そんなに「特別な方法」が必要かな?
「複雑系」というのが 一時期とても ブームみたいにフォーカスされたよね。
複雑系ってどういうものか?というと ( って 僕も理解が十分ではない ) 全体を部分に割っていって原因を調べても、部分がそれぞれに影響しているので
部分正解+部分正解+部分正解+、、、、、=全体正解
にならない。
だから 全体は部分に影響しているし、部分は全体に影響している システム(系)である、、、、、みたいな 理解でおおむねいいんじゃないかとおもう。
それで 少しまえに たくさんの人に なぜ?フォーカスされたのかというと 2種類の人がいたようにおもう。
1つは 「部分的な正解をきわめた、エキスパートの人たち」が 「ある程度のところまでは部分正解で のりきれるが 全体正解とかとてもわからん」 という認識で 複雑系のアプローチが必要だなって おもった人たち。
これは まぁ そうなんでしょうね。
でも そのいちぶぶんの人たちは 最近では 「全体正解をだす方法とかは 全然わからん、、、、、けど ビッグデータで なんでそうなるかわからんが 答えはわかる」 って 感じになりつつあるね。
これも 興味深いね。
そして もう1種類の人たちは 「部分的な正解をきわめていない人たち」が、「ぜんぜんうまくいかないのは 複雑系のアプローチをしてないからだな。よし、複雑系だ!」 といった人たち。
つまり 全体正解をだすのに 部分正解をきわめていても、いなくても どちらの人もうまくいかないので 両方のひとたちが 「複雑系だ!」 って 支持したんじゃないかとおもうな。
合格点 80点の試験で 75点で落ちた人と 0点で落ちた人のコメントが同じように 「難しい試験だったよね」というようなもんじゃないかな。
内容はぜんぜんちがうんだけどね。
この話から 僕がおもうのは 「別のアプローチが正しいかも?」とおもうのは 実は「今までの方法を極めていないから」かもしれない、、、、 ということなんだよね。
極めた人も極めてない人も 同じように あるレベルにくれば壁にぶち当たりますよ ということがわかっていたとする。
でも 「あるレベル」っていうのが よくわかっていないんだよね。
それは 極めた人は 相当高いレベルまでいけるとわかっているが 最後のほんの何%かはムリだといっているのかもしれない。
一方で 極めてない人は そもそも極めてないのだから本当だったらうまくいくのに すぐ手近なレベルで 「あーやっぱり、うまくいかない」っておもうかもしれない。
果たして 今 じぶんがやっている方法を自分は極めているのだろうか?
もし 自分が極めていると自信があれば そこから先は違う方法が必要だろう。
でも 自分が極めていると自信がなければ どのあたりまで それで進めるのか 確かめた方がいい。
よく 「ビジネスに役立つ ○○○ の方法」とか「コミュニケーションをよくする ○○○ の手法」 「マーケティングの ○○○」とか あるんだけど さっきいったことと 照らしあわせると どうなんだろう。
僕は ビジネスとかコミュニケーションとか そういうのは 普通の人が普通に仕事したり コミュニケーションしたりするのに 特別な方法はいらないとおもう。
「特別な方法」じゃなくて 「普通の方法」で いいとおもうよ。
普通の方法で 相当レベルまで うまくいくはずだし うまくいかないのは それは 「普通の方法を極めていないから」なんだとおもうな。
ただ 「普通の方法」っていうのが 見えなくなってきているのも本当かもね。
ところで 僕がやっている コーチングは普通の方法なんでしょうかね?
うーん 難しいことはやってないので 「普通の方法」でも「特別な方法」でも どっちでもいいですよ。
だって 誰でも カンタンにできるので どっちでもいいです。
仕事でつかうのに 難しければ意味ないよね。
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