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2014年4月

2014年4月30日 (水)

2014年 4月の人気エントリー

 さて 恒例の人気エントリー紹介ですよ。 

 
 
一応 今月も毎日更新しました、、、かなり怪しい日もあるけど、、、スミマセン!
 
 
 
最近は、おんなじテーマで何日かエントリーをつづけていますね。 
 
 
なんとなく そうなってしまったので またなんとなく変化するかもしれません。 
 
 
さて では 今月の人気エントリーです。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「意欲」について話したエントリーですね。 
 
 
やる気になったから行動がおこる、、、んじゃなくて 行動をするから やる気がおこるっていう話し。
 
 
たぶん、これからも いろんな角度から コレ系の話しをするとおもうけど 「意欲」ってKEYWORDは たくさんの人が関心あるんだね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小保方さんの記者会見で 気になったので。 
 
 
なんだか ずいぶん昔のようにおもえるけど 4月のことだったんだね。 
 
 
「PowerPointがなんのことやら、わからん」とか、そんな話しとかあったよね。
 
 
実際 そっちのほうが 僕は興味深くて、、、いや 頭痛くて。
 
 
 
いまだに 「各支店にFAX流しといて」とか そういう人いるからね。 
 
 
 
「メールがね、、、僕は印刷してもらうんですよ」 
 
って 経営者しってますけど こういうのは 凄いですね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
このエントリーが 第1位でしたよ。 
 
 
なにせ ノートそのものの写真も映像もなにもないので 単に解説しただけなんだけどね(笑)
 
 
 
「書く」っていうことで 仕事が停滞している人が 次々に浮上してくるっていうのを 僕も何度もみてるので 納得のノートだね。
 
 
 
 
ぜひ もっと活躍してほしいね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
4月はこんな感じでしたよ。 
 
 
 
今月も、イマイチ本業のエントリーではなくて 関連エントリーが1位ですね。 
 
 
本業のほうも 頑張ります(笑) 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月29日 (火)

たぶん、余計なお世話

 さて、今日も昨日のつづきを 話していきますね。  

 
 
 
 
昨日のイソップの「北風と太陽」の2つの意味なんだけど
 
 
「罰や脅迫で人をコントロールするのは、最終的にうまくいかない。人はなんらかのメリットの期待で行動する」 
 
 
 
という意味と 
 
 
 
 
「説得や気持ちの変化、内部での納得によって行動がおこったのではなく、外部からの反応によって 行動が変化する」 
 
 
 
という2つの意味で 行動工学的だって話したよね。  
 
 
 
 
今日は その続きで まず最初の1番目について 今日で話せるところまで話してみるね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まず その前に ビジネスの場で人材育成をするためについて必要なことについて話してみたい。 
 
 
 
社員のモチベーションアップとか、できない社員をできる社員にする、とか「人間」をあつかうっていう気持ちがすごくあるとおもうんだよね。 
 
 
 
だから、「そもそも人間は、、、」とか「人というのは、、、」って 大げさな話しになるよね。  
 
 
 
 
でもね。 
 
 
 
 
 
 
そもそも 「うまくいかない仕事をうまくいかせるようにする」っていうのは 人間変革みたいなことが必要なんだろうか? 
 
 
 
 
うまくいかせればいいのではないか? 
 
 
 
 
いや、倫理的に問題があったり、法律をやぶったりするのはイカンよ。 
 
 
 
 
 
でも 仕事がなかなかうまくいかない = 人間的に問題がある っていうのは どうかんがえてもおかしい。  
 
 
 
 
 
これね、ここだけ話すと 「たしかにそんなバカな話しはない」っておもうけど 実態はこうなってるんだよね。 
 
 
 
 
仕事がうまくいかない = 人間的に問題がある 
 
 
 
 
「仕事をうまくいかせようとする意識がない」 
 
「積極的な姿勢がみられない」 
 
「仕事にむきあう心が、なってない」 
 
、、、、、、 
 
 
 
だから その人を改革するような研修をうけさせたり 「心を見つめる」ありがたい話しをきかされたり なんやかんや、、、 
 
 
 
 
おかしいよね。  
 
 
 
 
もし 「仕事をうまくいかせようとする意識がない」のであれば 「仕事がうまくいったときのおもしろさ」とか「うまくいったときの快感」とかを、本当の意味で体感させないといけないよね。  
 
 
 
 
すこしずつ「うまくいかせようとする意識」を育てないといけないよね。  
 
 
 
そのためには まず なによりもうまくいかせないといけない。  
 
 
 
 
 
 
 
そうなると 話しはここにもどってくるんだよね。 
 
 
 
つまり 一見 仕事がうまくいかないのは その人の内面に問題があるようにみえる。  
 
 
 
でも それはその人の過去のよくない体験
 
 
「仕事がうまくいかない」 
 
「仕事が面白くない」 
 
「仕事をうまくいかせても、あまりいいことがない」 
 
 
、、、のようなものによって その人の「内面」がつくられている。 
 
 
 
だから それを払拭していくには 仕事をうまくいかせる という体験をたくさんつむことによって 変化させていく必要があるよね。 
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
ここには その人の内面に問題があったとしても 直接その人の人間改革とかは一切必要ないよね。  
 
 
 
仕事がうまくいくことが 続いたりすることで 結果的に 頑張る気持ちがでてきたり 一生懸命やろうという意識がでてくる。 
 
 
 
だから それをやらないで 直接「人間」にたいして 人間改革だったりマインド研修だったりってのは 意味がない。 
 
 
僕は そんなのは 余計なお世話だとおもっているよ。 
 
 
人間改革だったり、マインドが育まれるのは うまくいったあとだよ。 
 
 
 
 
 
 
 
、、、とか いってると 長くなってきた。 
 
 
 
と、いうか 最初の説明にまだ、いきついてないぞ(笑)  
 
 
 
しかたない、、、 この続きは、また次回。 
 
 
では、また!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月28日 (月)

「北風と太陽」の2つの意味

 今日も、昨日にひきつづいて、「行動工学」について 話ししてみるね。 

 
 
「行動工学」とは何か? というと
 
 
「研究ではなくて 行動学(行動分析学や行動科学など)をつかって、現実に技術としてつかえるようにするもの」 
 
 
っていえるとおもう。 
 
 
だから 僕がやっているコーチングは
 
「行動工学をつかった コーチング」
 
っていってる。 
 
 
 
 
今日は もう少し「行動工学ってどういうものか?」ってのを説明してみるね。
 
 
 
まず 前提として かんがえるのが  
 
「人の行動のほとんどは、外的要因によって変化する」
 
 
という思想といってもいいものだよ。 
 
 
 
 
イソップ物語で 「北風と太陽」ってあるよね?  
 
 
 
 
「北風がふいたので 旅人はコートをキツく着ていた。太陽が 照らしたので ポカポカして旅人はコートを脱いだ」 
 
 
 
 
これからとれる意味は
 
 
「厳しく罰するような、北風的行動だと 相手はかたくなになる。 むしろ愛情ややさしい気持ちで接すると 結果的に相手は自分のおもうことを聞いてくれる」 
 
 
というような意味だとおもう。  
 
 
 
 
 
これは 2つの意味で 「行動工学」的なんだよね。  
 
 
 
まず1つ。 
 
 
「罰や脅迫で人をコントロールするのは、最終的にうまくいかない。人はなんらかのメリットによる期待で行動する」 
 
 
ってものだよ。 
 
 
 
 
 
それからもうひとつ。 
 
 
「説得や気持ちの変化、内部での納得によって行動がおこったのではなく、外部からの反応によって 行動が変化する」 
 
 
っていうこと。 
 
 
 
 
 
この2つが 行動工学的なんだよね。  
 
 
 
 
1番目は なんとなく感覚的あるいは慣習的にわかるけど、2番目のは え?そうなのかな? ってよくおもわれるんだよね。 
 
 
 
 
 
ややこしいのは 1番目が感覚的にわかるおかげで 2番目がよくわからない原因になってるんだよね。  
 
 
 
 
そのややこしさって いつも研修とかセミナーなんかで なかなか理解してもらえないんだけど ここしばらくのエントリーは できるだけわかりやすく説明することにチャレンジしてみるね。 
 
 
 
次回は 1番目、2番目と説明してみます。 
 
 
 
では、また!
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月27日 (日)

「行動工学」宣言

 さて ちょっとだけ 昨日の 続きを話すね。 

 
 
僕がコミットしているコーチングは
 
 
「行動科学的アプローチをする コーチング」 
 
で、 その主張のおおざっぱなものは
 
 
「行動の原因を 人の内部に求めるのではなく 外部環境に求める」 
 
 
って いうものだよ。 
 
 
ここまでは 昨日話した内容なんだけどね。  
 
 
 
 
 
 
今日話すのは ちょっと なんだけど 「行動工学」について はなしてみたい。 
 
 
 
「行動工学」っていうのは あまり耳慣れない言葉だとおもうけど どういうものか説明してみるね。 
 
 
「行動分析学」や「行動科学」という言い方は いわばアカデミックで 「研究」という色合いがつよい言い方だとおもう。  
 
 
 
 
そこからいうと 「行動工学」というのは  
 
「行動分析や行動科学をもちいて、実社会で実践できるようにしたもの」  
 
みたいな 言い方ができるとおもう。 
 
 
 
 
 
要するに 「理学部」と「工学部」のちがいみたいなもので   
 
「研究ではなくて 行動学の理論をつかって 現実に技術としてつかえるようにするもの」 
 
というニュアンスだよ。  
 
 
 
 
 
これは あまり耳慣れないんだけど 僕のオリジナルではなくて もともとは僕の師匠がつかっていた言葉だよ。  
 
 
 
 

 

教育・発想の転換

 
 
 
 
僕の師匠の玉城政光先生は、文字通り「教育」の先生だよ。 
 
 
この本はとても古い本なんだけど 「行動工学宣言」ともいうべき内容がかかれてあって 何度も読みかえしているよ。  
 
 
 
先生は 教育工学ってことばもつかってらっしゃるけど 基本的には「行動工学」ということばをつかってるんだよね。 
 
 
 
この 「行動工学」っていう いささか古めかしい言葉が 僕はちょっと気に入ってるんだよね (あんまり 誰もつかってないしね) 
 
 
 
だから 今後 僕は  
 
「行動工学をつかった コーチング」 
 
 
 
って いいながら 「行動工学」とは何か? どのように活かしていったらいいのか? などを 話していこうとおもう。  
 
 
 
 
 
、、、 今日も なかなか時間がないな。  
 
 
 
 
 
すこしずつだけど また 次回話しますね。 
 
 
 
では、また!
 
 

2014年4月26日 (土)

「心理学」が嫌いな理由

 世の中に 「行動分析学」とか「行動科学」って言葉があるんだよね。 

 
 
これは ものすごく大ざっぱにいうと  
 
 
「人の行動の原因は 人の内部に求めるのではなくて 外部環境に求める」 
 
 
というもので 僕自身が コミットしているものなんだよね。 
 
 
 
 
 
人の行動の原因を内部に求めるものを 「心理学」 というなら 逆に 外部に求めるものを 「行動科学」っていってもいい。  
 
 
 
ややこしいんだけど 「行動科学」も場合によっては 「心理学」のひとつのジャンルみたいにあつかわれているケースもあったりするので その位置関係がわかりにくい。  
 
 
 
 
 
いわゆるフロイトがいいだした(といわれている)人の「心」が行動の原因だとする考えと 「行動科学」は正反対といってもいい。  
 
 
 
つまり 「心理学」と「行動科学」とは 正反対の主張をしているものなんだよね。
(※ わかりやすくするために 「フロイト」的心理学をすべて 「心理学」といってます)  
 
 
 
 
 
 
 
 
 コーチングっていうのは、最終的にクライアントの行動の変化を助けるものだとすると
 
 
「心理学的アプローチをする コーチング」 
 
 
と 
 
 
「行動科学的アプローチをする コーチング」
 
 
と 大きくわけられるはず。  
 
 
 
 
でも、コーチングとかを勉強してる人は、もともと学者じゃないので この2つの区別がわからないまま 両方を 混ぜこぜで本読んだり 話したりするので  たぶん本人たちもよくわかっていなんだとおもう。 
 
 
 
 
 いつも話しているけど 僕は 「行動科学的アプローチをする コーチング」をやっている人だよ。 
 
 
 
だから 「心理学」には 全く興味がない。 
 
 
 
つまり 僕のコーチングでは その人の内部で何がおこっているのか?は (あまり)関係がない。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 たとえば ある営業マンの成績があがらない とする。 
 
 
 
 
「心理学」では この人は 「営業成績をあげきれないダメな人」になる。 
 
 
だから この人を「ダメな人」から 「いい人」にしないといけない。  
 
 
 
 
 
 
「行動科学」では これは 「この人の営業方法では成績があがらない、ダメな方法をとっている」になる。 
 
 
だから この「ダメな方法」を「いい方法」にしないといけない。  
 
 
 
 
 
 
ここでは 「心理学」が その人の「内面」を改善することによって 「いい人」となることで 問題を解決しようとしていることになる。 
 
 
 
一見 そっちのほうが 正しくて、より「ヒューマン」な方法にみえるけど でも これは「人格攻撃」や「人格否定」ではないか? 
 
 
 
「行動科学」では その人が「いい人か悪い人か」は 問題にしていない。 
 
 
着目しているのは 「方法」なんだよね。 
 
 
果たして どちらが より人間性を尊重しているだろうか? 
 
 
 
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
 
ひとそれぞれかもしれないけど、少なくとも 僕は 
 
 
「お前でも 営業できるように 営業マンとはなんたるか?を教えてやる」 
 
 
っていわれるより、 
 
 
「お前でも 営業できるように うまくいく営業の方法を教えてやる」 
 
 
っていわれたほうがいい。 
 
 
 
 
僕は 「営業マンとはなんたるか?」とか言われることは とても嫌だよ。 
 
 
よい人間しか できない営業方法なんて たいして良い方法じゃないよね。 
 
僕みたいな ダメな人間でも うまくいく営業方法を教えてくれる人から 教わりたい。 
 
 
、、、、、、って おもうよね。 
 
 
 
 
 
ちょっと その辺を また次回お話しますね。  
 
 
 
 
では、また!
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月25日 (金)

今日も、ちょっと更新の危機!

また、明日 話しますね。スミマセン!

2014年4月24日 (木)

優しい日本人の1人

 もともと「ポエム化」について いろいろ話してたら 横道にそれつつあるね。 

 
 
昨日のエントリー で 「知識と情報のちがい」っていう話しをしたけど たぶん ここだけでは あんまりピンとこない人もいるとおもうな。 
 
 
実際、僕はこれを理解するまでに 2年くらいかかった。 
 
 
なので、、、この話しは 今日はあんまりやらない(笑) 
 
 
 
 
でも ちょっとだけ 解説してみる。 
 
 
 
 
 
 
 
 
かなーり昔の映画なんだけど 「12人の優しい日本人」っていう 三谷幸喜脚本、中原俊監督の おもしろーい映画ですよ。 
 
 
12人の陪審員が 殺人事件をさばくという 密室のなかだけで すすむ劇ですよ。 
 
 
 
ここで 自分の意見を順番につたえるっていう場面があるんだよね。 
 
 
そこで 1人の女性が 話をします。 
 
 
「4/21の夜 被告は子どもと2人で家にいました。この日は日曜日なのでクラブの仕事はやすみでした。別れた夫から電話があったのが6時。 どうしてもあいたいので来てくれという内容でした、、、、、、」
 
 
なんて 状況説明が延々とつづく。 
 
 
そして 状況を説明したあとに
 
 
「、、、ということです。 私の意見は以上です」  
 
 
って 説明しただけで 意見をいわずに終わってしまうんだよね。 
 
 
で、「え? なにそれ?」みたいなことをいわれたりするんだけど ここでは 
 
「こういう 日本人っているよね」 
 
みたいな ニュアンスで描かれている。 
 
 
映画的にいうと この状況説明で 映画を見ている人に ごく自然に何の裁判なのかをわからせる機能があるんだけど あくまで 「こういう人あるある」みたいな感じなんだよね。 
 
 
 
 
ここまで 極端に 「情報」だけをならべて 「自分の意見です」なんて いうケースはないとおもう。 
 
 
 
でも あとででてくるんだけど 「同じ情報を 別の言葉でいいかえている」だけで それが 「意見」や「知識」だと 勘違いしているケースってあるんだよね。 
 
 
 
、、、、、、 って ところで もう時間がなくなってきた、、、、、、
 
 
また 続きは次回、、、もうちょっと ちゃんと時間つかって話します(スミマセン!)
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月23日 (水)

知識と情報の違い(ポエム化ヤバい)

 今日は あんまり時間がないので 短めに、、、

 
 
ここんとこ 「ポエム化」について話をしてきたんだけど、そのなかで
 
「あいまいな表現によって 言葉の獲得、ボキャブラリーを増やすことを 阻害することになる」
 
 
ってはなしたよね。 
 
 
そして 
 
 
「言葉そのものを獲得することは 仕事ができるようになるプロセスそのもの」 
 
 
とも 話をした。 
 
 
 
僕は 「言葉」ってはなしたけど 正確に言うと 「知識を記述したもの」っていうのが 獲得すべき言葉であり、仕事ができるプロセスそのものなんだよね。 
 
 
 
 
 たとえば 「黄色いバナナをたべた」ということがある。 
 
 
これは 黄色いバナナを → 食べた というだけの 単なる「情報」なんだよね。 
 
 
「黄色いバナナをたべたら美味しかった」 というのは
 
黄色いバナナを → 食べたら → 美味しかった というひとつの「知識」だよ。 
 
 
 
これは 最初の 「黄色いもの」 「バナナという果物」 「食べるという行為」っていうのも ばらばらの情報だよね。 
 
 
 
そして 「黄色いもの」+「バナナという果物」+「食べた」 と組み合わせても これは情報でありつづけている。 
 
 
なぜか? 
 
 
それは 「だから どうなったのか?」ということが わからないために どれだけ集めても 「どうなったのか?」ということがわからないからだよ。  
 
 
 
 
つまり 「何が→ どうした」 というものや 「何が」「どうした」というものが これはどこまでいっても情報でしかない。 
 
 
知識とは 「何が→どうなって→どうなる」という関係性が記述されているものだよ。
 
 
 
知識は それ自体をくみあわせて 情報のようにつかって 新しい知識をうむことができる。 
 
情報はどこまでいっても 「だから どうなるのか?」というものは永遠にわからない。 
 
 
 
 
「黄色いバナナを食べた」(情報)
 
「青いバナナを食べた」 (情報)
 
「100円のバナナを食べた」 (情報)
 
「300円のバナナを食べた」 (情報)
 
 
情報を4つ集めました。(情報)+(情報)+(情報)+(情報)
 
 
さて、バナナはおいしいですか? 美味しくないですか?
 
 
それは この4つの情報からは わからないよね。 
 
 
 
 
「黄色いバナナを食べたら 美味しかった」 (知識)
 
「青いバナナを食べたら 美味しくなかった」 (知識)
 
「100円のバナナを食べたら 美味しくなかった」 (知識)
 
「300円のバナナを食べたら 美味しかった」 (知識)
 
 
さて バナナはおいしいですか? 美味しくないですか?  
 
 
(知識)+(知識)+(知識)+(知識)
 
それは 「300円の黄色いバナナはおいしいということがわかった」 ということがわかる 
 
 
 
ちなみに 「考え」というのは さまざま知識から このように想像できる っていうものだよ。 
 
 
 
僕が話している 「言葉」っていうのは この「知識を記述したもの」なんだよね。 
 
 
これを獲得することそのものが仕事のプロセスだよっていってる。 
 
 
 
 ポエム化によって
 
「黄色いバナナは ヤバかった」 
 
「青いバナナは ヤバかった」 
 
「100円のバナナは ヤバかった」 
 
「300円のバナナは マジ ヤバかった」 
 
 
以上のことにより 
 
「バナナ ヤバい」 
 
 
これでは 何のことやら さっぱりわからない。 
 
 
 
 
だから 「知識を記述したもの」としての 言葉が大切なんだよねって 話してるんだよ。 
 
 
で、、、
 
 
あー もう時間なくなったので また次回! 
 
 
 
では、また!
   

2014年4月22日 (火)

ポエムそのものが「悪」になるとき

 

昨日の 続きから ちょっと話ししてみるね。 

 
 
 
 
どんな話になってたのか? というと 
 
 
 
「ポエム化」による 何をいっているのか あいまいな言葉は いっけん同じ気持の人があつまっているようにみえる。 
 
 
でも、実際は 表現があいまいなために 違う気持ちの人があつまっている可能性が高い。 
 
 
だから たくさんの人が集まる(動員される) 
 
 
、、、、、、 
 
 
って話だったとおもう。  
 
 
 
 
 
 今日は それが ビジネス上でどんなコミュニケーションの問題をおこすのか? ということを ちょっとだけ話してみたい。 
 
 
 
もちろん ポエムによって 隠されるものがある っていう問題もおおきいとおもう。 
 
 
何か都合の悪いもの(低賃金や過酷な労働、あるいは経営者や上司の理解不十分など)を覆い隠そうとして あいまいな「ポエム」の言葉に逃げるという問題はとてもおおきい。 
 
 
 
おかげで 本当なら 現実的に解決できる問題だったりするのを
 
 
人間力が足りないから、こういう問題がおこった」 
 
 
心の経営が徹底されていないから うまくいっていない」  
 
 
なんて いわれて あいまいなポエムの言葉で問題を見えなくされて 現実的な解決をしなくなる。 
 
 
 
 
 
 もう一つ問題だと、僕がおもうのは、 「絆」とか「こころの経営」とかの あいまいな言葉を 日常からおたがいにつかうことによって 現場での仕事のボキャブラリーの獲得が貧困になるっていう問題。  
 
 
 
 
 
「言葉」の獲得 ボキャブラリーを増やすっていうことは 仕事そのもののクオリティを左右するものになる。 
 
 
 
※ 詳しくは こっちの2つのエントリーで
 
 
 
 
 
 
 
 
つまり 「仕事ができる」っていうのは 細かい違いを 身体で理解しており かつ言葉で表現できるので 「自分だけじゃなくて 他の人にも違いをもたらす違いを説明できる」っていう状態が いわゆる「仕事ができる」っていうことだよね。 
 
 
身体として理解しているだけということは それはアートの世界であって 自分自身でも再現性がうすい。 
 
 
つまり、なんらかの不調があったときに 自分でも「あれ? どうするんだったけ?」ってわからなくなるので 不調がながくつづきやすい = 仕事がうまくいかない期間がながいってことだよ。 
 
 
 
 だから すくなくとも ある種の「キャッチフレーズ」として(まさに キャッチするもの)としての 「ポエム」はあっても 現場では
 
 
「では 具体的に こころの経営ができている という状態はどのような状態をいうのか?」 
 
「何ができるようになるということが 人間力のポイントがあがったということになるのか 第3者がみても わかるような形で評価基準をきめる」 
 
っていうことが セットになって必要になる。 
 
 
 
 
 この ポエムを唱えればよい ということではなくて 「では具体的には?」という 両方が すくなくとも セットにならないと 表現があいまいなので どのようにでも解釈できるので 上司がふりまわしたり 部下が理解できなかったりする。 
 
 
 
 
これは 「ポエム化」することで このような危険があるっていうことを わかって 「セットでつかう」のであれば いいんだろうね。 
 
 
 
 
でも 「ポエム」だけでつかうのであれば これはそもそも そのポエムフレーズそのものが 問題を引き起こしている可能性もじゅうぶんあるよね。 
 
 
 
 
 「ポエム」のつかいかたによっては つかうことそのものが「悪」になりかねないって話し。 
 
 
 
 
おっと 少しのつもりが また長くなったね。 
 
 
 
続きは また次回に! 
 
 
では、また!
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月21日 (月)

「わかりやすい恋」じゃなくね?

 
 
懐かしの 80年代に 書店で平積みにされていた 詩人 「銀色夏生」の わかりやすい恋 (角川文庫) 
 
 
 
僕は 誤解していたんだけど おもに女子が買っていたのかなっておもってたんだけど けっこう男子も買っていたのね。  
 
 
 
ってか、その頃は男子だった 僕も買ったんだけど でも銀色夏生の詩集買ったのはこの本だけなんだよね。 
 
 
 
 
 
 
なぜか?  
 
 
 
 
 
 
その秘密は この表紙にあります。 
(と、いうほど たいした秘密ではない) 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
このわかりにくい表紙だと、なんのことやらわからないかもしれないけど この詩集で写真に 写っているのは なんと!デビューまえの「森高千里」なんだよね。 
 
 
 
 
 
 
もちろん 僕はその情報を聞いて手にした 
 
 
 
 
 
森高千里がすごく好きだったのか? っていうと そういうわけでもなく 「これ デビューまえのモリタカなんだぜ」って 友だちに威張るために買ったようなもんだった。  
 
 
 
 
 
んでも、買ってみてるうちに だんだんモリタカも好きになってきた。 まぁ その年頃の男子なんてそんなもんだね(いや、今でもそうかも)  
 
 
 
 
 
 
 
で、 そのころ流れてたのが これ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ミーハー」でも「私がオバさんになっても」でも「ザ・ストレス」でもなく 僕にとってのモリタカは この「ALONE」なんだよね。  
 
 
 
 
それは 銀色夏生の詩集と「ALONE」の雰囲気がとてもマッチしてたからだろうね。  
 
 
 
 
 
ただ 僕は 銀色夏生の詩集の 「詩」 そのものはぜんっぜんっ記憶にない。  
 
 
ひとりで たたずんでいる 森高千里の印象が「ALONE」の曲調にあってるなぁって印象が残ってるだけ。
 
 
 
 
この「ALONE」の詩も 森高千里自身の作詞なんだよね。 
 
 
 
 
 
 
PVが ワンレン ボディコンって 時代をかんじるけど 詩は今きいてもユニーク。 
 
 
 
 
 
サビに 「好きよ、好きよ、好きよ、好きよ、あなたが」って繰り返す 単純なリフレイン。 
 
 
 
 
要するに 「ALONE」っつて、1人ぼっちで いまでも好きよー っていってるだけの歌なんだけどね。 
 
 
さて。
 
 
銀色夏生っていう 詩集と 作詞森高千里の 「ALONE」 のユニークな詩 「ポエム」の話のつづきなんだけどね。 
 
 
 
 
有名な話に 夏目漱石が「I LOVE YOU」を英語から日本語へ訳すときに、「月がきれいですね」と 訳しなさい それで伝わるから……っていう エピソードがあるよね。  
 
 
 
一般的に 「詩」っていうのは 「好き」という直接的な感情を 別の表現であらわすことによって より「好き」っていう気持ちがきわだつっていうもんだとおもう。  
 
 
 
 
 
だけど モリタカの「ALONE」」は 「好きよ、好きよ、好きよ、、、、、」って なんか身も蓋もないんだよね。  
 
 
 
本当のところは わからないけど 単調なリズムにシンプルなフレーズの繰り返しなので 頭には残るけど 表現としては まぁ「そのまま」ではある。  
 
 
 
 
 
そう。  
 
 
 
 
 
ポエム化っていうのは 単調な繰り返しのフレーズになりやすいんだよね。 
 
 
 
昨日も話したけど 「夢」、「幸せ」、「絆」、「勇気」、「希望」、「仲間」、、、、、、って 何ですか? わからないので 説明してください っていわれたら 何って答える?
 
 
 
たとえば 「仲間」っていう定義って 仲間どうしで 定義がちがうとおもう。 
 
 
 
ある人は「いっしょにいる時間が長い人」を仲間って定義しているかもしれないし 「困ったときに助け合える人」が仲間だって人もいる。 
 
 
おなじように 夢って 「目標」っておもっている人もいるし 「叶わない 永遠に追い求める理想」っておもっている人もいるかもしれない。 
 
 
 
だとすると 「仲間と夢をつかもう!」って 絶叫しているのは もしかしたら 全員違う意味にとっているかもしれない!
 
 
みんなの気持ちが1つになったんじゃなくて、みんなの気持ちがバラバラになった瞬間だよね。
 
 
 
 
おかしい。  
 
 
 
 
 
つまり ポエムによる 単純ないかにもありふれた言葉には 気持ちを同じにするよりも むしろ あいまいな言い方によって バラバラな気持ちをもたらすってことだよ。 
 
 
 
だから! たくさんの人が集合することができる!
 
だから! たくさんの人を動員することができる! 
 
 
 
つまり 一見 同じ気持ちであつまったかにみえる人は、あいまいなポエムによって バラバラの気持ちをもっている、、、バラバラの気持ちの たくさんの人が集まってる、、、ってだけだよね。
 
 
 
 
 
これは また「ポエム化」の大きな問題だとおもうな。 
 
 
 
集まってくる人は 共感をもってくるんだけど それは あいまいな「ポエム」ゆえに 誤解している可能性が高いってことだよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
詩集のなまえは 「わかりやすい恋」って題名だけど 「わかりにくい気持ちの恋」みたいになってしまうよね
 
 
 
まぁ 詩集とか作詞とかだったら それでいいんだろうけど ビジネスっていう場面で こういうあいまいな「ポエム」による コミュニケーションはマズイ。
 
 
 
 
 
うん。 
 
 
 
 
 
ちょっと 今日は長くなったので 続きはまた次回話すね。
(ちょっと モリタカの下りが長すぎたかな (笑)) 
 
 
 
あいまいな言葉っていうのが ビジネス上でのコミュニケーションで 大きな影響をおよぼす、、、って話を 次回したいとおもう。 
 
 
では、また!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月20日 (日)

ポエムによって見えなくなるもの

 

ポエムは、書き手が、詩であれ、散文であれ、日記であれ、手紙であれ、とにかく何かを書こうとして、その「何か」になりきれなかったところのものだ。その、志半ばにして、道を踏み外して脱線してしまった文章の断片が、用紙の上に(あるいは液晶画面の上に)定着すると「ポエム」になる。 -ポエムに万歳! より- 

 

 

 
 
 昨日の つづきを、ちょっと話してみたい。 
 
 
「ポエム」が発生するとこには 何かを隠す意図が 意識的にしろ無意識的にしろある ってことを昨日話したよね。 
 
 
 それで この「ポエム化」という言葉が、衝撃をもって世の中におおきくでたのが NHKのクローズアップ現代 で、そこでの 「居酒屋甲子園」のおそらく、見たことがない人にとっては あまりに衝撃的な映像だったとおもうんだよね。  
 
 
 
「夢」、「幸せ」、「絆」、「勇気」、「希望」、「仲間」、、、、、、など いっけんすると美しい 前向きでやさしい言葉が あふれまくっている。  
 
 
 
 
 
 
 僕が こういうものが ちょっとどうなのか? とおもうのは 最初に話した 
 
 
「何かを隠す意図がある可能性が高い」 
 
 
っていうのも もちろんある。 
 
 
 
 
 
 
実際、クローズアップ現代でとりあげられた 「夢はひとりでみるもんじゃない!仲間と一緒にみるものなんだ!」って 絶叫する若者は 「居酒屋甲子園」での若者なんだよね。 
 
 
 
そして この甲子園っていうのは 介護業界、トラックドライバーなど10以上の業種にひろがっているって話。  
 
 
この業種は それぞれ低賃金で過酷な職場が問題になっている業界がおおい。  
 
だから 「やりがい」を つくりだすことが重要で それは何か目に見えないものでないといけない。  
 
「やりがい」が、給料とか待遇とか 目に見えるものが提供できないからだよね。  
 
 
 
 
 
 
  僕がコーチングとかやっていて なんか胡散臭く思われるときって 僕はこの絶叫する若者のような人間を広めている人間ではないか? つくりだしているろくでもないやつではないか? と疑われるときなんだよね。  
 
 
つまり 「やりがい」とか「モチベーション」とかをつくりだすのは こういった耳障りのよい「ポエム」の言葉を駆使して語る 自己啓発的なやりかたのひとつが「コーチング」ではないか? とおもわれたりするんだよ。  
 
 
 
 
まぁ 現実の僕はしっている人は わかるとおもいますけど 基本的に 正反対のところにいて いつもどこまででも 現実的な人だし コーチングもそうなんだけどね。  
 
 
むしろ そういうどこか現実離れした考えだったり、気持ちなんかを 現実的にひきもどす役割のような気がするな。 
 
 
いつも そういうことやってる気がする。  
 
 
だから 「なんで、こんなに 「人間力」とか「心の経営」とか わけのわからんポエムがビジネスで蔓延しているのか?」 と ある種の不快感をもっているのかもね。  
 
 
 
 
 
 
 
 つまり 何かを隠そうとしてポエムに逃げるのではなく もっと現実的にうまくいく方法があるので なぜ? そっちにとりくまないのか? という点がいつも疑問におもうんだよ。 
 
 
 
 
だから ポエムに逃げることで 現実的に解決できる問題さえ 解決しようとしなくなる という問題もあるんじゃないか? とおもっているんだよ。  
 
 
ポエム化によって 本当だったら解決できる問題も 解決しなくていいように見えてしまう、見えなくなってしまう。 
 
 
 
 
ここが ポエム化の問題のもうひとつだと おもっているんだよね。  
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
あと、もうひとつあるんだけど これはまた次回に話してみたい。 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

2014年4月19日 (土)

ポエム化する結婚式が嫌い

 僕は 一般的なセレモニーが嫌いなんだよね。 

 
セレモニーそのもので、感動させようとか、感激させようとしている「しかけ」が見え透いていて 参加していて恥ずかしくなるんだよね。 
 
 
感動させようっておもっている人が、缶コーヒーかなんか片手の会議室やらで 
 
「こんなもんっしょ?」 
 
みたいな 安っぽい企画で まんまと涙ぐむみたいなイメージがあって どうにも没入できないんだよね。   
 
 
 
 
 
 お葬式とかだと、そもそも亡くなったかたがいるということだけで 悲しくなるので 大げさな「しかけ」はあんまりないけど 結婚式とか、めでたい席なわけで 泣ける必要なんかどこにもない。  
 
 
なのに ムリクリ泣かせようとするから なんだか大げさな「しかけ」が必要で そのしかけをかんがえた人の「薄っぺらさ」あるいは「あざとさ」みたいなものが嫌いなんだよね。 
 
 
それで 「もう胸がいっぱいで何を話していいかわかりません」とか スピーチでいって おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!   
 
 
 
 
 
 お葬式やら告別式なら とつぜん亡くなることも ままあるわけだから 気持の準備ができていないってことあるだろうよ。  
 
 
でも、結婚式だぜ?  
 
 
ようするに スピーチ準備してなかったんでしょう? 
 
 
「胸がいっぱいで なにもいえない」ような状況になることは だいぶ前からわかっとるがな。 
 
そうなっても大丈夫なように 紙にかいて練習しとけや。 
 
 
とか おもうのだが そんなことも口に出すこともできず 拍手でお見送りするしか術はない。  
 
 
 
 
 
 
 あぁ いつから 「胸がいっぱいで、、、」といえば スピーチしなくてよくなったのか? 
 
 
感動が表現されていれば スピーチ準備の時間なんて しないヤツが勝ち組なのか? 
 
 
 
 
、、、、、、 
 
 
ちょっと まて! 
 
 
お葬式は とくになにもなくても 涙がでるもの。 
 
 
でも 結婚式は 実は「しかけ」がないと めでたいだけで 泣くことはできない。 
 
 
だから 「感動」を過剰に供給することによって 涙をさそうことを可能にしている。  
 
 
 
 
 
 
だまされている? 
 
 
 
 
 
 
 
そう、 なにか 過剰な表現やしかけ、「感動」の供給っていうのは 「泣けない」というものを隠すために必要なものなのだろう。 
 
 
「感動」は 何かを隠すために 意図的に供給される。 
 
 
だとすると うかつな「感動」の裏で 誰かの意図で何かが隠されているのではないか? 
 
 
 
 

 

ポエムに万歳! 小田嶋隆 

 
 
 
以前も 話したんだけど  「ポエム化」という言葉によって ちょっと世の中の見通しがよくなった気がする。 
 
 
つまり わけのわからないあいまいな言い方っていうのは 何かを隠す意図がある可能性が高いってことだ、、、って話。  
 
 
 
 
 
ちょっと 日刊!SPA のサイトからも 引用してみる
 
 
 
 

 新築分譲マンションのチラシやパンフレットには… 

「天空に舞い踊る星々のトレモロ。人々の営みを物語る地上に散りばめられた灯火のロマネスク。あるいは、早朝のまどろみから朝日に洗われつつ姿を現す都会のエクリチュール」 
 
 
  旅館やホテルのHPでは…
 
「がんばるのに少し疲れたな…と思ったら、『月のうさぎ』におかえりなさい。あなたは現世のかぐや姫。そしてここはあなたの心の故郷。胸のもやもや、隠し事も、ほんのり月夜に消えてしまいます」   
 
 
 大学案内では…
 
「『学び』というペンで、夢を未来を描き出そう。開いたノートが『まだ、まっ白!』でもかまわない。未完成だからこそ、想像以上の私になれる」  
 
 
 
 
 朝日新聞の『天声人語』も…
 
「文筆に卒業はない。厳しくも温かい恩師である読者との交流を糧に、外へと踏み出したい。東京は残花を惜しむ週末。ひとひら風に舞って、この国を、また好きになる」  
 
 
 
 ラーメン屋の壁には…
 
 「いま居る処が最後の砦 そしてすべての始まりなんだ がんばろうぜ」 「この人生は一生懸命 私の人生は一笑賢命 いつでもどこでも いっしょうけんめいが いちばん美しい」  
 
 
、、、、、、
 
 
 
つまり これらは 何らかの意図を隠そうとしている可能性が高いってことだよね。  
 
 
 
この本のなかで さまざまな事例がでてくるんだけど それがひとつひとつとても面白いし 示唆にとむんだよね。 
 
 
 
今日は 「ポエム」ってなにか?のイントロダクションみたいになったけど 明日以降 もう少し 人材育成とからめて話してみたい。 
 
 
では また!
 
 

2014年4月18日 (金)

ここんとこの話をまとめてみた

 よく考えたら ここんとこ ずっと似たような 「職場」についてっていうテーマで話してるね。

 
 
今日はちょっと話してきた エントリーをかんたんにまとめてみたい。
 
 
僕がここんとこで いいたかったことを あえて 一言でいうなら 
 
 
「上司と部下の関係だけを改善しても のぞまれる職場になるわけではない」 
 
 
っていう感じのことかな。 
 
 
 
「そんなの当たり前じゃん」って、おもえるよね。 
 
 
でも、実際 「上司と部下以外の関係をつくるために、職場でとりくんでいることは具体的にどういうことがあるのか?」っていうと、、、、、、なかなかでてこない。  
 
 
 
せいぜい 飲み会やったり、個人レベルで「気をつけています」とか そういう答えしかかえってこないよね。  
 
 
だから たぶんその重要性っていうのが、あんまり理解されていないし とりあえず 上司か部下のせいにしておけば まぁ一応「犯人」はいることになる。 
 
 
つまり 部下が育たなかったり、業績をあげられなかったりするのは 上司か部下かどっちかが悪いってことにしておけばいい。  
 
 
 
 
僕が話してきたのは それ「だけ」ではなくて 職場全体が「育成」や「業績アップのサポート」ができるような、体制になっていないのではないか? ということなんだよね
 
 
 
 
 
 
(※ 過去エントリー  誰もがよいということが、おこなわれるわけではないね)  
 
 
 
 
 
この 「オフィシャルに」ってとこが、ミソで ちゃんと業務時間内にやる必要がある。 
 
 
 
そうでないと なんとなく なし崩し的にやめちゃうんだよね。  
 
 
で、業務時間内にやるから 当然ある程度「成果」をださないといけないので 「成果を規定する」とか ちょっとしたコツが必要になる。  
 
 
 
 
 
(※ 過去エントリー  かといって、「実のある会話」ができているわけではない) 
 
おそらく、重要性が理解されていないことのひとつに、「実のある会話」とまではいかなくても 一応コミュニケーションはとれているという 現象がみられるからだとおもう。 
 
本当にわかりあえてるのか? みたいなことまで 必要ないけど、仕事のやり方を学ぶ相手は社内にたくさんいるのに 直接の上司だけしか話ができないってのはもったいなさすぎる。 
 
 
 
 
 
 
 じゃ どうやっていくのか? っていう事例は 2社だしてみた。 
 
 
要するに「いいことばっかり」なのだ!  (別部門からメンバーをあつめるケース)
 
 
プロセスはなかなか開示されないのだが、、、  (同じ部門(営業部)からメンバーをあつめるケース) 
 
 
 
 
それぞれに 共通するうまくいかせるコツは 
 
1 このチームが達成すべき「成果」は何か?を決めて 達成すること
 
2 上司や先輩が必要以上に「上位者」として権威的にふるまわれないように 注意が必要
 
 
ってことは 必須条件だとおもうな。  
 
 
 
 
 
 
 たぶん こういうのは たとえば僕なんかが、もう少し広めていく必要があるのかもね。
 
 
 
けっきょく 「こういうの」ってしか名前もつけてないし なんかもうちょっとイメージしやすい形にすると もっとおおくの人がハッピーになれる気がするね。 
 
 
押し売りはしないけど コストがそんなにかからないので もっと広がるといいなっておもうな。 
 
 
 
では、また! 
 
 
 
 

 
 

2014年4月17日 (木)

プロセスはなかなか開示されないのだが、、、

 今日も、昨日の事例のつづき を話してみるね。 

 
 
昨日は、「違う部門からメンバーをあつめて、なんらかのプロジェクトをおこなうチームをつくる」って活動をするって話しだったよね。 
 
 
今日は、「同じ部門で、メンバーを集める」って話し。  
 
 
 
 
 
 
 
 この事例の会社で、僕がコーチングしていたのは 営業部ですよ。 
 
 
営業部っていっても かなり人数もおおいし しかも仕事の範囲もひろい。 
 
 
だから 直接の上司や、個人的に仲がいい人以外では あんまりどんな仕事をやっているかがよくわからなかったらしい。 
 
 
それで 同じ部門なんだけど それぞれ「育成チーム」という名目で ベテラン社員+中堅社員+新人 みたいなかんじで 数名のチームをつくって それぞれの新人や中堅社員育成のためのチームをつくった。  
 
 
 
 
 
結果どうなったか?  
 
 
 
 
育成チームの育成目標はすべて達成された 
 
 
新しい販売手法の開発につながった
 
 
ベテラン社員や中堅社員のパソコンなどの情報機器の使用が促進されて 効率があがった
 
 
中堅社員の能力アップに大きくつながった 
 
 
 
、、、、、、 
 
 
 
えーっと、、、 今日もいわせていただきますね、、、  
 
 
 
 
要するに、「いいことばっかり」なのだ!  
 
 
 
 
 
 
 この会社でうまくいった原因は もちろん 昨日話しした 「成果をだす」っていうこともあるんだけど もうひとつある。 
 
 
それは、「職場の環境を整備する」っていうテーマにしぼったこと。  
 
 
しぼった、、、っていっても 職場の環境 っていうワードは かなり広い範囲になるよね。 
 
 
 
だけど あえてそうして 僕が何を引き出そうとしたのか? というと 「仕事のプロセスをイノベート」したかったってこと。  
 
 
 
 
どういうことか? 
 
 
 
 
 
 
 
ベテラン社員や中堅社員の仕事のプロセスが もう本当にマチマチで バラバラな状況なんだよね。 
 
 
この会社のあつかっているサービスや商品にもよるんだけど、それにしても 個人個人の裁量にまかせられている、、、っていうのは聞こえはいいけど 個人に丸投げの状況なんだよね。 
 
 
 
ある人は、メール中心で顧客とやりとりするし、ある人はFAXをつかう。 
 
 
一日中 耳に携帯のアタッチをつけて、連絡している人もいるし なかなか会社に帰ってこない人もいる。 
 
 
 
 
だから、他人や、自分自身さえも そもそもこのやり方がいちばんいいのか? って判断や評価ができないんだよね。 
 
 
 
だから 残業とかも もの凄いし 誰かの協力をすることは やぶさかではないけど でも 相手が「ここを手伝って」っていわれないと やってることがさっぱりわからないので 手がだせないんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 そういうことふまえて 一応名目的に 「職場環境の整備」っていうお題をたてて 「どういう職場が働きやすいのか?」というテーマで 議論してもらったんだよね。 
 
 
 
そうすることで 個人個人が それぞれどんなところに不便を感じているのか なんて 話しがでてくることで 「どんな仕事のやり方をしているのか?」が 想像できるようなはなしがでるようになった。 
 
 
 
それで だんだん 自分の仕事のプロセスを開示するようになって ベテラン社員でも中堅社員でも たがいの 「それは こうする方法があるよ」っていう 「TIPS」がでてくるようになった。 
 
 
 
おかげで 今まで無用にFAXつかっていた人や、メールだけじゃなくて LINEなんかもつかう人もでてきた。   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 恐らく、自分でつくってきた仕事のやり方が いちばんいいやり方だ っておもっていた人はそんなにいなかったとおもう。 
 
 
 
 
何かしら、もっとうまくいく方法はあるんだろうなって うすうすはわかっていたとおもう。  
 
 
 
 
でも 「こうしたほうがいいよ」って言われるのもあんまり気持ちよくないし かといって誰かに見てもらって 「これは酷いですねー」とかいわれるのは 嫌だし、、、っていう気持ちは 誰にでもあったんだとおもう。  
 
 
 
 
そういうのが 抵抗なく披露できて 抵抗なく自分の裁量で とりいれることができるっていうのは とてもラクチンでありがたいものになんだろうね。 
 
 
 
僕でも、そういう場があるなら いってみたい。羨ましい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 けっきょく 仕事のプロセスのイノベートって 「総論賛成、各論反対」みたいなもんで やることは賛成だけど これはやらないで、、、みたいな話しになるよね。 
 
 
 
 
それは やっぱり 自分の仕事のペースが乱れることへの抵抗っていうのが感情的におおきいんだとおもう。 
 
 
だから それが うけいれられるような場所をつくって 感情的な配慮をやりつつ やっていけば結果的に そっちのほうが速く、しかも大きな成果がでるとおもう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ちなみに 僕はあんまり 何もしていません。 
 
 
コーチングした、、、というか 司会?ですかね。 
 
 
あぁ 行動科学については 頻繁にレクチャーしたかな?   
 
 
 
 
 
 あと、新人とかの育成なんだけど いままでにないくらいスムーズにおこなわれたようです。
 
 
そりゃ、そうだろうね。先輩たちが さまざまなやり方をどんどん披露しているんだから、最高の場所になったんじゃないかな。  
 
 
 
 
 
と、いうことで では また! 
 
 
 
 

 
 

2014年4月16日 (水)

要するに「いいことばっかり」なのだ!(事例 その1)

 

昨日に、日記モードで話したんだけど  「職場づくり」について 話せる範囲で 実例をちょっとだけ話してみるね。  

 
 
 
 
 某社の例
 
 
 4部門あるんだけど 部門の人数はまちまち。 でもいちばん少ない部門の人数が4名だったので 4チームをつくることにした。 
 
 
4チームのメンバーはできるだけ 違う部門のメンバー構成にした。  
 
 
たとえば、 「営業2名、製造2名、総務1名」みたいなかんじで 各部門からキャリアとかが似たような人ではなくて 意識的に違うメンバーをあつめた。 
 
 
集める名目は それぞれの部門にいる 「若手、中堅社員」の研修目的。 
 
 
他部門の状況をしり、直接の上司でない先輩のかんがえや仕事のやり方を学べるようにする。 
 
 
ベテランは、他部門の若手の育成をサポートする。 
 
 
それぞれ そういう目的であつめて 全社的な「委員会活動」みたいなことを それぞれで決めて 月に1回~2回程度 ミーティングを実施 6ヶ月くらいで 成果について報告するようにした。 
 
 
僕がかかわったのは ミーティングに出席して 他者の事例とか、他部門とのかかわりかたとかをコーチングして 進行を見守っていた。  
 
 
 
 
 
 どうなったか?  
 
 
 
 
 
 
ちょっと 箇条書きしてみる。
 
 
 
職場や会社のなかで 「誰かがやらないといけないんだけど、誰も手をつけられていないこと」というものが 洗い出されて チームでやれるようになった。 
 
 
新人や中堅社員の離職率は大幅に下がった。 
(ただし 長期的なデータは今のところはない) 
 
 
会社のなかであいまいな決まり事が、「これはいままでどおりあいまいにしておこう」とか「これはキッチリきめよう」とか 理想的なかたちで決め事ができるようになった。 
 
 
新人や中堅社員も 全社的な視点が早い段階ででるようになり 中堅社員の意思決定がはやくなった。
 
 
 
、、、、、、
 
 
他にも たくさんあるんだけど 要するに 「いいことばっかり」なのだ! 
 
 
 
 
 
 
懸念点としては 議題やメンバーが固定化することで 先輩や上司の発言権がつよくなりすぎたり 同じないようの繰り返しになったり、、、ということで そのうち 形骸化してしまう という懸念はあるよね。 
 
 
 
ただ これは 僕がコーチとしてかかわっているので 議題やメンバーはフレッシュな状態を保てるし 評価も必要以上にされないように配慮している。 
 
 
 
 
だから デメリットととしては いまのところ 僕がかかわることが必須になっていることかな? 
 
 
僕のギャラはそれほど高くないので(たぶん(笑)) 社内で実施するより効率がいいとおもうな。 
 
 
 
つまり 時間的(ミーティングは物理的に増えます) 金銭的なコストは 少し増えるということだね。 
 
 
 
 
 
 何がうまくいっているのか? というのは 僕が何をきをつけているのか?を話したほうがわかりやすい。 
 
 
僕が何を気をつけているのか? というと  
 
 
「必ず 成果をだす」 
 
 
というところなんだよね。 
 
 
 
 
 こんなこと話すと 「おおっ 超キビシイ 鬼コーチなのか?」とか 「エラそうなこと、いいおって!」とか おもわれるかもしれないけど 実はそんなにたいしたことじゃないよ。  
 
 
 
ここでは 成果の難易度は問われないので たとえば 「倉庫の整理整頓ができた」 というのも 成果だし、「社内報の内容がおもしろくなった」でも成果なんだよね。  
 
 
 
 
でも こうやって なんらかのプロジェクトを他部門の人と仕事としてやっていくことで 新人や中社員はいうにおよばず ベテラン社員も 学ぶものはとても大きいんだよね。 
 
 
 
 
 
だから 「小さくてもいいから成果をだす」ということによって 学びをひきだす っていうことに気をつけているよ。  
 
 
 
 
 これは コーチングのプログラムとやりかたは同じ。 1対1か複数か、の違いだね。 
 
 
 
うん。 
 
 
 
もうひとつ 他の事例もあるので それも次回ちょっと紹介してみるね。 
 
 
 
では、また!
 
 

2014年4月15日 (火)

かといって、「実のある会話」ができてるわけではない

 今日も 短めに日記モードで話しをしますね。 

 
 
 昨日も話ししたことと関連するんだけど、 今日も 「職場づくり」ってことを中心に クライアントさんと話をしてきましたよ。 
 
 
昨日は 「人材育成において 直接の上司や担当者だけが影響をあたえているわけではない」って話しをしていたんだけど 今日のクライアントさんは 偶然どれも 「職場づくり」の話しになったよ。 
 
 
今日のクライアントさんじゃないけど 別のところでは 職場の問題で 「辞める、辞めない」っていうのがレベルまできてて ある意味危機的状況っていってもいいくらいのところもある。 
 
 
職場の問題っていうのが 要するに 他部門や他部署と仕事上での共同作業や交流がすくないために 行き詰まっているってかんじだね。  
 
 
 
 
 
 
 
 わかりにくいのは 他部署や他部門と 物理的に距離が近かったり、伝達だったり、個人レベルでの挨拶や世間話などが おこなわれていたとしても 「実のある交流」がおこなわれていないケースというのは ものすごく多いってことだよ。 
 
 
 
場合によると 10年以上も 同じ会社にいても 「実のある交流」がおこなわれていなくて はじめて クロスファンクション(部門をまたいで)の仕事で 互いにわかりあえた みたいな話しはいっぱいある。 
 
 
 
だから 「離職率」とか「モチベーション」とか このあたりの改善には なにか特別なことやらなくても 社内にリソース(資源)が すでに いっぱいあることになるよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 とくに 仕事そのものの 実務レベルでのやり方は 後輩とか同僚から学ぶことがとても多いので 技術的な向上にもつながりやすい。 
 
 
たとえば パソコンの操作のコツとか 書類の整理のしかたとか ある種のむつかしい人(上司、顧客など)への気をつけるべき対応方法とか そういう 「TIPS」レベルの ちょっとしたコツみたいなものってあるじゃない? 
 
 
そういうのって 上司からオフィシャルにつたえられるものではなくて 同僚とか後輩から なにかのついでに おもわず 見てしまったり 気軽にきいてみたら すぐに解決したりするよね。 
 
 
そういうことが そこかしこでおこるような アーキテクチャをつくることは とても重要だとおもう。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうね、次回は 具体的にどうしているか ちょっとだけ紹介してみるね。 
 
 
 
では また!
 
 
 
 

 
 
 

2014年4月14日 (月)

誰もがよいということが、おこなわれるわけではないね

 今日は 短く日記モードで話しますね。 

 
 
職場だったり、組織だったり そういった場で 重要なのは 
 
「その人をとりまく さまざまな環境」 
 
を、整備していくことだなっていうのは とてもかんじますよ。 
 
 
とくに、育成だったり 評価だったりっていう 人材関連のことについては 直接の上司や評価者だけが そこにかかわってるんじゃないよね。  
 
 
 
 
 
 
 
  以前にも、話したけど  他の部門とか 場合によっては 取引先だったりなんかの 知りあいや先輩なんかに なにかしらのインスパイアをうけることもたくさんあったりする。 
 
 
とくに 重要なのは 他部門などの 「直接ではない」上司や先輩の役割っていうのは、とても大きくて その力も引きだしていかないと もったいない。 
 
 
もったいない、、、というか 実際 部下や後輩の育成を 直接の担当上司だけで育成していくのは 無理があるっていうくらいだなって 僕はおもっているよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 だから 職場で 「他部門のひとたち」と できたらオフィシャルにかかわれるしくみがあると とても効果が高いとおもう。 
 
 
 
この重要性だったり、この効果って あんまり知られていないんだけど 育成がうまくいっている企業のKEYになるっておもっているよ。 
 
 
 
まだ、アーキテクチャとして きれいなかたちにまとまっては いないんだけど 事例は数社手元にあるので まとめたいとおもってますよ。 
 
 
 
 
 
 こういうのは コストもかからないし 難しくもないわりには 効果がたかい。 
 
 
僕は こういう 「すぐできて、お金かからなくて、効果が高い」みたいなもんが すごく好きなんだけど だからといって みんなが好きなのか?っていうと そうじゃないんだよね。 
 
 
 
このあたりが 不思議なところで 僕なんか 「こんなんすぐやればいいのにね」とか おもうんだけど なかなかやらない会社とかもいっぱいあるよ。  
 
 
 
 
 
 
 それは たぶん 「こんなんすぐにやれば絶対いいのに」ってことが 「すぐにやれないような体質」ってことが 実は問題だったりするんだとおもってる。 
 
 
 
個人的にも たとえば 「定期的な運動」とか「一定の貯金」とかそういう 「やれば絶対いいいこと」みたいなものは 誰でもわかってるよね? 
 
 
 
だけど そういうのができるには できるような体質がないと なかなかできなくて それは企業でも職場でも そうなんだろうなっておもうよ。 
 
 
 
 
と、いうことで、では また! 
 
 
 

 

2014年4月13日 (日)

それでもアドバイスをしたくなる、あなたへ

 ときどき 聞かれるんだけど 
 
 
「コーチングで アドバイスとか自分の意見とかいってはいけないんですか?」 
 
 
とか 聞かれるんだけど どうなんだろう? 
 
 
 
 コーチングっていう アーキテクチャのポイントは なんか いろいろ、あるいはうだうだ話していくうちに なぜか クリアになったり そのあと行動にうつしたくなったりってことを おこさせるものだとおもう。 
 
 
 
それって わりと コーチングの会話の中でだけで完結させようとすると うまくいかないのかもしれないね。   
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕のクライアントさんで あるとき コーチングやったあと その後飛行機にのって移動するってスケジュールのクライアントさんがいたんだよね。 
 
 
で、そこでのコーチングのセッションの会話の中身っていうのは とくにそのとき何もおきなかった、というか まぁ ふつうに終わった感じだったんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 数日後の 次のコーチングセッションで クライアントさんが僕に話しかけてきた。 
 
 
「あのあと 飛行機でなぜかわからないけど ずーぅっと コーチングの話のことかんがえていて、、、 頭からはなれなくて 考え込んでいましたよ」 
 
 
って話されたんだよね。 
 
 
僕は 「どうも すみません」って話したんだけど もちろん 僕には 何か深い問いかけのような話をしたつもりはなくて ごくふつうに質問したりうなずいたりしただけだとおもっていた。  
 
 
 
 
 
 ただ ひとつ僕もはっきりおぼえているのが 「僕にはこのように見えますね。いいとか悪いとかじゃなくて、、、ですね。だから、僕だったらこうするとおもいます」って わりと率直に話をした記憶がある。 
 
 
 
 
僕がそのとき話した内容っていうのは アドバイス、、、ってほどちゃんとしたものでもないし、、、フィードバックっていうほど洗練された話でもない。 
 
 
あえて いうなら わりと 率直におもったことを 僕のことばで話しをしたんだとおもう。
 
 
質問、、、とかたいしてしていない。 本当に正直な話をしただけのような気がする。 
 
 
 
結果的に その話が そのクライアントさんにとっての 「問いかけ」に はからずもなってしまったってことなんだとおもう。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 こういうのって かんがえてみればよくおこることだなっておもったよ。 
 
 
 
流行の服をきていると 子どもから 「なんだか変だね」っていわれたり とか かっこいいっておもったことが 親からみたら 「あんた 頭は大丈夫か?」っていわれたりとか。 
 
 
それで 「そういえば そうだな」って おもうきっかけって 誰しもあるよね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 コーチングの目的のひとつに 「あたらしい視点を提供すること」っていうものがあるとしたら きわめて率直なアドバイスとか 感想とか かんじたことっていうのは 視点を提供するのに有効にはたらく可能性はおおきいとおもう。 
 
 
 
たぶん 気をつけないといけないのは 「そうおもう」とか「そう見える」とか、フィードバック的な発言に徹して 「だから こうしたほうがいい」とか 「やめなさい」とか 評価や指示をしないことだとおもう。  
 
 
 
「このアドバイスをきいてほしい」というスタンスで話をするんじゃなくて 「この場合は アドバイスするとしたら たぶんこういう話になるはずです」とか 「わたしだったら、こうするかもしれません」っていうスタンスで 相手が聞いても聞かなくてもかまいませんよって言い方なら 聞きやすいんだろうね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうかんがえると 最初の質問で 
 
 
「アドバイスは 是か非か?」 
 
 
という質問そのものがナンセンスで ようするに あたらしい視点を提供することになれば それでいいし コツは評価とか指示のみにならないように 相手がえらべるようにするってことじゃないかとおもう。 
 
 
 
 
 
 だから うまい質問とか そういうことだけが コーチングのスキルじゃなくて 会話全体として 「自分自身がしっかり話して 自分で結論だせた」って手応えをもてるようにすることこそが大切なんだとおもう。 
 
 

2014年4月12日 (土)

どうも、ユニクロは本気っぽい

 昔、まだ僕の子供がとても小さくて よく病気していたころ 小児科の病院で、診察室まえの長椅子で診察の順番を待っていた。 

 
 
僕の隣に、若いママさんと元気な赤ちゃんがいた。 
 
 
赤ちゃんもとくに病気でないかんじで、まぁ 何かの検査だったのかな? 
 
 
ママさんは 元気な人で けっこう大きな声で 赤ちゃんと遊んでいた。 
 
 
「ほら、××くーん 赤いでしょー これが青になりまーーーす」  
 
 
 
みたいな感じで 赤ちゃんもニコニコしていた。 
 
 
 
「これが終わったら××くーん どうしようか? なにしようか?」 
 
 
まるで 家にいるような大きな声だったけど あんまり人はいなかったようにおもうな。 
 
 
 
 
「そうだ! ××くーん! 終わったら ユニクロにいこうか? ユ・ニ・ク・ロ にいこうか? そうしようねーーー よかったねーーーーー!」 
 
 
って ママさんがいって赤ちゃんはあいかわらずニコニコしていたよ。 
 
 
赤ちゃんがユニクロにいきたいわけないし ただなんとなくニコニコしていたんだろうけど。 
 
 
行きたいのはママさんで、よかったのはママさんだけどね。
 
 
いい光景だったよ、みんな幸せそうだったし。  
 
 
 
いまは、感覚わからないけど 昔 まだ ずーぅっと ずーっと昔 まだ 地域に1つお店があるかないか? それぐらいのとき。  
 
 
 
ユニクロはたしかに、とてもお洒落なお店だった。 
ママさんが 行くのが嬉しくなるようなお店だった。 
 
 
 
 
最先端のお店ってイメージじゃなくて、「リーズナブルな服をお洒落に着る賢い人」がいくような感じがあった。 
 
 
 
 
でも まぁ いまは とても身近な存在になって 「街の洋装店」並みの 生活の店になってるよね。 
 
 
 
これは、これで 凄いことだとおもうし ビジネスとしては 大成功だから 別に文句もない。 
 
 
 
 
ただ 商品よりも「会社のブラック化」のほうが有名になりつつあったりして この先どうなるんだろう? っておもってたんだけど、、、  
 
 
 
 
 
 
 
(以下 一部抜粋)
 

ところが、11日の会見での物言いは一変した。「グローバル化だけではない。日常生活で成長する人生を認める」「成熟社会になると、精神的な安定を求める人が出てくる」などと話し、国内志向を積極的に評価する姿勢に変わった。「国内事業のすべてを180度変える」。これまでの経営の考え方を修正する反省会となった。

 
 
 
日経新聞では 柳井会長の一問一答があるんだけど これはかなり踏み込んだ話をしているんだよね。  
 
 
たとえば 
 
 
「店長中心の店づくりは誤りで 販売員が主役でチームワークで仕事をする職場にしないといけない」 
 
とか
 
 
「いずれは販売員でも300万~400万の年収を提供し、長期間仕事ができるようにする。異動はできるだけさせない」 
 
 
など いままでの雰囲気が ガラリと180度かわってきている。 
 
 
 
 
大手の有名企業が、新聞なんかで発表するってことは やっぱり 優秀な人材の確保が難しくなってきたんだろうね。 
 
 
 
 
 
 
 僕は個人的にユニクロの中の人に知り合いはいません(たぶん)
 
 
 
でも、このニュースをみてると ユニクロは本気のようだってことが、鮮明になってきたので 他の業種や業界も ちょっとどうなるか注目だよね。  
 
 
 
 
 
 
 社員に対する雰囲気っていうのが 今年のこの時期ぐらいから大きくかわっていく気がしていますよ。 
 
 
 
 
一応 僕もコーチングとかやってるので、人材関連のニュースは気になりますね。 
 
 
 
 
データ入ったり 事例やニュースあったら また話します。 
 
 
 
では! 
 
 

 
 
 
 
 
 

2014年4月11日 (金)

資格試験合格を目指す心細いメソッド

 今日は短めに、日記モードで いきますね。 

 
 
僕のコーチングのクライアントさんには、けっこう 資格試験のためのコーチングっていうテーマの方がいるんだよね。 
 
 
今現在も、数名いますよ。 
 
 
で、今のところ 僕のクライアントさんの合格率は100%なんだけど ただ何100名も合格させたわけではないので メソッドとしては 心細い。 
 
 
 
その 心細いメソッドを ちょっとだけ(いや ほんとにちょっと)公開してみる。 
 
 
要するに 資格試験を目指す人は どんなことをやればいいのか? やや心細いメソッドを話してみます。  
 
 
 
 
 
まず 第1に 「ロードマップをはっきりさせること」
 
 
 
まぁ プランニングするってことなんだけど プランきめて 実行して フィードバック検証して 修正する、、、っていう まぁ王道ですね。 
 
 
 
 
これのどこが メソッド? 
 
 
??  
 
 
あのですね。 
 
 
 
実は これだけでも やれてない人がとてもおおいんですよ。 
 
 
いや 最初に ちょっと計画たてたりするんだけど 一回ずれたりすると(ってか、計画はふつうずれる) あっというまに グダグダになるよ。 
 
 
そして そのまま放置される。 
 
 
 
だから ゆるーく 「ところで 勉強どうですか?」みたいな コーチングって リマインダーとしては わりといいのかもね。 
 
 
プランニングとかひとりよがりになるので 誰かに確認してもらうっていいんだろうね。  
 
 
 
 
 
 2つ目は 「勉強を いつ、どこで、どれくらい やるのか決める」っていうこと。  
 
 
これ とても重要ですね。 
 
 
社会人って やっぱり時間がないんだけど だったら いつどれくらいやるのか決めないと計画たてられないよね。 
 
 
結局 資格試験って「勉強時間勝負!」みたいなところあるから いつ、どれくらいって決めないと 「合格ライン勉強時間」に いつごろ達するのかわからない。 
 
 
そもそも自分が今どれくらい勉強時間を「持って」いるのか知るのは試験勉強の鉄則だよね。
 
 
 
 
 
あと「どこで」っていうのも 意外と大事。 
 
 
続けて勉強していくには 同じシチュエーションをつくるっていうのが重要なんだよね。 
 
 
勉強する場所を決めるっていうのは 勉強をはじめるひきがね(トリガー)になるよ。   
 
 
でも 社会人で 「よくかんがえたら 何時間か集中して勉強できる場所がなかった」とか よくあるよ(笑)
 
 
 
 
この2つは いつも確認するところですね。 
 
 
 
まぁ この2つができれば 資格試験はOK! ってわけじゃ全然ないけど この2つができてなければ はやめに対策したほうがいいね。
 
 
 
 
あたりまえか(笑) 
 
 
 
っていう心細いメソッドでした。 
 
 
では! 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

2014年4月10日 (木)

リトルなでしこの平塚万貴選手のノート

 先日 「リトルなでしこ」U-17女子サッカー日本代表が W杯 初優勝!っていう ニュースあったよね。 

 
 
このあたりの若い人たちの指導方法ってとっても興味深くて 僕は記事をスクラップしたり 話を聞きにいったり 取材の番組をみたり できるだけ積極的にみるようにしているよ。 
 
 
なぜ、トップレベルの選手でなくて 若い選手なのか? というと このあたりの選手の指導方法って 指導者も若くて 実験的な(そして 実践的な)方法をとることがおおいからだよ。 
 
 
しかも それで 大きな成果をだしているのであれば 注目してしまう。 
 
 
一応 コーチングのような仕事をしていると それ系の話は興味もってしまうんだよね  
 
 
 
 
 
 
 そのなかで 今日 ローカル番組で すこしだけ放送があった リトルなでしこの 「平塚万貴選手」 のエピソードが興味深かった。  
 
 
 
リトルなでしこ といえば MVPの「杉田妃和」選手が、スポットをあびてるんだけど 同じ 福岡県出身の選手だよ。  
 
 
平塚選手は15歳、、、選手っていうか まぁやっと高校生だね。  
 
 
その選手のドキュメンタリー取材が放送されていたんだけど、なかなか興味深かった。 
 
 
 
 
Photo_5  
 
 
 
何が興味深かったのか? というと この選手は 毎日練習のあと ふりかえりのためのノートをつけているんだよね。
 
 
 
もともとは 中村俊輔選手がつけているって話をきいて はじめたらしい。 
 
 
 
内容は ほんとうに 一瞬しかうつらなかったんだけど 書いてあった内容は 
 
 
 
練習でどうおもったか  
 
 
今後どうしていこうとおもったか  
 
 
 
まけないぞ!的な 自分を奮い立たせるようなこと 
 
 
 
どう動けばよかったか(図など)  
 
 
 
など 練習をふりかえる作業を 毎日やって それを次の練習や試合の前に、よみかえしているそうだ。 
 
 
 
 
 
 
 これは正直、凄い。 
 
 
 
 
 
たぶん 親御さんとか、指導するコーチなんかも 優秀なんだろうけど そりゃ 日本代表になるわね。 
 
 
 
 
「振り返る」とか「書く」とかいうことは 1回1回はたいしたことないし 誰でもできる。  
 
 
でも 続けるのは 難しいし挫折してしまうよね。  
 
 
 
 
 
でもね。  
 
 
 
 
とくに 仕事で伸び悩んでいる人に いちばん「効く」のが この業務日誌を しっかりつけるってことなんだよね。  
 
 
 
 
 
 
業務日誌をしっかりつければ その人は確実に伸びる  
 
 
 
 
ただ 確認していく上司やコーチ側も大変だし、やる側も大変だから、はじめてはみたものの 続かないっていうのが大半だよね。  
 
 
 
 
だからこそ やっていくと差がつくんだろうね。  
 
 
 
ちなみに この平塚選手は 「中期目標」「長期目標」、、、とか 目標もちゃんとかいていたよ。すごいね。 
 
 
 
 昨日から ノートが「4、5冊」あるとかないとか話題になってるけど(笑) ノートに書くっていう わりと原始的なやり方は 目標達成には 重要なんだなってあらためておもったよ。 
 
 
 
では、また!
 
 
 
 
 

2014年4月 9日 (水)

小保方さんの記者会見の「質問」について

 小保方さんの記者会見が、なかなかに面白い。 

 
 
僕は 記者会見なんかで 記者の「質問」なんかが気になったりするんだけど 今回もなかなかにすごいなぁ。
 
 
 
 
 
記者の質問っていうのは たぶん なんらかの意図をもった質問をして それによる相手の反応を引き出すっていうことだとおもう。 
 
 
 
ただ 毎回、、、だとおもうんだけど あんまりそれにも成功してないようにおもうな。  
 
 
 
 
 
 プロ野球のヒーローインタビューとかも、かなりすごいよ。 
 
 
「6回ですが ピンチを迎えて 相手は首位打者の××選手 一打逆転の場面で 見事スプリットで三振をとりました。スタンドがわきました! ガッツポーズもでましたね。やっぱり 「やったぞ」って感じがみてる我々にもつたわってきました。その時の気持ちはどうでしたか?」 
 
 
って 全部いわれてるじゃん(笑) 
 
 
 
 
こういうインタビューはすごく多いよ。  
 
 
 
 
たぶん このインタビューの意図は、選手と観客とかスタジアムの一体感をつくろうっておもってやってるんだろうけど、、、、、、だいたいあんまり成功してないようにおもうな。  
 
 
 
 
 
 
 もちろん、なんか 「コーチング」的な質問をしたらいいんじゃないか? ってことじゃないよ。  
 
 
 
コーチング的質問ってのは あくまでパーソナルなもので 本人のためのものだよ。 
 
 
 
だから インタビューとかには適さないとおもうな。  
 
 
 
 
 
 
 ただ 小保方さんに 対するインタビュアーの質問っていうのは すべて 過去の質問ばかりだったんだよね。 
 
 
「ねつ造的なことはどうか?」 
 
「あなたの言ってきたことに矛盾があるのでは?」 
 
「不服をいったのはなぜか?」 
 
 
みたいな そういう 過去の話がほとんどだとおもう。  
 
 
 
 
 
 
 でも たぶん 会見が展開していくのは 今後について聞いたほうがおもしろかったんじゃないかな?  
 
 
 
「この状況を今後どうしていこうって個人的にかんがえています?」 
 
 
「次の会見があるとしたら どういう会見がおこなわれるとおもっています?」 
 
 
「第三者による証明は いつごろできるとかんがえていますか?」  
 
 
 
とか いくらでもできるだろうね。  
 
 
 
 
 
 たぶん そういう 「未来」にむけての質問ができると かえって 本人のかんがえとか雰囲気とかが明らかになるとおもう。 
 
 
 
そして そっちのほうが結局 今回みたいなインタビュアーの引き出したいものを引き出せるんじゃないかなとおもったな。 
 
 
 
 
 
 
 まぁ 明日のワイドショーも えらいことになるだろうけど。 
 
 
 
 
実はまだ 「パワーポイントとかしらないおやじが結構だまされている現象」とか なかなか興味深い現象もあるんだけど それはまた別の話。  
 
 
 
では また!
 
 
 

 

2014年4月 8日 (火)

僕のアドバイスなんか良いわけがない

 先日、クライアントさんと話をしていて その方が たまたまマネジメント系の勉強会に出席したときのことなんだけどね。 

 
 
そこで 2人1組で、ディスカッションすることになった。 
 
 
相手の人は 若くて30代前半ぐらい。  
 
 
自分は経営者ですよって 互いに自己紹介した。 
 
 
すると 若い相手が
 
 
「自分は この4月から はじめて「管理職」になりました。とても嬉しかったし 頑張ろうっておもっています。それで、初めて管理職になる自分に、何かアドバイスをいただけたら嬉しいです」 
 
 
と、いうようなことをいわれたそうだ。  
 
 
若い彼は たしかに みるからに意欲に満ち溢れていて 「あぁ、エネルギー高くて とてもいいなぁ」と すごく好印象だったらしい。  
 
 
 
 
うん、しかし。 
 
 
 
 
はた、とおもったそうなんだよね。  
 
 
 
 
「はて? この彼に 「はじめて管理職になるあなたへ」というアドバイスって そういえば何をいったらいいんだろうかなって」 
 
 
「よく、考えたら 何いっていいかわからなくなったんですよ」 
 
 
「で、そういうときって 何をいえばよかったんですかね?」 
 
 
って聞かれたんだよね。 
 
 
 
、、、、、、、、、、、、
 
 
何いえばいいのかな?  
 
 
 
 
そういえば 僕もわからんなぁ(笑) 
 
 
 
それで 同じ状況だったら 僕はなんていうかな? って 珍しく わりと一生懸命 かんがえてみた。 
 
 
 
 
たぶん、 
 
 
「今までと 同じようにやって どこまでいけるか 実験してみるといいよ」 
 
 
っていうとおもうな。 
 
 
 
新しくマネージャーや管理職になって いままでと違うことやるんじゃなくて 別にいままで どおりのやり方で どこまでいけるか試してみる。 
 
 
 
そんなふうに やればいいんじゃないかな? っておもうんだよね。 
 
 
 
 
 
 
「トランジション」という 転換点をどうコーチングするのか? っていうのは コーチングがとてもうまくシチュエーションだよ。  
 
 
 
「トランジション」とは何か? 
 
 
 
いままでのやり方を すてて新しい別の方法で やらないといけないステージにきている人がいるとする。 
 
 
でも 今の困難を たいていは いままでと同じ方法で乗り越えようとしてしまう 
 
 
過去の成功体験が、逆に邪魔をしてしまうわけだ。  
 
 
 
 
「こんなはずじゃないのに」 
 
 
「昔の自分をとりもどしたい」 
 
 
「自分は悪くないはず、、、なぜなら 以前のままちゃんとやっている」  
 
 
 
 
そんなふうに本人はおもっていたりする。  
 
 
 
それは ちょうど 本人が「トランジション」という ステージとステージのあいだの踊り場に来ているときだよ。 
 
 
(※ 参考 過去エントリー 乗り越こえるべき、「トランジション」とは?  ) 
 
 
 
でも この「トランジション」に 遭遇するためには 壁にぶつからないといけない。 
 
 
だから まず 自分のいままでのやり方で やってもらわないといけない。
 
 
 
それから 普通にいままでとおなじようなやり方でうまくいかなくなって 早く「トランジション」に遭遇してもらうのがいいんじゃないかな? っておもっているよ。  
 
 
 
そうすることで はやく踊り場にでるし 結果としてはやく 乗り越えることができるんじゃないかな?っておもうな。 
 
 
 
 
 
 ときどき そのまま 過去にうまくいったやり方で、新しいステージをふつうに難なく乗り越える人がときどきいます。  
 
 
 
 
それは それで 別に問題ありません。  
 
 
 
優秀だから どんどん新しいステージにいってもらいましょう。
 
 
 
でも いつかどっかで壁にあたるので そのときに「トランジション」をむかえればいいんじゃないでしょうかね? 
 
 
 
 
 
 
 
 とか かんがえてみたんだけど でも 
 
 
「うん、別にいままでどおりのやり方で いっしょうけんめいやれば それでいいよ」 
 
 
とか アドバイスして ご本人 聞いてよかったとかおもわんでしょうなぁ。
 
 
 
 
 
もうちょっとなんかないのか? とか おもうでしょうね。 
 
 
まぁ 「もうちょっとなんかないのか?」っておもうあたりが すでにトランジションにさしかかりつつあるのかもれないけどね。 
 
 
 
 
 
と、いうことで 今日はおしまい。 
 
 
 
では! 
 
 
 
 

 

2014年4月 7日 (月)

わからないのは「答え」じゃなくて「問題」

 このまえ、「4時間でコーチングができるようになります」って、話したら どうやってやるの?って質問されたので 今日カンタンに答えてみるね。 

 
(※ 参考エントリー 上手な「フィードバック」は、かなりヤバイ  )  
 
 
 
 
その4時間のプログラムのなかで いちばん重要ですよ って僕がつたえてるのが  
 
 
「コーチングフロー」 
 
 
ってよばれているものなんだよね。 
(コーチングプロセスともよばれています)  
 
 
 
これは コーチングの話のすすめかたで、こういうフローですすめていくと うまくいきやすいですよってやつのいちばん基本形のもの。 
 
 
 
どういものか? というと
 
 
1 セットアップ
 
2 目標の明確化
 
3 現状の明確化 
 
4 ギャップの分析
 
5 行動計画の作成 
 
6 フォローアップ 
 
 
というもので だいたいこの順番で 話をすすめていくと うまくいきやすい。 
 
 
 
今日は ひとつひとつ順番には説明しないけど この中でのポイントは  
 
 
2 目標の明確化
 
 
3 現状の明確化
 
 
4 ギャップの分析
 
 
 
なんだけど 2、3、4 って順番にすすめるんじゃなくて イメージとしては   
 
 
2→3→2→3→2→4→3、、、、   
 
 
 
みたいに 2か3からはじめて 4にいったりまたもどったりしてるイメージ  
 
 
だから 現状について話して 目標とかどうなりたいか話して そこからかんがえると 現状はどうか、じゃ現実的な目標はどうか、でも そもそも現実的な現状が問題だし けっきょくどうしたいのかな? まてよ、、、、、、
 
 
 
みたいな はためにみてると なんだか「うだうだ」した会話を繰り返しているイメージだね。 
 
 
 
でも このプロセスが重要なんだよね 
 
 
 
 
目標の明確化 とかあるけど 実際 はじめに 「これをやりたい」とか「こうしたい」とか いったん話をするんだけど たいていは 話しているうちに 目標が自分のなかで 変化するんだよね。  
 
 
 
で、変化すると だいたい ほっといても 「ギャップの分析」とか ぽーんって 飛びだすようにでてくるので コーチングの 主な仕事は 現状と目標とギャップのあいだを いろいろいったりきたりしてもらうようにするってことかもしれないね。  
 
 
だから 何か問題があって解決したいんだけど どうしたらいいのかな? ってかたちで コーチングの会話になるんだけど 実際は 解決する答えがしりたいわけじゃなかったりする。  
 
 
 
 
いつも クライアントさんの話をきいていたら  
 
 
「どうしたらいいのか わからない?」  
 
っていうのは 「どうする」っていう 解決策や答えがわからないんじゃなくて
 
 
「何を解決していいのか よくわからない」 
 
 
って場合がほとんどなんだよね。 
 
 
 
 
 
つまり 僕らは 「答えがなにか?」が わからないんじゃなくて 「問題がなにか?」がわからなくて 困ってるケースが大半だってことだね。  
 
 
 
 
だから コーチングは問題解決するんじゃないよ っていうのは ある意味言葉どおりで、 
 
 
コーチングは問題解決じゃなくて 問題設定や問題はなにか?をかんがえるプロセス
 
 
ともいえるね。 
 
 
 
 
 こういう知識を 研修なんかで ちょっと入れたあとで その場で練習をやってもらうと かなりの人が すぐにコーチングできるようになるよ
(これだけ やればいいという意味じゃないよ)  
 
 
 
 
 
だから よーし 解決してやるぞー! って意気込むより そもそもなんでそんなことになったのよーみたいな 雰囲気で もわーってやってると うまくいったりする。 
 
 
 
 
 
この 「コーチングフロー」ってとっても 使い勝手がいい。 
 
 
そして なにより この形式だけで ビジネスの場で かなりの部分がカバーできるので 僕は 「ビジネスコーチングって そんなにいろいろやらなくてもいいとおもう」っていってるんだよね。 
 
 
 
 とにかく この形式を 紙にでもかいて 使えると グッとコーチングらしさがひろがりますよ。  
 
 
 
 
では!
 
 
 
 

2014年4月 6日 (日)

繰り返すためのくふうの1つ

 今日はわりとさくっと、日記モードというか かんたんな はなし。
 
 
こっちの引用から。 
 
 
 
 
 
 
このように段階と時間を経ながら、本の内容を少しずつ咀嚼していくことで、それが脳に刻まれていきます。
どんなツールを使うのかは自由です。メモと書きましたが、紙のメモではなく、たとえばTwitterをメモ代わりに使うこともできるでしょう。感想を書いたり、気になった部分を引用することで おそらくはその作業の過程で 覚えていられることが増えていきます。
また、全ての本に同じステップを適用する必要はありません。本にもアタリハズレがあります。ハズレの本は、ステップ1だけで問題ないでしょう。その代わり、気になった本には十分に時間を投下しましょう。
なにごとにも、選択と集中は必要です。
 
(引用おわり) 
 
 
 
 
ここで紹介されてるのは 4つのステップで本を読んでいくと「脳に刻まれる」って話なんだけどね。 
 
 
ここでは 「ステップ1 目印読書」 「ステップ2 読了メモ 感想」 「ステップ3 読書メモ」 「ステップ4 書評」 っていう順番でやってますよって紹介のエントリーだね。 
 
 
 
僕は わりといいなって おもったのが 
 
 
「読み返す回数ごとに 違うことをやる」 
 
 
っていうところ。 
 
 
 
何回か読まないと、わからんだろうなって本は いっぱいあるんだけど それを読み返すのは いつも受験勉強的で、苦痛であったりはするんだよね。 
 
 
 
何が しんどいのか?というと 「また、おんなじように読み返す」っていうのがイヤになるんだよね。 
 
 
 
でも この方法だと インプットは繰り返すんだけど アウトプットを変えることによって 違うことやるみたいに設定して 「飽き」を防いでいる。  
 
 
 
 
 
 
 これって 別に読書だけじゃなくて 他のことにも つかえるかなぁ とかおもったよ。 
 
 
何回もくりかえさないといけないものを アウトプットする形式や場をかえることによって くりかえしやすくする。 
 
 
言ってしまえば あたりまえのように思えるけど すくなくとも僕の仕事なんかでは くりかえさないといけないことは おおいので アウトプットを工夫するっていうのは いいアイディアだなぁ とおもったよ。 
 
 
 
 
 
今日は こんな感じで さくっとおしまい! では! 
 
 
 
 
 

 

2014年4月 5日 (土)

上手な「フィードバック」は、かなりヤバイ

 今日は「フィードバック」について、ちょっとだけ話してみるね。 

 
 
いわゆるコーチングスキルの「フィードバック」って、僕は単純に 「難しいですよ~」っていいながら研修とかやってるんだよね。
 
 
「コーチングができるようになるのにどれくらいの時間がかかりますか?」 
 
 
って聞かれると 
 
 
「最短で4時間です」 
 
 
って僕は答えてる
(僕の研修では4時間なので。他にもっと短いのもあるかもしれないけど、それはよくわかんない) 
 
 
 
でも この「フィードバック」っていうのだけは なかなか研修でも上達がむつかしいヤツなんだよね。  
 
 
 
 
なんで 上達がむつかしいのか? というと 原因のひとつは 基本的に日常の会話ではつかわないコミュニケーションだからじゃないかなとおもってる。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 フィードバックとは? を教科書的にいうと
 
 
「出力されたものを 入力側にかえすこと」 
 
 
という説明になるんだけど けっきょくこの説明が いちばんシンプルでわかりやすいっておもっている。  
 
 
 どういうことか、ちょっと説明してみるね。
 
 
 
 
 
 たとえば Aさんが、プレゼンの練習をやっていて Bさんに 
 
 
「プレゼンをみて フィードバックして」 
 
 
とたのんだとする。  
 
 
 
Bさんは プレゼンが上手。  
 
 
Aさんがプレゼンをする。 
 
 
Bさんが 「フィードバック」をする Aさんから出力されたものを Aさんという入力側に返すというわけ。
 
 
 
で、最初のポイントがココなんだけど、Aさんは 
 
 
「プレゼンがうまくなりたい」
 
 
という明確な意図をもっている。 
 
 
 
だから プレゼン得意なBさんは Aさんに  
 
 
「ここが良かった、あそこを改善したほうがいいよ」 
 
 
っていいたい。
 
 
 
でも これは「フィードバック」じゃないんだよね。 
 
 
 
 
Bさんは Aさんの「プレゼンがうまくなりたい」という意図をしっているんだけど あえて「ニュートラル」に まるで そんな意図があるとか 全然しらないふりをして 事実だけをつたえる。 
 
 
 
 
「論理構成が、聞いていてはっきりわかった」 (が、良かったとかは言ってない)
 
「スライドの文字の数が そろっていない」  (が、悪かったとかは言ってない)
 
「立ち位置が頻繁にかわっていた」 (が、良いか悪いか言っていない) 
 
 
 
 
Aさんが Bさんのフィードバックを聞いて 「これはプレゼンをうまくいかせるのに役にたつので 修正しよう」 というのであれば 受け入れる。 
 
 
または 「役に立たないので修正しない」 「役に立つけど ムカついたので修正しない」 
 
など 選択はAさんが 決める。 
 
 
 
 
 
 
こんな感じのが 基本的なフィードバックの会話なんだよね。  
 
 
 
 
 
 
これって まず 日常ではおこらないよね? 
 
 
 
まず Bさんは Aさんの意図を知ってるから 自分はプレゼンが上手なんだけど 「こうしたほうがいい」とか 「これが良くない」とかを伝えない。 
 
 
で、 Aさんは 自分から「お願いね!」といいつつ いわれたことを好きなように受けとるっていう ある意味「失礼」な対応をする。 
 
 
 
こういうことは 日常ではおこらないよね。 
 
 
 
だからこそ! 「フィードバック」という 特殊なコミュニケーションに価値があるんだよね。 
 
 
 
 
 
そう。  
 
 
 
 
日常では絶対きけない話が、聞けるんだよ(役に立つ、立たない、または立たせる、立たせないは別として)  
 
 
 
 僕は最初に、この方法を知ったとき、衝撃的にビックリした。
 
 
「こんなに 凄いコミュニケーションの方法が あるのか!」 
 
 
ってね。 
 
 
 
あとね、 あとでだんだん フィードバックがとても上手な人とぜんぜん下手くそな人がいるってのがわかってきた。 
 
 
それで、その違いって何かな? っておもってたんだけど 上手な人っていうのは フィードバックをきいて 情景とか雰囲気とかが ビジュアルにうかびあがってくるような 表現をするんだよね。 
 
 
 
「話を聞いていると 2人でダンスを踊っているような展開だなって感じました」 
 
「雨降りに じっと窓の外を眺めている子供のような気分になりました」 
 
「明かりが消えたオフィスで1人残ってて でも気持ちはもの凄く熱いっていう情景が浮かんでくる話でした」 
 
 
これ、全部実際に 僕自身がもらった「フィードバック」の言葉なんだよ。 
 
 
まるで 物語みたいだよね。  
 
 
 
まぁ ここまで 物語的なフィードバックじゃなくてもいいんだろうけど こういう表現がすっとできると なんか人生かわるきがするね。 
 
 
 
おおげさじゃなくて たぶん とても上手なフィードバックができれば それだけで かなり稼げるきがするなぁ。  
 
 
 
 
 
 ちなみに 僕はあんまり上手じゃありません。 上手になりたいと いつもおもっている人です。 
 
 
 
 
あと、自分があんまり上手じゃないので そのぶん上手な人が誰なのか よくわかりますよ(笑) 
 
 
 
 

 

2014年4月 4日 (金)

3分で理解する「ヘボ」コーチングのやりかた

 ともだちに話しをしているうちに、なんだか自分でもよくわからなくなって 相手に、 

 
「え? お前何がいいたいの?」 
 
 
とか いわれる経験ってあるよね。  
 
 
 
 
 
で、そういうときに  
 
 
「あーこれを伝えようとおもって でも これもいわなきゃとおもってー だからけっきょくこれがいいたかった」 
 
 
 
「なら そういえばいいやん(笑)」  
 
 
「そやね(笑)」   
 
 
って おちつくことある。  
 
 
 
 
 
 
これは ある意味 コーチングの会話に似ていて
 
 
「こういうふうに おもってるんですけど」
 
 
「それは 何を意図してるんですかね?」 
 
 
「いや こうしたいという気持ちと こうしたくないという気持ちとー だからけっきょくやりたくないんでしょうね」 
 
 
「じゃ、やらないって決めたらどうでしょう?」
 
 
「そうですね(笑) 最初から自分でも答えがあるんですね」 
 
 
 
みたいなかたちだと キレイなコーチングの会話っぽい。 
 
 
 
 
 
 
でもね。 
 
 
 
 
 
これね そもそも なぜ?おもっていることを うまく言葉にできなかったのかな? 
 
 
 
 
もちろん 自分のかんがえを説明できなかった とか うまい言い回しや言葉をおもいつけなかった のような 「言語コミュニケーション」の不足だったのかもしれない。 
 
 
言語的コミュニケーションの不足だけで うまく自分の考えをいえなかったんだろうか? 
 
 
 
相手に質問されて答える、、、ということで 「なるほど、自分でもわからなかったけど 実は自分自身はこうかんがえていたんだな」 ということがわかったのかな? 
 
 
そういうこともあるかもしれない。 
 
 
 
でも、必ずしもそういうわけ、だけじゃないんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 そこで ちょっと 以下の話しを引用したいんだけどね。  
 
 
 
 
(以下 引用)
 
 

糸井 酔うんだろうね。でも、たとえば
    ことばのコミュニケーションがなにより大切だとすれば、
    ことばを獲得する以前の人類のつながりを  
    認めないことになっちゃうんですよ。

池谷 うん、うん、まさに、そうですね。
 
糸井 犬と犬とが狩りをしてるときに、
    助け合ったりしてるようなことを、
   認めないってことになっちゃう。   
 
         (中略)
 
糸井  つまり、陽が昇ってくるのを見るとき、
    ことばを持ってない人類も、
    「陽が昇ってくる」っていうのを
    ことばではない、なにかとして感じますよね。  
 
池谷  はい。「うわー!」って。
    簡単にいっちゃえば、感動ってやつなんですけど、
    でも、そういうことばだけでは
    単純にとられきれないなにかですよね。 
     
 
( ほぼ日刊イトイ新聞-脳の気持ちになって考えてみてください。 〜「やる気」と「脳」の話を、池谷裕二さんと。〜 より) 
 
 
 
(引用終わり)  
 
 
 
 引用のはなしだと、「ことばのコミュニケーション」が何より大切ってことじゃないよってことだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 質問される → 答える という「答える」というところで 言語化されるんだけど でも それは自分自身の言語能力の範囲でこたえてるよね? 
 
 
だから いろいろな気持ちや想いみたいなものを 削ぎ落としてしまう。  
 
 
 
 
その 削ぎ落とした言葉が 自分自身で新鮮にかんじるので 
 
 
 
「へー 自分でもわからなかったけど 自分はそう思ってたのかー」   
 
 
と いう「気づき」とか「発見」とか「引き出される」みたいな感覚になるんだとおもう。  
 
 
 
 
 
だけど 削ぎ落とされた部分が そもそも「うまくいえない理由」の部分であって それが自分の大切な考えだったり おもいだったりするかもしれないよね?  


 
 
実は この「削ぎ落とされた部分」に スポットライトをあてる必要がある。 
 
 
 
だけど 削ぎ落とされずに 残ったぶぶんでも 「へー自分はこんなことかんがえていたんだ」って なまじ 「気づく」こともあったりするから 残った部分にくいついてしまう 「ヘボコーチング」になってしまうことがある。   
 
 
 
だから 相手がまよってだした言葉とか 質問されてこたえたことが 相手の「本当の自分」とか「本当の答え」とかじゃ ぜんぜんないよ。
 
 
 
 
言葉にできていないことにも まぁ いろいろありますよって話しですね。
( 超乱暴なまとめだな ) 
 
 
 
まだ 話しはつづくんだけど 今日は 長くなったので このへんで終わりますね。 
 
 
では! 
 
 
 
 
 
(追記) 
 
 
まぁ こんなこと話すと 単純に 
 
 
「じゃ なんで迷ったんですか?」
 
 
とか 質問すればいいんですよね? とかいわれるんだけど そうじゃないよ(笑)
 
 
 
言葉にできないことを 言葉にできないまま 扱わないといけないんだけどそれはまた、別の機会に!
 
 
 
 
 

2014年4月 3日 (木)

忘れられない日

 今日は また日記モードでおもうことを話してみるね。 

 
 
昨日、逆転の発想でかんがえる「意欲」の作り方 っていうエントリーがなかなかに反響があったよ。  
 
 
 
僕は 何かができない、とか うまくいかない、とかいうことを 「人」を原因においてしまうと 問題解決につながりにくいっていうのを とても強く提唱している。  
 
 
 
 
 
でも 誤解されるのが 
 
 
「じゃ、人っていうのは その人の努力とか人格とかは どうでもいいってことなんですか?」 
 
 
みたいなことをいわれたりするんだよね。  
 
 
 
 
 
でもね。 
 
 
 
 
 
実際は 逆なんだよね。  
 
 
 
 
 
僕は 何かができない、うまくいかない というのは 「人」 に原因があるわけではなく 環境だったり やり方に問題がある とおきたい。  
 
 
 
 
 
なので、 「人」そのものに、欠陥があったり ダメな人間がいるのではない。 
 
 
その人の「やり方」や「振る舞い」に問題があるだけだ。  
 
 
 
と、いう主張の考えを支持しているんだよね。  
 
 
 
 
 
 
だから むしろ 僕はこちらの考えのほうが、「人」を救うとおもっているんだよね。 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
まぁ あんまりこの話しをすると 僕は「熱く」なりすぎるので 今日は 僕の師匠の 玉城政光先生の言葉を引用して終わりたい。  
 
 
 
 
 
 「子どもに「努力が足りない」「意志が弱い」などとしかる人がいるが、自信につながらない。少しの前進でも成功を経験させ、褒めることが必要だ。子どもたちの心が原因とされる問題は実は環境を変えなければ解決されない。心や精神、脳のせいにしてはいけない。わたしはそれを今も講演など多くの場で訴えている。」 
 
 
(琉球新報 忘れられない日 より 玉城政光(琉球大学名誉教授)) 
 
 
 
 
 
この 「忘れられない日」っていう題名のコラムに こういう文章を書いた先生の気持ちっていうのが 全部わかる、、、とはおもわない。  
 
 
 
けど、、、なんとなく、僕にも伝わってくる気持ちが 今でもすごくあるよ。 
 
 
 
だから 今は 先生も亡くなったあとなので 僕自身がすこしでも、たくさんの人につたえていきたいとおもってますよ。 
 
 
 
 
では! 
 
 

 
 
 
 
 

2014年4月 2日 (水)

逆転の発想でかんがえる「意欲」のつくり方

 すこしまえにも 話したんだけど 「意欲」とは何か? というと

 
 

僕が 定義しているのは やる気がある、意欲が高い というのは、

「以前より、必要な行動の回数がふえている」
「新しい行動が、見られる」

という 状態が 「やる気がある、意欲が高い」というようにしている。

これは ビジネスコーチングの重要なポイントで 要するに ビジネスコーチングを何のためにやるのか? というと 望ましい行動の回数を増やしたり 自主的に新しい行動がでてくる ということを 目的にしているわけ。

 

(※ 「意欲」と「意気込み」の違いについて  ) 

 

 
だから 取りも直さず 「モチベーションをあげる」 というのは 自分自身でも他の人でも  
 
 
「行動の回数をあげる」 
 
「新しい行動を増やす」 
 
 
というような 行動の変化によって わかるし、いわゆる「内面的な」ものではない 
 
(いわゆる「内面的な」ものは 「意気込み」といって 僕は区別している。 詳しくは 「意欲」と「意気込み」の違いについて  のエントリーを参照してみて!) 
 
 
 
 で、よく聞かれるのが  
 
 
「それは わかるんだけど まず 自分自身がやる気にならないと 行動にうつれないんじゃないですかね?」 
 
 
という質問がくるんだけど、、、どうしたらいいのかな? 
 
 
 
 
 
 
 
 でもね これは 根本的に質問が間違っているんだよね。  
 
 
やる気になったから 行動がおこるんじゃないよ。  
 
 
 
行動をするから やる気がおこるんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 もし 内面的な「やる気」があるとしたら それは 自分自身の内側からくるのではなくて 必ず 外側、、、、、、 つまり 環境から 呼びおこされる。  
 
 
 
と、いうことは たとえば
 
 
「たとえ どんな状況であっても 自分自身の強い意志があれば 勉強できるはずだ」 
 
 
というのは 間違いだということになるよね。  
 
 
 
 
 
勉強しようとおもったその部屋に ゲーム機やらテレビやら漫画やら なんやら おいてあって すぐに使える状態で 
 
 
「さあ! 勉強しなさい! あなたの意志が強ければできるはずだ!」
 
 
と、いって 勉強しなかったら その人のせいかな?、、、、、、 って そもそも そんな状況でできないよね。 
 
 
 
 
 
 
だったら 誰もが勉強している 図書館だったり カフェだったりで やっていると まわりもやっているし 静かだし おもわず 勉強してしまうよね。 
 
 
 
だから 
 
「たとえ どんな意志をもっていても 勉強せざるをえない状況はつくれるはずだ」 
 
 
という考えでいる必要がある
 
 
 
 
 
 
 そういう状況(環境)があれば、 
 
 
渋々勉強しはじめて そのうち勉強できるようになって  
 
 
勉強できるから 成績もあがって  
 
 
成績も上がるから また勉強するようになって  
 
 
そしてそのうち しないとイヤになってきて 勉強するのがあたりまえになってきて  
 
 
あたりまえだから どんな状況でもできるようになって  
 
 
まわりにゲーム機やら テレビやら漫画やらあっても 勉強できるようになる  
 
 
 
 
 
その状態をみて 「あぁ この人は 意志がつよいんだな」 ってまわりの人がおもうんだよね。 
 
 
 
だから 一見 「意志」が問題のようにみえるんだけど そこにアプローチするのが解決方法じゃないよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 だから 「意欲」をつくりだすには、 
 
 
 
「意欲」がなくても(少なくても)おもわず やってしまうような状況や環境をつくりだす 
 
 
ということが 逆に必要だってことだね。  
 
 
 
そこが 大きなポイントだから くれぐれも自分の「意志」の問題にしないようにしてくださいね。 
 
 
 
では! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月 1日 (火)

新しく何かをはじめる人に、役に立つ話

 4月に入って 新入社員とか 新入学とか 初々しい人たちが目につきますね。 

 
まぁ 初々しくない人も せっかくの新年度だし 「新しいことをはじめよう!」とかおもう人もいるのではないですかね? 
 
 
そんな あなたにちょっと かんがえてみてほしいことがありますよ。 
 
 
それは 「新しいことを はじめて 最終的にどうしたいのか?」 ってことなんですけどね。 
 
 
 
当然 新しいことをはじめて 「何かの役に立つように」 とか 「こうなりたいから」 とかあるよね。
 
 
 
 
 
でもね。 
 
 
 
 
いま、やろうとしてる 「それ」って ほんとうに「それ」やれば 「役に立つ」ように とかなるんですかね? 
 
 
 
どうでしょうかね? 
 
 
 
 
 
うん。 
 
 
 
ちょっと こういう話しがあるんだけど、聞いてみて。
 
 
 
 
 
 
 
 すこしまえに 僕にコーチング研修を依頼したい というエージェントの人から話しがあったんだよね。 
 
 
エージェントというのは 実際に依頼している「クライアント企業」と「僕」のあいだに はいって時間とか 予算とか そういう うちあわせを やってくれるんだよね。 
 
 
そのエージェントの人が
 
 
「いや、クライアント企業さんは 「実際に役に立つ研修をやって欲しい」という 強い要望でして …… なので ぜひ そのへんをよろしくおねがいします」 
 
 
とか いわれたんだけどね、、、いや もちろん 「役に立たない研修」とか やるつもりないでございますよ。当たり前じゃん。
 
 
 
 
うーん。
 
 
 
でもね、「役に立つ研修」ってなによ? なにって考えてるのかな? 
 
 
 
 
 
 研修の評価のしかたは、いろいろあるんだけど 僕は一般的につかわれているモデルをつかっている。 
 
 
ドナルド・カークパトリックという人の「4段階評価」ってものなんだけど もの凄く 僕流にわかりやすく説明するね(いつものように)  
 
 
 
レベル1 研修をうけて 参加者がアンケートとか感想とかの評価が高いか?
 
 
レベル2 参加者が、テストや演習なんかで できるようになったり覚えたか?
 
 
レベル3 参加者が実際に現場でつかっているか?
 
 
レベル4 参加した後に 業績があがっているか? 
 
 
 
 
 
というものだよ。  
 
 
 
 
 
これは レベルがあがるにつれて 当然難しくなるんだけど そのぶん 「それって研修の成果ですかね?」っていう部分がふえてくる。 
 
 
たとえば レベル4とかになると 参加したあとに業績があがれば 「おぉ、研修の成果でてるじゃん」っておもうよね。  
 
 
 
 
でも 業績あがったのは 別の原因かもしれないよ。 
 
 
 
 
 
たまたま別の原因で みんなが頑張ったのと 研修の時期が一致しただけかもしれないよね。 
 
 
 
 
 
 
 つまり 最初に 「できるようになること」 っていう研修の目標をたてたなら 「できるようになったか?」は あとで 評価をすることができる。 
 
 
 
でも 「できるようになること」が 本当に 「役に立っているか?」 「良いものだったのか?」 というのは 因果関係がはっきりとしないので わからないんだよね。 
 
 
 
 
だから 「役に立つかどうか?」は 実はあいまいにしかわからないんだよ。 
 
 
 
まぁ この場合の僕の答えは 「役だたせるようにする」というのなんだけど 研修とかの その辺の詳しいはなしは また別の機会にしますね。 
 
 
 
 
 
 
 
 この話しから かんがえると 何か新しい習い事とか、新しい趣味とか勉強とか はじめたとする。  
 
 
 
でも それが 自分の仕事やプライベートに「役に立つか?」 というのは なかなかわからないってことだよね。  
 
 
 
だから 習得したり できるようになることだけ じゃなくて 「役に立たせる」ということが とても大事で やりながら 「どう 役だたせるのか?」 という問いかけがとても大事だよ。 
 
それ かんがえてないと 習得できても できるようになっても 「役に立ったか?」という 自分の疑問に答えることができないよね。 
 
 
 
 
 
 4月から 新しいことはじめた人は まず 習得、できるようになって それを やりながら 「役に立たせるには どうしたらいいか?」って 同時におもいながら やるといいとおもうよ。 
 
 
 
それが けっきょく 1番役に立つ方法だとおもうよ。 
 
 
 
 
さて~
 
 
とか いう話しは はたして 「役に立った」でしょうかね? どうですかね? 
 
 
 
ぜひ 「役に立たせて」くださいね。 はい! 
 
 
 
 
では! 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

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