2014年10月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

twitter

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

2014年3月31日 (月)

2014年 3月の人気エントリー

 さて かなり反則気味の日もあったんだけど 一応3月も毎日更新できましたよ。 

 
 
当初は 「3ヶ月くらいつづけると、ペースがつかめるかな?」とか おもってたんだけど、、、うーん、、、あんまりつかめてないなぁ。 
 
 
 
まぁ 当面は毎日更新をつづけるので、はやくペースをつかんでいきたいとおもいますね。 
 
 
 
さて 3月の人気エントリーですよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
統計がでてたので それについてのコメント、エントリー。 
 
 
僕は 「沖縄の人は~」とか 「沖縄では~」っていうのを 安易にふりまわすのは大嫌い。 
 
 
昭和のオッサンが 「そもそも日本人は~」「だから日本はだめなんだ」とかいうのと 同じ嫌悪感がするんだよね。 
 
 
 
だから できるだけ統計にあたるようにしてるんだよね。 
 
このエントリーは研修の準備で、あたっていて それでちょっとコメントしてみたやつだね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
このエントリーも、研修準備中にしらべていた資料からのピックアップだね。 
 
 
経産省の「社会人基礎力」って言葉は 最近ひとりあるきしすぎみたいな気がするけど、まぁとっつきやすそうなフレーズだよね、「社会人基礎力」って。 
 
 
もっとも この「社会人基礎力」って求められるものではあるけど これを満たしている人がよい?社会人?かというと…… ちがうきもするね。 
 
 
このエントリーでは 「社会人基礎力」をみにつけるやり方について話しているよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
僕のブログのテーマは、一応 コーチング的なことを中心にはなしているつもりなんだけど だいたい 人気エントリーは 違うテーマですな。  
 
 
 
マンガは、あんまり読まないんだけど……そうでもないか…  
 
 
「ナチュン」おもしろいよ。 
 
 
キンドルだけど おすすめですね。
 
 
そろそろ ビジネス系の本の紹介もしたいけど…  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 3月は こんなかんじでしたよ。 
 
 
 
本業関連のエントリーで 来月は1位とりたいね。 
 
 
ムリっぽいけど(笑)
 
 
 

 
 
 

2014年3月30日 (日)

評価制度に最低限必要なもの

 今日も、なんだかんだと仕事で ややストレス溜まり中、、、とかいいつつ 昨日のように  フラフラしてたりして あんまり捗ってないな。 

 
 
 ここんとこ 仕事の中心になっているのは 「業績評価によるモチベーションプログラム」の作成? というか 導入? というか どうしたらいいのかを話し合う資料とかつくってるよ。 
 
 
単純な 成果報酬だけではモチベーションはあがらない んだけど でもなんらかの「制度」というか 「環境」は 必要だよね。  
 
 
そうすると 最低限 必要なことってなんだろうか? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕は 基本的に小さな会社や組織がクライアントなんだけど 「そういう組織限定」 でうまくいっている例を 1つ紹介してみる。 (※ 紹介できる範囲だけど )
 
 
 
 
まず 「マネージャー」という役職をきめて その人の「求められる役割」をきめる。 
 
 
この「求められる役割」というのは たとえば 
 
 
「毎週の会議を実施する」 
 
 
「部下の勤務評価をする」 
 
 
「新しいプロジェクトを考案し、チームをつくり実施する」 
 
 
などの項目を つくる。 
 
 
だいたい 5項目~10項目になるとおもう。 
 
 
これらが 期末に OKであれば 10項目中 8項目OKであれば 80点、、、とか 点数化する。 
 
 
それが 「加算点」になる。 
 
 
 
、、、、、、 っていうのが かんたんな紹介。 
 
 
 
 
 
これは 絶対にこれがいいという方法じゃなくて 1つの例だよ。 
 
 
この制度の ポイントは  
 
「仕事が加算で報酬にむすびついている」 
 
「役職者は、役職についているだけでは報酬はなくて 実施する仕事によってかわる」 
 
 
というもので つまり 「仕事ができる人には もっと意義ある仕事をしてもらい その証としての報酬がある」 というものだよ。  
 
 
 
 
 
ん?  
 
 
 
 
ふつうの制度とどこが違うのか?  
 
 
 
 
 
 
 ちょっと わかりにくくみえるけど この「報酬」というのが実はそれほど大きな金額ではないんだよね。  
 
 
つまり この制度の下敷きになっているのは 
 
 
「仕事の報酬は 次のもっとおもしろい(あるいは次のレベルの)仕事」 
 
 
「金額は それの証としての機能」 
 
 
というところだよ。  
 
 
 
だから やった仕事にふさわしい報酬というよりも 「自分はこの仕事ができる というシグナル」としての違いをあらわす報酬になっている。 
 
 
 
 
 
 こんなことを話すと 「そうか そうやって給料をおさえているのか」とかおもわれるけど そうじゃなくて この組織は そもそもベースの給料が高いので おさえているわけじゃない。 
 
 
 
そして なにより 「この仕事は評価にあたいするのか?」という ミーティングをすくなくとも 2ヶ月に1回くらいはおこなわないと 機能しないので 楽じゃないよ。  
 
 
 
つまり この制度によって 何がもたらされたのか? というと  
 
 
「何が価値ある仕事なのか?」 
 
 
ということを かんがえる組織になってきた ということだね。 
 
 
 
 
 
 
 これからいうと 「最低限必要なこと」っていうのは 
 
 
「何が価値ある仕事なのか?」 
 
 
っていうことを かんがえつづけられるような制度 ってことになるね。 
 
 
 
つまり かんがえることそのものが モチベーションにつながるってことだね。  
 
 
 
 
 
 これって 結構重要で ここに手をぬくと 単純に「成果だせばいい」とか「もっと高い給料がいい」とか もの凄く欲求と直結するはなしばかりになってしまう。 
 
 
 
とくに 差別化がむつかしい業界とかは (いや、簡単な業界とかないけど) こういうことがとても重要になるね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月29日 (土)

また、今日は更新の危機!

諸事情にて、今日も更新の危機!

更新の障害っていうのは、デバイスだったり、サービスの問題だったり、いろいろですね。



2014年3月28日 (金)

「コーチ」と「監督」のちがい(結論なし)

 さて、今日は軽く日記モードで話ししてみます。  

 
 
 今年は ソチオリンピック それから ワールドカップ とか 大きなスポーツイベントが続くよね。  
 
 
 
 そんななかで 「コーチ」のやくわりと「監督」のやくわりの違いってなんだろうね?  
 
 
 
なんとなく 「監督」って 采配をふるう最終責任者ってイメージあって 「コーチ」っていうと育成とか トレーニング担当ってイメージあるよね。 
 
 
 
 
 
今日、プロ野球が開幕したんだけど プロ野球の監督は 「Manager」って英語表記がでるんだよね。
 
 
でも サッカーの監督は「Coach」って表記されるんだよ。 
 
 
 
日本語では 同じ監督なんだけど 一方は「マネージャー」 一方は「コーチ」って表記されるのは 区別があるんだろうか? 
 
 
 
 
 結論からいうと どうも明確な違いはなくて 単純にいままでの慣習で そう表記しているみたい。 
 
 
 
ただ 野球、、、というかプロ野球(とくに日本のプロ野球)は コーチもたくさんの役割があって コーチも分業制になっている。 
 
 
サッカーも もちろん分業してるんだけど 野球ほど細かくわかれていないんだよね。 
 
 
 
 
たとえば プロ野球だと いろんな種類のコーチがいて
 
「打撃コーチ」
「内野守備走塁コーチ」
「外野守備走塁コーチ」
「ピッチングコーチ」
「バッテリーコーチ」
「コンディショニングコーチ」
 
 
ほかにもチームによっては それをまとめる 「ヘッドコーチ」とか 「ブルペン担当コーチ」とかなんやかんや
 
 
、、、、、、いろいろいるんだよね。  
 
 
 
逆に サッカーはそれほど分業はしていなくて そしてひとつのポジションに複数のコーチがいることはない。
 
(ゴールキーパー担当コーチが 複数いるとか) 
 
 
 
 
 
 プロ野球の監督は、むしろ「コーチ」からあつめた情報と 現場の状況をみて コーチや選手をマネージメントする役割がつよいんだろうね。 
 
 
実際、プロ野球の監督の采配とか、どの選手をつかうのか? なんていうときも 基本的にはコーチが提案して それをもとに監督が決定するっていうしね。 
 
 
「コーチ」っていうよりも 「プロ野球のコーチ = 中間管理職」ってイメージだね。 
 
 
 
なんとなく 日本的、縦社会的 組織のイメージがプロ野球につよいのは そういう部分もあるからだろうね。 
 
 
 
 どうしても 日本的スポーツの監督っていうのは 「上司型」になりやすいよね。  
 
 
たぶん 旧来の「上司型監督」だけの要素じゃない 監督もたくさんでてきているので その辺の違いとかを みるのもおもしろいかもね。 
 
 
 
という 軽い感じで今日はおわります~ 
 
 
 
 
 

 
 

2014年3月27日 (木)

うまく「聴けている」かどうかはどうやってわかるのかな

 今日はちょっと 「聴く」ことについてはなしてみる。 

 
 
 
コーチングのポイントは、「聴くこと」とよくいわれるけど 僕は自分自身でも 「うまく聴けてるかな?」というのは、よくわからないときが多い。 
 
 
クライアントさんから 「今日はよく聴いていだきました。90点!」とか いわれるわけではないので 評価がよくわからないんだよね。  
 
 
 
 
 
で、僕が気をつけているのは 自分がうまく聴けたか? ということよりも 
 
 
「相手が たくさん話しができたのか?」  
 
 
ということを ここんとこでは 気をつけるようになった。  
 
 
 
 
 
 
 うまく相手の話が聴けているのかどうか? というのが 「相手の話しの量」ってするのは、ちょっと乱暴なのかなともおもうけど ひとつの指標ではあるとおもうな。 
 
 
 
延々と話しをしているんだけど 実は核心のはなしをしたくないから延々と話しているケースもあったりするよね。  
 
 
でも、それも そもそも「延々と話し」をつづけていることが できているから 「あれ? なんだか核心の話しにふれないなぁ」って聴いてるほうがわかるっていうこともあるとおもう。
 
 
 
だから ある程度 「相手が話す量」っていうのを目安にするのはわかりやすい。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「聴くこと」がなぜ 相手のサポートにつながるのか? というと 
 
 
「自分が聴く」 → 「相手が話す」 → 「話すことで 相手の経験や知識、かんがえなどが 相手の中で再定義される」 → 「相手自身の中でかんがえを再認識する」 
 
 
 
再定義されて、再認識するプロセスが いわゆる「気づく」という状態なんだろうね。 
 
 
だから それが相手のサポートにつながるんだろうね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 別の見かたをすると 「聴く」というのは ただまんぜんと聴いているのではなくて 
 
 
 
 
「相手が話す」 
 
 
「相手が経験や知識、かんがえを再定義する」 
 
 
「相手が自身の中でかんがえを再認識する」 
 
 
ということをうながすように 会話をするってことだろうね。  
 
 
 
 
 
 
 
だから そういうことが 会話のなかで うながされていれば、ひとまず「うまく聴けている」っておもってもいいのかもしれないね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 もちろん、「聴くこと」には いろんなものがあるので これができていれば全部OK! とはいえない。 
 
 
 
 
でも ひとつの目安として
 
 
「相手がたくさん話しをしている」 
 
 
ということで
 
 
「相手が経験や知識、かんがえを再定義する」 
 
 
「相手が自身の中でかんがえを再認識する」  
 
 
なんかが うながされていたら ひとまず「よく聴けた」とおもってもいいんじゃないかなとおもってるよ。 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

2014年3月26日 (水)

さて、今日は更新できるのか?(→3/27追記しました、、、しかも閲覧注意!)

今日は今からこちらの講師です。

んーなので、今日も更新できるのか?

と、一応 更新しておきます(笑) 

 
 
 
(ここから 3/27 追記ぶん) 
 
 
いや、いくらなんでも 上の状態で「ブログ更新しました」ってのはないよね(笑)
 
 
なので 翌日ですが 追記してみます。  
 
 
 
 
 
 
このセミナーで 僕が担当したのは 「ロジカルシンキング」と「コーチング」の2講座を担当してましたよ。 
 
 
実は 僕は「ロジカルシンキング」の講座も、なんどもやっているので ときどき依頼があったり 提案したりして 年間に何回か講師をしてますよ。 
 
 
 
「ロジカルシンキング」でも「コーチング」でも 僕がお話している 根本というか、だいたいのポイントは 
 
 
「仕事でつかうためのスキルというのは 全部を詳しく学ぶ必要はない」 
 
 
という 思想(?) みたいなものなんだよね。 
 
 
 
 
コンサルタントの専門職であれば、「ロジカルシンキング」の深い理解とか さまざまな使い方をしっている必要はあるとおもう。 
 
 
 
でも、ふつうの仕事をしている人に、あんまり難しい内容は必要ないよね。 
 
 
できるだけ 「使えるものだけ」 を知りたいよね。 
 
 
 
 
 
コーチングも同じで、 
 
 
「ビジネスの場ですぐにつかえて、シンプルでかつパワフルなものだけ」 
 
 
をできるだけ つたえるようにしているよ。 
 
 
 
 
僕はいつも  
 
 
「コーチングという言葉を 今日はじめてきいた人でも 4時間でできるようになります」 
 
 
っていってるんだけど 実際にできるものしか あつかってないので できるようになるのは当たり前だよ。 
 
 
 
 
ちなみに この日は約3時間弱くらいの時間なので 「できるようになる」っていうのはムリかもしれないけど つかえるものはもってかえってくださいって言ってみた。 
 
 
 
この日やったのは
 
 
「コーチングとは何か、どんな場面でつかうと効果的か?」 
 
「意欲とは何か?」 
 
「質問のスキル、効果的な質問とは?」 
 
「会話の設計図とその演習」 
 
 
というような内容。 
 
 
 
 
 
まぁ スタンダートな内容ですよ。 
 
 
スタンダードな内容なんだけど 僕は同じことを何回もやってるんだけど 基本的に同じことをやりつづけようとおもっている。 
 
 
このコンテンツは ごくごく基本的なものなので ほぼ毎回おなじ内容なんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
なんかで 読んだか聞いたかわすれたけど、すぐれたコンテンツを長くやっていると講師側が飽きてしまう、、、、、、って話しをきいたんだよね。 
 
 
あぁ なるほど、っておもって 僕がコンテンツに飽きてしまって 下手に修正したりして 「改悪」になったりするのか、、、っておもったよ。 
 
 
 
よく 昔のヒット曲なんかを テレビで現在のあの人が歌う! なんて番組で ヒット曲を生歌で 昔の歌手がうたったりするとき なんか変にアレンジしてて がっかりすることあるよね。 
 
 
 
あれと 似たようなものになるんだろうね。 
(コンテンツの価値はぜんぜんちがうけどね) 
 
 
 
 
 
 
 終了後 懇親会もあって 楽しくすごしたら あっというまに 日付がかわりそう。 
 
 
それで ブログも更新できずに やや反則気味に「毎日更新」になったってことですね。  
 
 
 
 
 
 
 
 しかし、昨日の運転代行の運転手さんが 超~運転へたくそで ヒヤヒヤしたよ。  
 
 
 
 
 
 
運転代行の運転手さんも 気をつけて運転してほしいですね。
 
 
もう 雪は大丈夫だとおもうけど 雪道とかだと とくに気をつけないと! 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月25日 (火)

成果報酬で、モチベーションはあがるのか?

 よく相談されるのが 「成果報酬で 給料をきめたいんだけど どうですかね?」って 話しをうけるんだよね。 

 
 
 
まぁだけど この相談をしてくる人(経営者)が、何をねらっているのかで 話しはずいぶんかわってくるよ。 
 
 
 
たとえば 「成果と給料と連動させて、モチベーションをあげたい」っておもっているとしたら 答えははっきりしている。  
 
 
 
 
 
「成果報酬だけでは モチベーションはあがりません」  
 
 
 
 
 
 
これは はっきりしているとおもう。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 仕事にたいするモチベーションっていうのは 複雑で もし お金のためだけに働いているとすれば その人は 1番儲かる業界で 1番儲かる仕事をするだろうね。
 
 
でも、みんながそうしないよね。 
 
また、楽したいのであれば 低賃金で楽な仕事はいくらでもある。
 
 
でも みんながそうしないよね。 
 
 
 
だから 「給料高くて 楽な仕事がいいな」って、まぁ 誰でも夢にみるけど 実はほとんどだれも望んでいない。 
 
 
 
 
 
 
 おんなじように 単純に 「成果だした人に たくさんお金をだせば 公平でモチベーションもあがるだろう」っておもうんだろうね。 
 
 
 
でも、これは 経営者や管理職として わりとイージーな考えで、場合によっては 社員やスタッフに興味がないっていってるようなもんだよ。 
 
 
 
 
 じゃ、どうしたらいいのか? ってことだけど 答えはなかなか難しい。 
 
 
ただ それなりにうまくいっているところは 経営者や管理職や社員、スタッフなどが  
 
 
 
 
「自分の組織について よい仕事とは何なのか?」  
 
 
 
「自分たちのチームが、最優先にしないといけないものは何か?」  
 
 
 
「何がよくなることで 顧客にたいして良いことなのか?」 
 
 
 
 
と、いうような 「自分たちの仕事とは何か?」ということを かんがえつづけているところが 成果報酬や能力評価とあいまって モチベーションがたかく パフォーマンスがよくなっているとおもう。 
 
 
 
 
 「よい成果」っていうのは、なかなかあいまいで しかも 刻々とかわっていくものだから それについて 「つねにかんがえつづけている組織」っていうのは重要な要素だとおもう。 
 
 
 
だから みんながかんがえて 話し合った 「よい成果」 に連動する というのが モチベーションを駆動するものになるんだろうね。 
 
 
 
 
 何か、制度だけを いじって うまくいかせようとおもっても そんなに簡単にはうまくいかないよね。 
 
 
ただ 逆に制度をぜんぜん整備しないのも これもとても問題。 
 
 
なんだか やることいっぱいあって 大変、、、、、、だけど まぁ だからこそ 成果がでると嬉しいんでしょうね。 
 
 
 
 

 

2014年3月24日 (月)

あなたの仕事の何がおもしろいのか おしえてください

 ここんとこ、「教育」とか「学習」とか、そういうネタがつづいてるんだけど 今日もそれ系のネタで話してみるね。  

 

 
 
 僕がコーチングをしているときに、クライアントさんによく聞く質問があるんだけど、それは 
 
 
「あなたの仕事の何がおもしろいのか おしえてください」  
 
 
って質問なんだけどね。  
 
 
 
これは 別に「あんたつまんない仕事しているね」って文句いってるんじゃないよ(笑) 
 
 
 
何を意図しているかというと  
 
 
 
「自分自身は 仕事の何に興味や、面白みを感じているのか?」  
 
 
ということを 再発見してもらうためなんだよね。  
 
 
 
 
 コーチングっていうと、なんとなくモチベーションをあげるための方法みたいにおもわれる。 
 
 
その 「モチベーションをあげる」 という言葉のなかに 「あんまり面白くない仕事を、いかにやりたくするか?」 ってニュアンスが 含まれている気がするよね。 
 
 
 
 
つまり やりたくないことを、いかにやれるようにするのか? みたいな なんとなく修行くさいかんじがあるよね。 
 
 
 
 
 
でもね。  
 
 
 
 
 
 
そもそも 「やりたくないこと」 だと やっぱりどこまでいっても やりたくないことじゃないかな。  
 
 
 
 
そんな やりたくないことを 会社とか上司から「コーチング」されてモチベーション高められるのは嫌だよね? (そんなことが可能であれば、だけど) 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕の好きな、「思想家」? 情報建築家の リチャード・ワーマン  が 学習について こうかいている。 
 
 
「学習とは何がおもしろいかに気づくこと」 
 
(※ 「情報選択の時代」 より ) 
 
 
 
 
僕は この一文が モチベーションをあげるための方法 すべてをあらわしているとおもっていて 「興味をもつこと」がないと 仕事でモチベーションってあがらないとおもう。 
 
 
 
 
「興味をもつこと」と「モチベーションプログラム」は クルマの両輪だとおもっているんだよね。  
 
 
 
たとえば 興味だけでなくて モチベーションプログラムとして、報酬制度がリンクしていたりってことだよ。  
 
 
 
 
だから 学習をよりすすめていくには 「興味をもつこと」というのを支援する必要があるよね。  
 
 
 
だから 「どうしたら よりよいモチベーションプログラムを作れるか?」ということだけをかんがえるんじゃなくて 「面白みとか興味とかを 発見できるようにする」というのが重要だよ。 
 
 
 
 
 
やっぱり 「熱中できる」くらい一生懸命やっている人には かなわないよね。  
 
 
 
 
それが「学習」につながるんだとおもうな。 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月23日 (日)

「教育」と「学習」のちがい(成人学習の4原則)

 僕は 「ビジネスコーチ」っていうよくわからない(笑)肩書きをつけているんだけど それには明快な理由があるんだよね。 

 
 
ときどき、「お仕事なにやってるんですか?」って聞かれたりするときに 僕は「コンサルタントです」とか「研修講師です」とか答えてる。 
 
 
 
仕事は何ですか? ってきかれて 「コーチです」とは答えません。 
 
 
 
なぜなら 世の中に「コーチ」という職業はないから、、、、、、とか話すると 長くなるので、、、  
 
 
 
 
 
「ビジネスコーチ」っていってるのは 「子育てコーチング」とか「生き方コーチング」とか そういうのは やりませんって意味です。 
 
 
 
僕は 「子育て」とか「生き方」とか コーチされるものではないとおもっているので、、、 
 
 
 
とか いっても だいたい年に数回は、学校とか保育園とかの先生対象に、講演とかやるけどね ( でも たいていは 父兄とのコミュニケーションについてだけどね )  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「教育」と「コーチング」の明確な違いとして 「生徒」を対象にしているのか? あるいは 「社会人」を対象にしているのか?という違いがあるよね。 
 
 
 
これは 対象が 若いかそうじゃないか ということにかかわらず 「生徒」なのか「成人(社会人)」なのかで 学習のやりかたが違うといわれている。 
 
 
 
 
比較的 あたらしいんだけど ノールズと言う学者さんが 
 
 
 
「子どもの「教育」と 成人の「学習」というものをわけるべきだ」  
 
 
 
的な理論がでてきて 子どもの教育と 成人学習とは明確にわけるべきだってかんがえかたが でてきたんだよね。 
(※ もう、めちゃくちゃ 「意訳」しています。研究者のかたスミマセン)  
 
 
 
 
その4原則っていうのを 簡単に紹介すると、 
 
 
1 自分たちが学ぶことについて、その計画と評価に直接かかわる必要がある
 
2 いままでの経験が、学習の基盤を提供している
 
3 自分の職業や生活に直接、重要とおもわれるテーマについて学ぶ
 
4 学習する内容そのものよりも、問題解決が学習になる 
 
 
っていうのが 「成人学習」の原則だよ。 
 
 
 
 
 
ここから わかるのは 例えば 職場で部下や後輩に、何かを学んでほしいときに 学校で教えてもらった先生のやりかたでは 基本的にはダメだってことだよ。 
 
 
 
つまり 「teaching 教えること」 から 「learning  学習すること」への違いをあらわしているよね。 
 
 
 
 
これは 大きな違いで この違いを意識して 職場でもOJTなんか やっていかないと 効果が薄いよね。  
 
 
 
 
 実際 ときどき大きな問題になることがあって 教えるほうが 「先生ー生徒」のやくわりを要求しているのに 教えられるほうが「教えてくれる人ー学習者」の関係を 要求して なんか 人間関係的にマズイ状態とかになったりする。 
 
 
 
だから これは 基本的に 職場なんかでは 「教えてくれる人(インストラクター、コーチ) - 学習者」 という関係性で 接しないと なかなかうまくいかない。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 けっこう 単純に この「教育」と「成人学習」の違いを意識していないだけっていう問題なんかがあって そういうのは すぐに解決したほうがいいよね。 
 
 
 
 
 
 まぁ そういうわけで 僕は「子育て」とか「生き方」とかそういうのはコーチングしませんので 依頼しないようにお願いします。  
 
 
 
よろしくお願いします。 
 
 

 

2014年3月22日 (土)

「やる」ということは「やめる」と同じ

 今日は やや体調がすぐれない? なので短めに。

 

 

ユニクロ・柳井正氏が語るパート、アルバイト正社員化の真意(日経ビジネスオンライン) 

 

「部下は部品ではない」

 部下は部品でない。得てして、部下を部品だと勘違いしています。「換えればいいんじゃないか」、と。そういうことはないですから。主役は部下です。部下が変わる前に、あなたに変わってもらいたい。これを、お願いします。

 部下は、取り替えができません。(部下の)人生を預かっている。会社の都合で異動させないようにしないといけない。これは、店長もそうですよね。

 最近は、本人の達成感なしで(部下を)異動させてしまう。達成感が非常に大切なんです。腰を据えて一つひとつの仕事をやりきる。このやり遂げた積み重ねで、人は成長していきます。ですから必ず、どんな小さなことでもいいですからやりきってください。

 部下を成長させるようにしてください。そのためには、一つずつ、仕事を具体的に評価して、方向性を示し、「よくやったね。これはこういう方向のほうがいいんじゃないですか」と言わなくてはいけません。

 社員全員と経営者全員にお願いしたいのは、「サーバントリーダー」になってもらいたいということです。「May I help you?」という精神がないとダメ。

 本当に優れた人事の担当者のようになってもらいたい。部下は自分の後継者。自分を超える人。部下の人生を預かってもらいたい。預かっていない人が非常に多い。それでは上司とは言えません

 

 うーん、この部分を聞いてると とっても正論だし 納得いくけど はたして本当に実現できるのだろうか? 

 
 
 
 

  よく「名経営者の凄い本」みたいな本あるけど 僕はあんまり読まないんだよね。 

 
 
なぜかというと やっぱり それはある種の状況のなかで うまくいっただけのことで はたしてそれが 別の状況でうまくいくのか? というとなんだか疑問におもえるからなんだけどね。  
 
 
あと「こうやればいい」みたいな話っていうのは けっこう問題があって それは「何かを選ぶっていうことは何かを捨てるということ」っていう基本的原則がふまえているのだろうか? という疑念があったりする。  
 
 
 
 
先日も ある方の有難い講演をきかされる羽目になったのだが そこでも  
 
 
 
「自分は 何事もとことんやらないとダメだとおもっている。 ゴルフも1年で なんちゃらになった (※なんちゃらっていうのは すごいことになったってことらしいです。僕はゴルフやらないので さっぱりわかりません) それは 1日もかかさず 毎日 3時間練習したからだ」 
 
 
 
みたいな話を お聞かせいただいたんですね。  
 
 
 
 
それで、僕は 「アホか」とおもったわけですよ。  
 
 
 
 
あの 毎日3時間(か、よくしらないけど)ゴルフの練習すれば 誰でもうまくなるじゃん。  
 
 
 
 
それが何か?  
 
 
 
 
 
ってか、毎日3時間練習したってことは、何かを3時間やめたってことよね。  
 
 
 
 
 
僕なんか こんな話きいたら 「おっさん アホなことやってないで仕事せいや」とかおもう。 
 
 
 
 
 
たぶん 毎日ゴルフ練習3時間やらないで 仕事してたら もっと凄い話できただろうし できなければ 仕事のやりかたがマズいってことがわかるしいいことづくめじゃん。  
 
 
 
 
 
 
 よく「とことんやればうまくいく」とか「しぶとくやる」とか そういうあいまいな精神論の話があるけど べつに とことんやれば誰でもうまくいくし しぶとくやればうまくいくのは当たり前なんだけどね。 
 
 
 
 
 
 
今日はなんか まとまらないけど ただ 何かをはじめる、何かをやるっていうのは とりもなおさず 何かをやらない 何かをやめるってことだよね ってことをいいたかったみたいだね。   
 
 
 
 
 
ではまた明日!
 
 
 
 
 

2014年3月21日 (金)

「ふつうレベル」と「熟達レベル」について

 昨日からの続きを 今日は話してみるね。 

 
 
 
 
 
昨日のエントリーのポイントというのは、  
 
 
 
 
一般的に、社員研修というのは 「未熟なレベルから一人前のレベル」に達するためにおこなわれる
 
 
しかし 一人前レベルから 次におこなわれるのは 「次の世代の育成手法を学ぶ」研修がほとんど 
 
 
だけど 本来なら 「たんなる一人前レベルから、より熟達者になるのは?」という教育がおこなわれないといけないのでは? 
 
 
実際 熟達者が増えることが チームの生産性やパフォーマンスを左右している
 
 
 
では? どうしたらいいのか?  
 
 
 
 
、、、、、、っていうのが 今日の話。  
 
 
 
 
 
一人前レベル、、、、、、っていう言い方がずいぶんあいまいなんだけど まぁ これを 「ふつうレベル」ってよぶことにする。 
( まぁ これでもあいまいだけどね )  
 
 
 
 
 
「ふつうレベル」と「熟達レベル」とのちがいとは何か?  
 
 
 
 
 
実はこの「問い」こそが、熟達レベルをつくりだしていく質問なんだよね。  
 
 
 
つまり この質問に答えられない組織が大半で それは とりもなおさず 「熟達レベル」の人をつくりだすことを 組織としておこなっていません と宣言しているようなものだよ。 
 
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
 
 
これは とても大きなポイントなんだよね。  
 
 
 
 
 
やり方としては、 
 
 
「熟達レベルとはなにか?」ということを ディスカッションして それをそっれぞれの行動レベル、プロセスレベルにまで 分解する。 
 
 
それを 実際にうまくおこなえるように なんども練習(ロールプレイ)し、評価をおこなう。 
 
 
評価のなかで 修正をくわえていって 「熟達レベル」のパフォーマンスをきめる。 
 
 
「熟達レベル」は、成果ではかられるから 評価基準も重要なんだよね。 
 
 
 
、、、、、、なんて ことを話していくとキリがないから また別の機会に話すね。  
 
 
 
 
 
 
 とにかく 「熟達レベル」を規定していくプロセスというのは 僕自身のコーチングプログラムの中に完全にあって いろんなところで ちゃんと機能している。   
 
 
 
 
 
 
ところが、、、、、、なんだよね。  
 
 
 
 
 
実際は この「ふつうレベル」と「熟達レベル」というのを組織としてきめない という組織はとてもおおい。  
 
 
 
 
なぜか?  
 
 
 
 
 
大きな理由は 「熟達レベル」をきめて 皆がそこにむかう ということが (おもっているよりカンタンに) できるって信じていないってのが大きいとおもうな。  
 
 
 
 
つまり 最初は うまくイメージできないんだろうね。  
 
 
 
だから  けっこう長い間抵抗したり 話していくのに、たくさんの人と話をしたりしないといけなかったりするよ。 
 
 
 
 
僕が苦労した組織のほとんどは、この組織として「熟達レベルとはなにか?」ということを 決めることに 抵抗したひとたち、、、、、、っていってもいい。   
 
 
 
 
 
 
不思議なもので わざわざ僕に、コーチを依頼して しかも 僕のいうことに抵抗するっていうのは 最初のころは 意味がわからなくて 面食らったけど 最近は おどろくこともなくなった。 ( ありすぎて(笑) ) 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後に ちょっと、まとめると  
 
 
 
 
「熟達レベルとはなにか?」ということを 組織としてかんがえる必要がある  
 
 
 
熟達レベルを規定していくプロセスは、ほぼ規格化されていて さほどむつかしいものではない 
 
 
 
 
そうすることで チームのパフォーマンスは向上する 
 
 
 
しかし、そもそも「熟達レベル」をきめることに、抵抗する組織があって そこを納得させることに かなり苦労する 
 
 
 
 
ってことだね。 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

2014年3月20日 (木)

「能力」を伸ばすのは何が必要なんだろうね(必要な教育とは?)

 最近、研修とか それ系のこと話しているので 今日もそれネタで。  

 
 
 
 
一般的に 「研修」とか「教育」っていうのは 
 
 
「未熟なひとが 一定のレベルに達するまで」
 
 
を サポートするものだと おもわれてるよね。  
 
 
 
 
 
もちろん 大部分がそうなんだけど、、、、、、 
 
 
 
じゃ、一定のレベルに達したあとは 「研修」や「教育」をつうじた 学習は必要ないのか?、、、、、、っていうと そんなことはないよね。 
 
 
 
 
ただ そうなった場合 何が「研修」の目的になるか? というと ほとんどが
 
 
管理者教育( この言い方大嫌いだが )= 次の世代を育てるためのスキル習得 
 
 
ってことになるんだよね。 
 
 
 
 
 
 
でもね。 
 
 
 
 
 
毎年、毎年 たくさんの新人が入ってくる 大組織ならまだしも ときどき新人がはいってくるぐらいの 大部分の中小企業なら はたして そんなに 「次の世代を育てるスキル」が必要だろうか?  
 
 
 
 
 
 
ほんとうは いちばんニーズが高いのは  
 
 
 
「いまのチームの力をより向上させ、成果をあげる能力」  
 
 
が もとめられているとおもうな。  
 
 
 
 
 
 
 
つまり 企業ニーズが高い「研修」とは
まず 第一に  
 
 
「未熟な人が一定レベルに達するためのスキル研修」 
 
 
その次は
 
 
「リーダーや マネージャーが チームの力をよりひきだすためのスキル研修」
 
と、なるよね。  
 
 
 
 
 
 
 
でも、実際 リーダーとかマネージャーとかの「リーダーシップ研修」とか「チームビルディング研修」なんかをやるだけで チームの力はひきだせない。  
 
 
 
 
 
 
チーム力をひきだすには 重要な要素がある。 
 
 
 
 
 
 
 
それは あたりまえのようだけど
 
 
「一人前になってる(と思われる)人を より熟達させるための研修(教育)」
 
 
なんだよね。 
 
 
 
 
 
これは なかなか おこなわれないんだけど ココが! いちばん チーム力や組織力が伸びる 大きなポイントなんだよ。  
 
 
 
 
 
 
僕は マニュアルや仕事を定型化することとか  そういうことを強力に推しすすめるコーチングをする人なんだよ。 
 
 
 
 
それは ヒューマンエラーを極限までなくしたいっていう思想でもあるけど なにより 極限まで マニュアル化をすすめても 最後の最後で、 
 
 
 
 
「ここからは 個人の力量にたよらないといけない」  
 
 
 
という部分が残る、、、、、、残すためでもある。  
 
 
 
 
 
 
 
この 極限まですすめても 残る部分っていうのが 本当に「熟達」しないといけない部分なんだよ。 
 
 
 
 
 
でも たいていの場合 そのはるか手前で  
 
 
 
 
 
これ以上は、個人個人の判断で、、、
 
 
だいたいわかっているから 個人にまかせている 
 
 
ひとつひとつ規定していては ルールが複雑になる  
 
 
 
 
 
 
、、、とかの「理由」で、あいまいな部分が残ってしまっている。 
 
 
 
 
実は これが 個人の力量が伸びることを、さまたげている大きな理由なんだよ。  
 
 
 
 
 
つまり 
 
 
 
 
「もっとも効果的で効率のよい方法は何か?」  
 
 
 
 
ということを 組織としてかんがえることを放棄しているんだよね。
 
 
 
 
だから 個人がそこにむかわない。 
 
 
悪くはないけど さしてよくもないやりかたを いつまでも続けてしまう。 
 
 
 
そうすることを 助長してしまうんだよね。   
 
 
 
 
 
 
 
さて ではマニュアル化とか定型化とかを すすめれば 個人の力量が伸びるのか? というとそういうわけではないよ。 
 
 
 
具体的にどうするのか? 
 
 
 
 
 
、、、 っていうのは 長くなったので また明日話すね。  
 
 
 
 
 
では!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月19日 (水)

では、よい「研修」とはどんな研修なのか?

 このあいだ どんなコーチングをやっているのか? 秘密を公開します ってエントリーではなしたんだけど それに関連して 今日また、ちょっと話してみますね。  
 
 
 
 
 
 
 僕は研修なんかで いちばん気をつけていること なんだけど それは 
 
 
 
「研修の最大のリソースは、他の参加者である」  
 
 
 
っていう よくいわれる言葉なんだよね。  
 
 
 
 
まぁ これは そのまま なんだけど 要するに 研修でいちばん役に立つのは 講師からの話だったり 講義の内容だったり じゃない。  
 
 
他の参加者の意見や 参加者の、この講義のとらえ方 なんかがいちばん学びになるっていうことだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 あんまり慣れていない 講師の人や へたくそな先生なんかは 自分自身の話すことに気をとられすぎてしまうんだよね。  
 
 
 
 
重要なのは、 
 
 
 
 
この時間の中で 他の人は 何をうけとっているのか? 
 
 
何を理解しているのか? 
 
 
どんなことを考えているのか? 
 
 
講師への評価をどうかんがえているのか? また 他の参加者の評価をどうとらえているのか? 
 
 
 
 
 
などを 自分と比較してどうなのか? ということに 参加者は とても関心をもっている。 
 
 
 
そして それを知ること、そのものがいちばんの学びになるんだよね。  
 
 
 
 
 
 
だから 研修や講演、セミナーなんかは それが ごく自然におこなわれたり はなしあわれたり できるような デザインになっていないといけない。 
 
 
 
 
 
たとえていうなら  進学校が 成績がよいのは 教えている先生やカリキュラムがいい というだけでなく その学校のクラスメート 友達どうしの 情報交換や刺激が 活性化につながっているってことと 似ているね。
( スポーツ名門校なんかもそうだよね )
だから そこから逆算して 講師の話も 研修の内容も 「参加者どうしの学び」が最大化するように 設計されていると もっといいね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同様に 職場での学びも 「上司→部下」という 一方向の学びだけでは うけとるものがすくなすぎる。 
 
 
 
 
やはり 「学び」は 職場のさまざまな方向から うけとっている。 
 
 
 
だから 同僚や後輩、他部門の先輩や、2つ、3つとびこえた上司 なんかの とらえかた 考えかたを 知ることはとても学びがおおきくなる。 
 
 
 
 
そういう 「上司→部下」の一方向だけでない 学びのデザインを職場でも つくっていくことが重要で それは とても効果も高いし 効率もいい。 
 
 
 
 
 
単純に 「上司 → 部下」っていう 関係性 だけで学びのすべてを みたそうとするのではんくて いろんな関係性から 学びがおこなわれるように デザインする必要があるとおもう。 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月18日 (火)

どれくらい組織や企業は「教育」を負担したらいいのか?

 少しまえに 僕が研修をやっていたときに 参加者のひとりが
 
 
「そんなことまで やらないといけないんですかね? 会社は教育機関じゃないんですよ?」 
 
 
というような 発言をしたんだよね。 
 
 

 
 
 
正直 「それを講師にいわれても困るなぁ。そこから話すると ずいぶん面倒だな」 とおもったよ。 
 
 

 
 

 
 
そのときは ほかの参加者から 「それはいいんですが ちょっとべつの質問があるんですが、、、」 って話がでてきた。 
 
 
 
 
どうも、参加者の大部分が 「そこまで やらないと~」って 発言したひとに 共感してなかったみたいだったので、それで 別の質問の話になった。 
 
 

 
 
 
 
 
こういう 発言を 講師にされても 正直 困るなぁ。 
 
 
 

 
 
 
 
会社に 離職率対策やら、育成手法やらが 不十分なので よろしく~ といわれたので 僕がでてきたまでで 文句あるなら 会社にいってほしい、、、まぁ 気持ちはわからんでもないけど (と、一応いっておく) 
 
 
 
 
 
 
 
 あと、「そこから話すと面倒だな」っていう話なんだけど、、、今日は その話。  
 
 
 
 

 
 
 
研修やらコーチングやら 個人の成長につながるものを どの程度、企業負担でやる必要があるのか? という話なんだけどね。  
 
 

 
 
 
これって あんまり意識されていないんだけど どこまで負担するのが妥当なんだろうか?  
 
 
 

 
 
 
 
結論として いえば 「極力 組織や企業が そのコストを負担したほうが 結果的に効果が高い」 といえるとおもうな。  
 

 
 
  
 
 
 
「会社は教育機関ではない」 …… っていうのは、まぁ そのとおりなんだけど 「教育的体制をとったほうが効率がよい」というのは 間違いないとおもう。  
 
 

 
 
 
それなりのコストをかけて スタッフの教育をすれば もちろんパフォーマンスもあがるし 働く意欲もあがるだろうね。  
 
 

 
 
問題はどの程度コストをかければよいのか? ってことなんだけど、、、 具体的には わからない。 
 
 
 
 
 
 
 
誤解されやすいのは その教育によってメリットがあるのは 個人が最大だからだとおもう。  
 

 

 
 
でも メリットをうけるのは 個人が最大の恩恵をうけるけど 組織はその次に大きな恩恵をうけるんだよね。  

 
 

 
  
 
組織が 得るメリットっていうのが、とても大きい。  
 

 
 
 
でも、ほおっておくと 個人が自分で、自発的に必要な能力アップをやっていくか? というと 積極的にやるケースって とても少ないんだよね。 
 
 
 
 

つまり 本人は自分ではなかなかやらない。  
 

 
 
組織や企業が 教育をすると 本人にいちばんメリットが大きいけど 2番目に大きいのが 組織や企業で それは かなりの部分で 対費用効果にみあうケースがおおいからなんだよね。   
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 なんとなく 自分自身が最大のメリットをえるので 「それは 自分でやることじゃないのか?」っておもうんだけど そこを乗りこえる必要があるよね。  
 
 
 

 
 
 
 
と、いうような話は 研修の本筋からはずれるので そのときは説明しなかったので、今日ここで 話してみました。 
 
 
 
 
 
 
まぁ 僕の研修は本筋からはずれることは とてもおおいし しかも はずれたときのほうが 満足度が高いという どうしようもない結果だったり するんですけどね。
 
 

 

 
 


 
 

2014年3月17日 (月)

3種類のお客さん

今日は 日記モードで 思ったことを 話してみるね。

僕は 研修やコーチングでも 、


「お客さんには、3種類のお客さんがいますよ」


って話しをしている。


3種類のお客さんのうちわけは、


「スポンサー」


「クライアント」


「ユーザー」


の 3種類で それぞれ 求めるもの 求められるものが違う。


だから 漫然と 「お客様 第1 !」とかいっても どのお客さんにむけてなのか はっきりしないと わからなくなるよね。

僕の場合でいうと、


研修やコーチングのギャラを払ってくれる 「スポンサー」は 会社組織そのものだったり あるいは組織のオーナーだったり があてはまる。


「クライアント」は 僕に発注をしてくれる人そのもので 総務担当の人だったり 部門長だったりする。



「ユーザー」は 研修やコーチングを受講する人だよね。


それぞれの ニーズとか、「何をもって良しとするのか?」がちがうので どこかの階層だけが OKでも 問題があるし 全部を完璧にみたすものが いつもいつも提供できるとはかぎらない。



ただ いままでの経験の中から 例えば 「良い研修とは?」っていったときの条件っていうのはあるね。



それは


「3種類のお客さんのなかで どれかひとつの階層が 激賞している」


かつ


「他の2つの階層が まぁまぁよかった ぐらいの評価はある」


ってものだね。



どの階層が 「激賞」していても いいんだけど でも どこかが 「凄くよかった」 とか 「びっくりした」とか 「ぜひ、またやってほしい」とかの声が聞ける必要はあるね。



そして 他の階層も すくなくとも 建前だけでも(笑) 「よかった」っていうものでないといけない。


そうじゃないと リピートは難しい。



どんな世界でも お客さんが そのビジネスをささえているんだけど お客さんにもそれぞれ種類があって それぞれの立場があることを わかってないといけないよね。


だから それ抜きで 「お客様 第1!」とか いわれても 虚しくきこえるよね。


お客様第1! がイマイチ 徹底できてない場合は どのレイヤーのお客さんに向かってなのかが はっきりしていない、、、っていうことが原因かもしれないね。


うん。


今日は こんなところで!



2014年3月16日 (日)

映画 「メインテーマ」 恋愛とはなにか?

 もし、あなたが「恋愛」をしていたとして、それは いったい相手の何がよくて 「恋愛」しているのかな? 

 
 
 
「 とても 優しいところが好き 」 
 
 
「 まぁ 見た目は 好みといえば好み 」 
 
 
「 だって かわいいじゃない 」 
 
 
「 いや これだけのスペックの人と付き合えるチャンスはなかなかない 」  
 
 
 
男性、女性、とも いろんな理由があるよね。 
 
 
 
でもね。 
 
 
それ、「恋愛」じゃないんじゃない? 
 
 
 
 
それって 単に あなたの 「 欲求 」をみたすために 一緒にいるんじゃないの?
 
 
 
 
ねぇ? 
 
 
 
「欲求」っていうと なんだか性的欲求だけみたいにおもうけど そうじゃなくて  
 
 
 
「一緒にいると面白い」とか 「けっこう頼りになる」 「なんだか守ってあげたくなる」、、、、、、 
 
 
こういうのって 全部 「自分の欲求」だよね? 
 
 
 
相手がして欲しいっておもうことを やってあげるっていうのも けっきょく それによって 自分自身が満足するため とか やってあげることで 相手に何かを期待するとか ようするに 最終的に 「自分の欲求」をみたすためだよね?  
 
 
 
 
 
じゃ、「恋愛」ってなによ?
 
 
 
 
 
 
 
 
413176v4ydl_sl500_aa300_
 
 
 
 
 
 森田芳光が脚本と監督を務め、薬師丸ひろ子が主演を果たした角川映画。相手役の野村宏伸はオーディションで選ばれた新人だった。映画と同題の主題歌が大ヒットしたことでも知られる。 

 小笠原しぶきはマジックを修行している大東島健と出会い、彼の車で旅に出ることにした。しぶきの目的地は大阪、健の目的地は沖縄だ。気の合わない二人は、旅の途中で喧嘩ばかり。浜松で健の叔父のマジックショーがあり、しぶきはその手伝いをする羽目に。しかし健はショーの間、伊勢雅世子というジャズシンガーと会っていた。雅世子にぞっこんな健を見て、しぶきは嫉妬する。車は大阪に着き、二人は別れた。しかししぶきは健のことが気にかかり、姉夫婦が住む沖縄へ旅立っていく。 
 
(Yahoo 映画より) 
 
 
 
 

ストーリーは こういう映画なんだけどね。 

 
 
僕はこの映画を 何度も何度もみてる。 
 
 
で、友人なんかに 「なんで こんな映画を何度も何度もみてるの?」っていわれるんだけど ずっと うまく説明できなかったんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
小笠原しぶき = 薬師丸ひろこ は 東京で 大東島健 = 野村宏伸 とあう。 
 
 
そのあと ふたりは旅をつづけて 浜松 大阪 にいくんだけど そこで わかれてしまう。 
 
 
そして 再開するのは 沖縄。   
 
 
 
 
 
 
沖縄では 薬師丸ひろ子は 憧れていた 御前崎さん = 財津和夫 にあう。 
 
 
同じころ 同じように 野村宏伸は 憧れていた 伊勢雅世子 = 桃井かおり にあう。 
 
 
 
でも けっきょく もともと 長くつきあっていた 財津和夫と桃井かおりがいっしょになり、 もともと 東京からきた 薬師丸ひろ子と野村宏伸がいっしょになる。 
 
 
 
 
 
 
 
 
たぶん 「欲求」っていうものに忠実にストーリーが展開するなら 薬師丸ひろ子&野村宏伸 財津和夫&桃井かおり のカップルは成立しない展開だとおもう。  
 
 
 
 
 
じゃ、なぜ? このカップルが成立したのか? 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは この2組は 「恋愛」 をしていからだとおもう。  
 
 
 
 
 
 
 
2つのカップルは 映画の中で 喧嘩したり 仲良くなったり 「ふたりで過ごす時間」をつみかさねていっている。  
 
 
 
 
 
 
 
 
桃井かおりのセリフに
 
 
「あなたに 私と御前崎さんとのことを そんなふうにいってほしくないわ」 
 
 
っていうセリフがあるんだけど それは 積み重ねたおたがいの時間を大切にしているのだ という意思表示みたいなものだとおもう。  
 
 
 
 
 
 
 
そして 最後のシーンのまえに A&Wで 桃井かおりと薬師丸ひろ子が会話する。  
 
 
 
「あなたが もっとセクシーになれば きっとうまくいくわ」 
 
「セクシーになるって どうすればいいんですか、、、?」
「頭をからっぽにすることよ」  
 
 
 
 
と、いった桃井かおりは薬師丸ひろ子のあたまを ポーンとたたく。  
 
 
 
 
 
 
 
薬師丸ひろこは 野村宏伸との「恋愛」をとげようとする。 
 
 
 
 
 
 
でも 桃井かおりは それだけじゃだめよ と忠告する。  
 
 
 
「恋愛」はいい。 でも たがいの「欲求」はどうするのか? ときいている。 
 
 
 
 
桃井かおりは それを 「あなたがもっとセクシーになって、、、」「頭をからっぽにすることよ」と 欲求のぶつけかたをアドバイスする。  
 
 
 
 
 
 
この映画の 薬師丸ひろ子と野村宏伸の 現実感のない キラキラした透明感は ここにあるとおもう。  
 
 
 
 
 
つまり この2人は、そもそも「欲求」の満たしかたがよくわからないまま 「恋愛」をしているんだよね。 
 
 
 
 
 
だから 2人のキラキラしたみずみずしさが際立つんだとおもうな。   
 
 
 
 
ふつうは 「欲求」のみたしあいから、はて? 恋愛ってなんだっけ? っておもうんだろうけどね。  
 
 
 
 
 
 
 
この映画の2人は 「恋愛」とは何か? ってわかっている。 
 
 
 
「恋愛」っていうのは つみかさねた時間を愛おしくおもう関係性みたいなもの だとこの映画でつたえてるんだとおもう。
 
 
 
 
 
それが 際立っているので 僕はなんどもなんども見返しているんだとおもうな。 
 
 
 
 
 
 
 
歌詞の 「愛ってよくわからないけど 傷つく感じが素敵」っていうのが 秀逸。 
 
 
 
 
万座ビーチホテルができた年の映画で、ビーチやホテルもでてくるよ。 
 
 
野村宏伸のデビュー映画作品、財津和夫(チューリップ)の映画初出演。 
 
 
でも 俳優の演技はかなりアレだけどね(笑) 
 
 
 
 
とにかく そのまま見ればよくわからない映画だけど 「恋愛」映画ってこういうものなんだとおもう。 
 
 
 
 

2014年3月15日 (土)

吉川晃司がムーンビーチでバック転をしてからずいぶん時間がたった

 その昔、、、吉川晃司がデビューして コンサートを那覇でやったあと 「ザ・ベストテン」の中継を ムーンビーチホテルで やって 「モニカ」を歌ったあと バック中でプールにとびこんだ、、、、、、という そのとき あなたは何をしてましたか? 

 
 
 
 
         
 
 
 「えーそんなの知りません」 とか いってる 沖縄のアラフォーの貴方!  
 
 
 
ウソだって ばれてますよ。 
 
 
 
 
え? 俺は男だから そんなの知らんよって? 
 
 
 
 
ウソばっかり、、、 あなた そのあと ビーチパーティーで バック転とか バック中やったでしょう? 
 
 
 
知ってるんですよ、、、僕は。
 
 
 
 
そのとき 僕は 沖縄にいなかったけどね。 
 
 
 
 
 
 
 
んで その後 吉川はこうなった。 
 
 
 
 
 
 
     
 
 
 
 
 
 
んー どうみても デビューのころのほうが かっこいいね。 
 
 
 
んで なぜか忘れたけど 増上寺で 中継やった 映像まである。
 
 
 
             
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんで こうなったのか? さっぱりわからないけど 歌うまえに 坊さんから なんか ありがたい言葉かなんか 「今週の1位おめでとう」的なことをいわれていた気がする。 
 
 
 
 
 
今日 たまたま ムーンビーチ付近を とおりがかって 友人と なんとなく 昔話のような 今の話のような そんな話をしていたんだけどね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
で、今日 僕がおもったのは やっぱり 吉川晃司は「モニカ」うたってて バック中してたけど 今はやらないわけだから 僕も やっぱり 昔にはもどりたくないなっておもったんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
なんか ぜんぜん意味不明だけど 超人気の吉川晃司の「モニカ」が歌われた ムーンビーチは 今日も 通っただけだけど やっぱり 昔のムーンビーチホテルのままだったんだよね( の、ような気がした、、、たぶん )    
 
 
 
 
 
 
 
モダナイズしよう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「モダナイズ」って言葉を 辞書でしらべると 「現代化すること 、近代化すること」ってあるんだけど これまでの仕事を もうちょっと 「今風」に モダナイズしないといけないなって 今日は あらためておもったな。  
 
 
 
 
次のステージにいこう。  
 
 
 
 
 
 
そうしよう。 
 
 
 
 
 
 
なんか はっきりと 今日はそうおもったよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ところで、、、「モダナイズ」って言葉も なんか チャップリン的で イマイチ古いことばだね。
 
 
 
 
 
言葉って大事。 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月14日 (金)

一見、、、でも実は、、、

 今日は 立てこんでいるので 短めに、、、、 思ったこと話してみるね。 

 
 
 
もしかすると、昔からそうだったのかもしれないけど 「仕事をつくりだす」っていうことが より重要な仕事になる時代なのかもしれないな とかおもってる。 
 
 
 
こどものころ 「大人になったら 何になりたい?」って きかれて 「バスの運転手さん」とか 「本屋さん」とか 「パン屋さん」とか こたえてたよね。 
 
 
 
それは 目にみえて仕事をしている大人が それぐらいしかおもいつかなかったからだろうね。 
 
 
あと 単純に 本が好きだから本屋さん とか パンが好きだからパン屋さんとか。 
 
 
 
 
 今でも 「何やってる人なんですか?」って きくよね。
 
 
んで 相手が 「◯◯会社にいます」とか 「建築関係のしごとです」とか 「××で 支店長してます」とか 仕事の内容だったり 会社の名前だったり 業界だったり あるいは役職だったりっていうよね。 
 
 
 
これね。 
 
 
 
仕事の内容 → 今ある仕事 たとえば 本屋さん 学校の先生 システムエンジニア とか
 
 
 
会社のなまえ → だいたい誰もが知っている会社 たとえば JAL、トヨタ、楽天 とか 
 
 
 
業界 → だいたい誰もがしっている業界 建設関係、アパレル関係、放送業界 とか
 
 
 
役職 → だいたい誰もが想像できる役職 店長、支局長、教授 とか 
 
 
 
 
 
「何やってますか?」って きかれて 全部あるていど 何やってるか 想像つくようなものだよね?
 
 
 
 
 
 
もちろん システムエンジニアは実は人の手配がほとんどだったり、放送業界でも営業が主な仕事だったり JALにも 人事や経理担当の人はいるよね。
あたりまえだ。 
 
 
 
ただね、こういう「外からみて おおむねこんな仕事をしているのだろう」 というような仕事って もう あんまりおもしろいものは 残ってないんじゃないかとおもうな。 
 
 
 
たとえば 電気屋さんは 電化製品をうるのが仕事だけど いわゆるパパママストアって 大型店のおかげで 売れないよね。 
 
 
 
でも なんとか うまく生き残っているのは 「電気屋さんのふりをして 実は 電器修理とかを便利にやってくれる人」 だったりする。 
 
 
 
おなじように トヨタ自動車 とかいっても 「クルマメーカーのふりをして 実は金融屋」だったりってのもあるよね (いや、まぁトヨタは本業も凄いけどね)
 
 
 
だから 「 一見~~のようにみえるんだけど 本当は ~~ 」っていう仕事をつくりだすことが とても重要なんじゃyないかなっておもうな。 
 
 
 
まぁ 「ビジネスを再定義する」とか、「周辺領域へ拡大する」とか カッコイイことばもあるけど 会社レベルとか 業界レベルで かんがえてるかんじだよね。 
 
 
 
でも そろそろ 個人レベルでも そういう仕事を意識したほうが いい気がするね。 
 
 
 
一見 税理士のふりをして 実は健康相談する人
 
 
一見 料理人のふりをして 実は食材おろしと料理指導する人
 
 
一見 公務員のふりをして 実はブロガー
 
 
 
こういう人は 実際いるし (ってか ぜんぶ クライアントさんですけど) 「実は」って いうのは ほとんどお金になってないんだけど仕事ってこういう感じに なっていくんじゃないんですかね。 
 
 
 
お金にはなってないけど たぶんいずれはなるんじゃないですかね。 
 
 
 
たぶん 仕事ってそういうもんかもしれないなぁ とか おもってますよ。 
 
 
あ、要するに僕のしごとが お金になってない いいわけかもね。 
 
 
とほほ。 
 
 

 

2014年3月13日 (木)

どんなコーチングをやっているか?秘密を公開します

 僕はふだんは クライアント企業さんに コーチングをやってまわって(?)るんだけど 何を気をつけてやってるのか? ってのを はなしてみる。
 
 
 
 
実は僕は 1対1のコーチング よりも 複数のコーチング つまり グループコーチングのほうが 圧倒的におおいんだよね。  
 
 
1対1が、不得意とか勧められないとかじゃないよ。
 
 
 
これは 「研修」っていう時間のとりかたをしてもらってるせいもある。 
 
 
あとは 複数の人をまとめたほうが コスト的だったり 時間的に 僕も企業さんもありがたいってこともあるだろうね。   
 
 
 
 
 
 
 
でも  わざとグループにしている 大きな別の理由がある。 
 
 
 
それは、 
 
 
「 互いのかかわりのなかで 学びの機会をつくること 」 
 
 
 
 
ということを重視しているってことだよ。 
 
 
 
 
 
 
どういうことか?
 
 
 
 
 
 
僕がかんがえる 大きな学びの機会というのは 2つある。 
 
 
 
ひとつは
 
 
「 プロジェクトの成功のプロセスで体験するもの 」 
 
 
っていうもの。  
 
 
 
 
「研修」とか 名前をつけてもらうことはあるよ。 
 
 
でも 何人かあつまってもらって 「勉強のための研修」を実施するんじゃないんだよね。  
 
 
 
 
どうやるかというと 実際に 仕事上で 優先順位がたかいものや 改善が必要なものを プランニングから 実行して 成果でるまでを 何人かグループをくんでやるんだよね。  
 
 
 
もちろん 僕がやってみせるわけじゃないよ。 
 
 
 
実際にやってみて どうだったか? とか 進行するなかで どんな障害があって それをどうやってクリアするのか? とか そういうことをはなしあってるんだよね。  
 
 
 
そして 実際に成果までだす。 
 
( ※ そうすると クライアント企業さんに 大変よろこばれます ) 
 
 
 
成果だすことも もちろん重要なんだけど それを学びにつなげていくには どうしたらいいか? ってことをコーチングしているので 成果をだすことを体験する っていうのを重要視している。  
 
 
 
これは 実際に成果をだすプロセスを体験するので 学びはおおきいよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
それから もう1つは
 
 
「 直接の上司や先輩からだけでなく 他部門の上司や先輩、同僚から 学びの支援をひきだす 」 
 
 
 
っていうもの 
 
 
 
これも とても重要なんだけど 「 部下の育成は 上司の責任 」みたいな言葉って 金科玉条みたいにあるよね。 
 
 
 
でも いろんなデータから わかっているのは 職場での学びは 
 
 
「 直接の上司からだけでなくて その人をとりまく まわりの様々な人からの学びが大きい 」 
 
 
 
ってことだよ。 
 
 
 
 
 
だから それが 促進できるような環境をつくるのも 僕の仕事の1つ。 
 
 
 
 
 
たとえば グループコーチングのメンバーを いろんな部署からあつめる クロスファンクションにするとか わざと キャリアが近い人だけで集めるとか。 
 
 
 
 
そういうグループづくりをしたりする。  
 
 
 
 
クロスファンクションだと うまく「仕切る」ってことやらないと 発言力がつよい人だけがリードしたり 逆にぜんぜんもりあがらなかったりするので 注意が必要だよ。  
 
 
 
キャリアが近いものだけで集めると 話しの視点が その階層で固定化されたりするので うまく、ほぐしていく必要もあるね。  
 
 
 
 
 
 
 
そんななかで 参加する人が1番参考になるのは   
 
 
「 他社事例 」  
 
 
で しかも 別業界からの事例が1番興味深いみたいだね。   
 
 
 
 
 
そういうのを 提供したりもしているよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この2つ 
 
 
「 プロジェクトの成功のプロセスで体験するもの 」 
 

 
 
「 直接の上司や先輩からだけでなく 他部門の上司や先輩、同僚から 学びの支援をひきだす 」 
 
 
 
これが 実際におこなわれるように、コーチングをやっています。 
 
 
まぁ 秘密ってほどのことでもないんだけど、、、、、、
( すみません、タイトルは「盛り」ました )
 
 
 
 
 
 
ただ 「成果をだす」と「いろんなチームをつくる」っていう2つは 僕のほうは大変です。  
 
 
 
 
まぁ そういう仕事ですから そういうもんなんですけどね。
 
 
 

 
 
 
 
 

2014年3月12日 (水)

感情のコントロール(その3)

 最初に話しているうちは こんなに長くなるはずじゃなかったんだけど 3日連続シリーズになってしまった。 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
で、 今日は  
 
 
 
「感情は行動の原因ではなくて結果」 
 
「たくさんの行動や思考のレパートリーがあると、最終的に感情のコントロールにつながる」 
 
 
 
という話しが 「ふむ、なるほど」とおもうひとと、「うーん、ピンとこないな」という 2種類の人にわかれるんだけど なぜ? 2種類の人にわかれるのか? というはなしをしてみるね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
まず 最初に 「暗黙理論」というのを話してみる。  
 
 
 
 
 
これは わりと最近 一般に知られてきたものらしい。 
 
 
 
 
どういうものか? というと 
 
 
 
 
人間の「知能」や「性格」などの能力や頭のできなどは、努力などで、変えられるとおもっているのか? おもっていないのか?  
 
 
「変えることができる」と 暗黙におもっている人は 可能性を信じているので 高い目標を掲げて 努力を続ける傾向にある
 
 
 
「変えることはできない」と暗黙におもっている人は 自分自身の限界があきらかになるのが怖いので、できるだけ安全な目標を設定して 努力や困難をさける傾向にある
 
 
 
と、いうもの
(※ って かなり乱暴な説明だけど だいたいこんなもんと理解してください)  
 
 
 
 
 
 
 
これは 人が物事を選択するときなんかに すごく影響をあたえているっていわれている。 
 
 
 
 
 
 
この「暗黙」、、、、、、っていうのが 重要で 本人も知らず知らずのうちに 刷りこまれていたりするので やっかいなんだよね。  
 
 
 
 
 
 
だから  
 
「いや 自分はいつも前向きですよ」  
 
 
とか  
 
 
「何かあっても なんとかなるっておもっています」  
 
 
 
って言ってる人でも 「変えることができない」とおもっている人はたくさんいる。 
 
 
 
 
だから コーチングをおこなうときでも この「前提条件」をみきわめることは とても重要で「変えることができない」 っておもっている限りは なかなかコーチングそのものもうまくいきにくかったりするよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
で、 「感情のコントロール」っていうことを どういうふうにかんがえるのか? というと  
 
 
 
 
 
 
「変わることができる」という人は
 
 
「感情」という太古からある人間の特徴のようなものは、コントロールするのはとても難しい。 
 
が、何かほかのものを変化させることによって 現実的にうまくいけばそれでよいのではないか? 
 
 
(それによって 自分自身努力してうまくいくのであれば それでいい)  
 
 
 
 
 
 
「変わることができない」という人は
 
 
「感情」という太古からある人間の特徴のようなものを、コントロールする「魔法のような良い方法」があるかもしれない。   
 
それを知りたいのだ。 
 
(それによって 自分が努力することなく うまくいけば それがいい)   
 
 
 
 
 
 
 
これは どちらも前向きな思考なんだよね。 
 
 
 
 
 
でも 最終的に
 
 
「自分の努力や研鑽による成長」にもとめて それでいいとおもうのか? 
 
 
 
「世の中の誰かに魔法のように結果をだしてもらう」ことを もとめるのか?  
 
 
 
という違いになってくる。  
 
 
 
 
 
 
 
感情のコントロールって つきつめれば 自分がいろんな行動のレパートリーを獲得するしかない っていう 努力しないといけないっていう結論がでている。  
 
 
 
 
「変われる」とおもう人は 
 
 
じゃ いろいろ準備したり練習したりする必要があるな、、、っておもう (努力して自分の能力をあげればいいから)
 
 
 
 
 
「変われない」とおもう人は  
 
 
努力しないといけないのであれば 別の「魔法のような方法」をさがそう、、、っておもう (努力しても自分の能力は限界あるから)
 
 
 
 
 
 
だから なるほどって受け入れられる人と、なんか自分の求めているのと違うっておもう人に、わかれるんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
こういう 自分自身も しらずしらずのうちに刷り込まれている「前提条件」とか 「暗黙」の考えっていうのは みえないだけに 支配がおおきい。  
 
 
 
 
 
でも これは思考の練習みたいなものなので 何回か練習していけば そのうちうまくいくものだよ。  
 
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
 
長くなったけど 伝わったかな? どうかな?
 
 
 
 
 
ちょっと 微妙なところ重要な話、だったけど 別の機会に、また話してみるね。 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月11日 (火)

感情のコントロール(その2)

 さて、昨日 のつづきを話すね。  

 

 
 
昨日の話しをかんたんにまとめてみる。  
 
 
 
1 感情のコントロールをしたいとおもうのは、そのあと、うまく行動したいとおもっているから
 
 
 だから、うまく行動したいけど 感情が原因でうまく行動ができないとおもわれている
 
 
 それは間違いで 感情が原因で行動できないわけではない
 
 
 感情を横において ムリヤリにでも行動すれば やがていつもどおりになる
 
 
 そうできればいいけど できないときはどうしたらいいのか? 
 
 
 
 
、、、、、、、、、、、、 ってことだったよね。  
 
 
 
 
 
 
だから 今日は 感情を横において「ムリヤリ行動」するには どうしたらいいのか? ってことを話してみる。 
 
 
 
 
 
 
まず とても重要なことなんだけど 「感情が行動の原因ではない」ってことを理解する必要があるよ。   
 
 
 
 
 
 
たとえば 「嬉しさ」という感情は なにか直前にいいことがあったから 「嬉しくなる」んだよね? 
 
 
 
「嬉しい」から おもわず踊りはじめた~ というのは 嬉しいという感情が踊るという行動の原因じゃないか? っておもうよね。  
 
 
 
 
 
でも そうじゃなくて そもそも嬉しくなったのは 直前になにかいい事があったからだよ。 
 
 
 
 
 
つまり
 
 
「いいこと」→「嬉しい」→「踊りだす」 
 
 
 
踊りだす という 行動の原因は 「いいこと」が行動の原因だよ。  
 
 
 
 
 
 
「何もない」 → 「とつぜん嬉しくなる」 → 「踊りだす」 ?
 
 
 
何もないのに とつぜん嬉しくなることはないよ(あたりまえだ) 
 
 
 
嬉しくなる前提には「いいこと」がないといけないわけだから、「踊りだす」のは「いいこと」があったからだよね。 
 
 
 
 
 
 
つまり 感情とは何か? というと
 
 
「 直前の、行動の結果や状況の反応に、よってつくられるもの 」 
 
 
と、いうことができる。 
 
 
 
 
 
 
だから 何度もいうけど 「行動の原因」ではない。  
 
 
 
 
 
つまり 仮に 感情そのものをコントロールしても、そのあとの行動に関係はない ということだよ。  
 
 
 
 
これが なかなか感覚として理解できないんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
もうちょっと説明してみるね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
誰かから 非難されて イライラした感情がわきあがった 
 
→ が、相手のまとはずれな非難を論破して 相手を完全にいいまかした  
 
→ おかげで イライラした感情がおさまり 平常にもどりつつある 
 
 
 
 
 
 
他の人に重要な仕事をとられて、がっかりして落ち込んだ  
 
 
→ が、とられた仕事より、もっと良いチャンスの仕事をおもいついた  
 
 
→ おかげで がっかりがなくなり 以前より仕事に邁進している  
 
 
 
 
 
 
 
うまくプレゼンをいかせたいとおもいすぎて ドキドキして困っている  
 
 
→ が、そうなったときどうすればいいか 先輩にきいて紙にかいてきたので、 とちってもリカバリー可能だ  
 
 
 
→ おかげで ドキドキがすこしおさまり なんとかうまくプレゼンできた 
 
 
 
 
 
 
 
 
わかるかな?  
 
 
 
 
 
 
 
 
つまり 直前の行動や状況によって 嫌な困った感情がわきあがる。  
 
 
 
 
これは どうしようもない。  
 
 
 
 
 
でも そのあと 直前の行動や状況を リカバリーできるような 「次にうまくいく行動」がすぐに おもいつけば しばらくは嫌な困った気持ちでも すぐに 望ましい気持ちになる。 
 
 
 
 
 
 
そう。  
 
 
 
 
 
 
 
 
嫌な感情が ずっとつづくのは 「次にうまくいく行動」が おもいつかなかったり できなかったり するときなんだよね。
 
 
 
 
 
これが とても重要なんだよ。  
 
 
 
 
嫌な感情を 横において すぐにふつうにもどるには 「次にうまくいく行動」を すぐにおもいついたり すぐにとることによって ふつうにもどるんだよ。  
 
 
 
 
 
と、いうことは 感情をうまくコントロールするには
 
 
すぐに「次にうまくいく行動」を おもいついたり 実行したらよい
 
 
ということだよ。 
 
 
 
 
 
 
これは 別の言いかたをすると
 
 
 
 
 
すぐに「次にうまくいく行動」を おもいつけないので いつまでも感情に支配されている(ようにみえる)
 
 
 
 
 
ってことだよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
だ、か、ら、!
 
 
 
感情そのものをどうするか? ということは ほとんどかんがえる必要がない。 
 
 
 
直前の行動や状況を うわまわるような 「次の行動」を用意するか おもいつくか 実行でるか? ということを つねにかんがえておく 
 
 
 
 
ということだね。 
 
 
 
 
 
そう。 
 
 
 
 
 
たくさんの行動や思考や手段の「レパートリー」がおおければ 感情はすぐにコントロールできるということだね。 
 
 
 

 
 
 
とにかく 最初に理解しないといけないのは 「感情は行動の原因でなくて結果」ということ。 
 
 
 
 
 
 
さて ここで 「なるほど」っておもった人と 「うーん 、わかったような、、、わからないような ピンとこないかも?」 って 2種類の人にわかれるんだよね。 
 
 
 
 
 
で なぜ? 2種類の人にわかれるのか これを明日話してみるね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月10日 (月)

感情のコントロール(その1)

 「感情のコントロール」っていう話をしたいんだけど 根本的に誤解がおおい話なんだよね。 

 
 
ところで、なんで? 感情をコントロールしたいっておもうのかな。 
 
 
 
たぶん うまく感情をコントロールすることで そのあと うまく行動したいとおもうんだろうね。 
 
 
 
 
 
誰かから、大きな声で非難される
 
→ 非難されたので イライラして そのあとの仕事が手につかない。
 
 イライラせず おだやかに仕事がしたい 
 
 
 
 
自分がやりたかった仕事が別の人に決まってしまって がっかりする 
 
→ がっかりして 悲しくて 何もしたくなくなる
 
 
 落ちこまずに いつもどおり アクティブにすごしたい
 
 
 
 
とても重要な案件のプレゼンだけど ドキドキ緊張してうまく話せない
 
 
→ うまくいくだろうか? と不安でドキドキする 
 
 自分が伝えたいことが伝わってほしい  
 
 
 
 
つまり なんで 感情のコントロールをしたいのか? というと 最終的に 「自分自身がこのように行動したい」とか 「こういう状態でありたい」 とおもっているけど それができないのは 感情が原因だとおもっているからだよね。  
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
つまり 理想的な行動ができないのは 感情が原因だ、、、、、、っておもってるからだよね。  
 
 
 
 
おだやかに仕事したい → イライラしてるからできない
 
 
 
いつもどおり アクティブにすごしたい → 悲しくてできない
 
 
 
伝えることを伝えたい → ドキドキしてできない  
 
 
 
 
 
 
だから 矢印の後ろをコントロールすれば できる! とおもうわけだよね。 
 
 
 
 
 
実は コレが根本的な間違いなんだよね。
 
 
 
まず どうすればいいか? から話すね。  
 
 
 
 
 
非難される → イライラする → ムリヤリおだやかに仕事する → おだやかになる 
 
 
 
 
他の人に仕事がきまる → がっかりする → ムリヤリいつもどおりアクティブに過ごす → いつもどおりにすごす 
 
 

 
 
 
うまくプレゼンいかせたい → ドキドキする → ムリヤリ ドキドキでも練習どおりやる → 練習どおりにすすむので ドキドキがおさまってくる  
 
 
 

 
 
 
 
 
つまり 感情は行動の原因ではなくて 直前におこったできごとの単なる反応なんだよね。 
 
 
 
 
感情が邪魔して 次の行動がムリヤリとれないのは たんに「慣れ」とか「練習不足」みたいなもので すぐにだれでもできるようになるよ。   
 
 
 
 
 
 
うん。  
 
 
 
 
 
 
いや ムリヤリおもう行動ができればいいんだけど それがそもそも感情に邪魔されてできないんだけど、、、、、、 っておもうよね?  
 
 
 
 
 
 
そこんとこは 今日はながくなったので 明日また話すね。 
 
 
 
 

2014年3月 9日 (日)

価値観はひとそれぞれ

今日も日記モードで、思ったことをつれづれと、、、

 

 

よくあるケースで ほとんどの人は それなりの成果をあげているんだけど その人だけが なかなか成果をあげれなくて 熱心にとりくんでいない、、、、、、みたいなケース。 

 
 
 
これは あきらかに本人に問題があるのではないか? という場合だよね 
 
 
 
そういうケースって よく僕にもちこまれたりするよ。 なんとかならないか? みたいな。 
 
 
 
 
 
それで こういうケースのとき まず最初に 注意をむけるところがある。  
 
 
 
 
 
 
それは、 
 
 
「相手が何を信じているか?」 
 
 
 
なんだよね。  
 
 
 
 
 
たとえば 口では 
 
 
「わかりました。今後は、いわれたとおりにします」
 
 
 
とか いってても 実際の行動がともなわないとか そういう場合。  
 
 
 
 
 
 
これは 相手が何を信じているのか? というのを ていねいに聞いていかないと 本人もいったい自分がどんな価値観をもっているのかよくわからない場合がおおい。  
 
 
 
 
 
 
これは 単純なもの、、、たとえば 
 
 
「けっきょく 努力して営業するより 商品力で営業は決まる」 
 
 
とか よくあるわかりやすい価値観でも すこしずつ人によって違っていたりする。 
 
 
だから ていねいに聞いていかないといけないし あきらかにしないといけない。 
 
 
 
 
 
 
そしてなにより これは かなり骨が折れる作業になる。  
 
 
 
 
 
 
本当だったら これは 自分自身で向きあっていくことだとおもう。  
 
 
 
つまり 会社から これに向きあいなさい とかいわれるものではなくて 自分自身でやっていく必要があるとおもうな。 
 
 
 
 
 
 
 
だから 僕はこの作業は、基本的に会社の中でやっていくのは 会社や上司のリソースがもったいないとおもう。 
 
 
 
じゃ どうしたらいいんだ? っていうと 要するに 僕みたいな専門にしている外部の人に ある程度アウトソースしたほうが いいんじゃないかとおもう。  
 
 
 
その上で どうだったか? という話を 会社としてあるいは上司としてやったほうが良いのではないかとおもうな。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どうしたらいいですか?」
 
 
とか よく聞かれるんだけど 「まかせてもらえませんか?」という場合のほうがおおい。  
 
 
 
 
 
 
これは 僕がカンタンにできる、、、、、、ってことではないよ。  
 
 
 
何度やっても すごく骨がおれることだし 消耗もするよ。  
 
 
 
 
 
 
 
ただ はっきりしているのは 「仕事で成果があがっていない行動」でも それはそれなりに その人を守っているもので 手ばなすのは 痛みをともなうんだよね。  
 
 
 
守っている役目があるから なかなか手放さないんだけど それをいっかい机の上にだして 眺めるって作業は必要だよね。 
 
 
 
 
 
だから なかなかうまくいかないし 続かなかったりするんだけどね。  
 
 
 
 
あとは そもそも そういう部分を話さない人もいるよ。 
 
 
 
 
 
 
 
僕自身は そういうのがいいとか悪いとかは わからないし その人が考えればいいことだとおもう。 
 
 
 
 
 
でも 仕事が うまくいってないのであれば うまくいく方法をかんがえる必要があるのでは? とはおもうな。  
 
 
 
 
 
 
いや、仕事うまくいかなくても そういう人生で いいです、、、、、、っていうのも それはそれで 別にいいとおもう。 
 
 
ただ それによる デメリットもうけいれないといけないけどね。 
 
 
 
それは まぁ その人次第だからね。
 
 
 
 
まぁ 今日はそういうことをかんがえていましたよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月 8日 (土)

リオの交通システムとか

 今日 ちょっと目を引いたのは 2016年にオリンピックが開かれる ブラジル リオデジャネイロの記事。  

 
 
 
2016年夏季オリンピック開催に向け、急ピッチでインフラ整備が進むリオデジャネイロ。そこには、市民生活の向上を最重要課題として、ハイテクとオープンな対話を軸に据えた街づくりのお手本が垣間見れる。  
 
 
 
365cec6a16e576b3553b97414f8426e7e_2
 
 
 
 
この5つの取組みなんだけど、  
 
1 ハイキャパシティ交通システムでクルマ依存から脱却
 
 
2 解決率78%! 市民参加型デジタルソリューション

 
3 サンバやボサノヴァの街を守る意義
 
 
4 合言葉は市民とともに。陽気で楽しいオープンガヴァメント 
 
 
5 「Startup Rio」 で ブラジルのシリコン・ヴァレーを 
 
 
って この題目だけ見てても、ワクワクするでしょ? 
 
 
 
 
5つの全部が どれも魅力的なプロジェクトだよね。  
 
 
 
 
 
その中でも 僕がちょっと 羨ましいなぁと おもったのが 1の「クルマ依存からの脱却」ってとこだよ。 
 
 
 
 
 
5d983959ccf21fc2ee43ef9b98724122e13  
 
 
 
 
実現されているわけじゃないから なんともいえないんだけど 現在リオの公共交通機関の使用は 市民の16%だそうだ。 
 
 
それで BRT(バス・ラビット・トランジット)というシステムを導入するらしい。 
 
これは 要するに バスを2台連結させて専用道路を走らせる、、、、、、というもので まぁ 路面電車的にやるってことだろうね。 
 
 
 
オリンピック開催時には 60%のリオ市民が公共交通機関を利用することをもくろんでいるらしい。 
 
 
 
 
 
 
 
こういうの 本当に沖縄とかで 実現してほしいよなぁ。 
 
 
僕は 休日とか 沖縄ではほとんどクルマを運転しない。 
 
それは 絶望的に混んでいて 移動だけでかなりの時間を消費してしまうからなんだよね。 
 
 
 
 
 
現実的な解として やっぱり 市街地の中心部はクルマの乗り入れを規制する必要があるのかもね。 
 
 
いろいろ問題あるけど けっきょく住んでいる人の 生産性を損なっている気がするなぁ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 制度だったり ルールだったりを整備することで 人の行動ってかわるよね。 
 
 
地方の人は時間にルーズだ、、、、、、っていうのは 公共交通機関が発達していないっていうのが大きいとおもう。 
 
 
実際 混んでなければ 20分くらいで着く場所が 2時間くらいかかるなんて ざらにあるもんなぁ。 
 
 
 
だから 時間を守らない「人」がわるいんじゃなくて 時間が読めなくなる「環境」に問題あがるってかんがえる必要があるよね。 
 
 
 
 
こういうのは とても大事で 時間を守らない人を責めても解決はできないよね。  
 
 
 
 
 
 おとといも話したけど (※ 「なぜあなたの話しがきかれないのか?」 ) 人の問題にするんじゃなくて デザインだったり環境だったりっていうのに 着目していかないと 解決にはほどとおいよね。 
 
 
僕は そうすることで 結果的に 人をすくうことになるとおもっているよ。 
 
 
 
 
 ソチもパラリンピックがはじまったけど うーん リオ行きたくなってきたね。 
 
 
 
 
 うーむ。 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月 7日 (金)

現金じゃなくて「ポイント」で給料?

 今日もひきつづき、日記モードで。  

 

 
 
 
社員への報奨などに、現金ではなくポイントを活用する企業が増えている。これまで、従業員への報奨には「金一封」として現金や旅行券などの商品券、あるいは商品の現物支給などが一般的だった。だが、マンネリ化が進み、従業員のモチベーションを引き上げる効果が薄れてきたと考える企業が、ポイントによるインセンティブ制度を導入している 
 
(中略) 
 

ポイントならではの特徴は、少額でも付与しやすく、社内での交換が容易な点。「現金の場合であれば、少なくとも数千円からが支給対象。そうなると、金銀銅メダル級に活躍した従業員しか支給対象にならない。もっと多くの従業員を対象に支給できるのがメリット」と、ベネフィット・ワンでインセンティブ・カフェの事業を担当する瀧田好久執行役員は語る。

 確かに、現金で500円を支給されてもあまり嬉しくない。だが、ポイントとして日常的に支給されると、それを貯めて何に使おうかと考え、モチベーションにつながりやすい。社内で新規事業や改善の提案をした従業員に、インセンティブとして支給する例もある。

 ポイントは従業員間の譲渡もできるため、仕事で手伝ってもらったお礼として、自身の持つポイントを贈ることもできる。新たなコミュニケーションを生むツールにもなる
 
(中略) 
意外な効果が、「離職防止」だ。大手エンターテインメント企業は2008年からインセンティブ・カフェを導入。それまで、店舗でアルバイトなどの非正規社員が、1年で7割が辞めてしまう異常な離職率の高さだった。従業員の採用や教育には時間と費用がかかるうえ、サービスの低下にもつながる。そこで活用したのが、インセンティブ・カフェだ。労務環境の改善なども同時に行ったことで、現在の離職率は3割台にまで下がったという。  
 
 
 
 
ここだけ読んでると 「給料のかわりに ポイント?」っておもうけど 「離職率をさげる」っていうこころみとして かんがえると悪くないきがする。 
 
 
携帯マイルでも、航空マイルでも、要するに 顧客のかこいこみが目的なわけだから それを 従業員向けに実施するっていうのも ありかもね。 
 
 
 
 
 
 ただ 会社経由での福利厚生施設って、すごく申請とかが面倒で あんまりつかわなかったり 閑散期とあわなかったり あったらあったで、保養施設で、会社の人とかちあって リラックスできなかったりとかで つかいにくいよね。   
 
 
 
 
 
 
 
  だから 単純に 楽天ポイント とか Tポイントとか あげるっていうほうが コンビニとかでもつかえるからいいのかもね。 
 
 
 
 
 
「ねぇ 今日残業手伝ってくれたら Tポイント1000あげるから 手伝って」   
 
 
 
 
うーん、、、、、、 手伝わんな こりゃ。 上司からいわれたら 次の日辞める。  
 
 
 
 
 
 
「前月の販売コンテスト 1位は 〇〇さん! 賞品はTポイント 3000ポイントです」 
 
 
 
 
 
 
ふむ。 悪くないかも。 3000円よりなんか嬉しいかも。   
 
 
 
 
 
 
 
「アルバイトの ××さんは 勤続1年です。 おめでとう楽天ポイント 1000ポイントです」   
 
 
 

 
 
うん こういうのは いいかもね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えー 今年は業績悪化で 今期のボーナスは 楽天ポイント100000ポイントです」 
 
 
  
 
 
 
だめだ こりゃ。 楽天社員でも辞めるわ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
給料のかわりや、残業代とトレードとかは ぜんぜん納得いかないけど、賞品とかには わりといいのかもね。 
 
 
 
 
 
 
 
いや でも こういうのが一般的になったら 平気で   
 
 
 
「年間賞与 3ヶ月分相当支給」  
 
 
 
とかで 平気で ポイントで支給とかでてくるかもね。 
 
 
そんな 恐ろしい未来は嫌だね。  
 
 
 
 
ビットコインの方がまだいい? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月 6日 (木)

なぜ?あなたの話がきかれないのか

 今日は、日記モードで おもうことをちょっと話してみるよ。 

 
 
 
ごくごく昔から当たり前のようにおもわれてることってあるよね。 
 
 
 
 
たとえば  
 
 
 
「結果が なかなかでないので、今度結果悪かったら クビにするって伝えた」  
 
 
 
「ちゃんとやっている人に 報いるために やっている人の給料をあげる」  
 
 
 
「会社の問題として コミュニケーションがよくないことがあげられる」  
 
 
 
「ほとんどの経営者は 売上や利益があがることを最優先に望んでいる」  
 
 
 
 
「心から仕事というのは重要なことだ とおもっている人が増えると会社はよくなる」 
 
 
 
 
 
基本的に 上のことは ぜんぶウソ、、、、、、というか 間違いだよ。 
 
 
でも、こういうのに 一生懸命とりくんだりするよね。  
 
 
(※ 個別にどうして間違いなのかは、また別の機会に )
 
 
 
 
 
 
よく 僕の研修なんかで 話すんだけど、たとえば 僕が 
 
 
「 いいですか! 僕の話しを聞いて下さい。 僕を信じてくださいね。 必ず 階段をのぼったら 左にいってください。 いいですか いうことを聞いてくださいね 」  
 
 
それを 聞いて みんな 
 
 
 
「わかった。階段をのぼったら そこで 左にいったらいいんだな」  
 
 
 
 
 
って おもう。  
 
 
 
 
 
クリアだよね。  
 
 
 
 
そして 階段をのぼる。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
すると こんな紙が貼ってある。 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_4 
 
 
 
 
さて あなたなら どうする?  
 
 
 
 
 
 
 
僕は 左 に必ずいってほしい といったよね。   
 
 
 
 
 
 
でも 実際に 階段をのぼったら 右に矢印がかいてある。  
 
 
 
 
 
 
ちょっと 判断に迷うよね。  
 
 
 
 
 
たとえば 結局 やじるしのとおり 右側にいったとする。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それで 僕があとで話しをする。 
 
 
 
「どうして 僕の話が聞けなかったんですか? あれほど いったのに。 なぜ 聞こうとしないんですか?」
 
 
 
 
 
 
 
こういうことって 結構 職場でおこっていることなんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 階段をのぼったところの「紙」は、目にみえる紙だよね。 
 
 
 
 
でも 会社や職場では 目に見えない「紙」が、存在していたりするんだよね。 
 
 
 
 
 
でも 目にみえないから 
 
 
 
 
 
「どうして みんな いうことを聞かないのか?」 
 
 
「なぜ 何回いっても わからないのか?」 
 
 
「そもそも 意識が足りないのではないか?」 
 
 
「ちゃんとやった人には 報酬を やってない人には 罰則を強化するべきでは?」 
 
 
 
 
 
 
なんて おもったりするんだよね。  
 
 
 
 
 
本当の原因は この目にみえない 「紙」 がはってあることなので 他のことをいくらやっても意味がないよ。  
 
 
 
 
この「紙」をとりのぞくか 正しい矢印に書きかえないといけない。  
 
 
 
 
それは そういう職場の「デザイン」をする必要があるってことなんだけどね。 
 
( 心構えとか、意識とか そういうものでは 絶対にない! )  
 
 
 
 
 
 
今日は そういう案件がおおい1日でしたよ。 
 
 
では、また明日~
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月 5日 (水)

沖縄の離島が舞台 怒涛のSF近未来マンガ 「ナチュン」

61fsqnwqvnl
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2010年4月に完結して、絶版になっていたらしいんだけど Kindleで先月復刊したマンガだよ。 
 
 
全6巻なんだけど 展開が もの凄くて 途中でぜんぜんべつの話しではないか? っておもってしまう。 
 
 
 
 
 
 舞台は 沖縄( 宮古島がベースだけど 本中では 架空の名前になっている ) で 設定は 近未来。  
 
 
伝説の科学者の謎ときをもとめて、沖縄の島にきた石井光成っていう、若い男性が主人公の物語。 
 
 
しゃべれないけど、イルカと交信できる 謎の「ドル子」との交流のはなしなのかな? っておもうんだけど、、、
 
 
だんだんあとで 宗教やら、国家間争いやら、秘密結社やら、島のひとびととの確執ヤクザやら、世界戦争やら 入り乱れて もの凄い 超ド級のSF展開になっていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 1巻~2巻は どちらかというと 沖縄の島の、まったりとした閉鎖的なふんいきがえがかれているよ。 
 
 
これが なかなか 沖縄の離島の空気がリアルにつたわってくるんだよね。  
 
 
 
土着の民族的な「祭り」のシーンや、ブタの解体シーン、オトーリやら あと 白人(ガイジン)と島の人との距離感や 男女の性的かかわりのゆるふわ(?)感 まで 本当によくわかってかいているよね。  
 
 
 
そんな感じで ゆっくり 島で謎解きがおこなわれるかな? とおもいきや、、、、、、  
 
 
 
 
 
 
 
 なんと 3巻からは 深海での 目をそむけたくなるような収容所の、おぞましいシーンがつづく 怒涛の展開。  
 
 
 
 
そこからは また 陸にもどって サスペンスな人工知能のはなし。  
 
 
 
そして アクション映画のような 宗教や倫理、アフリカ情勢 とか なんかどんどんスケールがおおきくなるんだよね。  
 
 
 
 
 
 
 
とくに 5巻~6巻までの 内容が ちょっと濃すぎて…… ページ数が 短いようにおもうな。 
 
 
なんども 「あれ? どこか読み飛ばしたかな?」っておもうくらい 展開がはやい。  
 
 
 
 
たぶん 別の漫画家がかけば、10巻以上になったんじゃないかな?  
 
 
もっと ゆっくり展開して 説明があってもいいとおもう。
 
 
連載だったので なんか都合とかもあったかもしれないね。   
 
 
 
 
5巻~6巻で それまでの伏線の回収が、、怒涛のようにおこなわれるので そのあと何回か もとの巻にもどって 読みなおしたりしたよ。 
 
 
 
 
 
 
 
作者の「都留泰作」氏は もともと文化人類学者で、大学の准教授。 
 
 
だから 沖縄やアフリカでのフィールドワークの経験が、活かされてるんだとおもうな。  
 
 
 
 
 
 
 
ちなみに また 「ムシヌユン」 っていう 南国(沖縄)、謎解き、民族学的、SF、みたいな マンガを 昨年から連載しているらしい。 
 
こちらも 追っかけてみたいね。
 
 
 
 
 
「ナチュン」は 一気読みもしてしまうし 何回も再読できる。 
 
 
 
内容濃いストーリーなので ぜひ 一読してみてはどうでしょうかね。  
(※ TSUTAYAとかでも レンタルあるみたい。確認してないけど )
 
 
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月 4日 (火)

沖縄県でもっとも低い賃金は?

 今日も 統計をしらべる必要があって ながめてたよ。 

 
それで また ちょっと統計ネタ。 
 
 
(※ 前回 賃金のピーク  ) 
 
 
都道府県別の主な産業別賃金の最新のデータ
 
 
 

Data_2

 

 

 

全国のデータを抜粋したやつ。 

 

赤字は 全国最低のもの だから産業別賃金のワーストはすべて、九州、沖縄になる。 

ただし、ワースト3ぐらいまで広げれば 東北と九州、沖縄 それに ちょびっと四国って図式になるので まぁ だいたい 予想どおりだよね。 

 

 

これでみれば 沖縄県の水準ってとても低いんだけど やっぱり目をひくのが サービス業の水準が 他県とくらべても ダントツに低いんだよね。 

 

もちろん 他業種でも全国との差でみると、もっと開きがるところはある。 

 

 

でも 運輸業も20万を切ってるけど、サービス業は平均17万4千円だから、沖縄県でサービス業の水準はかなり低いね。

 

 

実際、第3次産業である、サービス業の人数っていうのは 多いとおもわれるから ここが低いのが沖縄県の賃金が低い原因なんだろうね。 

 

 

全国的に 情報通信業の賃金が高いんだけど 沖縄県では 「医療・福祉」がわりと水準が高いね。ユニバーサルサービスの影響なのかな? よくわからないけど。 

 

 

サービス業の賃金は 他県とくらべて 2万円~3万円はあがっても おかしくはない。 

 

だから もうちょっと 付加価値をたかめる必要があるんだろうね。  

 

このへんを かんがえていく必要がありそうだね。

 

 

 

 

2014年3月 3日 (月)

「社会人基礎力」を格段にあげる方法(昨日のつづき)

昨日の続きを ちょっとかいてみるよ。 

 

(※ 昨日のエントリー → 要するに、「社会人基礎力」を身につけるには… )  
 
 
 
社会人基礎力 っていうのがあって、それを身につけるには 効果的な「ふりかえり」ができるとよい。
 
 
効果的な「ふりかえり」をするには、「言語能力」「文章能力」が必要だ。 
 
 
……っていうのが 昨日までの話し。   
 
 
 
 
 
 
 
それで じゃ具体的にはどうしたらいいのか? ってのが きょうの話題。  
 
 
 
 
 
 
 
 で、どうしたらいいのかなんだけど それは  
 
 
 
「自分自身の行動や感情を言語化する」という作業をやる 
 
 
 
ってことなんだよね。 
 
 
 
 
 
どういうことか? 
 
 
たとえば 朝礼なんかで  
 
「お客さんに感謝されるようになりましょう」
 
 
のような話しがでてきたりするよね。 
 
 
 
 
 
でも じゃあ 「感謝される」って 具体的にどういうこと? って聞かれると 紋切り型の言葉しかでてこないよ。  
 
 
 
 
 
「お客さんから ありがとうっていわれること」  
 
→ でも ありがとうっていわれない感謝もあるよね。  
 
 
 
 
 
「お客さんが また買ってくれること」 
 
→ 買ってくれたからって 感謝されてるわけではないよね。  
 
 
 
 
うーん。
 
 
 
 
 
 
こう考えていくと いっけん、わかりきった言葉のようにおもえても 実はあいまいにしかわかっていないことが だんだん明らかになるよね。 
 
 
 
 
 
じゃ 感謝された ってどういう状態なのか。  
 
 
 
 
 
そこで その人が 実際に 営業にいったとき ふと 取引先から  
 
 
「おたくで こういうのを この値段で それで すぐ来週これだけ欲しいんだけど、できないか?」  
 
 
 
と聞かれる。  
 
 
 
 
なんとか かんとか 納品したときに 
 
 
 
 
「あぁ 助かったよ。ありがとう。 また顔出してよ」   
 
 
 
っていわれて 新規で取引実績ができた。  
 
 
 
 
 
そこで はじめて  
 
 
「 なるほど 感謝っていうのは ありがとうっていわれるだけじゃなくて 相手が助かったり 相手のメリットになることをやっていくことなのか 」
 
 
 
と 実感できる。  
 
 
 
つまり この人にとって 「感謝」って何ですか? と聞かれた時に  
 
 
 
「ありがとうっていわれること。 あとは 助かったとかいわれること」  
 
 
 
みたいな 言葉が実感をともなって 腹落ちする。 
 
 
 
 
 
これが 「自分自身の行動や感情を言語化」していくプロセスなんだよね。  
 
 
 
そして これを 毎日とか毎週とか業務日誌に記録して それを誰かにみてもらうって作業を繰り返す。 
 
 
 
 

 
 
 
 こういうのって ごく当たり前だろ? っておもったりするかもしれないけど 全然あたりまえじゃない。 
 
 
 
たとえば 「感謝される」と「恩に着る」と「有難がられる」とかの違いとか ぱっといわれるとよくわからないよね。 
 
 
 
こういった作業を、たとえば 毎週やっていくと 確実にその人の「言語能力」と「文章能力」はあがっていくし 仕事の能力も格段にあがる。   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 スマホの辞書アプリとか、携帯の辞書とかでもいいので 辞書をつかって ふりかえりをレポートできるようになると、かなり能力もあがるよ。  
 
 
 
一緒に  辞書ひいたり 辞典つかったり ネット検索したりして 誤字を確認したり 言い回しを確認したりすると とてもいい。 
 
 
 
書くほうも 見るほうも 手間がかかるんだけど 実は「見るほう」もすごく勉強になるので そうかんがえると 手間をかけてもいいんじゃないか、っておもう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて 僕は 実務家なので どうしたらいいか? ということよりも こうしたらうまくいったってことを書いてみた。  
 
 
 
もちろん 細かいコツはいろいろあるんだけど それはまた 別の機会にはなすね。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年3月 2日 (日)

要するに、「社会人基礎力」を身につけるには…

  社会人基礎力 っていうのがあって これは ときどき 研修をおねがいされる企業さまとよく話あったりするよ。 
 
 
 
 
 
(※ 経済産業省のHPより 「社会人基礎力」とは、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力(12の能力要素)から構成されており、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として、経済産業省が2006年から提唱しています。企業や若者を取り巻く環境変化により、「基礎学力」「専門知識」に加え、それらをうまく活用していくための「社会人基礎力」を意識的に育成していくことが今まで以上に重要となってきています )   
 
 
 
 
 これを伸ばしたいので 研修をしたいのだが どのような研修が効果的なのか? 
 
 
 
とか そういう話になる。  
 
 
 
 
で、これをのばすには具体的になにが 必要なのか? というと まぁ 要するに これがよくわかっていない、、、、、、というか 決め手がない、、、というか そういう状態なんだよね。 
 
 
 
 
 
 
 
そこで こちらにとても参考になるブログがあったよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
このブログ が 言っていることは「個人として、このように理解しています」って、ただし書きがあるんだけど 実感として とても納得できる。 
 
 
 
 
 
 
 
そこで 僕なりに関心があるところを抜き出してみる。 
 
 
 
 
 
 
1 「社会人基礎力」が 社会人として能力を発揮するに必要なものだとする。 
 
 
 
2 これを伸ばしていくには 効果的な「ふりかえり」が必要である。 
 
 
 
3 しかしながら 効果的な「ふりかえり」はメタ認知能力に依存しており メタ認知能力は「言語能力」 「文章表現能力」に依存している。  
 
 
 
4 と、いうことは 「社会人基礎力」は「言語能力」「文章能力」がないと、結局のところ伸びないのではなかろうか  
 
 
 
これらは  僕がコーチングをやっていて とても 実感できるところだよ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 でも この辺が ピンとこない人が多いので なぜ? 言語能力が高い必要があるのか?、僕なりに説明してみる。
 
 
 
 
たとえば 誰かのことが好きな状態というのを表現するとき  
 
Aさんは  
 
 
「好き」「恋している」「愛している」 
 
 
という3個のボキャブラリーをもっているとする。  
 
 
 
 
一方 Bさんは  
 
「好き」「恋している」「愛している」「可愛い」「いとおしい」「くびったけ」「惚れ惚れする」」
 
 
 
という 7個のボキャブラリーをもっているとする。  
 
 
 
 
 
 
 
Aさんが 恋人とのことについて話をする。  
 
「最初は 恋している感じだっだったんだけど つきあいだしてメッチャ愛しているっておもってたけど  最近はただ好きって感じになってるよ」 
 
 
って話をする
 
 
これは 最初のころにくらべて、最近はすこし「好き」の度合いがさがってきているのかな? っておもえる。  
 
 
 
 
 
では Bさん。
 
 
「最初は 可愛いだけじゃなくて 惚れ惚れするようなカッコいいところもあって 恋してるって感じだったんだけど つきあいだして くびったけっていうくらい愛してたんだけど 最近はただ好きいとおしいって感じになってるよ」 
 
って話をする。
 
 
 
Aさんと同じような話なんだけど 最近は また違うかんじで2人の関係がよくなっていくことを予兆させるような話になるよね。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 これ、今後AさんとBさんは、それぞれ どうしたら恋人ともっとうまくいくだろうか? って誰かに相談すると どうだろうか?  
 
 
 
 
もしかしたら AさんとBさん それぞれ同じ状況であっても 違うアドバイスをうけるかもしれない。 
 
 
 
 
そして おそらく Bさんのほうが 状況がよくわかるので よりよいアドバイスをうけられる可能性が高くなるとおもう。 
 
 
 
 
 
逆に Aさんのように「言語能力」が低ければ、あいまいにしか わからないので おおざっぱなアドバイスしかできないよね。 
 
 
 
 「振りかえり」って 自分で自分にアドバイスするようなもんだだから 当然、Bさんの振りかえりのほうが 効果があがる可能性が高い。
 
 
 
 
 
 これは とても重要なポイントで しかも 本人はいろんな表現を自分が「知らないことを知らない」ので なかなか自分で能力をあげるのは難しい。  
 
 
 
 
 
じゃ どうしたらいいのか?  
 
 
 
 
 
ってことは 長くなったので また明日はなししますね。 
 
 
 

2014年3月 1日 (土)

幸せに仕事をする … ってか「幸せ」って何よ?

 先日、クライアントさんと話をしていて そのクライアントさんがときどき話題にだす 「困った部下」という人にあったんだよね。 

 
 
 
クライアントさんは、その「困った部下」と、なかなかうまくいかなくて いろいろと手をうつんだけどうまくいかないでいたんだよね。 
 
 
それで たまたま 会えるチャンスができたので 会ってみた。 
 
 
 
 
 
 
 
 もちろん くわしくは 話せないんだけど、会ってみて なぜ「困った部下」なのか よくわかった。  
 
 
 
 
 
この人は 欲求にストレートな人なんだね。  
 
 
 
 
 
もうすこしいうと かなり下品なレベルで 自分が得することだけを きわめて健全に追求している…… って感じだった。  
 
 
 
 
 
たとえば ときどき 食堂なんかで お漬物とかつけあわせのちょっとしたものとかが 無料で取り放題、みたいなところあるじゃないですか? 
 
 
 
そういうところで おいてあるぶん全部食べたりする人。  
 
 
 
 
 
 
 
客寄せで 居酒屋なんかが、ある商品をとても安くしていたとするよね。  
 
そしたら 4人家族でいって 「じゃこれを、3つずつ、、、12コください」 とかいう人。  
 
 
 
 
 
 
いや もちろん 無料とか客寄せで安くしているわけだから 犯罪でもないし、お店としても明記してなければ 断ればまた面倒なことになるよね。  
 
 
ただ マナー違反だったり ある種の場のルール違反だったり あるいは ちょっと恥ずかしかったり、気後れしたりするよね。 
 
 
 
 
 
 
 
でも そういうのが 臆することなくできてしまう。 
 
 
 
 
 
 
 
「え?タダでしょ? 悪くないでしょ」
 
 
「ダメだったら ダメってかいておけばいいのに」  
 
 
 
 
 
ちょっと下品にかんじるんだけど でも なかなか指摘しにくい。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まぁ 僕のフィールドはあくまで 「仕事をやっていくうえでのコーチング 」だから その人の生き方とか、ましてや食事どきのマナーなんかは関与しない。  
 
 
 
 
でも これって 根本的な 「仕事に対するスタンス」 の間違いなんだよね。  
 
 
 
 
 
仕事とか働くこととかは 「いかに自分が幸せになるか?」 ということで やっていれば かなりつらいことになるよ。 
 
 
 
 
そうではなくて 仕事のかんがえかたは 
 
 
「どれだけたくさんの人を幸せにできるか?」 
 
 
「他人や世の中に、どれだけ貢献できるか?」 
 
 
を 競争するものってかんがえる必要があるよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 これは ちょっとややこしいんだけど 「自分の幸せを追求すること」と「他人の幸せに貢献すること」とどっちが正しいのか? ということじゃないよ。  
 
 
 
 
 
 
どっちが正しいのか そんなことは僕もよくわからない。  
 
 
 
 
 
 
でも、仕事をうまくやっていくうえで (あるいは商売繁盛させるためっていってもいい) 
 
 
「仕事とは 他人の幸せにいかに貢献するのか競争である」
 
って 定義したほうが 圧倒的に成功しやすいし しかも病むことなく 自分自身もしあわせになれる可能性がたかくなるよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ほおっておけば ナチュラルに「自分の欲求」にストレートになってしまう、、、、、、つまり 「仕事とは 自分を幸せにするもの」ってかんがえてしまう。 
 
 
 
だから どこかで誰かが ある種の「矯正(強制?)プログラム」で 「仕事とは 他人の幸せにいかに貢献するか競争である」という かんがえができるようにしないといけない。 
 
 
 
これが できれば 社会的規範や道徳をみにつけた、人間的成長をとげた、とかいわれる(笑)、、、、、、 いや 笑いごとでもないな。 
 
 
 
 
 
 
 
 
この、「困った部下」のかたは ここがあんまりよくわかってないので 伝えてあげないといけないね。 
 
 
 
 
 
 
 ただ よく誤解されるので もう1回いうけど 
 
 
「仕事とは 自分の幸せを追求していく競争だ」
 
 
と 
 
 
「仕事とは 他人をどれだけ幸せにするか?競争だ」 
 
 
と どっちが正しいかは わかりません(僕のフィールドではない) 
 
 
 
 
 
 
ただ 後者のほうが 仕事そのものが圧倒的にうまくいくってことですよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 だから 「幸せ」ってなんですか?とか そういうことは あんまりよくわかりません。  
 
 
 
 
あ、、、 もちろん ポン酢しょうゆはありますけど。 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »