考えていたんだよね。 
 
 
 
 
 
自分の会社のことを 「ウチの会社はいい会社ですよ~」って単純にいえる人は 正直なかなかいないとおもう。  
 
 
 
でも 「他とくらべれば いいかな」っていう人はけっこうおおい。 
 
 
 
その、比べているところってどこなんだろう? って かんがえてたんだけどね。 
 
 
 
 
 たぶん 自分がやっていることに 自分でドライブしている「手ごたえ」があるか、ないか? ってところが 大きいんだとおもうな。 
 
 
 
よくいわれるセリフに 「俺ってサラリーマン向いてないんだよね」ってセリフあるじゃない。 
 
 
あれって たぶん 人のいうことを聞くことが苦手だってことなんだとおもう。 
 
 
 
つまり サラリーマンとは いかに人のいうことを聞くか? という仕事ともいえるね。 
 
 
 
だから 自分自身の手ごたえとして 「自分の仕事は自分でクリエイトしている」って手ごたえがあると 仕事が面白くなるし そういう仕事を任せてくれている会社っていい会社なんだっておもえるんだとおもう。 
 
 
 
仕事を任せるって 言葉でいうより なかなか難しい。 
 
 
 
 
 
 
 
 でも いい会社とか、いい職場ってなに? っていったときに 
 
 
「自分の仕事を自分で決めることができること」 
 
 
っていうのは キーワードだよね。 
 
 
 
もちろん そのためには さまざまな状況を判断できる人にしか 任せられないし そういう人材を輩出していけるしくみも必要だし、そういうことができるだけの体力あるリソースが必要だし、、、、、、ってハードルは高いけどね。  
 
 
 
何が正しいかは わからないけど そんなことを考えてましたよ。 
 
 
 
 
と、いうことで では また! 
 
 
 

 
 
 

2014年5月 4日 (日)

「禅」っぽい考えかた?なのか?

 さて なんとなく行動工学について ずっと話してきましたけど そろそろ少しまとめたいんだけど そこまでいくかな? 

 
 
 
 
 
この「内部」「外部」について ちょっと今日はかんたんに話してみたい。  
 
 
 
 
 筋トレをしてると だんだん筋肉が強化されて 重いバーベルがあがるようになる。 
 
 
これは 一見 自分に身についてる筋肉そのものが鍛えられている、、、ようにみえるよね。 
 
 
でも、実際は 筋肉が鍛えられているとかんがえるより より耐性に適した筋肉がつくられているって考えたほうが正しいとおもう
(※ この辺もおもいっきり「意訳」していますけど 話をわかりやすくするためです)
 
 
だって 人間の細胞そのものは どんどんいれかわっているんだし 何か月前のものなんか全然残ってないわけだからね。 
 
 
 
 身体的にみても こうなんだけど だとすると 人の記憶とかあるいは「内面」とかそういうものって 「人の中に蓄積していく」ものなんだろうか? 
 
 
仮に蓄積していくとしても それはどんどん入れ替わっていくわけだから 毎回0になるはずだよね。 
 
 
 
つまり 「内部に蓄積していくもの」とかはまったくなくて、「反応に適した状態がつくりだされている」ってかんがえたほうがいいよね。 
 
 
 
うん、 ちょっと難しい? 
 
 
 
 
たとえば 営業マンが 最初に汚い恰好で 営業にいって 追い返されたとする。 
 
 
そこで 学習して きれいな恰好でいけば 挨拶してもらったとしよう。 
 
 
これは 営業マン1.0 → 営業マン2.0に バージョンアップしたわけだよね。 
 
 
きれいな恰好でいった営業マンが さらに 笑顔で対応することを学んだとする。 
 
 
 
営業マン2.0 → 営業マン3.0に さらにバージョンアップだね。  
 
 
これを 「新しい経験が加わった」とイメージするんだけど そうじゃないんだよね。 
 
 
これは 「記憶が増えた」のではなくて 「反応が適正化された(強化された)」ということなんだよね。  
 
 
 
 
ふつうは 営業マン3.0は 「営業マン1.0+営業マン2.0」の人が営業マン3.0になるっておもうんだけど そうじゃないんだよね。  
 
 
 
営業マン3.0は まったく新しい人間(バージョン)で 過去の1.0と2.0の機能にあたらしい機能をくわえたものではなくて すべて新しく上書きされたものだとかんがえたほうが わかりやすい。 
 
 
 
だから たしあわせて機能ができているのではなくて その機能ももちあわせた新しいメカニズムの営業マンができあがっているってイメージが正しい。 
 
 
 
 つまり 「内面」が毎日つみあがっていく というイメージではなくて 「内面」がバージョンアップして 毎日まっしろの最新バージョンがインストールされている ってイメージだよ。 
 
 
 
毎日 最新バージョンの真っ白のパソコンをもらっているようなもので そこに毎日その日の経験が入力される。 
 
 
そうすると それをふまえた 新しいパソコンがまた次の日にハードディスクがまったく未使用の状態で提供される、、、というわけ。 
 
 
 
 このたとえは 厳密にいうと いろいろとつっこみどころがあるんだけど イメージとして理解してほしいんだよね。  
 
 
 
「内部」に蓄積されるものではなくて 毎回 最新に生まれかわっている というイメージだよ。  
 
 
 
 こうかんがえると その人の「内部」にアプローチすることが ますます無意味におもえてくるよね。 
 
 
そうすると よりよく生まれかわれるように 
 
 
「よい体験をすること」
 
 
「たくさんの体験をすること」 
 
 
「人の体験をきいて 自分でも同じ状況だと対応できるようにそなえることができるよな機能をもつこと」 
 
 
、、、、、、 なんかが重要になるよね。  
 
 
 
 
だから 「内面」なんかどうでもいい、、、ってことじゃなくて(そういういいかたもできるけど) 「内面は毎日バージョンアップされるもの」なので 明日はもっといいバージョンになるように 今日はよい体験をするようにしよう、、、ってことだね。 
 
 
 
実は これは 「禅」っぽいかんがえかたらしいんだけど 僕は禅のことはよくわかりません。 
 
 
 
 
、、、っと いうことで 今日はこのへんで
 
 
 
では、また!
 
 

2014年5月 3日 (土)

性格悪い太陽でも同じこと

 GWまっただなかですね。いかがお過ごしですか? 

 
ここんとこ 行動工学について いろいろ話してますよね。 
 
 
なかなか難しいんだけど どうでしょうかね? 
 
 
 

「説得や気持ちの変化、内部での納得によって行動がおこったのではなく、外部からの反応によって 行動が変化する」 

 
 
これは 少し前の 「北風と太陽」の2つの意味 ってエントリーで 話した部分なんだけど このあたりが 感覚として とても理解が難しいとおもうな。 
 
 
 
 
ちょっとこのあたりを 今日はすこし話してみる。 
 
 
 
 
 
 
 
 「説得や気持ちの変化、内部での納得によって行動がおこったのではない」 
 
 
っていうのが わかりにくいんだとおもう。 
 
 
だったら いったい 何が原因で行動がおこったのか? 
 
 
 
北風と太陽の話だったら 旅人のコートを脱がせたのは ぽかぽかして 暖かくなった 太陽だよね。 
 
 
これの意味は 北風みたいに 無理やりいうことを聞かせようとすると うまくいかなくて ぽかぽかする暖かい気持ちで接することが重要だよって ことをあらわしているんだとおもう。 
 
 
 
でも ちょっと別の設定でかんがえてみる。 
 
 
 
 
 
太陽が もし ものすごく性格悪くて 嫌なやつで 
 
 
「ほー北風はん、もしわいが勝ったら 払うもんはろうてもらいまっせ うへへへへへ」  
 
 
とかいって(ってか なんで関西弁?) 旅人をあたためたとする。  
 
 
 
それで 旅人がコートを脱いで 太陽が勝って 
 
 
「おーらー わいの勝ちや。さ、北風はん よろしゅうな。これにこりてワイにアホなこというんちゃうで。クソが」
 
 
とか いったとする(だから、なんで関西弁なん) 
 
 
 
 
でも やっぱり 太陽の勝ちは勝ちだよね。 
 
 
 
 
つまり 太陽の「意志」が すこやかなものなのか、あくどく邪なものなのかは 関係なく 暖かければ 旅人はコートをぬぐわけだよ。 
 
 
 
 
また 旅人は その「意志」に賛同したわけでもないし あらがったわけでもない。
 
 
 
ただ 暑かったから コートを脱いだんだよね。 
 
 
 
つまり 旅人の行動は環境によって変化したんだよ。 
 
 
 
 
 
これは とても重要で、、、だとすると その人の行動に変化をもたらすものは その人の内部にアプローチするものではなくて 外部にアプローチするものだよね。  
 
 
 
 
 
こんなふうな話をすると 「じゃ、内部はどうでもいいのか?」とか いわれるんだけど、、、 
 
 
 
その辺のことは また次回話してみるね。  
 
 
 
 
 
では、また! 
 
 
 
 
 

2014年5月 2日 (金)

嫌なことはひとそれぞれ

 さて ゴールデンウイークも中盤ですねぇ。 楽しくお過ごしでしょうか? 

 
 
昨日は アメとムチは間違い って話しをしましたよ。 
 
 
かんたんに どういうことか? というと
 
 
「評価システムや給与体系では 信賞必罰が公平な制度になる」 
 
「しかし おなじような「アメとムチ」では モチベーションはあがらない」 
 
 
まぁ これは ある意味 評価システムだけでは モチベーションアップのしくみをつくるのは難しいってことになるね。 
 
 
これは よく誤解されているところで しっかりとした評価システムをつくれば それでモチベーションアップがはかれるっておもわれたりするけど そうじゃないよ。 
 
 
もし そうだったら 歩合制の会社はすべて大成功するし、会社の上位職の人はみんなモチベーションに溢れてることになるよね。 
 
 
そんなにカンタンなものじゃないよ。 
 
 
 
 
 
で、今日は 「罰や脅迫でコントロールできない」って話しをしたいとおもう。 
 
 
 
 
罰や脅迫っていうのは そのものが 嫌なことだよね? 
 
 
だから たとえば 営業成績があがらなければ 給与ダウンだ! とかになると ダウンになりたくないので 営業ガンバルだろう、、、、、、っておもうよね。 
 
 
 
 
 
でも いわゆる「嫌なこと」っていうのは 人それぞれなんだよね。  
 
 
 
 
 
 
たとえば 不良が 学校の校則をやぶるのは やぶることによって不良としての意義(?)が果たせるからだよね。 
 
 
つまり 校則やぶっても そのデメリットよりも 不良としての本懐が果たせるので やぶっておこられても 気にしないよね。 
 
 
 
つまり 一般的に「嫌なこと」であっても それが必ずしも誰にでも ストッパーになるわけではないってことだよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あと1つは 「罰や脅迫」は それが続いているあいだは 効果があったりするけど なくなれば 元に戻るってことだよ。 
 
 
だから 怖い先生がいるときは 静かにしてても いなくなれば騒ぎ出す生徒のようなものだよ。  
 
 
常に監視しないといけないので 手間がかかるよね(コストがかかる)
 
 
 
 
こうなると とても「モチベーションをあげている」とはいえないよね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちょっとまとめると 
 
 
「罰や脅迫は 人それぞれなので 罰則が有効にはたらくとは限らない」 
 
 
「続いているあいだは 罰や脅迫に従うが なくなれば 即座にもとに戻るので つねに監視しないといけない」  
 
 
 
 
 
 
 
 
罰や脅迫っていうのは 効く人には 即座に効くので すぐにつかわれやすい。 
 
 
でも ずーっと監視や管理しないといけないし 罰則にならない程度のパフォーマンスになることがおおい。 
( 60キロ制限だったら だいたい60キロぐらいでみんな走る ) 
 
 
だから モチベーションをあげるものにはならないってことだよ。 
 
 
 
 
 
「これができなかったら、罰としてこれね」って 飲み会の罰ゲームみたいだけど そういうもので モチベーションは喚起しないよ。  
 
 
では、また次回!
 
 
 

2014年5月 1日 (木)

アメとムチは間違い

 さて 5月に入りましたね。 昨日は 4月の最終日だったので 4月の人気エントリー を紹介しましたよ。 

 
 
今日は その前のつづき から 話していきますね。 
 
 
 
 
前回は
 
 
「仕事がなかなかうまくいかない = 人間的に問題がある というのはおかしい」
 
 
って話しをしたよね。  
 
 
 
でも そもそも 
 

「罰や脅迫で人をコントロールするのは、最終的にうまくいかない。人はなんらかのメリットの期待で行動する」  

 
 

「説得や気持ちの変化、内部での納得によって行動がおこったのではなく、外部からの反応によって 行動が変化する」


 
 
っていう 「北風と太陽」のはなしだったので もとに戻すね。  
 
 
 
 さて  よくある行動化学系の誤解っていうのは いわゆる「アメとムチ」で 非人間的に人をコントロールしようとするものっていう 典型的な誤解があるんだよね。 
 
 
 
まず この「アメとムチ」なんだけど 「仕事がうまくいけば報酬、うまくいかなければペナルティ」という制度って ごくふつうにあるよね。 
 
 
これは 「勤務評価」や「給与体系」として 公平ではあるけど モチベーションを高めるものにはならないよ。 
 
 
ここが 誤解されているところなんだよね。 
 
 
 
だから 「アメとムチ」でコントロールできるっておもうんだけど そうじゃないよ。 
 
 
 
じゃ 何で動かされるのか? というと
 
 
「その行動のすぐあとに期待できるメリット」 
 
 
によって、動いているって大原則がある。 
 
 
 
 
この「メリット」っていういいかたも わりと誤解されやすいんだけど 報酬だったり賞賛だったりってだけじゃなくて 「満足」とか「納得」とかもふくまれる広い範囲だよ。  
 
 
 
だから その人が何によって動かされているか? というと その人の行動のあとにどんなことが起こるのかを見ればわかるってことだよ。 
 
 
 
 
 
「料理を食べる」 → 「すごく美味しかった」 
 
恐らく 「美味しいという快楽が欲しかったんだろう」  
 
 
 
 
「長時間仕事をする」 → 「仕事を終わらせて気分がよい」 
 
恐らく 「終わらせて 完了感をもちたかったのかな」 
 
 
 
 
「毎日運動をつづける」 → 「運動をちゃんとやれて満足」 
 
恐らく 「ちゃんとやれている自分に満足したかったのかな」 
 
 
 
 
必ずしも 誰かから「報酬」や「賞賛」がほしいわけではなくて 自分自身の満足や納得、快感のためでも 自主的にうごくよね。 
 
 
 
 
 
直接的な 報酬や賞賛をコントロールすれば人がうごくわけではないよ。 
 
 
 
だって 報酬を2倍にすれば 2倍働くわけではないし 半分にしたら 成果が半分になるわけではないよね。 
 
 
 
「人は期待するメリットでうごくんですよ」っていうと 「メリットだけじゃない行動もあるはずだ」っていわれたりするんだけど でも 公然と「アメとムチ」で人をコントロールしようとしたりするのは、、、、、、何がヒューマンな制度なんだろうね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日はどちらかというと、「期待するメリットでうごく」ってところに焦点をあてたけど 今度は 「罰や脅迫でコントロールはできない」ってところを 次回話してみるね。
 
 
 
では また!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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