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2013年11月

2013年11月 7日 (木)

そんなんでは「ラポール」は築けませんよ

このあいだ コーチングのクライアントさんと話をしていて 「ラポール」の話になったんだよね。

 
 
 
それが けっこう興味深かったので ちょっと書いてみたい。
 
 
 
ところで 「ラポール」っていうのは いわゆる心理学用語では 「感情の交換が行える状態になっている」という意味。
 
打ち解けたとか 信頼関係がある とかいうときに 「ラポールがかかっている」とか使う。
 
 
僕自身は 研修なんかでも 最初のうちは参加者にラポールをかけることに とても気をつかう。
 
それは ラポールがかかっていることで 研修そのものが成功する可能性が高まるからだ。
 
 
もちろん 1対1のコーチングでも とくに1番最初のコーチングセッションでは 「ラポールをかけること」をとても意識しているよ。
 
 
 
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一般的に ラポールをかけるテクニックっていわれるのは
 
 
ミラーリング     → 相手と同じような動きをする
 
 
バックトラッキング  → いわゆる オウム返し。感情を返すとよい とかいわれる
              「悲しいことがあったんですよ」 「悲しかったんですね」 とか
 
 
キャリブレーション  → 相手の反応から相手の気持ちを読み取るプロセスのこと
           相手がからだをゆすっていたら 「落ち着かないそわそわした気持ち」とか
 
 
ペーシング →  相手と会話のリズムとかトーンをあわせる
           相手がゆっくり話していれば こっちもゆっくり話す
 
 
 
 
 
とか、、、、、、
 
 
って あーーーーーー 書いていても はずかしいくらい どうでもいいことですね。
 
 
 
 
 
 
 
全部 「ミラーリング(笑)」 って つけたいくらい はずかしい。
 
 
要するに 僕はこういうのは あんまり意味がないと おもっているし 「こういうことを やればラポールがかかる」という考えそのものに根本的に間違いがあるとおもうんだよね。
 
 
 
 
 
 あえていうなら 「キャリブレーション」っていうのが ギリギリ近いものだとおもう。
 
 
 
 
ただ 世間でいわれている コーチングとかNLPとかで伝えられているものは 誤解が多い。
 
とくに ネット上で流れている情報はほとんど間違いだな。
 
 
なんか ちょこちょこと勉強した人が ブログなんかに書いてあることは酷い。
 
 
 
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キャリブレーションっていうのは いろんな業界でも使われている言葉なんだけど 辞書を引くとこう書いてある。
 
 
【calibration】 1 (銃砲などの)口径 測定 弾道癖 (周波数の)較正
                  2 目盛り
 
 
これでもよくわからないんだけど 要するに 
 
 
「表出しているものと 実際(事実)が 合致しているかを 補正する」 
 
 
という意味合いが強い。
 
 
 
 
わかりにくいので 説明してみる。
 
たとえば 
 
 
 エアコンの温度設定を 25℃の表示で 動かしてみる。
 
 
 わたしたちは 「エアコンの設定が25℃だから 室温も当然25℃だろう」っておもうけど 実際の室温は 温度計ではかってみると 27℃だったとする。
 
 
 
 エアコンが25℃設定のとき 室温が27℃だとすると エアコンの温度表示が2℃低く表示されている とおもわれる。
 
 
 
 なので エアコンの機械を調整して 表示する部分だけど 「25℃表示 → 27℃表示」に変更する。
 
 
 
 そうすると エアコン 27℃表示 室温 27℃ で 表示されているものと 実際とが 合致するように 機械の補正をおこなった ということになる。
 
 
これが 「キャリブレーションをした」 ということになる。
 
 
最初は 恐らく こんなものではないかな? と だいたい適当なところで測ってみて 少しずつ微調整して ピッタリにたどりつく というプロセスが キャリブレーションの意味合いなんだとおもう。
 
 
 
 
 
 
Team
 
 
 
だから 「からだをゆすっている」 ということから 「そわそわして 気持ちがここにない」ということが わかる、、、、、、、のではなくて
 
 
 
「からだをゆすっている」 ということから  「そわそわして 気持ちがここにない」ようにみえるけど 実際はどうなんだろうか?
 
 
というのが 正しい。
 
 
 
 
 
 
この2つの例は 一見おなじように見えても ぜんぜん違うものなんだよね。
(重ねていうけど ぜんぜん全く大幅に違う。)
 
 
 
ほとんどのいわゆる心理学とかNLPなんかでは 前者の 「~によってわかる」というスタンスで 説明されるんだけど そんなことは絶対にわからない。
 
 
 
というか 「~によってわかる」というスタンスで相手に接すると ほぼ間違いなく ラポールはかからない。
 
 
 
スタンスとしては 「~によってこのように見えているのだが 本当はどうなんですか?( 私にはわからないので )」というのが正しいはず。
 
 
 
(誤) 「からだをゆすっている」 → 「そわそわして気持ちがここにない」 ということが 私にはわかった。
 
 
 
(正) 「からだをゆすっている」 → 「そわそわして気持ちがここにない」と推定されるが 私には本当かどうか わからない。
 
 

 この2つの違いは大きい

 
 
 
相手の気持ちや感情は わからないです というスタンスに立たないと ラポールがかかることは難しいです。
 
 
僕が心理学的なものに 違和感を感じるのはこのあたりなんだろうね。
 
 
 
 
「わからない」 っていうスタンスって重要なんだとおもうな。
 
 
まぁ よくわかりませんけど(笑)
 
 
 
 
 

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