「妻の超然」 絲山秋子
ふつうに毎日 誰かとかわしている会話を そのまま、書きおこせば それが臨場感とかリアリティをもって たちあがってくるわけじゃない。
だから 前後の文章のリズムとか 比喩とか どの会話を「カギカッコ」にするのか。
他にも 本にしたときに 目に入ってくるページのビジュアル感とか いろいろあるんだとおもう。
だからといって かもしだす雰囲気だけに気をつかわれても 肝心の会話そのものが リアリティからかけ離れていると 僕はその時点で 本を放り出してしまう。
「はっはい!」 おずおずと前に出た。
「それではXXの成功を祝って乾杯!」この日ばかりは私も1杯いただかないわけにはいかない。
「くっは~気分がいいね~」
「ったく いうことを聞いてくれないXXには困ったもんですよ」
「そうだな」
この文章は 実際にある本から 抜きだしたもので 「XX」の部分だけは固有名詞が入っているんだけど それにしてもひどい。
この会話の構成とか、雰囲気とかも まったくリアリティが感じられないんだけど なにより「カギカッコ」の中の会話そのものが ひどすぎる。
こういう会話って普通はやらない。
昭和の時代のふる~いホームドラマのような場合とかでしか みることができないので、活字になっているのをみると ちょっと イタいのを通りこしてしまう。
だけど、作家の場合は ときどき 「わざと」そういう効果を狙って 下手くそな表現をしたりする。
リズムをつくったり、読み手のイメージを喚起させやすくしようとして 作家側がねらいをもって書いてくる場合だってある。
僕は そういうしかけにのっかるのは、とても好きで 本を読む おおきな愉しみでもある。
絲山秋子は、その愉しみを与えてくれる作家の中でも 僕にとって 超一級の作家の一人だ。
この「妻の超然」は 3つの短編、表題の「妻の超然」「下戸の超然」「作家の超然」が一冊に入っている。
会話の愉しさっていう部分では おさめられている「妻の超然」、「下戸の超然」、「作家の超然」の順番で読み進めると それが際立つ気がする。
実は、3編を読みすすめるにつれて だんだん 会話がなくなっていくんだけど 僕はそれは作家の意図のような気がする。
最初の「妻の超然」では 予定調和的な会話と、そうでないリアリティのある会話とが 混じりあって 物語がすすんでいく。
もともと 絲山秋子の表現というか 比喩、たとえって 評価が高い。
それと相まって つつましくも哀れでしかも、妻にバレバレの浮気をつづける夫。
そして それを否定も肯定もせず「超然」と過ごしているはずの 妻の心境が すこしずつ変化していく雰囲気が 絶妙にすすんでいく。
最後は 超然とできなくなるのか あるいは 超然とし続けるのか、、、、、 という話。
「妻の超然」では 超然とすることが良いとおもっている妻が、さまざまなことをきっかけに変化をしていく、その変化にとまどう という物語なんだとおもう。
「下戸の超然」では 大学院をでた技術職の男性と同じ会社の女性との恋愛の物語。
男性は下戸でお酒が飲めない。でも女性はお酒が好き、そして男性のことも好き。
会社につとめながらNPOのボランティア活動もやっている彼女とのやりとりの中で、「そうやって超然としてればいいのよ」って言い放たれる男性。
ここでは超然としているつもりなんか ないんだけど 周りの人から超然としている といわれて困惑する物語。
そして最後の「作家の超然」は のっけから 作家の主人公を「おまえ」とよぶ 二人称の視点で物語はすすむ。
だから会話の絶対量が少ない。
だけど おかげで少ない会話によって 挿絵のように読んでいる人を その場面にもっていかれてしまう。
この「作家の超然」では 超然としないといけないのだということが つきつけられていくんだけど でも超然とすることはとても難しい と思い悩む物語。
三つの物語の主人公が 「超然」 にそれぞれむきあっていく。
だけど 否定でも肯定でもない三つ目の態度の「超然」そのものを 否定するのか肯定するのか?を迫られてしまうという ところがこの三編の面白さだとおもう。
会話や表現が、とても愉しいので その分プロットはシンプル。
でも 僕はそっちのほうが もともと好みだし 物語の展開まで 劇的なものだったら ちょっと濃いすぎるんじゃないかな。
それほど 会話も表現も秀逸。
何度か読みかえしてみて そのたびに ヒット性の当たりを 超美技で鮮やかにダブルプレーにする二遊間コンビのファインプレーをみているような気分になる。
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